胎動
――石畳を覆う雪の絨毯を力強く踏み締めながら、ダノンオーラの街を駆け抜ける少年が一人。
「ヒドゥンの目撃者は?」
少年は小型の通信端末に向かって問い掛ける。表情は至って真剣で、やや焦りの様な物も見て取れた。
少年は白い騎士用のコートを纏い、少々長い銀髪の襟足と鳶色の瞳を持つ、中性的な顔立ちと線の細い華奢な体躯の持ち主だった。コートの下には裾に白いラインが入った黒のパンツと同色のハードレザーブーツを履いており、身に付けた物の全てに右を向いた女神のエンブレムの刺繍や装飾が施されている。
「……通報後に襲撃を受け、先程病院へ搬送。恐らく即死かと……傷口は鋭利な爪の様な物で内臓ごと切り裂かれていました……」
通信端末から聞こえる声は若い女の物で、トーンは低く、無機質でやや冷めた印象を受ける。
「……そうか。ラピスの御加護を祈ろう……。ヒドゥンは時計台の方角に向かったんだな? セシリアも早めに合流してくれ」
鎮痛な表情を浮かべた少年は、自らが首にぶら下げたロザリオを力強く握り締め、頭を垂れる。
「了解、これより私も追跡に向かいます」
「あぁ、もし途中で発見した場合は速やかに連絡を」
少年は通信端末を切るとコートのポケットへ落とし込む。
「よし!」
そう白い吐息を吐き出すと、両手で複雑なルーン文字の印を組み、瞳を閉じる少年。
眩い閃光が周囲を覆うと共に、少年の背後に両翼を持つ朗らかな金髪の天女が現れる。
「飛翔の忠神・ハタバキよ、我に汝の翼を授けよ!」
忠神とは崩壊寸前の世界を救った女神ラピスに忠誠を誓う六十七の神々の呼称で、彼等を召喚し、その力を行使する術を蓬術と呼ぶ。この蓬術を使えるのはラピスに対する強い信仰心と、教会で厳しい修行を積んだ限られた者だけである。
少年の名はウイング・クーロン、槍の洗礼を受けた若きクルセイダーである。
彼の召喚したハタバキと言う名の忠神はウイングの背を優しく包み込むように抱き込んだ。
(汝に我の翼を授けましょう)
心に、カルマの器に響き渡るハタバキの優しい声。
「飛翔の翼よ、今こそ羽ばたけ!」
ウイングのアルト・ボイスに反応し、ハタバキはウイングの背の中へと入り込んで行く。
眩い光がウイングの背から出現すると、瞬く間に彼の背中に光の羽が生え揃う。
「これ以上の犠牲は出させるものか!」
光の羽を大きく羽ばたかせたウイングは、勢い良くダノンオーラの上空へと舞い上がって行った。




