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暴走超特急と『サガ』


「まさかヒドゥンに『汽車その物を乗っ取られる』とは、予想外だったっスね」

暗闇の竜穴を超高速で疾走する中、車両の『屋根』まで這い上がった雛菊が激しい突風を浴びながら苦笑いを浮かべる。


 ウイングと般若の戦闘を直ぐに察知した雛菊は、ウイングに合流しようと車両内を移動していたが、思った以上に乗客が混乱していた為、立ち往生を喰らってしまっていた。


 車両の外に出て強行突破をしようと窓から外に出た瞬間、突然暴走し始めるオリエンタル特急。


 そして禍々しい邪気に覆われている先頭車両を目にした雛菊は、全ての状況を瞬時に理解していた。


「先頭車両を止めないとみんなサヨナラしちゃうハメになりますからね、そんな事は絶対にさせないっスよ!!」


 雛菊は四つん這いになりながら、ゆっくりと車両の屋根伝いに前進していく。

強烈な風が雛菊の着物の裾を激しく揺らし、慢性的な車両からの振動が今にも彼女を竜穴内の冷たい岩壁へ叩き落とそうとしていた。


「ひぇーっ! なんちゅー状況なんスか? コレ!」


 雛菊は悲鳴を上げながらもゆっくりと、確実に前方車両へと這いつくばって行く。


『コノママ最高速マデ加速シタラ竜穴ノ壁ニ直撃サセテオシマイダ!!』


 オリエンタル特急その物に憑依した般若は、全ての車両に響き渡る大音量の車内アナウンスを流す。


 それを聞いた全ての乗客と職員が絶望の顔を浮かべ、至る所で絶叫を上げ始めた。


「ヤバいな……コレが奴の狙いだったのか……」


 狂乱状態の車内を横目に、ウイングは乗客たちの影を利用した『影渡り』を繰り返し、高速で車両間を移動していた。


 まさか人間以外にも憑依してしまうとは……。


 ウイングは先程仕留められなかった自分の不甲斐なさを責める。


 このままでは銀狼の時と同じだ、自分の非力さばかりを痛感してしまう。

しかも今度は大勢の乗客を巻き添えに……。


「コイツを止めさせはしねぇ!」


「アナタが犯人っスか? ようやく到着したっスよ!!」


 どうにか先頭車両までたどり着いた雛菊は、操縦席も兼ねた機関室のドアをけり破りながら中へ入る。


 しかし、そこには先程まで『死んでいた』機関士に憑依した般若が既に彼女を待ち構えていたのだった。


「人間に憑依し直してくれたのはありがたいッスね!倒しやすいッスよ!!」


 雛菊は左右の襟元からミスリル銀を超える強度を持つ『純度50%の非緋色金製のヨーヨー』を取り出すと、生き物の様に華麗に動かし始める。


「もう操縦桿もブチ壊したからな……後五分もすれば最高速に達して竜穴の出口にある急カーブから脱線!!全員オダブツだ!ケケッ!」


 青い機関士の制服とベレー帽を被った般若は高笑いを浮かべながら、ウイング戦で見せた番傘を雛菊に向けた。


「させないって言ってるでしょーが!!/(スラッシュ)ヨーヨー!!」


 雛菊は右手に握っていたヨーヨーを思いっきり般若に投げつける!!


 ヨーヨーは瞬時に巨大化すると、大ぶりのカッターを出現させ、凄まじいモーター音を上げながら高速回転し、般若に襲い掛かった!!


「なんだこりゃー!?」


 般若はシールド代わりに番傘を開くと、/ヨーヨーの強襲を防ごうと試みる。

金属がすり合う不快音が機関室内に響き、凄まじい振動と衝撃が番傘を歪ませる。


「反則だろ、この武器!!」


 般若は「堪らん!」と番傘を仕込み刀と分離させ、ヨーヨーの攻撃をやり過ごす。


 般若の変わり身となった番傘はヨーヨーに切り刻まれ、粉々となって床の四方へと飛んで行く。


「次は外さないッスよ!」


 雛菊はそれを気にも止めず、再び/ヨーヨーを般若に向けて放った!


「当たらなきゃ意味ないぜ!」


 今度は般若が紙一重でヨーヨーを次々とかわして行く。


 まるで意思があるかのような動きで執拗に般若を追うヨーヨーだったが、般若を完全に捕らえきれずにいた。


「ちょこまかと!!」


 雛菊は一度ヨーヨーを元の状態にして手元に戻すと般若の動きを観察し始める。

憑依されている機関士の身体能力を無視した動きは厄介だが、あの肉体にいくらダメージを与えても恐らく無駄だろう。


 本体はあの般若の仮面……どうにかピンポイントであそこを攻撃出来ればヤツを完全に消滅出来る筈。


 ただし、残された時間は少ない。後数分で敵を倒し、汽車を止めなくてはならないのだから。


「けけっ、チンタラしてるとみんな死んじまうぞ? 相当な実力なのは認めるが、運がなかったなぁ? おじょーちゃんよ!」


 般若は刀をかざしながら再び高笑いをあげる。


『幻影剣・鎌鼬!!』


 油断していた般若の面を目掛けて漆黒の刃が強襲する!!


「ぬおっ!!」


 般若は辛うじて強襲に反応し、直撃を避けた……かに思われたが、


「テメェーはさっきのクルセイダー!? いつの間に!!」


 般若の面の右半分は切り裂かれ、機関士の半顔が露わにされていた。


「仮面が本体と分かっていれば……負けはしない!!」


 ウイングは長剣を鞘に収め、居合いの構えを取ると闘気とカルマニクスを瞬時に最高点まで練り上げる。


「マスター!!」


 雛菊はウイングの登場に笑顔を浮かべると、すかさず左右に握っていた2つのヨーヨーを機関室内にあった左右の窓へと投擲する。


「よくも俺様の仮面をっ!! くぅーっ、いてぇ、いてぇよーっ!!!! 絶対許さねぇ!!」


 般若は激昂し、仕込み刀を強く握り締めながらウイングに襲い掛かる。肉体に対しては不感症だった般若も、仮面へのダメージは無視できなかったようだ。


『幻影一刀流、秘技!! 幻影雷針糸げんえいらいしんし!!』


 ウイングの繰り出した居合いの剣先は、針と見間違える程に小さく薄い幻影を生み出していた。


 超圧縮された幻影剣、それがこの技の正体だ。


 白鳳破と同等のエネルギーを針の大きさまで圧縮する事で、『雷』と同じ射出速度を生み出す『弾丸』である。


 威力と速度を重視した技だが攻撃できる範囲が狭く、的確な命中力が無いと致命傷を与えられない高難度な技だ。


 雷鳴にも似た轟音と共に、幻影の弾丸は般若の仮面を貫通し、完全に仮面を粉砕した。


「死にたくねぇーよぉーっ!!」


 最後の叫びと共に般若は完全に消滅した……。


「俺は負けない……負ける訳にはいかないんだ……クルセイダーとして、一刀流の当主として……」


 ウイングはそう自分に言い聞かせる様に呟くと、カルマニクスを使い果たし、その場に倒れこんでしまった。


「グッジョブっスよ、マスター! 後はワタシに任せて下さいな!」

倒れこんだウイングを横目に、雛菊は左右に投擲していたヨーヨーに『カルマニクス』を注入して行く。


「W/(ダブル・スラッシュ)ヨーヨー!!」


 先程般若に繰り出した/ヨーヨーを、今度は左右2つのヨーヨーで試みる雛菊。

機関室の左右の窓から放たれていたヨーヨーは瞬時に巨大化し、鋭いカッターを出現させながら竜穴の固い岩盤に食い込もうとモーターを高速回転させる!


 ブレーキが破壊されたオリエンタル特急を減速させる最後の手段、それが/ヨーヨーの摩擦。


 これほど巨大な汽車を止められる保証はない、下手をすれば車両が先に脱線し、横転するかもしれない。


「だけどやるしかないんスよ!!」


 雛菊の絶妙なヨーヨーのコントロールによって徐々にオリエンタル特急は減速して行く……。


 命運を分ける最後のカーブまではあと三十秒弱……。


「間に合うッスよ! 絶対に!!」


 この世の終わりかと思う程の轟音と振動が何十秒も続いた……乗客にとってそれはとても長く、何時間にも感じる恐怖の時間だった……。


 雨が降り続いていた。


 砂漠と僅かな赤土で創られたこの国にとって、雨は貴重な自然からの恵み。

激しい雨に濡れる屈強な肉体を持つ半裸の青年が、石で築かれた王宮を背にしたま

まその場に立ち尽くしていた。


 青年の髪は赤く短髪に刈り上げられ、瞳の色は右が赤、左が黒のオットアイ。鋼の鎧と呼ぶに値する強靭な筋肉と2メートル近い長身が、見る者を圧倒させる。


「……『サガ』はまた瞑想中かえ?」


 その背を、石の王宮から眺めていた、旧世界、古代中国王朝を彷彿させる大きな金の冠を被る青い瞳の女が言う。


 女は青い布地に龍の金細工が編まみ込まれた豪奢な着物に身を包んでおり、白くて面長な顔の上に乗る吊り目を縁取る様に、黒いアイラインが引かれていた。


「はっ、サガ殿は小一時間あのままでございます……」


 女の傍に立っていた甲冑を纏った男が答える。


「……やっと『手にした剣聖』じゃ、風邪でもひかせたら大変な事になる、早よう中へ入れよ」


 女はそう言うと紅の乗った薄い唇を吊り上げて微笑を浮かべる。


「『あれ』を手に入れるのにどれほどの金と民が犠牲になったか…………しかし、これでシンは名実共に『最強国家』となり得る。これからはラピスリアなんぞにデカい顔はさせんぞえ……」


 先代シン王の妻にして、現政権を牛耳る女王ジョカ・シン 。彼女の野心は止まる事を知らず、この数年で、国力と武力を向上させ連合諸国内の隣国への侵攻を伺っていた。


「……俺の乾きを……血の乾きを潤すのは誰だぁぁーーーっ!!」


 サガと呼ばれた大男は突然怒号を上げると、まるで火山が噴火したかのような、強烈な深紅の闘気を全身から解き放つ。


 闘気によって周囲の雨は吹き飛ばされ、今度はその闘気がもたらした風圧が彼の周りに無数の竜巻を作り出した。


「……まるで気象を操っているようだのう……しかし、あれは血に飢えた餓狼……貴奴は餓狼じゃ!!」


 ジョカは感嘆の溜め息を混じらせながらサガの一挙手一投足に注目する。




 幻影一刀流、裏伝!!


【神綱】(カミヅナ)




 サガの巻き上げた無数の竜巻は、超高速回転しながら周囲に拡散すると、石造りの豪奢な宮殿を容赦なく次々と破壊して行く。


 裏伝……幻影一刀流の開祖、嵯峨が自ら生み出した技の中でもその威力や性能、性質から『邪の剣』と忌み嫌い『封印した』十三の技の呼称。歴代当主にさえ伝承されなかった幻の技である。


 サガの巻き起こした爆風は物の数分で宮殿の全てを完全に吹き飛ばしてしまう。

降り続いていた雨を落としていた雨雲さえも全て消し飛ばし、周囲は一気に蒼天へと変わる。


「なっ!? 何をやっておるのだ!! サガ!! 幾ら剣聖と言ってもこの様な狼藉、許されんぞっ!!」


 宮殿内にいた数百人の使用人や武官、王室の要人たちは殆どが吹き飛ばされた宮殿の残骸に埋まってしまい、皆、即死。数少ない生存者である一人の武官が腰に差した曲刀を抜き放ち、サガに向かって憤怒の形相で襲いかかっていった。


「俺はサガ……俺は剣聖……俺の欲求を満たせない奴は女王だろうが、国だろうが全て滅ぼしてやる……」


 サガの眉間が煌めく。


 幻影一刀流、裏伝!


【影人形】


 サガは迫り来る武官の影を強引に具現化させると、自らの影と瞬時に融合させる。


 サガの影に取り込まれた武官の影はサガの意思により『どんな動きも可能にする』。


 影の動きが本体の動きを『逆支配』したのだ……。


 サガは武官の影が握る影の曲刀をそのまま影の頸動脈へと向ける。


 影の動きにリンクして武官の握っていた曲刀が突然、武官の首もとに移動した。


「なにっ!? か、体が……!?」


 武官の振りかぶった曲刀は容赦なく自分の首を切り飛ばした。


「……弱い、何が最強国家だ!笑わせるな……」


 サガは憤怒の形相を浮かべると、宮殿の残骸に押しつぶされた者たちの影を次々と具現化して行く……。


「この国はこの国の影によって滅ぶ……『俺の体と人生を弄くりやがった代償』だ!」


 サガは双眸を真っ赤に変色させると、闘気を神気へと昇華させる。


 金色のオーラを纏ったサガは幻影一刀流の開祖、嵯峨とどの様な関係があるのか?


 サガの暴走はシンをこのまま滅ぼしてしまうのだろうか?


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