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オリエンタル特急


 白い天井が視界一杯に広がっている。


 ウイング・クーロンはダノンオーラ第三病院のベッドの上でその白いだけの天井を眺めていた。


 どれ程眠っていたのだろうか?


 先の銀狼との戦いで意識を失ったウイングは、セシリアに担がれ、この病院に搬送されていた。


 自分が病室で寝ていた理由をうっすらと認識したウイングは、おもむろに上半身を起こす……それと同時に放たれる小さな『呻き声』。


 全身を覆う痛みと気怠さを払いのけ、ウイングは点滴を付けたままベッドから降りると、直ぐさま病室から出ようと試みた。


「くっ!!」


 再び短い呻き声。


 一、二歩、素足のまま床を歩るいただけで強烈な目眩に襲われる。


 患者用の白い薄手の就寝着を纏っていたウイングは、無意識の内に再びベッドの上にその身を落としてしまう。


「マスター!?」


 ウイングの病室は個室で、彼以外誰も居なかったが、病室での物音に反応したホムンクルス・セシリアが急いで部屋の中へと駆け込んで来る。


『次は万全の体勢で来い』


 夢の中でウイングの脳裏に浮かぶ銀狼の言葉。


 完敗だった先の戦いで自分の未熟さを痛感したウイング。


『仮り染め』の奥義しか継承していない今の自分では、例え万全の状態だったとしてもあのヒドゥンには勝てない。


 正当な後継者であるカヤードがいない今、自分に奥義を授ける者はいない、師であるクロノスも今では故人だ。


『……もし、汝が真の一刀流の神髄を望むなら、シンの国を訪れよ。そこに汝の望むモノがある……』


 暗い闇の中で、不意に聞こえて来る謎の声。


 重厚で威厳ある声色。


 聞いた事のない男の声。


「誰だ!?」


 思わずその声に聞き返すウイング。


……暗闇の空間に浮かぶ自分を誘う声はそれ以上の言葉を発してはくれなかった。


「うっ!?」


 再びウイングが目を覚ますと、その視界には未だに病室の白い天井が浮かんでいた。


「……体の痛みは大分消えた……カルマニクスも……戻った」


 半身を起こし、自身の体をゆっくりと確認する。


 何日寝ていたのかは判らないが、もう『戦える』状態だ。


「……シンの国と言っていたか……シナ連合の一国、行ってみる価値はあるか……」


 夢で聞いた声に確信があった訳では無かった。しかし、シンの国には少なからず引っ掛かる事がある。


 初代教皇が幻影一刀流の開祖、嵯峨と始めて出会った場所で、嵯峨が幻影一刀流を考案した場所でもあるシン王国。


「嵯峨のいた地だ、当時嵯峨に師事していた者の末裔くらい居てもおかしくは無い……その中に、もし、一刀流の『真髄』を知る者がいるとしたら……可能性は低いがゼロじゃあない」


 ウイングは決意の眼差しを浮かべると左腕に刺さっていた点滴の管を抜き取り、セシリアが用意していた赤と黒のチェック柄のシャツとインディゴのデニムに着替える。


「これは『私事』だ。ナイトコートとサンダルフォンは置いて行く……後は頼むよ、セシリア……」


 ウイングは置き手紙と十剣の装備をベッドの上に置くと、病室の窓から飛び出して行った……。






 ――ウイングがダノンオーラを抜け出して三日余り……ヨーロッパからシンのある東アジアへ走る『オリエンタル特急』に乗り込んでいたウイングは、一人、車窓から流れる冬の景色を『ぼんやり』と眺めていた。


 一面『銀世界』の渓谷を越えるオリエンタル特急は世界有数の豪華列車である。


 寝室を兼ねる客室は最上級ホテルに引けを取らない豪奢な調度品が並べられ、クイーンサイズのベッドが悠々と納まる程に室内も広い。


 ヒドゥン発生以来、世界各国を繋ぐ交通網は大半がその機能を失っており、上流階級の人間以外は専ら馬車での移動だった。


 蒸気機関を使った『汽車』は世界でも数本しか走っておらず、特にこのオリエンタル特急は世界最速かつ、『世界一安全な乗り物』と呼ばれていた。


「……旅行ですか?」


 他の乗客たちと時間と空間を共有出来るサロンも兼ねた展望室で、車窓から夜の景色を眺めていたウイングの耳に柔らかい女性の声が聞こえて来る。


「?」


 車窓に肩肘を付いていたウイングは声の主がいる自分の背後にゆっくりと振り返えった。


「急に声をかけてしまってすみません」


 振り返ったウイングの視界には、長く艶のある黒髪と褐色の肌を持つ、紅いドレスを纏った淑女が、自分に対して申し訳なさそうに頭を下げている姿が映っていた。


「……いえ、……どうかされましたか?」


 ウイングは一瞬、淑女の姿に見とれてしまっていたが、直ぐに平静を取り戻すと、彼女に向かって微笑を返す。


「……以前何処かでお会いした様な気がしまして……思わずお声掛けしてしまいました……」


 彼女はそう言うと自分でも『可笑しな事を言ってしまっている』と、少し照れ臭さそうに頭を上げると歯に噛んだ笑顔をウイングに見せた。


 頭を上げた淑女の瞳は濃いブラウン色で、一瞬見ただけでも吸い込まれそうになる程美しかった。


 歳の頃は二十代前半だろうか、落ち着いた佇まいと僅かな所作から育ちの良さを感じずにはいられない。


「いえ、他人の空似かもしれませんが、ここで出会ったのもラピスのお導きでしょう。……私はウイングと言います、宜しかったらお名前を教えて頂けませんか?」


 ウイングは座席から立ち上がると褐色の美女に右手を差し出す。


「……ウイング様、素敵なお名前ですわ。私は楼蘭と申します。ウイング様はお一人で旅行ですか?私はシンの実家への帰省でこちらに乗り合わせたのですが、年甲斐も無く落ち着かなくて……私乗り物が大好きなんです♪」


 楼蘭と名乗った美女は少し頬を赤らめると細長い美麗な左手をウイングの右手へと吸い込ませた。


「奇遇ですね、私もシンまで気ままな一人旅です。楼蘭さんもお一人なんですか?」


「ええ、不慣れな一人旅なんです。……そうですわ!ウイング様、御迷惑でなければ私も御一緒して宜しいですか?」


 楼蘭はウイングの右手を自分の胸元までやや強引に引き寄せると、何か名案を思い付いたのか、満面の笑みを浮かべる。


「迷惑だなんて……」


 突然握られた手から伝わって来る楼蘭の温もりと、彼女の吸い込む様な眼差しがウイングの頬を見る見るうちに赤く染め上げて行く。


「では、ご一緒いたしましょう!」


 その事に気付いているのか、気付いていないのか、当の楼蘭は無邪気な笑顔でウイングの手を引っ張りながら彼が座っていた椅子に腰を下ろした。


 サロン用に改装されたこの展望用車両は幾つもの豪奢な椅子と高級な赤いクロスの敷かれたテーブルが並ぶ。


 他の車両と比べて大きな窓が車両の両側に嵌め込まれ、二階建て車両故の眺めの良さを満喫できるのが最大の売りだ。


 言い換えれば『デート』には持って来いな雰囲気なのである。


「……えっと……」


 相変わらず頬を赤くしたままのウイングが何を話そうかと口ごもってしまっていた。


「……ウイング様……両目を……閉じてくださいませ……」


 二人掛けの椅子に座っていたウイングと楼蘭だったが、突然楼蘭が頬を染めながら、ウイングの顔に向かって自らの唇を近づけて来る。


「……えっ!? 楼蘭さん!?」


 今までに無い動揺を見せるウイング。目は見開き、全身の血液が今にも沸騰しそうになっていた。


「………ウイング様……………ぷぷぷぷっ!! はぁーっはっはっ!!」


「……はっ!? ろう、蘭さん?……」


 今度はウイングの口元で突然笑い出す楼蘭。目まぐるしく予想出来ない彼女の振る舞いにウイングの頭は錯乱状態に陥っていた。


「………ぷぷぷぷっ、ワタシっすよ? 『マスター・クーロン』!」


「!?」


 ウイングの横に座っていた楼蘭はそう言うと、徐に『自らの顔を剥がし始める』!


「き、君は!?」


 特殊メイク、いや、特殊素材のマスクとカツラを自ら剥いだ『楼蘭だった人物』は、ウイングの良く見知った人物であった。


 黒髪をお団子にした紫色の瞳を持つ、小悪魔の笑みを何時も浮かべている……


「『雛菊』!? 何で君がこんな所にっ!?」


 そう、楼蘭と名乗っていた人物の正体は、ラピスリア教封魔庁所属のホムンクルス、雛菊だったのだ。


 鳩が豆鉄砲を喰らった顔で自身の顔を凝視するウイングに、雛菊は不敵な笑みを浮かべながら『楼蘭の衣装』をテキパキと脱ぎ始める。


「いやぁー、着慣れないッスよ、こーゆーのは……それにしてもマスターは『こーゆー女子』が好みだったんスね、以外でしたよ。……あっ、ヘレーネさんには内緒にしておくんで安心してくださいな!」


 楼蘭から雛菊へと完全に変貌を遂げた彼女に、やや呆れ気味の表情で額に手を当てるウイング。


 雛菊とは彼女がまだカヤードの専属ホムンクルスをしていた頃から知ってる仲だったが、子供の頃からよく彼女の変装に泣かされていたのを思い出す。


「……ヘレーネとは何にもない! そんな事より、何で雛菊がこんな所にいるんだ? 君はアインハルトさんのホムンクルスだろ?」


「あー、ウチのマスターは暫く本部にいらっしゃるんで、情報収拾がてら世界を散策してたんスよ、そしたらたまたまマスターを見かけたんで……付いてきました!」


 雛菊の悪びれない様子にウイングは頭を抱えながら椅子から立ち上がる。


「また、そんな遊び半分で……オレは大事な用があるんだ、邪魔しないでくれ」

そう拒絶の意志を露わにすると、車両の外へと出ていってしまった。


「またぁまたぁ、一人じゃ寂しいくせにぃ~」


 雛菊はウイングの背中を眺めながら、『かつてのマスター』の寂しい背中を思い出していた。


 雛菊がオリエンタル特急に搭乗した理由……それは封魔庁からの指示による『ウイングの強化と彼をカヤードから遠ざける』為。


 ウイングがセシリアに残した置き手紙にあった『一刀流の真髄を求めて旅に出る』、と言う文面を知ったラルフが、その真髄を一番近くで見ていた雛菊をサポート役として送り込んだのだ。


 数多くのカヤードの死闘を見て来た雛菊であればウイングの力になるのでは、と。


 そして修行でシンにいる限り、ウイングがカヤードと接触する可能性は極めて低かった。シンは世界でも珍しい非ラピスリア教徒の国であり、教会に敵対しているカヤードがわざわざ訪れる事は考え難いからだ。


 今でもウイングにとってカヤードは兄であり師であり、目標でもある存在だ。クロノスの死に関してもカヤードの仕業と唯一認めていない。


 今のウイングにカヤードと接触させる事は彼の死に直結するのだ。


 迷いのあるウイングの剣では天魔のカヤードには絶対に勝てないのだから……。


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