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吸血


「ちょっとカヤード! アンタいつまで、ぼーっとしてるのよ?」


 不意に聞こえて来る甲高い女の声。


「……羅刹か……何の用だ?」


 カヤード・ワインズマンは女の声でふと、我に帰った。


 声を掛けて来た女の顔を見ず、小雪が舞う灰色の空をただただ淋しげに眺めているカヤード。


「ちょっ! アンタちょっと強いからってイイ気になってんじゃない? その態度、31回は殺してやりたいわ!!」


 そんなカヤードに対し、眉間に皺を寄せ罵声を浴びせる羅刹と呼ばれた女は、淡いブルーの髪を派手に装飾された金色のバングルで後ろで纏めてアップにし、黒いキャミソールの上にファー付きのミンクのコートを羽織る、モデルの様な見事なスタイルとピンク色の瞳がエロスを醸し出していた。


「……すまん、少しばかり昔の事を思い出してな……」


 カヤードはそれでも灰色の空を眺めながらの空返事。羅刹の美貌など、全く興味が湧かない様だ。


「キーッ!! どうせ『飼い犬』時代のつまらない思い出話でしょ?」


「まぁ、これだけ『昔の仲間』を殺せば多少は感慨深くもなるさ……」


 カヤードは空に向けていた顔を、自分が腰を下ろしていた『物』に向き直す。

カヤードが腰掛けていた『物』。


 それは数十人ものクルセイダーの死骸で作られた人の山。


 ハミルト進攻の際にカヤード一人に屠られたハミルト支部のクルセイダーたちの屍だ。


 ハミルトはラピスリア教会の中でも重要な拠点の一つだ。


 旧世界、ブリテン島イングランドに位置する西ヨーロッパで最も堅固な要塞。

それがハミルト『だった』。


 西ヨーロッパのヒドゥンたちを長年抑えて来た歴史と実績を持つハミルトが、たった半日でほぼ壊滅していた。


 カヤード・ワインズマン率いる『ゴルゴダの使徒』によって……。


 三百人以上のクルセイダーを有するハミルトに、僅か数十体のヒドゥンたちが『完全勝利』を納めようとしていたのだ。


「……しかし、ハミルトも大した事無いわね!実質アンタ一人で勝っちゃったじゃない? もう!! 折角クルセイダー共を好きなだけブチ殺せると思って来たのにさ! つまんない! つまんない!」


 羅刹は見るからに不機嫌な表情を浮かべると、赤いハイヒールの踵で血まみれになった石畳の上で地団駄を踏む。


 羅刹はゴルゴダの使徒を率いるエリザベート・グリムが『生み出した』神化ヒドゥンで、ヒドゥンの中では珍しい『吸血鬼』である。人間、特に強くて逞しい男性の生き血を好み、最強のつまりはカヤードの血を奪う為、今回もカヤードに同行していた。


「まだ終わった訳じゃないだろ? 肝心な『本丸』がまだ落ちていない。それにハミルトの兵力は三百余り……これは単なる前哨戦に過ぎない」


 カヤードは至る所から黒い煙りを上げるハミルトの中央にそびえ立つ、クルセイダー支部に視線を送った。


 かつて、自分も遠征で何度か訪れたハミルトの支部。


 『鋼鉄の騎士団』の異名を持つ、顔見知りの精鋭達をまだ一人も見ていないのだ。


 恐らく、戦力を集中させ篭城戦に持ち込み、本部からの援軍を待つつもりなのだろう。


 カヤードは冷静に敵陣の動きを推測すると、意を決した様に急に立ち上がった。


「羅刹、増援が来る前に奴らを叩くぞ! 付いて来い!!」


「はっ!?」


 目の前を疾走して行くカヤードを、鳩が豆鉄砲を喰らった顔で呆然と眺めていた羅刹。


「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」


 羅刹は焦りの表情を浮かべつつ、カヤードを必死に追いかけた。


 いつもそうだ。


 カヤード・ワインズマンと言う男は。


 自分一人で全てを考え、自分一人で全てを決める。


 部下のヒドゥンたちなど駒にさえ思っていない。


 ハミルトに自分を連れて来たのも全て『ゴルゴダの使徒』の存在を教会側にしらしめす為。


 カヤードにとって自分や他のヒドゥンなどプロパガンダの一部でしかないのだろう。


 決して『仲間』だとか『戦力』等とは思っていない。


 疾走しつつ、そんな事を頭に思い浮かべながら、羅刹はカヤードの背に向かって中指を立てた。


 要塞都市ハミルトを疾風の如く駆けて行くカヤードと羅刹はハミルトの砦に向かう。


 街の中央にそびえ立つ砦、それを囲む様にラピスリア教の信者たちがクルセイダーの生活をサポートする為に街を形成した、それがハミルトの始まりだ。


 『現役時代』のカヤードも足繁く通ったハミルトの石畳。


 カツカツと爪先が触れる度に小刻み良い音が周囲に響き渡る。


 カヤードの視界に入って来る町並み、それはかつて見たハミルトの面影は全く無い。


 至る所に散らばる肉片と血の水溜まり。


 クルセイダーは全てカヤードが殺し、一般市民の全てを配下のヒドゥンたちが貪り尽くした跡だ。


 地獄絵図、阿鼻叫喚、どこの指か判らない指先の破片、食い千切られた女のふくらはぎ、無数の骨……エトセトラ。


 恐らくカヤードが屠ったクルセイダーの死骸の山も今頃ヒドゥン達の餌と化している事だろう……容易に想像できる。


 カヤードの脳裏には、心には何が過ぎったのだろうか?


 黒い双眸には感情を宿さない冷めた色が浮かぶ。


 その刹那!


 カヤードの左胸目掛けて一筋の黒い影が強襲して来る。


 影、それはしなる弓から解き放たれた瞬速の矢。


 街中にある民家の二階から撃たれた不意の一撃。


 カヤードの左胸を捉えた筈の矢は突き刺さる寸前、『何か』に弾かれた。


 周囲に漂う無数の『骨』の群れ。それが矢を弾いた正体だった。


 彼の後方を駆ける羅刹が繰り出した『骨の絶対防御』。


 人間の骨を自在に操る羅刹の得意技である。


 回転する骨に目を向けつつ足を止めないカヤードは、チラリと後方の羅刹へ冷たい視線を向ける。


(余計な真似を)


 その視線を自慢気なウィンクで返す羅刹。


 羅刹がウィンクを見せた瞬間、民家の二階から弓を放ったクルセイダーの体内が急激に『膨張』し始める。


 射程内の生物の骨を遠隔操作で『抜き取る』、【骨抜き】。


 クルセイダーの体は膨張すると、全身の骨が軋み始め、物凄い量の血液と骨が体外へと勢い良く放出された。その様はまるで『針串刺し』の様だ。


 飛び散ったクルセイダーの鮮血。それらは空気中に漂うと、程なく巨大な赤血球の塊となり、勢い良く羅刹の口許へと運ばれて行く。


 これが羅刹流の吸血方法。


 首元に牙を当てがう、伝承にある吸血鬼とは全く異なる仕様だ。


「……フフフ♪ 美味しいっ!やっぱりクルセイダーの血は芳醇で濃厚ね!」


 カヤードに見せ付ける様に舌なめずりすると、光悦の笑みを浮かべる羅刹。


「……」


 それに対しカヤードは無言のまま。


 咎めもしなければ賞賛もしない。


 カヤードは羅刹たちヒドゥンの『食事』に対し何を思うのか。


 人を守るべき立場にいたカヤード。


 最初は教会の根底にあった『矛盾』と『偽善』に対抗する為にラピスリアに叛旗を翻した……筈だった。


 だが、今ではヒドゥンの手先となり数多の人間を殺し続けている。


 そんなカヤードを見ていると、教会に叛旗を翻したと言うより、『人間』と『決別』してしまった様に羅刹には感じられた。






 ――カヤードたち、ゴルゴダの使徒によるハミルトへの進攻と時を同じくして、ラピスリア教会枢機卿、フィスタニア・サンジェルマンは若きクルセイダー二人と共に、フラン(旧フランス)領の北部にある樹海の中にいた。


「うわーっ!?なんなんだよーコレぇー!?」


 樹海の中、突如聞こえて来る若い男の奇声。


 その風貌は、金髪のツンツン頭と円らな瞳の上には意志の強そうな同色の太い眉が映える。背丈はやや小さく少年と呼ぶに相応しく、クルセイダー特有の白いナイトコートを羽織っていた。


 そんな彼が奇声を上げている理由。


 樹海に潜んでいた『古木のヒドゥン』に全身を雁字がらめにされ、高い枝の上から『宙づり』にされていたからだ。


「……まったく、なさけないわねー」


 宙づりにされた金髪ツンツン頭に冷たい視線を送る黒髪のショートカット。こちらは黒瞳に色白、線は細いが背丈は女性にしては高いスレンダーな少女だ。


 「おい大丈夫かぁ、バイス?」


 そしてニヤニヤ薄ら笑いを浮かべながら、『シケモク』をくわえるサンジェルマンがちゃちを入れる。


 バイスと呼ばれたツンツン頭は必死にもがきながら、同行者である二人に助けを求める。


「ちょっ! 二人とも見てないで助けてくださいよー、なんの為のスリーマンセルなんすかっ!?」


 古木のヒドゥンは樹齢数百年はある欅の木に寄生した、プラント系のヒドゥンだ。


 プラント系ヒドゥンは、森林の中で獲物が近寄るのを擬態しながら待ち、隙を見て雁字がらめにして、ゆっくりと養分を吸い上げる。


 バイスも今の状態で1時間も放置されれば、古木に肉体ごと吸収されてしまうだろう。


「ったく、アンタが前を良く見ないで突っ走るからでしょーがっ!!」


 空かさずバイスにツッコミを入れる黒髪ショートカット。


「もう見ちゃいらんない」とバイスを視界から外してしまっていた。


 眉間には皺が寄り、明らかに呆れ果てている様子が見て取れる。


「バイス、お前なら一人でも十分切り抜けられるだろ? スリーマンセルは『足手まとい』を切り捨てるのが鉄則だぞ? 自分で何とかしろ、オレとマオは先に行ってるからな」


 サンジェルマンは、相変わらずケタケタ薄ら笑いを浮かべながら踵を返し、樹海の奥深くへと進んで行く。


 振り返りもせず、後ろ向きでバイスに手を振りながら……。


「……ちょ、ちょっと枢機卿!? 枢機きょーーっ!! かむばーっくっ!!」


 バイスの叫びとは裏腹に、サンジェルマンと黒髪のマオの両名は『蜥蜴の尻尾切り』に移っていた。


「マオ、今日の晩飯当番はお前な」


「えっ? 昼も私でしたよ? 今度は枢機卿作ってくださいよー、お料理得意なんですし」


 サンジェルマンの左腕に自身のふくよかな胸と両腕を絡ませたマオが『せがむ』ように懇願する。


 端から見たらバカップルそのものだ……。


「おい、こらっ! 人がピンチで助けを求めてるんだぞーっ!? それに昼飯ん時はマオ、お前じゃく俺が当番だったろーがっ!! 何っ、「最初からバイスはいませんでした」みたいな雰囲気醸し出してんだよぉー!! ふざけんなぁ!!」


 それを見たバイスの怒りが頂点に達し、見る見るうちにヒドゥンに捕縛されていた全身の筋肉が膨張して行く……。



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