決別のカヤード
「『やった!』じゃないだろう!!」
油断していたカヤードの頬を思いっきり殴り付けるヴィヴァルディ。
怒りより、呆れ、を双貌に映すヴィヴァルディにカヤードは「どうして?」と言う顔を浮かべていた。
「コイツを見せてみろ!」
ヴィヴァルディはそう言うと、カヤードの右手に巻かれていた『紅いブレスレット』を強引に引き千切った。
「なっ! 何を?」
「何をじゃない! ……コイツは……『ヒドゥン』だぞ!!」
ヴィヴァルディが引き千切ったブレスレットは、千切れた途端に『紅い蛇』へと姿を変え絶命する。
「巧妙に気配を消していたが、お前の『異変』に何か不可抗力を感じてな……まぁ、お前が『狂気』に支配されて無くてホッとしたよ」
「馬鹿な!? そのブレスレットは……」
驚愕するカヤード。
瞬間、照れながら笑うルウの顔が頭に浮かんだ。
まさか?
否、きっとルウも知らなかった筈だ。
蛇のヒドゥンが化けてルウのネックレスと入れ変わったのだ。
そう強引に結論付けるカヤード。
「……マスター……」
不意に聞こえて来る雛菊の声。
ネオの治療によって浴びた反り血で着物を汚した雛菊の表情は暗く沈んでいた。
「雛菊!?」
その様子から『結果』を悟ったカヤードは、双眸を閉じ、強く強く唇を噛み締める。
「……雛菊、焔、お前たちはネオを連れて本部へ戻れ、後は私とカヤードでやる」
ヴィヴァルディは黙祷を捧げ、胸に十字を刻む。
「……了解しました」
雛菊、焔の二人はそう頷き返すと、帰還の準備を始めた。
「カヤード……まだヒドゥンは生きている、油断するなよ!!」
カヤードの背を強く叩くヴィヴァルディ。
「はい……ネオの仇は、オレが……オレが、必ず取ります!!」
カヤードの双眸が再び開くと、その瞳には強い憎悪の念が宿されていた。
それを理解するまでカヤードは呆然と立ち尽くしていた。
カムイクックから帰還した時には既に日は沈み、満月と星々の明かりが闇夜を照らしていた。
本部内にある『共同墓地』。
カヤードは本部に戻ると、空かさずネオや殉教したクルセイダー達の葬儀に参加し、彼等を見送っていた。
戦友たちとの別れ。
己の不甲斐無さを痛感した。
結局、カヤードたちはヒドゥンに『逃げられた』のだ。
仇は取れず、結界解除と同時に『見計らった』様に上空へと逃げて行ったヒドゥン。
葬儀が終わり、深夜、一人墓地でネオの墓前に佇むカヤード 。
「……カヤード」
「?」
「……カヤード」
「!?」
突如、背中から聞こえて来た『聞き慣れた声』。
「カヤード、何故『僕を見殺しにしたんだい』?」
「!?」
カヤードは目を見開き、ゆっくりと振り返る。
「ネ、ネオ!?」
カヤードの眼前には左半身が腐りかけたネオが、怨めしそうに此方を見つめていた。
鼻を境界線に、左側の全てが腐り、目玉が飛び出ているネオ。
「馬鹿な!何故!?」
ネオは土葬され、カヤードの背後にあった墓の下に埋まっている筈だ。何故僅か数時間で左半身が腐った状態でカヤードの前に現れたのか……。
「……ネオに『寄生』したヒドゥンだな、貴様!」
徐々に剣呑な表情へと変わるカヤード。
左の腰に差した刀を抜き放つ。
「寄生? ……違うよ、僕は生まれ変わったのさ♪死んだ瞬間に『ゴルゴダ』の妖力によってね!もう僕は脆弱な人間なんかじゃない!君にも負けない強靭な肉体を手に入れたんだよーっ!!ハーッハッハッハッハッ!!!!」
ネオだった者が高笑いと共に激しく発光する。
「なっ!?」
思わず目を細めたカヤード。
次の瞬間、強力な衝撃が鳩尾を襲った。
ネオの墓石を薙ぎ倒し、他の墓標を何枚もへし折りながら後方に吹き飛ばされるカヤード。
「き、貴様っ!!」
カヤードの口の端からは一筋の鮮血。
「クックック♪実に清々しいよ♪カヤード。僕のコンプレックスだった非力な肉体がここまで強化されるとはね♪」
『ネオだった者』は、先程までの姿とは打って変わり、カヤードよりも長身で筋肉質な白髪頭に変貌を遂げていた。色白で透き通る様な肌には銀色のスパンコールが施された白のシャツとラッパズボンを纏っていた。
「ネオは死んだんですよ、カヤード。ボクの新しい名は『修羅』!! この身体なら、カヤード、『君を殺せる!!』」
修羅は両目を見開く、瞳は青く輝き、口からはキラリと光る八重歯。
「……ネオから出ていけぇ!!」
カヤードは瞬時に高速で地を這い、修羅へと襲い掛かる。
幻影一刀流・秘伝
【鉄這う】
超低姿勢の構えで高速移動しながら標的を一閃する『移動型居合い』。
「甘い! あまぁいよ♪ カヤードくん♪」
カヤードの『鉄這う』を楽々と『左肘』で受け止める修羅。
甲高い金属音と共にカヤードの刀は無残にもへし折られていた。
「なっ!?」
驚愕の表情のカヤード。
それとは対称的に満面の笑みの修羅。
「ボクはねカヤード♪ 昔から君に嫉妬していたんだよ!」
「嫉妬だと!?」
「そうさ♪ 君は突然この街に現れ、瞬く間に羨望を浴びる『英雄』となった。ボクと同じ年なクソガキだったくせに、最年少でクルセイダーになったかと思うと『アヤメ様』の心を奪いやがった!! ボクの憧れの女性だった、毎晩思っていたあの人を奪ったんだよ! 君はさぁ! 生まれつきひ弱だったボクには彼女は見向きもしなかった! だからボクはそれならと学力を必死に磨いたよ! 蓬術の腕もね!! それでも彼女はボクに無関心だった、彼女の心には忌々しい君が居座っていたからねっ! 許せなかった! 許せなかったよ! しかも、知ってるかい? ボクの学府での『あだ名』!? 【蓬術のカヤード】だとさ!! はははっ! ふざけるなよ!! 何で忌々しい君の名前で呼ばれなきゃいけないんだ!!」
修羅はまくし立てるようにカヤードに言い放つ。恨み辛みがこもった怒りの言葉。
「ばっ、馬鹿を言うな! ネオはそんな事思っちゃいなかった! デタラメを言うなよヒドゥンがっ!!」
カヤードは折れた刀を投げ捨て、ロザリオに手をかける。
「まだ別人だと思っているのかい? めでたい奴だな! しかも、君はアヤメ様だけじゃなく、ルゥにまで手を出した!! アヤメ様を諦めたボクの心を癒す筈だった、あの幼女を! 本当はボクが引き取り、妹にするつもりだったんだよ!! それを横からしゃしゃり出て来やがって!!」
修羅の異常なまでの興奮が爆発する。
「もう黙れ!!」
カヤードはメタトロンを覚醒させ、八相に構える。
「ハァーッハッハッ!! アヤメ様もルゥも、君をブチ殺してボクの物にしてやるんだ♪」
「幻影一刀流・秘伝【闇八艘】」
カヤードの周りに八人の幻影が現れる。
具現化こそされていないが、その数は圧倒的だ。
刹那、影達は修羅を囲む様に四方へ散らばると、カヤードの姿は消え失せた。
【影渡り】の超発展形である闇八艘。
カヤードは自ら生み出した幻影を出入口として、修羅を斬りつけながら瞬間移動を繰り返し、次々と致命傷を負わせて行く。
「たぁぁぁぁあああっ!!」
カヤードの最後の一太刀が修羅の『首』を切り落とす。
吹き飛んだ修羅の首は墓地へ転がり、頭を無くした修羅の身体は弱々しくその場に崩れ落ちて行った。
「ネオ、すまない……君を死なせただけでなく、君の大事な体にヒドゥンを寄生させてしまった……」
カヤードは修羅の遺体をメタトロンの炎で火葬する。
「今度こそ、安らかに眠ってくれ……」
カヤードの瞳には涙が溢れていた。
そんな折り、
「マスター・ワインズマン!! 大変です!! 突如、今回の遠征で殉教した者たちがヒドゥン化し、本部内を襲撃しています!!」
息を切らせながら西門の門番をしていた、黒人の若いクルセイダーがカヤードの下にやって来た。
「何だと!? 一体どう言う事だ!?」
「はっ! 遠征で殉教した者たちの多くは今日、葬儀を執り行いましたが、一部の者たちは明日葬儀を行う為、地下の安置所に一時的に保管していたのです。ですが、突如その遺体たちがヒドゥン化し、本部を襲撃しているのです!」
ネオや大半のクルセイダーたちは今日埋葬されたが、生死をさ迷い、帰還後死亡した者たちは都合上、明日合同で葬儀を執り行う予定だった。
その者たちが修羅と同じくヒドゥン化し、暴れていると言う。
「ちっ!! これもゴルゴダの仕業か!?」
舌打ちと共に本部へと疾走したカヤード。
「私も向かなければ!」
そう黒人のクルセイダーが言った瞬間。
今日埋葬されていたクルセイダー達が次々と墓地から起き上がって来る。
「なっ!?」
黒人のクルセイダーはたじろぎ、息を飲んだ。
瞬く間に墓地に埋まっていた数十人もの死体が全身を腐らせた『ゾンビ』となって彼を取り囲んでいた。
「うわっーっ!!」
「演算殺法!! 死者悟入!!」
上空から放たれた光の弾丸が散弾銃のようにゾンビ達を粉々に粉砕して行く。
「あっ、あなたは!」
それを見たクルセイダーは安堵の表情を浮かべると、それを放った人物に駆け寄る。
「……この事態、『外部』には漏れていないだろうな?」
「はっ? はぁ……まだ本部内でも一部の者しか知りません、しかし何故?」
思いもしないその人物の発言にいぶかしがるクルセイダー。
「そうか……行っていいぞ、オレも後から向かう」
「はっ! 大至急お願い致します。それでは私は他の十剣の方々の下へ!」
そう踵を返したクルセイダーの背に、
「ああっ、『逝っていいぞ』!!」
そう言うとその人物は強力な一撃を繰り出し、クルセイダーの背中を貫くとそのまま彼の心臓を抜き取り、力強くそれを握り潰した。
「なっ!?」
絶命し、断末魔を上げ力尽きるクルセイダー。
「許せ、これも『世界の意志』だ」
冷たく突き刺さる様な瞳を、カヤードが向かったメゾサンクチュアリへ向ける『サンジェルマン』の姿がそこにあった……。
「何故、何故こうなった!?」
カヤードは激昂していた。
彼は本部の最上階にある『洗礼の間』にいた。
天井に張られたステンドグラスからは月明かりが注がれ、僅かな光が部屋の中央にある女神像に降り注がれていた。
「これも『教会』の意志なのだ、カヤード!」
カヤードと対峙するは黒衣に身を包むクロノス・クーロン。
「師匠は御存知だったのですね!?」
カヤードはクロノスに向け、怒りを爆発させる。
カヤードが怒る理由。
それはカヤードの横で血塗れで横たわる白いローブ姿のルゥが物語っていた。
胸には槍で貫かれた後があり、既に絶命していた。
「槍の洗礼は失敗する事がある……洗礼に失敗した者は、カルマの器を飼い慣らせなかった者は死ぬ……それは、そこまではオレも知っていた。だが、だが!」
カヤードは大声を張り上げ、横たわるルゥを力強く抱き締める。
「カルマの器を持つ者、つまりオレたちクルセイダーや洗礼に失敗した者が『死ぬと同時にヒドゥン化』してしまう、などとは一度も聞かされていなかった!」
「そんな事実を突き付けられたらお前はクルセイダーになろうと思うか?儂等はヒドゥンを滅さなければならぬ!その為には自らがヒドゥンになる事を隠し、戦い続けるクルセイダーを量産しなければならぬのだ!」
クロノスは鋭くも悲しい瞳でカヤードを一喝した。
「そのルゥも『お前に近付きたい』とねだり、自ら進んで槍の洗礼を受けた。残念ながら失敗に終わったがな……」
「残念ながらだと!! 家族じゃないか!? ルゥは貴方の養女だぞっ!」
カヤードはメタトロンをかざし、力一杯にクロノスの発言を否定する。
「儂は、ヒドゥン化したクルセイダー達を葬る為の部署『聖殺局』の局長じゃ! 私情は挟まん!」
【聖殺局】……教会内でも禁忌とされる部署で、その存在を知る者は極々少数。殉教したクルセイダーや洗礼に失敗した候補生がヒドゥン化する前、若しくはヒドゥン化した段階で滅する十剣以上の実力者のみが所属する。
「見損なったぞ! クロノス・クーロン!! 貴様も、教会も、皆オレ達を騙していたんだなっ!!」
「否定はせんよ! だが、ヒドゥンを倒す為には、教会を存続させ、世界中に威光を放つ為には、この事実は隠さなければならぬ! 儂もお前も、ルゥも、皆死んだ時点でヒドゥンとなる! 良いではないか!? 己が死んだ後の事など関係あるまい!」
「貴方は何も解っちゃいない!! 絆を持つ者を、家族や友人だった者に剣を向ける事がどれ程辛い事かっ!!」
カヤードは先程の修羅の姿を思いだし、怒りに涙を流す。
「それはお前が弱いからだ! 儂はそんな感情とうに捨てたわっ!」
クロノスは大太刀を抜くとカヤードに切っ先を向ける。
「さぁ、とっととルゥの死体を渡すのだ! いつヒドゥン化するか解らんぞ!?」
「オレは……オレは……」
カヤードは瞳を閉じ、抱き締めていたルゥをより一層強く抱く。
「今からオレはアンタ達に敵対する!! うわべだけのカルト教団に力を貸すつもりは更々無い……」
「何だと!? 貴様正気か? ヒドゥン側に着くと言うのか!? 教会に敵対すると言う事は『人間』に、『世界』に敵対するのだぞ!」
驚愕の顔を見せるクロノス。
「ルゥと、人間だったヒドゥンたちと、教会に裏切られた同胞たちの為に、オレは剣を振るう! 虚空なる天剣は今より正義の魔剣へと生まれ変わる! 去らばだクロノス・クーロン!!」
今までに無い、神速の一撃がクロノスの首を吹き飛ばした。
カヤードの瞳は決意に溢れていた……。
「行こう、ルゥ……お前がどんな姿になろうとも、オレはお前の家族だ、オレはお前たちの為に剣を振るうよ……」
優しくルゥに口付けしたカヤードはハタバキを召喚し、天井のステンドグラスに穴を空けると、ルゥを抱き抱えたまま上空へと羽ばたいて行く。
「これは置き土産だ!!」
カヤードは月夜の上空で立ち止まると、右手だけで『白鳳破』を放った。
「必ず、お前たちを潰す!それまで精々、偽善者の仮面を被っているがいい!」
放たれた巨大な鳳がメゾサンクチュアリへ向かって羽ばたいて行く。
巨大な鳳の姿を、本部内にある庭園で素振りをしていたウイングが誰よりも早く気が付いていた。
「あれは……カヤード!? 何故? どういう事!?」
ウイングは事態を全く飲み込めていなかったが、これはマズイと察すると、無意識の内に自身も白鳳破を繰り出していた。
カヤードから教わった白鳳破で……。
本部に向かって羽ばたく鳳と、本部の庭園から羽ばたいていく鳳。
二羽の鳳が激しくぶつかり合い、眩い閃光が周囲を覆っていった……。
「カヤード……何処へ行っちゃったんだい?」
仰向けに倒れ込むウイングは上空に映る月夜に悲しい声を上げた。
二羽の鳳は相殺され本部は無事だった。
ウイングの全力と、ルゥを抱えていたカヤードの加減されてしまった鳳が互角だったと言う事だ。
「……思惑通りに行ったな……」
本部の墓地で煙草を吹かすサンジェルマンが呟いた。
「ええ……カヤードが『こちら側』に付いてくれれば『計画』が一気に早まるでしょうね……』
墓地の墓標に腰を掛ける修羅がニタニタしながらサンジェルマンに言った。
吹き飛ばされた首も再びくっついて元通りになっている。
「後はゴルゴダとルゥだな……」
「まさか、ルゥとゴルゴダの龍が一心同体だとは気が付きませんでしたよ? あの時、入り口で転がっていたのも必然だった訳ですね?」
顎に手を当て、三年前の事を思い出す修羅。
「あぁ、ゴルゴダとルゥは本来は一つ。百年以上前に実在した『エリザベート・グリム』という名の、かつて『ラピスの巫女』だった女……当時の教皇に封じられ、カムイクックで眠っていたのさ……」
サンジェルマンは唇を吊り上げると、煙草を投げ捨て立ち上がる。
「修羅、エリザベートとカヤードの監視を頼むぞ。オレは引き続き計画を進める」
「御意!」
修羅も墓標から立ち上がると最敬礼し、その場を後にした。
サンジェルマンの計画とは?
世界の意志とは?
エリザベートとは?
あらゆる謎と思惑が入り交じり、時代は進んで行く……。




