見下ろす雪景色
この国で二月は一年で最も寒い月である。
雪化粧を施された煉瓦造りの町、ダノンオーラには至る所から煙突が伸び、そこから立ち上がる鼠色の煙りが町の空を覆っていた。
蒸気機関?
否、この町にはヤカンの蒸気が関の山だ。
ただの暖炉の煙り、それだけ寒い。
時は夕刻前の午後三時。
人っ子一人いない街並みは非常に不気味に見えたが、決してゴーストタウン等ではない。
街はヒドゥンの出現によって厳戒態勢を敷いていたのだ。
そして、そのダノンオーラを見渡せる小高い丘のには、二人の人物が丘の縁から煉瓦の街並みを見下ろしていた。
「あらあら、聞き分けの無い狼ですこと。勝手に飛び出して暴れ続けているようですわ」
そう言葉を発したのは金髪の巻き毛、パッチリとしたサファイア・ブルーの瞳、フリルの付いたゴシック・ロリータファッションの少女。
年の頃は十五、六、紅いレースのフリルと黒いシルク地のドレスは否が応にも目立ち、舞い落ちる小雪よりも白い肌は見る者を魅了する。
灰色の寂しげな空から舞い落ちる雪を、見えない傘で弾くゴスロリ少女。腕を組みながら、呆れた口調で話す彼女だったが、それとは裏腹に表情は明るく、艶やかなルージュが乗った唇の両端を吊り上げ微笑んでおり実に楽しげだ。
その妖艶な少女から数メートル離れた大きな岩い腰を落としている二人目の人物は、少女とは違う方角をぼんやりと退屈そうに眺めていた。
岩に腰掛けていた男は長身且つ、長い四肢と引き締まった筋肉の持ち主で、顔は頬を削ぎ落とした様な骨格だ。切れ長の黒い瞳は何処か退廃的な色が窺える。
筋肉質な体を纏うのは上半身にフィットした黒い長袖シャツと、同色のレザーパンツのみで、季節感が全く感じられない装いだ。
肩甲骨まで伸びた長い黒髪を揺らした北風が、腰に差した剣の鞘を揺らす。
彼もまた、見えない傘で雪を弾く。
「何を言っている、元々暴れさせる為に貴様が生み出したのだろう?」
黒髪は呆れたように吐き捨てた。視線は相変わらず『明後日の方角』を向いており、少女の方へは全く見向きもしない。
「ほーっほっほ、確かにそうですわね。彼等が暴れてくだされば、必ずや教会と接触致しますから」
ゴスロリ少女は血より真っ赤な唇を再びつり上げると、しきりに頷きながら高笑いを発する。
「…………」




