教皇の封印と八つの影
「そんな事よりカヤード、今回の一件……貴方はどう思います?」
カヤードがマスターと呼ばれる事に抵抗を感じているのを察したネオ、今度は名前で彼に呼び掛ける。
「どう思う?……さぁな、大昔に封じたヒドゥンの妖気に惹かれて、他のヒ
ドゥン共が異常発生しているんじゃないのか?」
カヤードは歩きながら、事前に聞かされていた概要を自分なりに分析し、そう結論付けた。
「……封印自体が弱まっていると……」
顎に手を当て思考し始めるネオ。歩みは少し遅くなる。
「他に思いつかないな……こう言った話はネオ、君の方が得意だろう?」
両手を広げ、文字通り『お手上げ』の仕草のカヤード。
「……学府の図書館で百三十年前の事件を調べたんですが、封印を施したのは当時の『教皇』らしいんですよ……」
「教皇!?」
思わず歩みを止めてしまうカヤード。
「えぇ、当時、教会内で最高のカルマニクスと蓬術を持つ教皇が自ら封じた……と、文献には記されていました」
ネオは訝しげな顔を浮かべ、顎に当てた手はそのままに歩みを続ける。
「教皇自らが封じなきゃならない程の相手だった……って事か?」
一瞬『おいてけぼり』を喰らったカヤード、小走りでネオを追いかける。
「おそらく。文献には当時封印されたヒドゥンについても記載がありましたが……かなりの強者だったようです」
通常、クルセイダーや蓬術士に敗れたヒドゥンは『消滅』を迎える。
しかし、中には強力過ぎて一時的に倒す事が出来ても、完全に消滅させる事が不可能なヒドゥンもいる。
極々稀ではあるが、神化ヒドゥンの一部にそう言った者が存在し、それらの魂を強力な蓬術で半永久的に封じる事がある。
封印系蓬術の最高位、『アーク・オブ・ノア』。
件のヒドゥンを封じた際に使われた蓬術である。
この封印を施せるのは歴代教皇のみとされていた……。
「正直、もし封印が解放されたら俺達だけじゃ相手にならないだろうな」
苦笑を浮かべるカヤード。
教皇が自ら封印を行った程の相手だ。恐らく十剣が束になっても敵わない相手だろう。
自分一人では手も足も出ないまま終わる。
「確かに。ただ、今回はその危険性があるかどうか見定めて来い、と言うのが教会からの指示ですから。……万が一にも封印が解けていた場合は全力で
逃げ出すしかないでしょうね?」
「そう……だな……」
そんな二人の会話を妨げる様に突然、周囲の木々が激しく揺れ始め、生暖かい風が漂い始める。
「ネオ、下がっていろ!」
「……はい、おかませしますよ、マスター」
カヤードは腰に差していた『銀製の刀』を抜き、正眼に構え始める。
「だからマスターじゃない!」
カヤードは不敵な笑みを浮かべつつ、目の前に現れた標的に鋭い眼光を向けた。
カヤードの視界には八つの巨大な影が映しだされていた。
距離にして四、五十メートル。
森の中に広がる木々の無いぽっかりと空いた空間に、三メートル以上はある大きさの黒い影が、陽炎の様にゆらゆらと揺れている。
「八体か……」
影は次第に姿形を変え、人外の風貌に変わって行く。
「牛人っ、ミノタウロス!!」
ネオは思わず声を張り上げた。




