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クロノスとサンジェルマン

「ハッハッハッハッハ!! 何をしているカヤード? さっさと此方へ座れ。フィスタニアが態々来てくれたんだ、酌ぐらいせんか」



 盃になみなみと注がれていた酒を一気に飲み干すと、白髪頭のクロノスは豪快な高笑いを浮かべる。



 クロノス・クーロンは齢、五十七。半世紀近くもの時をヒドゥンとの死闘に捧げた歴戦の勇者だ。



 昨年、現役を引退したとは言え、筋骨隆々な体躯と豊富な経験と威厳を漂わす鋭い眼光は未だ衰えを感じさせない。



「では、失礼致します」



 クロノスの指示に従い、カヤードはサンジェルマンの横に座ると、馴れた所作でサンジェルマンの盃に酒を注ぎ始める。



「おっ、悪いなぁ、稽古の邪魔しちまって……」



 申し訳無さそうに右手で謝罪の仕草を見せるサンジェルマン。



「いえ……でも今日はマスター・サンジェルマンで良かったですよ」



 酒を注ぎ終え、苦笑いを浮かべるカヤード。



「何でだ?」



 酌をしたカヤードに軽く会釈をしてから盃を口に運ぶサンジェルマン。



「他の方は本気で説得に来られますが……マスターは違うでしょう?」



 多少、含みのある言い方をするカヤードにサンジェルマンも薄ら笑いで応える。



「まぁ、そりゃそーだ♪」



 連日のように訪れる教会の重鎮たちとは違い、サンジェルマンはカヤードの心境を良く理解していた。



 ローテンションで回って来る説得役。彼がカヤードの推挙の件で屋敷に訪れたのは今日で三回目だ。



 最初の訪問からカヤードには十剣になる意志が全く無い事を悟ったサンジェルマンは、教会には説得と称して旧知の仲であるクロノスと酒を酌み交わ

す為だけに屋敷を訪れていたのだった。



 カヤードからして見れば、頭の硬い重鎮の相手をするより遥かに楽な説得役である。



「ガハハハッ!カヤード、お前も呑め!儂が注いでやるぞ!」



 二人のやり取りを見て無かったクロノスは、自らが飲み干した盃をカヤードに手渡した。



「……では、御言葉に甘えて……」



 クロノスに注がれた盃を両手で支えると、カヤードは一気にそれを飲み干す。



「ハハハハハッ!!いい飲みっぷりだ!」



 満足そうな笑みを浮かべるクロノス。まだ午前中だと言うのに、すっかり顔は真っ赤になっていた。



「剣だけじゃなく、酒も十剣クラスだな」



 そう揶揄するサンジェルマンは、マイペースで盃の酒を少しずつ減らして行く。



「……マスターたちと一緒にしないで下さい。俺はここまで強くないですよ」



 食卓に密集している十数本の銚子を、呆れた眼差しで眺めるカヤード。



「……ハハハッ!お前もあと二、三年すれば『こーなる』さ♪……おっと、悪酔いする前に言っとかなきゃならない話があったんだった……カヤード、クロノスの旦那、ちょいと真面目な話があるんだが、聞いてもらえるか?」



 盃に残った酒を飲み干したサンジェルマンは、何かを思い出した様に背筋を伸ばし、姿勢を正すと、二人の顔を真剣な目で見据えた。



「……話ですか?」



「なんだ、今更『十剣になってくれ!』とでも言うのか?」



 突然切り出されたサンジェルマンからの話と聞いて、訝しげな顔を浮かべるクロノスとカヤード。



「まさか……カヤードには然るべき時に、自らの意志で十剣になって貰えれば、俺は構わないと今でも思ってますよ」



 カヤードが頑なに十剣を拒む理由。



 それはカヤード自身が幻影館の門下生や病を患っているクロノスを置いてまで、十剣にはなれない!と言う強い思いからだった。



 十剣となれば教皇の特命で世界中を飛び回り、教会本部内では教皇の護衛を行ったりと、とても幻影館に居られる時間は作れない。



 余命数年余りの師を見届け、自分に代わる師範代が育つまでは十剣への推挙は頑なに断っていたのだった。



「話ってのはクルセイダー、カヤード・ワインズマンへの任務通達さ。明日、お前にはカムイクックに向かって貰う。『十剣になれないなら、クルセイダーとしての任務は今まで以上にこなしてもらうぞ!』とのミッターマイヤー卿からの『ありがたぁーい御言葉』付きだ♪」



 一瞬見せた真面目な表情は既に無く、サンジェルマンの顔にはイタズラに満ちた薄ら笑いが浮かんでいた。


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