ツバサとアヤメ
「……アヤメさん……」
好きな相手の気持ちは十分察している、と言わんばかりのアヤメに再び顔を真っ赤にさせたカヤード。
「……カヤード、顔真っ赤だよ?風邪惹いた?」
「!?」
突然聞こえて来た第三者の声に目を天にする両人。
カヤードとアヤメの間に、いつの間にか二人の腰程しかない小柄なツバサが割り込んでいた。
「ツ、ツバサっ!驚かすんじゃない!!」
「そ、そうよ『ツバサちゃん』。びっくりしちゃったわ」
心臓が跳び出る程驚いた様子を見せるカヤードとアヤメ。
「ごめん、ごめん」
ツバサは『くしゃくしゃ』になった穢れの無い笑顔で二人に応えた。
「……兎に角、俺も顔を出さない訳には行かないですね。ツバサ、俺は母家で教会の人と会って来る。五分経ったら稽古を再開するように皆に伝えてくれ」
カヤードは汗で濡れたツバサの髪を首に巻いていた手拭いで優しく拭ってやる。
「うん、分かったよ!」
ツバサは可愛らしい笑みでそうカヤードに頷き返した。
カヤードが道場から少し離れたクーロン家の母屋に向かうと、応接間から豪快な笑い声が聞こえて来た。
「また呑んでるようだな……」
カヤードは少し呆れた顔を浮かべつつも、口元を緩めながら応接間の手前で腰を屈め、床に正座をする。
「……館長、カヤードです。教会の方がお見えになられたと伺いましたのでご挨拶に参りました……」
障子越しにカヤードが言う。
「おう!来たか、カヤード!!早く中へ入れ!!」
腹の底から発っせられる老練な男の声が、障子の向こう側から聞こえて来た。
「……失礼致します」
それを合図に、正座のまま障子を開けるカヤード。
「カヤード、悪いな!また来ちまった!」
障子を開けると、下座に鎮座していた長い黒髪を後ろで縛った大柄の男が、バツの悪い顔をカヤードに向ける。
「……いえ……」
若干、冷めた瞳を浮かべ黒髪の男に答えるカヤード。
応接間は旧日本形式の畳部屋で八畳程の広さだ。
部屋には掛軸や高価な壺が置かれ、縁側からは手入れの行き届いた枯山水が覗ける。
中央には漆塗りの重厚な食卓があり、その上には豪勢な日本料理が盛られた大皿が何枚も載せられていた。
その皿の横には何本もの銚子が所狭しと並んでおり、黒髪を後ろに結んだ、フィスタニア・サンジェルマンと、この屋敷の主で黒い作務衣姿のクロノス・クーロンが盃を酌み交わしている最中だった。




