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追憶

 雲一つない青空。



 秋は空が高い。



 心地よい風が金木犀の香りを乗せてやって来る。



 旧世界の『日本』形式で建てられた木造家屋。



 古風な造りで庭も広く、平屋ながら『御屋敷』と呼ぶに価する建物だ。



 屋敷の門も太い樫の木で造られており、右側の柱には『幻影一刀流・幻影館』と書かれた達筆の看板が掲げられていた。



 幻影館の中からは大勢の声が聞こえて来る。



 皆、打ち込みの際に発する気合いの声で、活気と熱気が聞いているだけでも自然と伝わって来た。



 板張りの道場と住まいが合わさった幻影館。



 声は道場から聞こえて来る。



「ツバサ、もっと重心を落とせ。居合いは下半身が命だ、踏み込みの甘い居合い等、ヒドゥンには一生当たらないぞ」



 やや長めの黒髪、切れ長の双眸、色白で長身の青年が藍色の胴着を着て腕組みをしている。



「う、うん!分かった、気を付けるよ!」



 切れ長の青年が見守るのは、銀髪、鳶色、小柄で華奢な幼さ残る少年。



 少年は白い胴着を纏い、必死に木刀を居抜いて行く。



 見ていてどこか危なっかしい感じがするが、少年の瞳は真剣そのものだった。



 少年の名はツバサ・オリサカ。まだ十歳にも満たないが、所々才能の片鱗を見せ始めている、将来有望なクルセイダー候補だ。



「よし!昼飯までまだまだ時間があるからな!それまでひたすら打ち込みを続けろ」



 時刻は十時を回っていた。



 青年はツバサ以外の門下生にも激を飛ばす。



 幻影館は数ある対ヒドゥン用戦闘術の中で最も歴史が古い『幻影一刀流』の開祖、『嵯峨』が興した道場だ。



 その門下生は百数十年の歳月で数千人に上り、数多くのクルセイダーや歴代十剣を輩出した名門道場である。



 青年は若くして免許皆伝の腕を持ち、師範代として門下生の指導に当たっていた。



「カヤードさん!」



 不意に聞こえて来た自分を呼ぶ女の声。



 青年が振り返ると、道場の端で彼を呼ぶ、茜色の着物を着た女性が立っていた。



 女性は長い黒髪を後ろで結い上げ、透き通る様な白い肌と涼しげな目鼻立ちをした大和撫子。



 彼女はにっこりと、少し頬を赤らめて青年カヤードの事を見つめていた。



「アヤメさん……」



 カヤードも彼女の顔を見ると思わず顔を赤くする。



 余程の朴念仁で無い限り、二人が相思相愛なのは誰の目から見ても明らかだった。



 彼女の名はアヤメ・クーロン。幻影館の館長、クロノス・クーロンの一人娘だ。



「……よし、みんな一息入れよう!」



 カヤードは百人近い門下生に向かってそう告げると、早足でアヤメの下へ向かう。



「……お稽古中にごめんなさい。実は、また教会の方がいらっしゃって……今父がお話しているのですが……」



 頬を染め、やや上目遣いのアヤメが申し訳無さそうにカヤードに言う。



「『また』ですか……何度も御断りしているんですがね……」



 カヤードはため息混じりに言葉を吐き出す。



 皇守十剣への推挙。



 昨年現役を引退したクロノス・クーロンの後釜にと、クロノスの弟子であるカヤードに十剣への誘いが連日の様に行われているのだ。



 史上最年少でクルセイダーとなり、数多のヒドゥンを討って来た『天才』カヤード。



 教会としても彼を十剣に置き、達成困難な任務を任せたかった。



 その為、連日の様にカヤードへの説得が行われているのだった。



「あっ!……すみません、ため息なんかついてしまって!」



カヤードは『はっ』と我に返った。



想い人の前でため息をついてしまうとは、あまりに無神経だったとアヤメに謝罪するカヤード。



「いえ!気になさらないで!カヤードさんがため息をつきたくなるのは、私にも良く分かりますから……」



真剣な眼差しでカヤードを両手で制止するアヤメ。


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