暗殺命令
何故、十剣である二人がここまで必死なのか?
それは単純にヘレーネを怖れているからである。
いや、正確には『もう一人のヘレーネ』に対してなのだが……。
「……そうでしたか?それなら良いのですが、あまり誤解を招く様な事をなさらないよう、慎んでくださいね」
そう言うと右手に持っていた、青い司祭帽を自身の頭に載せ、ウイングに向き直るヘレーネ。
「ウイング、明日にはハミルトに出発するのでしょう?今日は早目に休んで、明日に備えて下さいね?」
「あ、あぁ、そうだね。今日はもう上がるよ……みんなも今日はおしまいだ、お疲れさま」
ウイングは壁に整列して、事の成り行きを見守っていたクルセイダー達に向かって労いの言葉を掛けた。
「はい! マスター・クーロン! ありがとうございましたぁー!!」
一斉に最敬礼のクルセイダー一同。
「ラスプーチンさんも、また本部に戻ったら『ゆっくり食事』でもしましょう?」
今度はラスプーチンに向き直るウイング。
ヘレーネに気付かれない様に彼女には背中を向けている。
彼女にはラスプーチンの顔もウイングの後頭部に隠れて見えない。
「えぇ、自慢の葡萄酒を『ご馳走』致しますよ、それまでどうぞお元気デ♪」
二人の双眸に剣呑溢れた、好戦的な色が見えたのは言うまでもなかった。
――再びラルフの執務室。
執務室にはカール以外にもう一人、新たな訪問者がやって来ていた。
「サンジェルマン卿、お忙しい所御呼び立てして申し訳ない」
ラルフは新たな訪問者、フィスタニア・サンジェルマンに深々と頭を下げ る。
勿論、自慢のシルクハットは外している。
「ちょっ、ミッターマイヤー卿!何やってるんですかぁ!?頭上げて下さいよ!」
それを見たサンジェルマンは大慌てでラルフを制止する。
「いや、サンジェルマン卿は私と同じ枢機卿。礼節は重んじませんとな」
真面目な顔でサンジェルマンに答えるラルフ。
「枢機卿って言っても全然キャリアが違うじゃないですかぁ!昔みたいにタメ口でお願いしますよー」
無敵の蓬術士として十剣達を率いていたラルフと、当時十剣の一人だったサンジェルマン。
この二人、数年前は上司と部下の関係だった。
「うむ、まぁサンジェルマン卿がそこまで言うなら……」
ラルフは渋々納得すると、帽子を被り直し、サンジェルマンをソファーへと促す。
「サンジェルマン卿、お久しぶりですね」
ソファーに既に腰を降ろしていたカールが自慢の笑顔でサンジェルマンを出迎える。
「おう、相変わらず忙しいしみたいだなカール!」
サンジェルマンも笑顔で応え、互いに握手を交わす。
「……さて、時間もあまり無いので手短に話すが、サンジェルマン卿……卿には『ある者』の暗殺を頼みたい」
低音の渋いラルフの声が部屋に響く。
「暗殺!? それは随分、穏やかじゃないですね」
サンジェルマンはそれを耳にすると一瞬、両目を大きくさせた。
「うむ、まぁ実際の所、暗殺は無理だろう。何せ隙を全く見せん奴だからな……それに実際見つけられるかも定かではない」
「うーん、話が見えませんね。どういう事なんですか?」
サンジェルマンは少々困惑気味に両腕を組み合わせラルフの顔を伺う。
「『捜索兼抹殺』と言った方が正しいかもしれんな。」
「捜索? 誰を探せばいいんですか?」
組んだ腕を離し、顎に手を当て考えるサンジェルマン。
「カヤード・ワインズマンだ」
ずしりと、重みを持たせたラルフの言葉がサンジェルマンの鼓膜を震わせた。




