仲裁者ヘレーネ
「まぁいざとなればアナタやワタシたち十剣がいるから全くのノープロブレムですネー」
ラスプーチンは不気味な笑みを浮かべ、自身の長い顎髭を丁寧に撫で回す。
「……ラスプーチンさんも稽古をつけてあげたらどうですか? ここにいる彼等以外にも向上心溢れるクルセイダー達は沢山いますよ?」
ウイングは胴着の襟元を正し、ラスプーチンを見据えるが、それには僅かに皮肉めいた物がこもって見えた
「生憎、ワタシは説法を説くのは得意ですが、稽古となると……手加減出来ずに『殺して』しまう恐れがあるので遠慮しておきますヨ、クックックッ」
怪僧の異名を持つラスプーチンは鬼気迫る顔でウイングを凝視する。
そこには聖職者の顔は全く窺えず、寧ろ殺人鬼を彷彿とさせる危険な狂気が色濃く見て取れる。
「ラスプーチンさん、冗談でも聖職者である貴方が言って良い台詞じゃないですよ」
目付きを鋭くさせた、不快感と敵意を込めたウイングからの指摘。
「アナタはその、生真面目過ぎる所が珠に傷なんですよ。ワタシの様に『狂気』を持ち合わせれば更に強くなれると言うのに」
「狂気? カルマの器に心を侵食されたんじゃないんですか?」
二人の間に火花が飛び散る。
破壊衝動や殺意を増幅させるカルマの器、狂気とはそのカルマの器に精神を支配され狂戦士と化した危険極まりない状態の事を指す。
当然ながら狂気に支配されたクルセイダーは粛清される存在である。
静まり返る修練室……。
「お二人ともお止め下さい!!」
重々しい静寂が少女の叫び声によって破られる。
「ヘレーネ!?」
ウイングとラスプーチンの視線は修練室の入り口に向けられていた。
ウェーブが掛かったブラウンのセミロング、白と青の司祭服を身に纏った小柄な碧眼の少女が二人を真剣な目で見据えている。
声の主はヘレーネ・R・ミッターマイヤー。ラルフ・ミッターマイヤーの長女だ。
「お二人とも皇守十剣である事をお忘れになってしまわれたのですか!? 他のクルセイダーの模範となるべき方々なのに……そもそも十剣に選んで頂いた教皇にどう顔向けするのですか? 歴代の十剣は皆、それはそれは素晴らしい方々と聞いておりますよ!? それだと言うのに貴方たちときたら……etc。それ以上喧嘩なさるなら、父に報告しますよ!?」
ヘレーネはウイングとラスプーチンが何も言い返せない程、早口で捲し立てる。目付きがかなり怖い。
「へ、ヘレーネ!わっ、分かったから少し落ち着いて!」
「そ、そうですよそれにワタシたちは別に喧嘩していた訳ではアリマセン!」
ウイングとラスプーチンは冷や汗混じりでヘレーネに弁解する。




