結界破りの神化ヒドゥン
理由は一つ。
サウザント・ワンの一振り、サンダルフォンの影響。サウザント・ワンは活性化されたカルマの器を更にブーストさせる力を持ち、驚異的なヒドゥンの治癒能力を完全に沈黙させる。
ヒドゥンの中でも異常な回復力を持つ狼男も例外では無かった。
無数の剣撃を受けた狼男の体躯は見る見る内に「炭化」して行った。
「……流石は『皇守十剣』の一人、『サンダルフォンのウイング』。見事な腕前ですね」
炭化した狼男が床に崩れ落ちた直後、突然聞こえて来た若い男の声。
ウイングとセシリアはその声に反応して、周囲に視線を向ける。
数秒後、二人の視線は一点に止まった。
二階に空いた風穴から、腕組みをしながら一人の人物が現れる。
青い短髪を針鼠の様に立たせた、色白な肌。目は細く、開けているのか、閉じているのか分からない。
身に纏うのは白いフリル付きのシャツ、その上に同色のベスト、スパンコールの入ったブーツカットパンツとブーツも同じく全て白で統一されていた。
「お初にお目にかかります。私、修羅と申します、以後お見知りおきを……」
二階からホバーリングしながらリビングの床に着地した短髪は、片膝を付き、ウイングたちに深々と一礼する。
「!?」
「馬鹿な! クリミナル・ダイブの結界はどうした!」
セシリアは絶句し、ウイングは驚きの表情を浮かべる。
あらゆる者の侵入と干渉を防ぐ絶対障壁のクリミナル・ダイブ。長いクルセイダーとヒドゥンとの歴史の中で、この蓬術を破った者は誰もいなかった。
この修羅と名乗る男を除いて……。
「結界破りは得意でして。とは言え、流石にこのクリミナル某を破るには骨が折れましたが」
体を起こし、両手を広げて「おどけて」見せる修羅。
「あえて言う必要も無いでしょうが、私はヒドゥン。『彼』に用事がありまして、本日はお邪魔しました」
修羅は視線をウイング達から、床に炭化したまま沈黙している狼男に向ける。
「神化ヒドゥン……」
修羅を凝視していたセシリアが呟く。
人外の容姿を持つ者が多いヒドゥンだが、神化したヒドゥンは皆、人間に酷似した外見を持ち、高い知性と人語を操る。
今、目の前にいる男が、正にその特徴を持つヒドゥン。見た目は人間ながらヒドゥン特有の妖気を醸し出している。
セシリアにとって神化ヒドゥンとの遭遇は初めてだった。パートナーのツバサは既に何度も神化ヒドゥンと刃を交えていたが、それはセシリアと出会う前の話である。
独特の妖気、計り知れない力量、セシリアは無意識の内に全身を硬直させ、その場から一歩も動けずにいた。




