神化
印から発生した眩い白い光が穴の空いた屋根から民家の上空へと解き放たれる。
上空に一瞬、球体として固定された光は直ぐ様、民家の四方へと飛び散って行き、上空に浮かぶ球体を中心に四散した光は、巨大な柱に姿を変え、隣り合う互いの柱を光の鎖で結び合う。
ありとあらゆるモノを空間内に閉じ込める上級蓬術の一種、クリミナル・ダイブ。
結界が完成すると同時に、ウイングと狼男は剣と爪の激しい打ち合いを演じていた。
一進一退の攻防。
銃を構えつつ、二人の死闘を見守るセシリア。
袈裟斬り、逆袈裟、突き刺し。
ウイングの繰り出す剣は、並のヒドゥンでは受け止める事すら出来ない高速の剣。
そんな手練れの剣を全て長い爪でガードし、逆にカウンターを次々とウイングに決めて行く狼男。
無限とも思えるスタミナ。
打ち込む度に増して行く技のキレ。
ウイングは狼男が『神化』寸前の状態にあると察していた。
神化とは数多のヒドゥンの中でも高い知性と能力を持つ存在で、その殆どが一般のヒドゥンから後天的に進化した者だ。
神化したヒドゥンは並のクルセイダーが束になっても敵わない非常に危険な存在であり、クルセイダーの天敵とも言われている。
爪の斬撃がウイングのナイトコートを勢い良く斬り裂く。
明らかにウイングの体力は消耗していた。
本来、クルセイダーは自身のカルマの器を活性化させ、ヒドゥンと戦う。
カルマの器は強力な再生能力を持つヒドゥンの自然治癒能力に干渉を与える力故に、ヒドゥンを倒すのには必要不可欠な代物である。
しかし、そのカルマの器はクルセイダーの精神エナジーであるカルマニクスを燃焼させる事によって初めて活性化を果たす為、長時間に渡る戦闘やカルマニクスその物を消費する蓬術の乱発は直ぐ様「ガス欠」を引き起こす。
カルマニクスを常時消費し続けて戦うクルセイダーにとって、蓬術の使用には細心の注意が必要なのだ。
ヒドゥン相手にカルマニクスの欠乏は即、死に直結する。
ウイングが繰り出した蓬術、ハタバキ、ラダマンカン、クリミナル・ダイブ。ハタバキ以外の二忠神は上位の忠神、召喚するには膨大なカルマニクスを消費する。
精神の疲弊は肉体の疲労へと繋がる。
ウイングの極度の疲労はそれが原因であった。
――初歩的なミス?
否、少なくともウイングの判断は間違ってはいなかった。
ラダマンカンの鉄槌をまともに受け、生存しているヒドゥンなど滅多にいない。
それこそ、神化したヒドゥンぐらいの者だ。最後に放ったクリミナル・ダイブも最善の行為である。
神化ヒドゥンが本気を出せば、ダノンオーラの街は物の数分で塵と化す。
彼等相手の戦闘にクリミナル・ダイブを唱えるのは定石であり、周囲への影響を考えれば必須行為であった。
――三体……。
ウイングが今まで滅してきた神化ヒドゥンの数だ。十七歳にしては前代未聞の数。
その経験が狼男が神化寸前の危険な状態にあると頻りに訴えかけていた。




