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その愛の味方にはなれません

作者: 猫宮蒼
掲載日:2026/10/04



 数年ぶりに聖女が現れた。

 といっても、異世界から召喚されてきただとか、そんな物語めいたものではない。


 聖女の力がある、と知られた後彼女は教会に連れていかれた。

 聖女としての力が増すのであれば、ゆくゆくは貴族たちと関わる事にもなるだろう。

 それ故に、彼女は特例として貴族だけが通う学園への入学を許可された。


 そうはいったって、聖女は平民である。

 いくら肩書が御大層なものであっても、彼女自身常に威光を示せるようなものでもない。

 読み書きをどうにか覚え、そうして礼儀作法をおぼつかないながらも身につけていく。

 貴族にとっては既に常識で、できてあたりまえのものばかり。

 けれど聖女――マリアにとってそれは当たり前でもなんでもなかった。


 だからといって、周囲の貴族たちは別にマリアを軽んじて見るような事はしなかった。

 将来聖女として活躍するようになった彼女に「あっ、あの時の意地悪な人」なんて思われていたら。

 聖女の奇跡が自分には与えられない、なんて可能性もあるのだ。


 時々こんな事もできないのか、と思う事はあっても、それは決して顔にも言葉にも出さず、ただただじっくりと見守り、時としてそっと手を貸すなど周囲はしていたのである。



 そんな中、堂々と手を差し伸べたのは王子であるアルフレートだった。


 元が平民というのなら、さぞ様々な苦労があるだろう。

 そう思えたからこそ、持てる者である自分こそが与えるべきだ。そんな考えで、彼は聖女に近づいた。


 平民相手でもお優しい王子殿下。


 周囲の反応は大体そんな感じであった。


 ただ問題が起きたというのなら。


 最初こそ本当に親切心で手を貸していたアルフレートは、気付けば仄かな恋心をマリアに抱いてしまった――という部分だろうか。



 アルフレートには婚約者がいる。

 それ故に、マリアと結ばれたいと思ったとしてまずやるべき事は婚約の解消だ。


 だが、婚約者には何の落ち度もない。

 それなのに婚約を解消したいと言ったところで、周囲はすんなり受け入れるはずもないだろう。


 マリアと離れるのが本来であるのなら正しい事なのだ、と頭では理解できても心が納得できなかった。

 自分が彼女の成長を、聖女としての奇跡を傍で見守り、彼女と共に歩んでいきたい。

 そう思ってしまった気持ちをどうしたって拭い去れなかったのである。



 マリアもまた己に対して親切に手を貸してくれるアルフレートに気付けば惹かれていた。

 最初は勿論、自分に親切なのは自分が聖女だからで勘違いしてはいけない、と言い聞かせていたのだけれど日に日に心の中で燃え上がる恋の炎は、マリア自身気付いた時には最早消せないくらいに育っていたのである。


 かといって、周囲に人目があるにも関わらずイチャイチャなどできようはずもない。



 それでも周囲は何となく、あの二人、想いあっているのだろうな……と薄々勘付きつつあった。

 恋の芽生え。いかにもな雰囲気が漂っていれば、周囲だって察するというもの。


 だが、周囲は特に何もしなかった。


 アルフレートもマリアも恋に浮かされてそのまま突っ走るような事をしていなかったからだ。

 ただ互いに目配せしあっては頬を紅潮させて見つめあってみたり、何かを言いかけてでもやっぱり相手の迷惑になってはいけないと言葉を噤んだり。


 言ってしまえば恋をしているのはわかりきった事なのだが、二人揃って行動に出るまでの度胸がなかったので手を出すと逆に二人の仲が進展してしまうのではないかと思っていたのだ。故に、周囲はただ見守るだけに留めていた。下手に口を挟んだ結果、最悪の方向に舵を切られてはたまったものではないので。


 あまりにも初々しいといってしまえばそれまでで、どちらも間違っても勢いで突っ走りはしないだろう、と思われていたのも大きい。



 だがしかし、そんな状況の中それでも諦めきれなかったらしいアルフレートはある日、自身の側近ともいえる少年たちを呼び寄せた。


「やはりマリアを諦められない。だが私が行動に移れば、仮にも私は王子だ。身分という点で彼女が逆らえず従うほかない、と思われるのも困るが、こちらとしても無理強いをするつもりはない。

 どうにか自然に結ばれたいのだが、協力してはもらえないだろうか」


 そう言われて少年たちはそれぞれ顔を見合わせた。

 そこにある表情は決してアルフレートの決意を喜ぶようなものではない。むしろ困った様子である。


 アルフレートもそんな少年たちの様子を見て、

「やはり……駄目だろうか」

 無意識ではあるものの声は沈んでいた。


「殿下、その、この件に関して話をするとなると物凄く不敬な発言も飛び出るかと思うので、申し訳ありませんが現状僕たちは殿下に答える言葉を持っていないのです」


 そんなアルフレートに声を発したのは、アガマル伯爵家のサントスだった。


「構わない。不敬であろう言葉が出る、というのは現状を思えばそうなるだろうなとわかっている。わかった上で聞きたい。勿論この場の発言において罰する事はない」


 アルフレートの協力してほしい、という言葉に明らかに乗り気ではなかった側近たちの言い分もアルフレートは薄々理解している。婚約者がいる。その婚約者に落ち度はない。この時点で解消に向けさせるだけでも相当な労力がかかるのは考えるまでもないだろう。自分の立場が悪くなるのはほぼ確定だろうとも。

 サントスを含め他の側近たちも、アルフレートの立場が、なんてやんわりとした言葉だけで乗り気ではないなんて思ってはいない。当然家から叱責されるだろう事もわかってはいる。

 自分たちの保身があるのは、何も悪い事ではない。


 だがそれでもアルフレートはマリアを諦められなかった。

 自分の婚約者との未来を思い描こうとしても漠然としたものしか浮かばないが、マリアとならば鮮明に描けるのだ。


 だからこそその未来を本当のものにするために、アルフレートは厳しくとも側近の少年たちの言葉に耳を傾けねばならない。


 覚悟は決まっているとばかりな表情を向ければ、少年たちもまたそれぞれキリッと表情を引き締めた。



「まず、殿下が聖女と結ばれたいという願いを持つのは別にいいんですよ。殿下の人生ですからね。ただ今まで殿下の教育にかかった時間やお金といったものを考えるとよくないと考える人が一定数いるだけで」

「確かに今までの教育を無駄に……いや、ならないかもしれないだろう」

「何故です? 聖女と結婚するとなれば殿下は王位継承権を抹消されるのに?」

「そうなのか!?」

「そりゃそうでしょう。聖女はあくまでも肩書で本来の身分は平民ですよ? 仮に王妃に迎えるなんぞと言ったところで平民が後ろ盾になれるわけがないでしょう」

「そこは他の家の養女にするとか」

「できて男爵家が精一杯でしょうね」


 身分の問題についてはアルフレートだって考えていた。

 だからそこをサントスに突かれても、別段驚くようなものではない。

 だが、マリアと結ばれるのなら必然的にアルフレートが平民になる、と言われているのが納得できなかった。


「殿下が王になるのはないにして、臣籍降下するにしたって結婚相手が平民聖女となればその場合殿下に与えられる爵位って男爵になると思うんですよ。そもそもの話殿下の母君が側妃であるが故に、下手に権力持たせるとよからぬ事を考える派閥が水面下で動くのは確実でしょうし」

「側妃? 何を言っている?」

「あ、憶えてらっしゃらない?

 あー……まぁ、殿下当時はまだ憶えてなくても仕方ないか……」


 サントスだって年齢的にアルフレートと変わらないのだが、サントス曰くアルフレートは正妃の子ではなく側妃の子であるのは間違いない。


 が、アルフレートは側妃の存在を知らなかった。


 身体の弱い兄と、年の離れた弟。

 その間に位置する自分は健康で、だからこそ王位を継ぐのは自分だと思っていたくらいだ。


「第一王子殿下がお生まれになって一年後、殿下がお生まれになりました。

 その時に殿下の母君が何やらよからぬ事を画策したようで。第一王子殿下を亡き者にしようとしたらしいです」

「なっ……!?」

「その目論見はあっさりと破られて側妃はその時に処分されました。生まれたばかりの赤子に咎はない、と陛下がされて、正妃様もそれに頷いたからこそ殿下は生かされているわけです」

「そんな……母上が、母上ではなかった……?」


 衝撃の事実である。


 側妃がいたなんて話も知らなかった。

 これはまぁ、当時の事を知る者たちが口を閉ざしていたからというのもあるだろう。

 アルフレートに知らせたところでどうしようもないというのもあったかもしれない。


 だが母親だと信じていた相手と血のつながりがない、という事実は中々にアルフレートにとって大きかった。


「当時の事件のせいで後遺症を負った第一王子殿下が王になるのは難しい。殿下はその事実を知らないけれど王族として真面目に過ごしてきた。第三王子殿下は……もしかしたら万が一を考えて作られたんですかね?

 ともあれ既にいない側妃の子であらせられる殿下の後ろ盾は、国王陛下を除いてしまえばいない状態なわけです。側妃の家もとうに没したので」

「そ、そうなのか……」

「はい。なのでいざという時の後ろ盾として望めない聖女と殿下が結ばれるとなれば、後ろ盾を必要としない身分になるしかない。

 陛下は残念がるかもしれませんが、王妃様はもしかしたら内心ほっとするかもしれません。お二人の心の内は生憎私にははかり知る事はできませんが」

「う、うむ……」


 特に差をつけられて育てられた、とアルフレートは思っていない。

 母はいつだってアルフレートに優しく、時に厳しく接してきた。兄や弟と比べて自分だけが……などと思うような事はなかったから、どうにも自分だけが母の子ではないと知ってもまだ現実に追いつけそうにない。


「なので殿下が男爵位あたりに落ち着こうとも市井に下ろうとも、そこまではいいんですよ。

 ただ」

「ただ?」

「そうなると私たちが困るので」

「お前たちが?」


 言われてアルフレートは考える。

 確かに将来王になるべくして育てられてきた身だ。だからこそ側近としての彼らがある。

 王にならない、となれば側近である彼らの立場はなくなるだろう。


「まず殿下が去った後の事を考えますと、私は養子縁組を解除され生家に戻される事になるでしょう」

「あれっ? お前って養子だったのか?」

「元は子爵家です。ただ、殿下の側近に身分が低い者がいるのも外聞その他諸々に関わるとの事と、あとはまぁ、婚約者との釣り合いもあります」


 王子の側近に低位身分の貴族がいるとなれば、確かに外から見ると何かありますと思われても仕方がないかもしれない。サントスがそれだけ優秀である、という部分も勿論あるのだろうけれど、身の程知らずがサントスの身分だけを見て、同じ低位身分の貴族なら自分にもチャンスがある……! などと思われてアルフレートの周りをうろつかれても困るのは間違いない。


「大々的に公表されていないとはいえ殿下は側妃の子です。それ故に殿下の側近に……というのをやんわりと拒んだ者もおります。側妃と良い関係を築いていなかった家の者などはその筆頭でしょう。

 王妃殿下は何も言わなくとも、それ以外が良く思っていなかったというのは事実なので」

「兄がいてその一年後に私が生まれた、となると子ができず已む無く……というわけでもないな。何故側妃を?」

「あー……まぁ、側妃が色々とやらかした、らしいです。詳しくは私もハッキリとは存じ上げません。当時を知る大人たちは皆目を逸らし言葉を濁すので」

「……さては私の本当の母上はロクでもないタイプか?」

「恐らく」


 成程なぁ、とアルフレートは納得した。

 前提としてそういう事を言わないまま意見を求めたところでサントスが言葉を濁すのは当然だし、それ以外の者も間違いなく答えないだろう。


「では何故私たちが殿下に協力できないか。

 それについては私たちの都合もあります」

「都合?」

「えぇ、先程言いましたが婚約者ですね」

「お前の婚約者というと確か……」


 アルフレートはサントスの婚約者の事を思い浮かべる。

 確か、アンリシェ・レメルディだったはずだ。侯爵家の。

「殿下の側近でなくなれば私は生家に戻される、と先程言いましたね。

 そうなると婚約も当然解消か破棄。当然でしょう。子爵家の令息と侯爵令嬢とでは身分差がありますから」

「確かにそうだな」


 結婚できない、というわけではないと思うが確かに色々と詮無い噂が囁かれたりすることはあるかもしれない。

 子爵と伯爵、爵位が一つ違うだけで……とアルフレートは思わなくもないけれど、差というのはそういうものである。


「私はアンリシェを愛しているので、彼女との結婚がなくなるであろう事に協力はできません」


 大真面目な顔だった。人はそれを真顔とも言う。


「思い切り……私欲だな?」

「はい」


 即答である。


「アンリシェと結婚できると思うからこそこうして殿下の側近として日々張り切っておりますが、それが無に帰すとなれば……殿下、どう思われます?」

「…………どう、と言われてもな」


 真顔から笑顔に変わるサントスにアルフレートもまた笑みを浮かべた。

 だがしかしその笑みは言うまでもなく引きつっている。

 遠目で見ればわからないが、近くで見れば確実に引きつっているとわかる程度には崩れていた。


 アルフレートは考える。

 アンリシェとの婚約が駄目になり、生家に戻されたサントスが何を思うか。

 病気や事故による怪我などで王としてやっていく事ができなくなった、であればまだしもアルフレートがマリアと結ばれたいという己の望みをかなえるために突っ走った結果であったなら。

 男爵か平民あたりになったとして、そうなればサントスがアルフレートに対して何を思うか。

 聖女を害するような事はしないと思う。

 だが、王族であっても貴族として下位身分の男爵にしかなれなかったアルフレートや、平民になってしまった後のアルフレートであったなら。


 いずれ王族の血を引いた者を利用しようとする者が現れるかもしれない、などさももっともらしい事を言って――いや、この場合言わなくとも、サントスが己の結婚を台無しにしてくれたアルフレートを亡き者にするくらいはできてしまうのではないだろうか。


 子爵家に戻されたとしても、サントスが優秀であるのは言うまでもない。

 低位身分の者のやり方も、高位身分の者のやり方も、どちらも良く知るサントスなら自分が犯人であるなどという尻尾を出さずに邪魔な人間を排除できてしまうのではないだろうか。


 一瞬で最悪の想像を思い浮かべてしまって、アルフレートはなんて恐ろしい……! と戦慄した。


「サントスだけではありませんよ。僕たちも同じようなものなので」


 そう言ったのは、今まで黙って事の次第を見守っていたパトリック・アローズだった。

「僕はサントスのように他家から養子として迎えられたなどという事はありませんが……殿下が王冠を戴くとなるとそれこそ様々な派閥の調整が必要でした。言ってしまえば側妃派だった家が殿下に擦り寄ろうとしていたのです、当時は。……といってもこれは父からの受け売りなので、僕も細かい部分までは把握できていないのですが」

「私の本当の母――側妃が兄に何かしようとした時点で、私の王位継承権も取り上げようとはならなかったのか?」

「その時点ではまだミシェル殿下がお生まれになっておりませんでしたので。アーサー殿下のお身体が健康を取り戻せるか、その確証はありません。聖女の奇跡に縋るにしてもその奇跡も絶対ではありませんから」


「それは確かに……」


 アルフレートは馬鹿みたいに健康体だ。それもあって利用価値があると判断されたのだろう。

 思えば弟のミシェルも健康ではあるけれどそれはあくまでも人並みという言葉がつく。季節の変わり目になるとよく体調を崩しているので、もし性質の悪い流行り病などが起ころうものなら危ないかもしれない。


 正妃としてはできる事なら側妃から生まれた王子を王になどしたくない……と考えていたとしても、自分が産んだこどもはどちらもアルフレートと比べると健康に難がある状態。それならばアルフレートを王としてアーサーとミシェルは王を支える側に回ればいいと考えたのかもしれない。


 それにもし何かあった時、そういう状況下で狙われるのは王だ。

 殺しても簡単に死にそうにないアルフレートに矛先を向けて、その間に……なんて考えもない、と誰が言えようか。


「僕の婚約者であるアンジェリカは我が家の派閥とは敵対しておりました。ですが、貴方を王にするために方々で調整を行った結果この婚約は結ばれる事となったのです」

「敵対……そういえば、前に習った気がする」

「えぇ、事の発端がなんだったのか、最早どちらの家も憶えていないような事で長年争い続けておりました。

 両派閥を結び付けるための婚約。何が原因かもわからない先祖の悪しき置き土産による争いを、これでようやく終わらせる事ができる」

「……本当にそれだけか?」

「これは表向きの、両一族の理由ですね。

 僕は元々アンジェリカと想いあっておりました。なのでこの婚約はまさしく願ったり叶ったり。

 ですが」


「お……」


 ぴっと指を立てられて、アルフレートは何となくたじろいだ。勢いに負けたと言えばそれまでである。


「殿下が王にならない道を選ばれるとなると、今まで方々で調整された婚約の大半は意味のないものへと成り下がる。そうなると僕の婚約も恐らくは解消。一つに結び付くはずだった派閥は再び争いをやめる口実を失い意味のない派閥争いを再開する事となるでしょう」

「どれだけ馬鹿げていると思っても貴族なんて見栄の張り合いばっかだからね。止めるにしても相応の口実と切っ掛けが必要なんだから、面倒なものだよ」


 パトリックの言葉に相槌を打ったのはエドモンド・ワーシェル公爵令息だった。エドモンドも王位継承権を持ってはいるが、継承権は低い。

 それというのもワーシェル公爵家はかなり昔に臣籍降下した王族の後、何代か後に一人だけ王家から嫁いだ者がいるだけの、王家の血筋と言うには相当血が薄いからだ。


「パトリックの婚約だってすぐにはい決定、ってならなかったもんね。一応他にも候補がいたんだよね?」

「あぁ、何度か顔を合わせて相性を確認したりはした。決められた婚約とはいえ相性が悪すぎて顔を合わせるたびに殺し合うんじゃないか、みたいなのをくっつけるわけにもいかないから」

「初夜で死体ができあがりました、じゃ洒落にならないもんなぁ」


 ハハハ、と笑い合う二人にアルフレートはなんか物騒な事言ってる、とやはり慄いた。


「まぁ、その時出会ってアンジェリカとは恋に落ちたんだけど」

「じゃあその婚約がなかった事になったら」

「駆け落ちできればいいが、そうでなければ……」


 言葉を切ってパトリックはすっとアルフレートに視線を向ける。

 ひゅっ、と小さな音がアルフレートの喉から漏れたが、その事については誰も何も言わなかった。


 愛する二人を引き裂こうだなんて、そんなまさか、ねぇ……? とパトリックの目が雄弁に物語っている。


「おぉ、こわいこわい。

 ま、俺も似たようなものかな」

 肩を竦めたエドモンドに、アルフレートは「お前の婚約者は……」と小さく呟いて思い返す。


 彼の婚約者は確か、男爵家から伯爵家へ養女として迎えられた少女だったはずだ。


「派閥間の調整だのなんだの言っても、公爵家の相手なんて限られてくる。だがそうなると、マトモな相手がいなくてな……だから自分の目で見て惹かれた相手を選んだら、相手がなんと男爵令嬢。流石にそれは……となって彼女は伯爵家の養女として身分を整える事になった。

 この婚約が駄目になったら、彼女もサントスみたいに生家に戻されるんだろうなぁ……そうしたら、家族に冷たくあたられるかもしれないなぁ……彼女が悪いわけでなくても」

「う……」

「だって既に何年か本当の家族と接する機会がないんだから、今更戻されても、って話だよな。しかも婚約が駄目になったって事実が残る出戻り男爵令嬢にマトモな婚約者ができるとは思えない。本当なら公爵家に嫁ぐはずだったって考えると、それ以上の相手なんて見つからないしそうなれば……あぁ、想像するだけでなんて可哀そう」


 左手を軽くあげて、右手を胸のあたりにやりつつエドモンドはまるで演者のように語る。


「ちなみに俺もオデットを愛してるから、もし婚約が駄目になったらその原因に優しくなんてできるわけがないんだよなぁ……」


 言いながらアルフレートに向けられたエドモンドの目は、そうなったら楽に死ねると思うなよ……と確かに物語っていた。


 あからさまに圧をかけてくるパトリックとエドモンドにアルフレートは危うく震えそうになっていた。

 この中で穏やかなのはサントスだけだ。少なくとも圧を露骨にかけてくるような事はしていない。

 やはり身分の差もあるからだろうか……そんな風に考えながらも、アルフレートはそっと視線をサントスへ向けた。

 そして気付く。


 一番穏やかに話していたサントスの口元はかろうじて笑みに近い形をしていたが、目は一切笑っていなかったという事に。それどころかこの三人の中で最も冷ややかである。


「どうしても聖女と結ばれたい、というのなら方法がないわけではありません」


 まるで助けを求めるような目をアルフレートから向けられたと感じたサントスは、殊更わかりやすいくらいに優しい声を出した。そうすれば間違いなくアルフレートが食いつくと知っているのだ。


「そ、それはどんな……?」


 そして案の定アルフレートはその言葉に乗った。


「殿下が聖女を王妃に据えたい、などと言い出す場合はどうしようもありませんが、最終的に穏便に市井に下るなどして過ごしたいのであれば、まずはフォルミーヌ様と結婚し子を作ってもらいます。子が成長し、次代の王として問題がなさそうであれば貴方の役目も終わりだと言えるでしょう。

 その頃ならば、貴方様がどのような人生を歩もうと今現在整えられた派閥も落ち着いているでしょうし、余生を聖女と共に過ごしたいと言ったところで大きな反発は起こらないかと」

「それ最短でも二十四、五年くらいかかるやつじゃないか?」

「別に来世に期待とかじゃなくて今世で叶えられるプランだから問題はないだろう」


 にこやかに告げるサントスの背後でパトリックとエドモンドが小声で囁きあっている。



「市井で過ごすとなると今のような生活とは一変するので、少しずつ色々な事を自分でできるようになる必要もございますが……いずれ練習をする時間くらいは捻出できるでしょう」

「それ王としての必要がなくなるころとかにならないか?」

「若いうちにできて余裕かましたところで、いざ年取ってからやろうとしたらできない、なんて事もザラなんだから必要になるのが目に見えてきたあたりから練習しろって話なんじゃないのか?」


 やんわりと告げるサントスの言葉を直訳すると、用済みになる前には市井で生きていけるように練習くらいはさせてやる、であるとやはり後ろで囁いているエドモンドとパトリックの言葉から理解できてしまったアルフレートがかろうじて浮かべていた笑みは、今では完全に引きつっている。



 一瞬、本当に一瞬だが、仮にも側近、自分を支える立場なのだからちょっとくらい協力してくれたって……と甘えた事を思い浮かべないでもなかったが、どう足掻いても協力してもらえる可能性がない。

 各々アルフレートの恋の手引きをして自分たちの恋愛が破局するなど冗談ではないと言わんばかり――というか既に言っている。


 その上で無理を押し通そうとすれば確実に彼らは敵に回る。

 あからさまにアルフレートを害そうとはしないだろうが、しかし方法などいくらでもある。


 ふ、と考える。


 マリアは聖女だ。だがもし聖女ではない普通の少女であったなら。

 彼らはきっとアルフレートが恋をしただのなんだのと浮かれそうになる前に、事前にどうにかしていたのではなかろうか。もしそうなっていたのなら、きっとマリアにどうにかできる手段などあるはずがない。


「ミシェル殿下がもう少し成長して健康面でも問題がない、となれば殿下は中継ぎとして……という感じでいけるかも……いや、やっぱ無理か」


 もう一つの案を思い浮かべたらしいサントスの呟きが聞こえたが、しかし途中でセルフ却下されていた。


 仮に今呟いた事がいけそうだと思われた場合でも、実現までに相当時間がかかるのは言うまでもない。

 どちらにしても考えた結果、アルフレートが戴冠しなければ様々な面で不都合が生じる。

 そしてその結果、今は味方である者たちが敵対するかもしれない。

 そうなった時の恐ろしさと、それを理解した上でそれでもマリアと共に未来を進むべきか……アルフレートは少しだけ未来を想像してみた。


 どう考えてもアルフレートが足手纏いである。

 市井に下ったとして、今のアルフレートでは身の回りの事などほとんどできないし、そうなればマリアの負担が増えてしまう。

 仕事だって平民のするべき仕事をアルフレートができるかは未知数だ。アルフレートにもこなせるような仕事があればいいが、そうでなければ生活のほとんどの負担がマリアにのしかかってしまう。

 更にそこにアルフレートのせいで婚約などが流れた彼らがその恨みを晴らそうとして行動に移ったとして。


 聖女は助かるかもしれない、がしかし王族という枠組みから出てしまったアルフレートが助かる未来は、残念ながら想像できなかった。

 場合によっては聖女ですら助からない可能性もあるのだ。

 その未来はどういう時に訪れるのか。既に答えは出てしまっている。



「……すまない、先程の発言は忘れてくれ。どうやら夢を……白昼夢を見ていたようだ」


 無理でも無茶でも無謀でも。それでも何がなんでもマリアと添い遂げたいと願ったところで、結果としてマリアを不幸に落とす確率があまりにも高すぎた。

 かといって、何十年も先で結ばれようなどとマリアに告げられるはずもない。


 聖女だからとて、結婚をしてはいけないというものではない。

 だというのに、自分は結婚をしておきながら、彼女に結婚をしないまま何十年も待っていてほしいなどとは言えるはずもないし、彼女も結婚してしまった後ならその後で結ばれよう、は彼女の結婚相手に対する侮辱である。


 少し前まではそれでももしかしたら……と思い描いてしまっていた。

 けれど今はもう違う。

 そんな未来はやってこない。


 そう理解して、アルフレートは静かな口調で先程の――マリアと結ばれるために協力してほしいという発言を撤回した。


 その言葉に、あからさまではなかったものの三人の少年たちもほっと安堵の息を吐く。

 アルフレートの決断次第では本当に彼らが手を下す事になっていたかもしれないのだ。

 彼らは決して自分たちの婚約だけを守りたかったわけではない、と遅れて理解して、再度アルフレートは謝罪の言葉を口にした。


 幸いにして、マリアと想いあっていたとしても一線を超えるような事はしていない。

 ハッキリと告白をしたわけでもないので、今までの態度から恋愛感情を除いて、王族として相応しい態度で接していくだけで周囲は勝手に納得していくだろう。


 たとえマリアが納得してくれなくとも。

 時間をかけてでも、この気持ちは沈めてしまおう。


 そんなアルフレートの細やかな決意は、吐き出そうとした溜息と共に飲み込まれた。

 次回短編予告

 友人――一応そう称する事にする――には想い人がいた。それは婚約者ではなく別の女性だ。いずれ婚約をどうにかするつもりではいたようだが、よりにもよって友人はとんでもない事を言い出した。想い人は聖女で、婚約者はそんな聖女を害した悪女である、と。


 次回 よくそれでいけると思ったな?

 本当の聖女だというのならまずその言い分おかしいから設定から練り直せ。

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