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転校生、居残り二人というだけでは何かが起こるための十分条件たり得ない。

六月五日 水曜日

春というには遅く、かと言って夏かと言われれば微妙な今日この頃。

僕、望月もちづき そらは学徒に与えられた放課後という名の自由時間を部活をするでもなく勉強するわけでもなく惰眠に費やしていた。

「だるい。」

学生を経験したことのあるものなら皆学校が終わった後の、あのなんとも言えない妙な気だるさを感じたことがあるだろう。一つのクラスという監獄に数十人が押し詰められて、同調圧力という錘で蓋をする。そのなんとも言えない空気感が僕には少し重いのだ。それでも学校に行くのはなんというか、義務感や将来への不安によるものだろう。

「今日はこのまま寝てしまおう。」

惰眠というものは非常に恐ろしく、気づけば日にちが変わっていた。


六月六日 木曜日

いつものように起きていつものように朝食を食べ、またまたいつものように登校する。

こういうゾロ目の日は何故か無性に縁起が良いよ感じてしまう。しかし僕は齢十六にして子供という括りを脱退しかけているので、すこし冷静になって考えてみる。そうすれば一つの真実へ辿り着く。後一つ六が続いてしまえばあっという間に悪魔の数字へと変わってしまうではないか。なんて一人でくだらないことを考えていると学校へと着いている。男子、しかも男子の高校生と言ったらどういう子がタイプだだの、くっだらん妄想をしたりなど想像力、いや妄想力だけが一丁前に高い頃である。なんて更にしょうもないことを考えていると自分の教室に着く。

そう言えば今日体育あったな。

だるい。体育と聞いて喜ぶのはもはや中学生までである。高校に入ってノリで運動部に入ったはいいものの数回行った後に幽霊部員と化した実質帰宅部の僕のような人は、身体力テストでハンドボール投げや、反復横跳びでさえ次の日には筋肉痛に悩まされるものだ。

一限目の準備をして一人読書でもしていると朝礼となる。

「今日は皆さんに転校生を紹介します。」

転校生か。珍しいな。うちの学校は転校生が特に少ないからな。

「入ってきていいですよ。」

先生が手招く。

「失礼します。」

黒い髪が肩ほどまで伸びていてキリッとしたマリンブルーの瞳を持つ少女が入ってくる。

五十嵐いがらし あおです。よろしくお願いします。」

........

「それじゃあ席は望月くんの後ろね。そこの空いている席。何か困ったことがあったら私か周りの人に聞いてね。」

そう言って先生は五十嵐さんを僕の後ろの空席に誘導する。


休み時間。案の定五十嵐さんは質問攻めにあっていた。どこからきたの?趣味は?彼氏っている?エトセトラエトセトラ。それを五十嵐さんは一つづつ丁寧に答えていく。

「広島から親の事情で引っ越してきました。趣味は絵を描くことです。お付き合いしている人はいません。........」

広島から来たのか。ここが愛媛だから二百五十キロくらいだな。多分。ところで、今の僕は決して聞き耳を立てているわけではない。真後ろで会話されると嫌でも耳に入ってしまうものだ。それならばいっそなこと聞いてしまおう。聞き入ってしまおうと机に腕を組み頭をその中に収納して寝ているふりをしつつ聞いているのである。もちろん昨日はあれだけ惰眠を貪ったのでちっとも眠くない。

「お前ら浮かれるのはわかるが、もうすぐ授業始まるから席につけ〜」

数学教員の石破いしば あきら(52)がだるそうに教室の中に入ってくる。通称は総理。おにぎりの食べ方が汚いとか汚くないとか。

「え〜、ここは、二項定理を利用して⤵︎、解くことで⤵︎、検討を、加速させることが出来ます。」......

なるほど、全くわからん。


授業が終わる。

五十嵐さんが質問攻めに合う。

そしてまた授業が始まり終わる。

その繰り返しを経て今日は放課後となった。

しかし気だるい。なぜか。何故ならば担任の先生に職員室に呼び出されているからである。

ああ、一歩が重い。まるで足が棒どころか金属バットにでもなったみたいだ。

それでも職員室までは一歩、また一歩と確かに近づいていってしまう。

そしてその時は訪れる。

「ああ、望月くん。放課後にわざわざごめんね。早速本題に移るけど、総理......い、石破先生から連絡があってね。」

そのあだ名、教師陣の中でもひろまってるのかよ。

なにか聞いてはいけないことを耳にした気もするが話を進める。

「石破先生からですか?」

「うん。あなた数学でいつも欠点ギリギリでしょう。だから補修をするから来なさいだって。大丈夫。あなただけじゃないから。」

そう。僕はいつも数学だけは欠点ギリギリなのである。ギリギリなのである。いつも欠点プラス数点といったところ。

「わ、わかりました。」

否!全然わかってなどいない。

しかし行かざるを得ない。総理はねちっこいのだ。行かなければくるまでねちねち言ってくるだろう。そのねちっこさと言ったら、手についたガムシロップの如し。

「補修は明日の放課後からみたいだから忘れずに行ってくださいね。」

釘を刺される。

「は、はい。」

「目を逸らさないで言ってくださいね。」

「はい。」

こうして僕の翌日の放課後の予定は決まってしまうのだった。


六月七日 金曜日

カッコウ、カッコウ

目覚ましが鳴いている。

眠い。僕はこの世界で最も気持ち良いことの一つは二度寝だと思っている。二度寝をすると夢も見ることができる。体もより一層休まる。欠点を挙げるとするならば、学校に遅刻することくらいかな。だめじゃねえか!ガバッと勢いよく起き上がる。この二度寝についての脳内会議も、もはや毎朝のルーティンと化している。なんてしょうもない。

半開きの目でパンを視認し、なんとか口に入れる。

「そんなゆっくり食べてると遅刻するわよ。」

親に催促されて体のギアを上げる。豪快にパンを口の中に入れて牛乳を飲み干す。

歯を磨いて身支度をする。

「いってきます。」

時計を見れば八時五分。まあ走れば間に合うだろう。そして今日は金曜日。足取りが軽い。今日を乗り越えれば休みだ。

しかし学校に着くと同時に思い出す。そういえば今日補修があった。まあ、もうどうにでもなれというやつだ。



そして放課後となる。

補修は多目的2だったか、確か。

放課後となり人も少なくなった校舎から部活動に勤しむ生徒達を一瞥し補修が行われる教室へ向かう。放課後の校舎というものは静かで人も少なく、実質帰宅部の自分からしたら新鮮に感じた。なんというか時折誰もいない教室を通るたびにまるでここが自分だけのテリトリーにでもなったんじゃないかと錯覚する。その感覚が僕は少し好きだ。

階段を登り、また降りて、右へ行っては左へ行く。別に補修に行きたくないからあえて遠回りしているわけではない。ただ、なんとな〜く迷いたい気分なのだ。

「君、そんなに補習がいやかね?」

今一番聞きたくない人の声に呼び止められる。

「い、石破先生。、ちょっと、ま、迷ってしまって。」

「君、高校二年生だよね。」

「お、おっしゃる通りでございます。」

「皮肉を言っているのだよ。まったく。もう一人はもう来ているから早くしなさい。」

「はい。」

こうして僕の拙い抵抗は虚しく散ったのである。



ガラッ

扉を開ける。広々とした多目的教室の最前列中央に見覚えのある一人の少女が座っていた。今日一日、皆の注目の的になっていた五十嵐さんだ。

向こうも僕に気づいたみたいで会釈をしてくる。そして一応僕も会釈を返す。


しかし、この状況。非常に難解な場面だ。考えろ。考えなければならない。そう。僕はどこに座るべきなのかを。横が八、縦が五。計四十個ある机の中でまず一つ五十嵐さんが座っているため候補から除外する。故に僕が座ることのできる椅子は39C1で三十九通り。だがおそらく、最前列以外に座ればあの総理から最前列に来るよう促されるに違いない。そして残る最前列は8−1=7個。また、最前列でも一番端はもっと中央に来るよう指摘される可能性が高いため除外する。そして五十嵐さんの両隣も除外するとすれば僕に残された選択肢は7−4=3。三通り。これ以上は絞れない。どうする。何処に座るべきだ。五十嵐さんから一つ開けた右か?それとも左か?............


ガラッ

迷っているうちに職員室に教材をとりに行っていた総理が帰ってくる。

「何を入り口付近で突っ立っているのかね。早く五十嵐さんの隣にでも座りなさい。」

先程までの僕の推理が一瞬にして崩れ去る。

「は、はい。」

もはや迷う要素など何処にもなかった。

そして僕は大人しく椅子に座った。もちろん五十嵐さんの隣に。


そして何事もなく一時間ほどで補習は終わった。なんというかいつもよりかは集中できた気がするし、理解もできた気がした。

「それじゃあまた明日も迷わず来るように。」

釘を刺されてしまった。やはりというべきかなんというべきか補習はまだ続くらしい。

ノートと教材、ペンを片付けていく。

「あ、あの。教室で、前の席に座ってらっしゃいましたよね?」

唐突に五十嵐さんが話しかけてきた。

「え?、あ、うん。」

唐突なことなので思わず陰キャっぽく返事をしてしまった。なお、いつも通りじゃないかという返答は受け付けておりません。

「えっと、一応また自己紹介しますね。五十嵐いがらしあおです。」

望月もちづき そらです。よろしくお願いします。」

「こちらこそよろしくお願いします。」

「では僕はこれで。」

そう言って僕は教室から出ようとする。なんというか久しぶりに女子とまともに話した気がする。

「あ、それとまた明日。」

久しく誰にも言っていなかったその言葉を最後に僕は教室を出ようとする。

「はい。でも、明日は土曜日ですよ。」

五十嵐さんは優しく笑う。

「あっ。」

完全に忘れていた。はずい。耳も赤くなっているかもしれない。

「また月曜に、ですね。」

「ソ、ソウデスネ。」

思わずカタコトになってしまう。

ガラッ

教室を出る。心を落ち着けるために素数を数えながら学校を後にした。




六月八日 土曜日

休みである。学校のない日。それはすなわち楽園を意味する。月から金曜日までの砂漠を抜けた先にあるたった二日のオアシスである。僕は土曜の朝はとにかく寝る。一度起きて二度寝をする。二度寝をして三度寝をする。何度でも寝るのだ。


時計は十二時半を回っていた。流石に起きようと思い洗面所に行く。顔を洗い、うがいをする。

「午後はどうしようかな。アニメ●トにはこの前行ったし、映画も先週見たばかりだ。」

遅めの朝食をとり午後の予定を考える。でも特にしたいことがあるわけではない。

「することがないなら数学の勉強でもしさない。どうせ用事もないんでしょう。」

キッチンで洗い物をしていた母が論外選択肢を提示する。結局、ソファでスマホを触りながらゴロゴロしていると一日が終わっていた。




六月九日 日

ところで話は変わるのだが、学園ものの作品では休みの日が例外を除き省略されがちであると思う。もちろん彼女彼氏のいるりあじゅうは休みの日はデートイベントが発生する可能性があるためカットされない場合がもある。それでもほとんどの休日はカットされている気がする。あくまで主観だが。つまり何が言いたいのかというと、休みの日は登場人物が非リアですあるうちはカットした方が結果的に合理的であるということだ。


つまりこの作品でもカット!




六月十日 月

来てしまったこの日が。人類最古の文献メソポタミアの粘土版にも月曜は恐ろしきものであると綴られている。まあもちろん嘘であるが。しかし古代メソポタミアの頃に曜日という概念は生まれていたはずだ。ならば五千五百年前の人間も曜日という概念に苦しめられていたのかもしれない。なんて今日もくだらないことを考えながら学校へ行く。いつもより早く家を出たので今日は急ぐ必要はなさそうだ。

ガラッ

教室もまだ閑散としている。自分の席に着く前に声をかけられる。五十嵐さんだ。

「あ、おはようございます。」

五十嵐さんは朝から勉強をしていたみたいでわざわざ勉強の手を止めて挨拶をしてくれた。

「おはようございます。」

席が近いのもあるだろうが、律儀なやつだ。

「朝から勉強ですか?」

「はい。前の学校よりここの学校は進路が早いので。」

なるほど。だから転校したばかりの五十嵐さんも補習に呼ばれていたのか。

「それと、私に対して敬語は必要ありませんよ。」


.........僕の頭の中に宇宙が広がった。正確には脳が膨大な情報を処理できなくなりフリーズしたのである。僕のような陰キャにとって女子と話す時はもちろん敬語。なんなら男子相手にも敬語。それが当たり前だと、常識だと思っていた。その常識が五十嵐さんの一言によってぶち壊されたのである。

「望月くん?どうかなさいましたか?」


「え?あ、うん。大丈夫。大丈夫だよ。それとわかりました、じゃなくてわかった。敬語はやめるよ。」

「はい。」

そしてまた五十嵐さんは視線を机に落とし勉強を再開させるのだった。

僕も朝礼までの時間をライトノベルに費やすのではなく勉強にあてるのもいいかもしれない。そう思い数学のチャートを開く。練習問題を見てももちろんわからないため上に書かれてある例題から確認する。そしてチャートを閉じる。え?問題を解かないのかって?例題を見たところで解けなかったから閉じてるんだよ_:(´ཀ`」 ∠):。結局数学から逃げて古典をすることにした。



朝礼、授業、授業、授業、........終礼。

そして放課後となる。

今回は迷わず補習へ向かう。というか言ってしまえば学校なんて豆腐ハウスのようなもの。迷う方が難しいのである。

ガラッ

扉を開けるとやはりというべきかなんというべきか、五十嵐さんがいた。そして僕はその隣に座る。もう迷わない。

「学校はもう慣れた?」

今度はこっちから話しかけてみる。

「はい。皆よくしてくれますし、いつも助かっています。」

まだ学校に来てから数日だというのに五十嵐さんは良い友好関係を築けているようだ。僕なんかこの学校に入学して一年と少し経つのに........やめよう。自分が悲しくなるだけだ。

ガラッ

先生が入ってくる。

「じゃあ今日は逆関数の復習から始めます。」

自分一人だとペンが全く動かないのだが、この補習の時間だけ少しはペンを動かせる。結局は途中までしか解けなかったり、根底から間違っているのだが。まあなんにせよ成長はしていると自分の中で思った。



「それじゃあ明日は合成関数の復習をするからな。しっかり復習しておくように。」

補習が終わると同時に脱力する。今日は一時間半程度かかった。補習は授業とは別で明確な時間が決まっていないのが辛い。

「今日は長かったですね。」

「そうだね。流石にしんどかった。」

雑談をしながら帰り自宅をすませていく。

「ところで五十嵐さんは体育祭何に出るか決めた?」

「あっ。そういえばこの学校の体育祭は一学期にありましたね。前の学校では二学期だったので失念していました。」

僕らが通う学校の運動会は七月上旬。一学期の期末テストを早めに終わらせて夏休みの前に行われる。

「あと一ヶ月くらいだからまだ時間はあるけど来週くらいから練習が始まるからそれまでに決めとけばいいと思うよ。」

「そうなんですね。できれば走る系に出たいですね。」

「得意なの?走るの。」

「まあまあ、です。」

小悪魔的で不適な笑みを五十嵐さんは浮かべる。そしてその意味も後に知ることとなる。

「じゃあまた明日。」

「はい。また明日。」

西陽が差す校舎を後にし帰路に着く。

話す相手がいるわけではない、単語帳を見ながら歩いているわけでもない。ただ明日のことを考えながら歩くのだった。




六月十一日 火

雨の音で目を覚ます。そういえば今日から梅雨入りだったな。いつもと同じ時間でも少し暗くて二度寝についての脳内会議もより一層深まる。政経でも熟議は大切だと習ったしこれは実に有意義なことである。


「なわけあるか!」

布団をガバッと払いのけ時計を見る。まあ、予想通りだ。

「朝飯抜くか〜」

背伸びをして制服に着替える。顔を洗い歯を磨き傘をさして家を出る。僕は雨も傘も嫌いじゃない。どちらとも美しいとさえ思う。東京タワーや高層ビル。まあ高ければなんでもいいんだけど。とにかく高いところから雨の日に下を見ると色とりどりの傘がまるで水滴柄の模様のように見えてきて街全体がカラフルに見えてくる。雨は雨で波紋が広がる様は美しい。水溜まりは何処にでもでき、何処にでも波紋は発生しうる。そこがまたいい。

だから僕は雨が好きだ。


教室に着く。扉を開ける。

「あっおはようございます。今日はなんだかご機嫌ですね。」

「おはよう五十嵐さん。そんなに顔に出てた?」

「ショートケーキにのってる苺くらい出てましたよ。」

「全部じゃん。」

「ふふっ」

五十嵐さんはいつもはお淑やかという感じなのだが偶に冗談も言ったりする。

「ちなみにどうしてですか?」

「雨が好きなだけだよ。」

「雨.......そうですね。私も雨は好きです。」

そう言う五十嵐さんは窓から何処か遠くを見ている気がした。



授業も終わり放課後になる。いつも通り補習を終わらせて帰路に着く。まだ雨は降っていた。水たまりを飛び越え、紫陽花を一瞥し、自宅の庭にいたナメクジには塩をかけておく。浸透圧を思い知れ!フハハハハΣ੧(❛□❛✿)などと心の中で唱えながら家に入る。疲れた体を鼓舞し宿題を始める。

そして今日も終わってゆく。

実際のところ少し期待していた。転校生、居残り二人。何か起こるのでは、と。不純だと言われるかもしれないが僕だって男子高校生である。いいじゃないかアニメや漫画みたいなイベントを望んだって。


などとまたしてもくだらないことを考えながら眠るのだった。


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