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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

『浮気は病気だから』と笑うクズ夫に、不倫中だけ爆音が鳴る首輪をハメて公開処刑した結果。

作者: 羽哉えいり
掲載日:2026/02/16

「あーあ、ついに見つかっちゃったか」

 

 リビングのソファに深く腰掛けた夫・隆一は、テーブルに並べられた不倫現場の証拠写真を一瞥し、薄笑いを浮かべた。

 妻である私、宮下ひまりが数ヶ月かけて集めた決定的な証拠。それを見てもなお彼は悪びれる様子もなく、むしろ「やれやれ」といった風に肩をすくめる。


「でもさー、ひまり。これだけは理解してほしいんだけど、男なんて本能で動く生き物なんだよ。ぶっちゃけ一種の病気みたいなもんさ。そんな不可抗力に対して感情的に責めるのは酷だと思わないか?」

 

 昔からそうだ。この男は自分の過ちをすべて『生物学』のせいにして逃げてきた。

 私が無言でいるのを「納得した」と勘違いしたのか、隆一はさらに調子に乗って言葉を重ねる。


「落ち着けよ。これは『浮気』っていうドロドロしたもんじゃなくて『生物学的なバグ』なんだ。オスには種を蒔く本能があるだろ? 言ってみれば花粉症みたいなもんさ。なあ、ひまり。お前は重度の花粉症患者に向かって『なんでくしゃみ出すんだ!』って怒鳴りつけるのか? 病人を責めるなんて、人道的にどうなんだ?」


 ……なるほど、そうきたか。

 不倫相手の肌の温もりを求めたその下劣な行為を花粉症のくしゃみと同列に語るわけね。花粉症の人たちになんて失礼な。

 私は怒りを通り越し、ただ静かに微笑んだ。


「……そう。病気なのね。それなら治さなきゃね」

「おっ、わかってくれたか! さすが物分かりがいいな、俺の妻は」

「ええ。だからこれを用意したの」

 

 私がバッグから取り出したのは、高級感のあるマットブラックのチョーカー……、に見える金属製のガジェットだった。


「……なにこれ? ネックレス?」

「最新デバイスの『治験』よ。知り合いのエンジニアからモニターを頼まれたの。名称は『浮気衝動抑制ガジェット』。あなたの言う通り浮気が病気なら治療が必要でしょ? これ、最新の医療テクノロジーが詰まったデバイスなんですって」


 隆一は首を傾げながらも、私が差し出した『モニター協力同意書』という名の書類に目を落とす。


「協力してくれたら今回の浮気は水に流してあげる。……どうする? 病気を治して私とやり直す気はある?」

「へぇ、最新ガジェットね。面白そうじゃん! それで今までのことがチャラになるなら安いもんだよ。貸せよ、サインしてやるから」


 隆一は鼻歌まじりに同意書の末尾にサインを書き込んだ。

 だけど私がどれほど精緻な条件(資産譲渡の委任状)を潜ませていたか、彼は一文字も読んでいない。


「はい装着完了。……あ、これ、専用の解除キーがないと絶対に外れないから気をつけてね」

「わかってるって。カチッといい音したな。デザインも悪くないし、これで『病気』が治るなら万々歳だ」


 隆一は鏡の前で自分の首元を満足げに眺めている。

 自分の首を絞める縄を、自分から喜んで締め上げるその姿は見ていて実に滑稽だった。


「明日から楽しみね。隆一さん、あなたの『本能』がどう反応するか」

 

 私は微笑みながら小声で呟いた。

 地獄のカウントダウンが始まっているとも知らずに、隆一は「愛してるよ、ひまり」なんて薄っぺらな嘘を口にしていた。




 翌日。隆一は「仕事の打ち合わせ」と称して、駅前の洒落たカフェにいた。

 向かいに座るのは職場の部下で不倫相手の佐藤ミキだ。


「ねえ隆一さん、その首輪なに? ちょっと変な趣味に目覚めたの?」


 ミキがクスクスと笑いながら黒いガジェットを指差す。隆一は鼻を鳴らし、アイスコーヒーを優雅に啜った。


「これ? いや、ひまりがさ『健康管理にいいから』って勧めてきた最新のデバイスなんだよ。あいつ、俺の体が心配で仕方ないみたいでさ。重いよな、俺に首ったけなんだよ」

「ふーん。奥さん扱いやすい人で良かったね。私なんて隆一さんがいないと夜も眠れないのに」

「悪い悪い。今夜もたっぷり埋め合わせしてやるから」


 隆一がテーブル越しにミキの細い手を情熱的に握りしめた。

 ――その瞬間。


『――ピピピッ! 警告。不適合個体同士の接触を検知。不適合接触レベル、MAX』


 首輪から無機質な女性の合成音声が響いた。


「えっ……? なんだ、今の」

「隆一さん、なんか喋った……?」


 呆然とする二人の耳を次の瞬間、火災報知器を遥かに凌ぐ爆音が襲った。


『――不倫中! 不倫中! 不倫係数、限界突破。この男、宮下隆一は現在、不倫相手の佐藤ミキさんと不適合な愛を育んでいます! 全人類、このクズに注目してください!』


「うわああああっ!? なんだこれ、止まれ! 止まれって!」


 隆一が喉をかきむしるように首輪を弄るが、音量はさらに増していく。静かだったカフェの客全員が一斉に振り返りスマホを構えた。


『――佐藤ミキ、年齢二十四歳。職種、経理。現在、既婚者である上司と不適切な接触を行い、家庭破壊を推進中! 不倫は文化ではありません!』


「ちょ、ちょっと! 名前まで出てる!? やだ、みんな見てるじゃない! 最低、なんなのよこれ!」


 顔を真っ赤にしたミキがバッグを振り回して隆一を叩く。


「俺だって知らないよ! バグだ、これは最新テクノロジーのバグなんだ! 俺は悪くない!」


 逃げ出そうとする隆一のポケットでスマホが振動した。私、宮下ひまりからの着信だ。

 隆一が縋るように通話ボタンを押すと、スピーカー越しに私の冷ややかな声が響く。


「あら、隆一さん。いい音色ね。今GPSで確認したけど……、随分と『本能』が活発になっているみたいじゃない?」

「ひまり! これ、どうやって止めるんだ! 壊れてるぞ、この機械!」

「いいえ、正常よ。不純な接触を検知するとアラームが鳴る仕様なの。ねえ、今の心境を大好きな『生物学』の観点から解説してくれる? 今のあなたの状態、花粉症のくしゃみよりずっと迷惑そうだけど」

「ふざけるな! 早く止めろ! 死ぬ、恥ずかしさで死ぬ!」

「あら、病気なんだから治療の痛みに耐えなさいよ。あ、ちなみにそのアラーム、不倫相手と10メートル以上離れないとさらに音量が上がる設定になってるから」


『――音量、さらにブースト。不倫相手、佐藤ミキ。社内不倫、ダメ、絶対。不倫相手、佐藤ミキ――』


「ひいっ! ごめんなさい、私知らない! こっち来ないでよ、この爆音クズ男!」

 

 ミキは悲鳴を上げて走り去った。隆一は「待ってくれ、ミキちゃん!」と追いかけようとするが、近づけば近づくほど音が巨大化し、通行人が耳を塞いでうずくまる。


 逃げる女と爆音を撒き散らしながら追う首輪の男。

 そのシュールな地獄絵図は、リアルタイムで私のタブレットに映し出されていた。


 ミキに突き飛ばされ、爆音を振りまきながら駅前を彷徨う隆一。その目の前に最悪のタイミングで現れたのは、これから得意先へ向かうはずの部長と数人の同僚たちだった。


「……宮下君? その首の騒音は何だ? というか君は今外回りの最中じゃないのか?」


 部長が眉をひそめて立ち止まる。隆一は真っ青になりながら首輪を両手で必死に押さえ込んだ。


「ぶ、部長! これは、その、最新の健康器具の誤作動でして……! 俺は悪くないんです、機械が勝手に……!」


 だが首輪は隆一の言い訳を容赦なく上書きする。


『――現在、不倫男・宮下隆一が通過中! 彼は現在、業務時間内です。業務時間中に不倫相手・佐藤ミキへ送信した私的LINE、計32通を確認。直近の送信内容を読み上げます』


「や、やめろ! 読むな! 黙れぇぇ!」


『――「ミキちゃんの耳、柔らかいねぇ~、ハムハムしちゃうぞ〜。今夜も残業チュッチュッしようね」。……以上、キモいメッセージの朗読を終了します。業務に戻ってください』


「…………」


 同僚たちの間に氷のような沈黙が流れる。部長は信じられないものを見る目で隆一を見つめ、静かに手帳を閉じた。


「……宮下君。君の『耳ハムハム』については、明日人事部で詳しく聞かせてもらおうか。いや……、もう来なくていいよ。君のような不誠実な人間を我が社に置いておく余裕はない」

「部長! 待ってください! これは病気なんです! 本能なんですってば!」


 叫ぶ隆一を置き去りに、同僚たちは汚物でも避けるように去っていった。

 通行人の嘲笑とスマホのカメラに囲まれ、隆一は泣きながら自宅へと走り出した。

 ようやく辿り着いたマンションの前。だがオートロックは解除されず、玄関の鍵も内側からチェーンが掛かっていた。


「ひまり! ひまり、開けてくれ! 頼む、止めてくれ! 死ぬ! 俺、もう社会的に死ぬから!!」

 

 ドアを激しく叩く隆一。インターホン越しに私の冷徹な声が響いた。


「あら、隆一さん。ずいぶん賑やかなお帰りね。ご近所さんにまであなたの『本能』が知れ渡って私も鼻が高いわ」

「ひまり、悪かった! 俺が悪かったから! だからその、リモコンで音を止めてくれ! 一生のお願いだ!」

「あら、おかしいわね。『病人を責めるのは人道的にどうなんだ』って言ってたじゃない。病気なんだからこれくらい耐えなさいよ。それとも副作用の少ない『特効薬』が必要かしら?」

「特効薬!? あるのか!? あるなら今すぐくれ!」

「ええ、あるわよ。今あなたのスマホに『治療承諾書』を送ったわ。それにマイナンバー認証でサインして。そうすればその爆音から解放してあげる」


 隆一は震える手でスマホを取り出し、送られてきた書類を開く。

 そこには『全資産の譲渡』『慰謝料一千万円の即時支払い』『親権の完全放棄』『即時離婚』という、絶望的な文字が並んでいた。


「な、なんだこれ……! 俺の貯金も、この家も、全部奪う気か!?」

「ええ。あなたの『本能』を維持するにはお金がかかるでしょう? そんな汚いもの私が管理してあげる。さあ、どうするの? このまま一生爆音の中で『ハムハム』の朗読を聞きながら生きる?」


『――警告。サインが遅延しています。音量をさらに20%ブーストします。不倫! 不倫! 宮下隆一は不倫クズ――!!』


「ぎゃあああ! 書く! 書くからぁぁぁ!!」


 隆一は発狂せんばかりに叫び、スマホの画面に決定的なサインを叩きつけた。


「……承認、完了したわ」


 私が手元のタブレットを確認すると同時に、隆一の首から鳴り響いていた爆音がピタリと止まった。

 静寂。あまりの落差に隆一はその場に力なくへたり込んだ。


「はぁ……、はぁ……、止まった。やっと、止まった……」


 脂汗を流し安堵の表情を浮かべる隆一。だが私はまだドアを開けない。インターホン越しに最後のご褒美を突きつける。


「安心するのは早いわよ、隆一さん。あ、ついでにこれ見て。あなたのその醜態、私が開設した特設サイトで『生配信』してたのよ。今、視聴者数一万人突破。おめでとう、世界の有名人ね」

「……配信? 嘘だろ……? 今の、全部流れてたのか……?」

「ええ。あなたの『本能』、世界中にシェアしてあげたわ。あなたの両親も私の両親も、さっきからチャット欄で大騒ぎよ。あ、そうそう。不倫相手のミキさんにも、もっと素敵なプレゼントを贈っておいたから」


 画面を切り替えると、そこにはミキの婚約者が彼女の実家に乗り込んでいるライブ映像が映し出されていた。

 ミキは「隆一さんに無理やり!」と泣きついているが、無情にも首輪が記録した『ハムハム』の音声ログが彼女の両親の前でリピート再生されている。


「ミキさんもこれで会社も実家も婚約者も失うわね。二人お揃いで人生のどん底スタートよ」

「ひまり……、お前、そこまで……!」

「あら、選ばせてあげたじゃない? 一生爆音の中で晒し者として生きるか、一文無しで静かに消えるか。あなたは後者を選んだ。……賢明な判断よ」

 

 ガチャン、とチェーンを外す音が響く。

 ようやく開いたドアの隙間から私は隆一の足元に、パンパンに詰まったゴミ袋を放り投げた。


「中身はあなたの着替え。それ以外この家にあるものはすべて『私の資産』よ。一円だって持っていかせないわ」

「待ってくれ、ひまり! 俺、これからどうすれば……! 本能なんだ、病気なんだよ! 見捨てないでくれ!」


 縋り付こうとする隆一の額を私は汚いものを見るように人差し指で押し返した。


「治療完了ね。お疲れ様、元旦那様。……あ、その首輪返さなくていいわよ。次に浮気しそうになったら、また鳴るように設定しておいたから。死ぬまでハメてなさい」

 

 私は最高の笑顔でドアを閉め、鍵を二重にかけた。

 



 ――数日後。

 ネットには『爆音耳ハム不倫男』という不名誉なまとめ記事が永遠に残り、隆一はどこの企業にも採用されず、日雇いのバイト先ですら「お前、あの首輪の奴だろ?」と指をさされているという。


 一方、私は。

 隆一から奪い取った全財産と慰謝料、そして売却したマンションの資金を元手に、南の島でバカンスを楽しんでいる。


「やっぱり、本能には抗えないわよね」


 真っ青な海を眺めながら、私はキンキンに冷えたシャンパンを飲み干した。

 自由という名の、最高の特効薬を味わいながら。



(完)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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不倫は文化でも病気でもなく単なる裏切りですよね。誠実な人が報われ不実な者が相応の報いを受ける、そんな物語をこれからもお届けできればと思っています。

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