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第七話 やり直す世界

 谷へ向かう山道を吹き抜ける風は、乾いた砂を巻き上げながら鋭く頬を刺した。

 その中央で、テオはリアムを正面に見据え、ゆっくりと言葉を吐き出した。


 本来、鉱脈の発見はライリーだった。未来の新聞に書かれていた事実――その一点だけが、テオをこの時代へと呼び寄せた。


 その口調は、まるで他人事でも語るように淡々としている。

 だがその目は、獲物を仕留める直前の獣のような濁りを帯びていた。


 リアムは一瞬、その目の冷たさに息を呑んだ。


「つまり……アンタまさか……!?」


 次の瞬間、テオは薄く笑いながら一歩踏み出した。

 イーターテールが地面を這い上がり、蛇のように跳ねてテオに襲いかかる。


 しかし、テオはそのすべてを見切っていた――いや、“経験していた”。


 動きの癖。跳躍の角度。着地の瞬間のわずかな間。

 すでに何度も“やられて”、そのたびに巻き戻した痕跡が、その全ての回避動作に刻みついている。


「アンタの本性……とんでもないクズ野郎ね……!」


 リアムが鋼鉄の翼を広げて疾走する。

 砂塵が大きく舞い上がり、山肌の陰影がざらつきを増す。


 テオはその迫る殺意を前に、ただひとつの言葉を返した。


「俺は……生まれた時からなんでもできた」


 彼の生まれは特殊だった。魔族の父と、人族の母。普段は交わることのない2つの種族が奇跡の共存。基本的に魔族は、人族を低俗で数が多いだけの生き物と見下している。魔族にとって子供は、自分の優秀な遺伝子を未来に遺すためだけの、ある意味合理的で生き物として最優の選択をするものだった。

 対して人族は愛で子供を遺す。テオの父親は愛を理解していた。

 テオは両親に愛されて育った。種族の枠を越え、愛で障害を超越して生まれ育ったのがテオだ。彼は何一つ不自由なく暮らしていた。


 ――それは、その能力さえも。


 テオは早い段階で、彼が自由にやり直しができる魔法を持っていると知った。過程は既に忘れた。ただ、彼は好きな時に時間を巻き戻し、好きな時間に戻れたのだ。何回も人生をやり直すことができた。

 自分は“時間を巻き戻せる”。

 死はただのスイッチに過ぎず、何度でも人生をやり直せる。

 それが彼に傲慢を与えた。彼は望む全てを手に入れてきたのだ。結果、テオは自分以外の全てを見下すようになっていた……

 彼は世界を無限のやり直しが保証された舞台だと捉えるようになった。

 努力も倫理も必要なかった。

 望むものは、ただ手を伸ばせば手に入ったのだ。


「死の恐怖はもはやない。やり直しの起爆剤にすぎない」


 リアムの翼が弧を描き、テオの頭部を吹き飛ばす――

 直後、世界が歪み、巻き戻る。


 首は落ちていない。未来は消失していた。


「わかるか? 俺は未来を自在に変えられる。俺の思い通りにできる。つまり――俺は神にも等しい存在だ」


 その傲慢さに、リアムは冷えた視線を返す。


「魔族でもそこまでは傲慢じゃないわよ……アンタ、見下げ果てた根性してるわね」

「この全能感は、お前らにはわからないさ」

「なら――ここで排除するッ!」


 リアムが地を蹴った。空気が裂ける。

 一拍遅れて、小型のバル・ガロがその陰から飛び出す。


「チッ、また魔物か……」


 テオは発砲する。しかし弾丸はすり抜けた。


「なにッ!?」


 見えない何かがテオの腕に噛みつく。

 痛みの正体を確認するより早く、彼は巻き戻し、距離を取る。


「この現象……バル・ガロの魔法!? だが、小型種は魔法は使えない……!」


 予測射撃を試みるが、五感に優れるハンナとは違い、テオの感覚だけでは位置把握が追いつかない。

 その苛立ちが、眉間に小さく皺を寄せる。


 リアムが低く息を吸い、鋭い声を投げつけた。


「よかった……アンタ……魔法は無敵だけど、アンタ自身は無敵じゃない」


 テオの目が大きく揺れた。


「……なんだと……」

「アンタの身体能力は魔族ほど高くない。それが――アタシたちの付け入る隙よッ!」


 リアムの猛撃。バル・ガロの奇襲。

 両者の連携は、テオの死に戻りを“消耗戦”に引きずり込むように正確だった。


「だからなんだッ!?」


 テオはリアムへ発砲する。

 だが――弾丸は空を切る。


 そこで、テオは直感した。


「まさか……魔物の魔法までも操れるのか……!?」


 吸血虫、バル・ガロ。

 リアムの魔法は操るという魔法だ。ならば、魔物の魔法も操れるということ。


「バケモンめ……だが、種が分かればなんてことない。

 魔法の能力は俺の方が上だ……確実にな」


 テオは何度も死に戻り、行動パターンを把握し、未来を書き換え続ける。

 その結果、徐々にリアムの動きに打撃が入り始めた。


「ぐっ……!」


 リアムの足に弾が突き刺さり、動きがわずかに止まる。


「30回はやり直したな……バル•ガロの魔法は厄介だが……どうせお前たちは決まった動きしかできない。決められた動きを繰り返すだけの人形だ。いずれ慣れる」

「ここまでとは……!」


 リアムは何十回も勝っていた。

 しかしテオにとって必要なのは“ただ一度の勝利”だけ。


「どうやら勝敗は見えてきたんじゃないか? 諦めれば楽に殺してやろう」

「フフ……そうね……何度でもやり直せる相手に勝とうだなんて、アタシもバカだったかもね……」


 リアムは一度だけ息を吸い、表情を緩ませた。


「どうぞ。好きにして」


 その言葉と同時に、テオの銃口が火を吐いた。

 リアムの身体が崩れ落ちる。






 谷の入口に辿り着いたハンナが振り返った瞬間、テオが姿を現した。


「待たせたな――」


 テオの視線が、眼下に広がる蒼い地帯に吸い寄せられる。


「これが……青い谷……魔石の鉱脈……!」


 ライリーが安堵の声を上げ、ハンナが駆け寄る。


「テオ……! よかった。怪我はない?」

「ああ、助かったよ。これで俺の苦労も報われる」


 その言葉には、不自然なほどの熱が滲んでいた。

 ハンナは一瞬、胸に微細な不安を覚えた。

 その“不安”が形を持つ前に――。


 銃声が響いた。


 ライリーの身体が崩れ落ちる。

 地面に染み広がる赤が、青い谷の光に不気味に照らされた。


「……え?」


 ハンナの思考が音を失う。


「鉱脈は俺のモノだ」


 テオの声は、いつも通りの静かさで、しかし内容だけが凶悪だった。


「莫大な金も! 栄誉も! 富も! 俺のものだッ!」

「なにをしてるって聞いてるのよーーッ!!」


 ハンナは怒りで殴りかかるが、その拳は簡単に躱された。


「お前はまだ殺せない。オズワルドに引き渡す約束だからな」

「……なんですって……?」


 テオの口が嘲笑に歪む。


「おかしいと思わなかったか? あいつが賞金だけじゃなく、鉱脈の所有権まで与えると言ったことを」

「それは――」

「俺が娘を誘拐して脅したからだ。つまり……お前をな」


 ハンナの目に血が上る。


「ずっと……騙してたの……」

「騙してた? 俺の目的は鉱脈だ。勝手に信用したのはお前だよ」

「貴様ッ!!」


 怒りの拳は、また空を切る。


「無駄だ。さっさと帰って報告しろ。誰が鉱脈を見つけたのか、そして――どこにあるのか」


 テオはライリーの地図を拾い、亡骸を躊躇なく蹴り飛ばした。


「さあ、未来は俺の手の中にある」


 しかし――ハンナは動かない。

 その沈黙が、テオに初めて“焦り”を生んだ。


「はあ……言うことを聞かないと痛い目に――」

「そう……あんた、やり直しの魔法を持ってるのね」


 その一言で、テオの世界が揺らいだ。


「……なに……ッ!?」


 ハンナの瞳に宿る怒りは、もはや炎ではなく灼熱だった。


「許さない……ライリーを利用し、そして全てを踏みにじったお前をッ!」


 ハンナの竜の拳が握られたその瞬間――テオの背筋を、初めて“死”が走った。


「どういう……ことだ……!?」


 死に戻りの魔法を持つ男が、初めて未来を読めなかった。

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