小さな約束(前編)
村のはずれ、霧の朝。
エリアは小さな花籠を抱えて、母の畑へ向かっていた。
霧の向こうで、母の歌声が聞こえる。
やわらかく、少し切ない旋律。
♪咲きなさい 風の子 陽の子
世界はあなたを待っている♪
母──リサは、村で一番の花魔法使いだった。
花を咲かせるだけでなく、その香りで人の心を癒す力を持っていた。
村の誰もが彼女を慕い、彼女の作る花束はいつも笑顔を運んだ。
「おはよう、エリア」
振り返った母の笑顔は、朝の光よりも優しかった。
「今日も手伝ってくれるの?」
「うん!今日は白い花をいっぱい咲かせたいの!」
エリアは花籠を置いて、小さな手を広げる。
「……フローラ、咲いて!」
ふわり。
風が揺れて、地面の蕾が一斉に開いた。
白い花弁が光を受けてきらめく。
「まぁ……見事ね」
母は微笑みながらエリアを抱きしめた。
「本当にあなた、花と心が通じ合ってるのね」
そのとき。
遠くで、雷鳴が轟いた。
空が急に曇り、冷たい風が吹き抜ける。
母の表情が一瞬だけ曇った。
「エリア、家に戻りましょう。今日は嵐になるわ」
「え?でも──」
言葉を言い終える前に、地面が光った。
魔力のうねり。
花畑の中央が、不自然に枯れ始めていた。
「なに、これ……」
エリアは花に手を伸ばす。
枯れた花が悲しげに揺れる。
その瞬間、彼女の魔力が暴発した。
風が渦を巻き、花びらが嵐のように舞い上がる。
「エリア!離れて!」
母の声が聞こえた。
だが、光の中で、エリアは何も見えなかった。
──そして、静寂。
気がつくと、母の腕の中にいた。
周囲は灰色の花びらで覆われ、畑は跡形もなく消えていた。
「……お母さん、わたし……」
「大丈夫よ」
母は震える声で娘を抱きしめた。
「あなたの力は、きっと誰かを救う力になるわ。
だから──」
彼女はエリアの胸に手を当てた。
「怖がらないで。花は、心のままに咲くのだから」
その言葉が、エリアの胸に深く刻まれた。
それが、**“小さな約束”**のはじまりだった。




