date後編
更新遅くなってしまってすみません(汗;
冷たい北風と粉雪がちらつく季節が過ぎ去り、昼前には太陽の陽気が辺りを満たし始める三月中旬。快晴の屋外はコートやマフラーなどいらないくらい暖かかった。
「今日は晴れてよかったな、和彦。これで雨だったらテンション下がりまくるし」
「ああ、そうだな」
泰邦に言葉少なに返事して、和彦は辺りを見回し始めた。平日ということもあってか、二人が立っている遊園地の周りには人影はまばらだが、一向に待ち人達の姿は見当たらない。時計の針は待ち合わせ時間のちょうど十分前を告げていた。
傍目から見てもそわそわしてるのが分かるような和彦の行動に、泰邦はため息と共に苦笑をこぼした。
「ったく、そんなに愛しのお姫様が待ち遠しいのか?」
俺の存在を忘れるくらいに、と付け加えようとしたところで、目の前に颯爽とこちらに向かって駆けてくる二人の少女――正確には、駆けてくる少女と、彼女に手を掴まれているため駆けざるをえない少女であるが――が現れた。お姫様方のご到着である。
「ごめん、仕度に手間取っちゃって」
「いや、まだ待ち合わせ時間の前だし、俺らも今来たとこだし」
なっ、と同意を求められ、泰邦は自然な表情で『そうだよ。気にしないで』という台詞を口にした。もちろん、待ち合わせ時間の三十分も前から、ハラハラとこの場所で待っていたなんて口にしない。もっとも、本当に申し訳なさそうな顔をしている穂乃花を目の前にしたら、どんなに軽薄な男でもそんなことを口にできないと思うが。
「……だ、だから言ったじゃ……ありませんか。そ、そんなに……走る必要ないって」
泰邦は穂乃花の後ろで息を切らして話す少女に目を向けた。TPOを考慮してか、キャミソールとカーディガンの下にデニムとスニーカーという出で立ちで、ぱっと見はどこにでもいる普通の女の子であるが、上品な所作や言葉遣いから、彼女が生粋のお嬢様だと窺える。
「もう、これくらいでヘバるなんて。本当に美佐子は運動不足なんだから」
穂乃花が呆れたように後ろの少女――民家美佐子の方へ振り返った。美佐子は何か言いたげな表情をしていたが、一つため息をこぼして不満の顔色を苦笑に置き換えた。
いつの間にか美佐子の息遣いは落ち着いていた。
「じゃあ、遊園地に入る前に、簡単に自己紹介でもしようか」
そのタイミングを見計らいつつ、あくまで自然に見えるように泰邦が切り出す。それぞれが自己紹介している間に、泰邦はそっと美佐子の表情を窺った。終始微笑んでいたのだが、そこに含まれる感情は、そのタイミングで誰が話しているかで変化しているのが分かる。穂乃花に対しては、親心にも似た心配の念が、和彦に対しては、どこか値踏みするような視線が混じっている。泰邦自身のときは何を考えていたのかは不明であったが、美佐子自身が自己紹介をする番になると、その微笑みに含まれた感情がはっきりと見て取れた。
それは嘲り。それも美佐子自身に向けての嘲笑だった。
* * *
――まあ、あの民家会長のご令嬢ですの? ぜひお父様とご一緒に我が家のホームパーティーにいらして。
――貴女からもお父様を説得していただけませんか?
――美佐子様。今日のお召し物も素敵ですわ。ところでお父様はどちらに?
――僕と付き合ってください。民家コーポレーションに一生身を捧げる覚悟です。
あまりのわかりやすさに、いい加減反吐が出ると美佐子は思う。だって、彼らの顔には『貴女のお父様とお近づきになりたいんです』『民家コーポレーションを手に入れたいんです』という感情がそのまま書いてあるのだから。
もし自分の父親が大企業の会長でなかったならば。いったい何度考えたことだろう。父親がエリートだといっても、『普通』というものをほぼ毎日体験できる穂乃花が羨ましい。
* * *
「おーい! 聞いてる?」
隣に座る泰邦の声で、美佐子は意識を現実へと戻される。今二人が座っているのは、遊園地の片隅にあるベンチ。美佐子の隣で泰邦は苦笑を浮かべていた。
「午前中歩き回ったからちょっと疲れちゃった? それとも何か考え事?」
「あ、いいえ、そういうわけではなくて……」
何か適当な理由を探そうとあたりを見回す。考え事をしていたなんて言うと、その詳細まで言わなければいけない気がした。そうでなくても、自分の思考に没頭して、人の話を聞かないなんて失礼極まりないと常日頃から美佐子は思っているのだ。
きょろきょろと見渡すと、目の前に小さなアイスクリーム屋があるのが見えた。
「あ、俺アイス食べたいんだけど。美佐子ちゃんもいる?」
美佐子の目線に気づいてか、泰邦が尋ねてくる。美佐子がうなずくと泰邦は『じゃあ、買ってくるからここで待ってて』と言って、アイスクリーム屋へと歩き出す。
美佐子はふぅっと息をついた後、泰邦の後姿を見やる。彼は不思議な人だと思う。自分のことを『ちゃん付け』で呼ぶこともさることながら、他人に対してさりげなく気を使っている。昼食後に穂乃花と和彦が二人きりになるように別行動をとることを提案したのも泰邦だった。さっきのセリフにも美佐子に対する気遣いが窺える。もっとも、美佐子はアイスなど欲しくはなかったのだが……。
「抹茶とバニラ、どっちがいい?」
いつの間にか、泰邦が目の前にいた。美佐子は抹茶アイスを受け取り『ありがとう』とお礼を言う。
こういう場所のアイスなど普段は食べないのだが、不思議とおいしく感じた。甘さとほのかな苦みとのコントラストが心地よい。
「あのさ、さっき話してたことなんだけど」
言いにくそうに、でも真剣な表情で泰邦が話し始めた。
「和彦が穂乃花ちゃんに好意以上の気持ちを持ってることって、正直なところどう思ってる?」
泰邦が横を向いた。瞳に自分の顔が映り込んでるのを感じながらも、美佐子はその瞳をじっと見つめていたが、やがて視線を逸らした。自分が今から言おうとしているのは、泰邦が期待しているであろう言葉ではないのだから。
「まだ、何とも言えませんわ。和彦君のことが全てわかっている訳ではありませんもの」
泰邦の顔をまともに見れない。和彦のことを疑っているような発言をしてしまったのだから。右手に持つアイスがとけそうで、あわてて舐めにかかる。先ほどより苦い味が口に広がった。
「まあ、そう言うだろうと思ってたよ」
思いもかけない発言に、美佐子はぱっと顔を横に向ける。そこには優しく微笑む泰邦がいた。
「今日半日一緒でも分かるよ。美佐子ちゃんが穂乃花ちゃんのことをどれだけ大切に思っているのかが」
それはそうだろう。穂乃花は美佐子に対して家柄など関係なしに接してくれた、初めての人なのだから。
だからさ、と泰邦が続ける。その瞳は真剣ながらも優しさを含んでいた。
「和彦のことをきちんと知ってから、その上で判断してほしい。きっと美佐子ちゃんにもわかると思う。穂乃花ちゃんが和彦に惹かれている理由が」
そういった後、泰邦はぽんぽんと美佐子の頭をなでた。普段だったら、不快感を感じる動作に、今は心地よささえ感じる。
こうして終わったダブルデート。穂乃花の意中の人を確認しに来ただけだったのに、美佐子は確実に泰邦に心を奪われてしまったのだ。
ちょっと、締りが悪いですかね…。泰邦×美佐子の話や、穂乃花と美佐子の高校時代の話などは、また別の機会に書こうと思います。
それで、次回は和彦×穂乃花の話を書こうと思っているのですが、更新がかなり遅くなりそうです…。ですので、待ってやってもいいぜって方がもしいらっしゃるのなら、次話でまた会いましょう。
それでは、シャムでした。