date前編
今回は、話が長くなりそうなので、前編・後編に分けようと思います。
時間軸は第一話よりも前になっています。
「ふーん、白百合女学院ねぇ。まあ、相手としては悪くはないか」
町外れにある小奇麗な喫茶店。コーヒーカップから浮かぶ湯気の向こうで、松村泰邦が不敵な笑みを浮かべるのを見て、世良和彦はため息をついた。やっぱりこいつに相談したのは間違いだったか……。
「お前さあ、俺の話ちゃんと聞いてた?」
「もちろんだよ。おれに記念すべき十人目の彼女をプレゼントしてくれるんだろ?」
「……」
和彦は無言で抗議の意を表した。何が悲しくて自分が片思い中の相手に、自分以外の恋人が出来ることを望まなければならないのか。とりわけ、泰邦には自分の想い人、永見穂乃花のことを紹介することさえ憚られる。
彼の発言のとおり、泰邦は過去に九人もの女子と付き合ったことがある。きりっとした二重まぶたの甘いマスクに、百八十センチ以上はある高身長。おまけに女子に対してはあくまで猫かぶりの紳士的な態度で接するとなれば、モテないはずがないのである。
「冗談だって。来週の水曜日に遊園地でダブルデートをする。あくまで俺は、お前の意中の人の友達の相手をする、ただの人数合わせ。そうだろ?」
ニカッと笑う泰邦に、和彦はため息をつく。大真面目な顔してそんな冗談を言うのはやめてほしい。――特に、受験シーズンに九人目の彼女と自然消滅して以来、恋愛においてはすっかり音沙汰なしだと嘆いていた泰邦が言うのだから、多少は本気にしてしまってもおかしくはないだろう。
なぜ、いきなりこのような話が出てくるようになったのか。それは一週間前にさかのぼる。
* * *
三月の初め。世良家の郵便受けに、稜緑大学・経済学部の合格証書とともに、入学手続きのための書類やらなんやらが入った封筒が届いた。すでにインターネットで合否を調べていたが、和彦にはパソコン画面上に浮かぶ自分の受験番号が信じられなかったため、これを見たとき初めて自分が大学に合格したことを実感したのである。
喜びで興奮しきった状態であった和彦のケータイが、軽快なメロディーの着信音を鳴らしたのは、彼が合格を確信してから一時間後のことだった。ディスプレイには穂乃花の名前が表示されている。
『もしもし、和彦? 結果どうだった?』
穂乃花の声はあくまで冷静で、興奮冷めやまぬ和彦とは対照的だった。もっとも、インターネットで調べた際にも、穂乃花は電話をしたのだが、そのときの和彦のあまりの心配性に、穂乃花がただただ呆れ返っていたせいでもあるのかもしれないが。
「合格だったぜ! 天は俺を見放さなかったんだ!!」
『……興奮して、キャラが変わってるみたいだけど。まあ、合格おめでとう。あたしも合格したから、これからもよろしくね』
示し合わせた訳ではなかったのだが、偶然にも二人の志望校・志望学部は一緒だった。稜緑大学は、全国でもトップクラスに入るほどの名門大学なのだが、まさか同じ経済学部を受験するとはと、和彦は運命のようなものを密かに感じていたのだった。
「ああ、よろしく。もしかして用件はそれだけだったりする?」
先ほどの穂乃花の返答により、いかに彼女がひいているのかが分かった和彦は、冷静なふりをしようと努めた。
『あ、ううん、違うの。話したいことがまだあって。えっと、その……ちょっと待っててくれない?』
どうも歯切れが悪い。よほど言いにくいことなのだろうか。それとも、さっきの発言がまだ尾を引いてたり……などと和彦が考えているうちに、受話器の向こう側では、女同士の口論が始まっていた。一つは穂乃花のもので、もう一つは品のある、どこか高貴な身分を彷彿させるような口調のもの。聞く感じでは、穂乃花は圧倒的に、その高貴な身分のお嬢様――と和彦は仮定した――に押されている。最後に、もう分かったわよ! と怒鳴る穂乃花の声が聞こえて、電話越しの会話は再開した。
『ごめん。お待たせ』
「いや、それはいいんだけど。もしかしてお客さんが来たとか?」
『あ、ううん、全然そんなんじゃないの、うん。そ、それで、用件っていうのは……』
緊張感が和彦にも伝わってくる。電話越しに穂乃花が二、三度深呼吸するのが聞こえた。和彦が固唾をのんで、穂乃花の次の言葉を待っていると、
『さ、再来週の水曜日に、一緒にデートしませんか!?』
図らずも和彦は固まってしまった……。
* * *
そして、今に至る。和彦が穂乃花から聞いた話を要約すると、和彦と泰邦、穂乃花と彼女の友人で、ダブルデートをしようという提案である。なぜこのような話が出てきたのかというと、泰邦も穂乃花の友人も、稜緑大学・経済学部の受験をして、見事合格したため。穂乃花曰く、入学前の交流作りに、ということらしい。
「で? その穂乃花ちゃんの友達って、どういう子なんだ?」
――会ったこともねえくせに、『ちゃん』付けかよ。
もちろん、心の中に浮かんだ悪態を口に出すことなく、
「ああ、名前は民家美佐子さんっていうらしい。あの『タミヤコーポレーション』会長のご令嬢だとさ」
タミヤコーポレーション。日本の清涼飲料水業界の市場でトップに立って以降、次々と事業展開をしてそのほとんどで成功を収めている、日本有数の総合企業である。そのトップの娘が通う学校というのだから、さすが白百合女学院というべきだろうか。
「へえ。ってことは、穂乃花ちゃんもどっかのお偉いさんのお嬢様とか?」
「うーん、本人の話を聞く限りじゃそんな風には思えないんだけどな」
夏のあの日に話して以来、和彦と穂乃花は塾の帰り際に話したり、自習室で一緒に勉強をしたりと、すっかり打ち解けていた。制服を着ているときこそ、穂乃花は品行方正なお嬢様を演じているようではあったが――どうやら、制服着用時の態度が校則で決まっているらしい――、私服のときに会えば、明るい普通の女の子という感じで、日常生活に関する会話をしても、自分の生活とのギャップを感じたことはあまりなかったのだが。
「なんにしても大企業のお嬢様が来るんだから、あんまり失礼なことはしないように」
「分かってるって。俺を誰だと思ってるんだよ」
泰邦は口の端をつりあげて笑う。自信満々のときに必ずする笑い方だ。そんな彼をを冷めた視線で見つめる和彦であったが、実際のところ、和彦だって泰邦が美佐子を怒らせるようなことをするとは思っていない。むしろ、
――泰邦が色々ちょっかい出しても、あの人だったら軽くあしらうんだろうな。
実は、穂乃花からデートのお誘いの電話があったときに、穂乃花の側にいて、彼女と口論をしていたお嬢様が美佐子だったのだ。穂乃花にOKの返事を出したすぐあとに、美佐子に電話を代わってもらい挨拶したのだが、口調こそ丁寧なものであったが、有無を言わさぬ迫力と彼女自身から漲る自信というものが感じられた。
最終的に美佐子の掌の上で踊らされる泰邦の姿が思い浮かんでくる……。
「まあ、それなりに期待してるよ。急な頼みなのにありがとな」
そう言って和彦は頭を下げる。口ではいろいろ言うこともあるが、こういうときには必ず自分を助けてくれる泰邦に、いつも感謝しているのだ。
「なんだよ、改まって。俺もデートとか久しぶりだし、お前以上に楽しむつもりなんだから、覚悟しとけよな」
おどけた口調でそう言うと、泰邦は冷めかけたコーヒーを一気に飲み干した。
更新が遅くて本当に申し訳ありません。
皆さんに後編をお見せするのは、まだ先のことになりそうですが、これからも読んでいただけたらと思っています。