手っ取り早く大金を稼ぐ方法
「手っ取り早く大金を稼ぐ方法とは?」
挙げるとすれば、まずは“運”だろう。運さえあれば、ギャンブルや宝くじなんかで比較的楽に大金を手に入れることができる。しかし、逆に運がない場合は地獄行きだ。
次に“仕事”だ。割りの良い職業に就いて懸命に働いたらいずれは大金を手にすることができる。しかし、就くべき職業を間違った場合は散々使い捨てられた挙げ句、痛い目を見て終わるのが関の山。
とどのつまり結局何が言いたいかというと、どんな方法であれ一長一短には大金は稼げないということだ。
一部の例外を除いてだが……ん、何だ? その例外について教えろだと? そうだなぁ……あげればキリがないが、取り敢えずはこんな話でもしてみるか――――
そう、あれは二ヶ月前の夜……確か真夜中の二時を過ぎくらいの時間だったかな? オレはとある理由があってどこかの森の奥深い場所に建つ豪華な屋敷に邪魔していた。ただ、邪魔していたといっても決してお呼ばれされてやって来ていた訳ではない。
ここに来たのはいわゆる……
「いいからさっさと金のありかを教えなよ、じいさん。早くしねぇと寿命よりも先に御迎えが来ちまうかも知れねぇぜ?」
いわゆる不法浸入……乱暴な言い方をすれば“強盗”といったところか?
「た、助けてくれ……ワ、ワシは……」
「はぁ? ワシがなんだって? あいにくオレはバードウォッチングよりも金に興味があるんだが?」
オレは愛用のナイフを弄びながら、持ち前のブラックジョークを披露してやる。
「か、金はないんだ。あ、あるなら、とうに渡してる……」
「あーまたそれかぁ、じいさん?」
ザス!!
しかし、返ってきた反応が思っていたものと違っていたため、振り下ろしたナイフでじいさんの右手の甲を貫いて床へ突き刺す!
「ぎゃあああああああああーーー!!」
案の定、激痛によって両足をばたつかせて足掻くじいさん。本当は転げ回りたいくらいのはずだが、右手がナイフで張りつけにされてるせいでそれはできない。
「あ、ああ……ほ、本当に金はないんだぁ! う、嘘じゃないぃ……!」
「やれやれ、じいさん……あんた相当に強情だねぇ」
仕方ない。少し揺さぶってみるか。
「なぁ、じいさん? オレも鬼じゃないんだ。金さえ手に入れば、直ぐにでもこの屋敷からオサラバするって約束するからよ」
こんな言い方をしてるが、ことが済めば本当にこの屋敷からは出ていくつもりだ。別にじいさんの養子になる予定もないしな。
もっとも、死人が養子を持てるとも思えないが……
「屋敷ですと? い、今、アナタ様は屋敷と言いましたか?」
「はぁ?」
「で、ですから……ここを屋敷と言ったのかと訊いているのです」
何だ、このじいさん……? 血を流し過ぎておかしなことを言い出したぞ。
「き、聞こえて……ないのですか? アナタ様には本当に、ここが屋敷に見えてるのですか?」
「オレには屋敷に見えてるのかだって?」
おかしな質問されたからか、幾分かイラつく。
「どうなのです? あなたには本当にここが……」
「うっせぇーーー!!」
ザジュ!!
オレは突き刺したナイフを更に踏みつけ、より深く床へ突き刺す!!
「じいさん……まさか妙なことを言ってオレを誑かそうとしてんのかぁ!? ああ!!」
突き刺したナイフを足でグリグリと揺らしてやるとあまりの激痛のために、じいさんは呻き声一つ発さない。
「ハハハ、痛てぇかじいさん? 痛てえなら、いい加減に金のありかを……ありかを……じいさん?」
よく見ると、じいさんは呻き声どころか何事もなく平然としている。
「じいさん……?」
「あ、ああ……これは失礼しました。少し考えごとをしておりましてな」
「か、考えごとだと? ずいぶんと余裕じゃないか?」
「はい。余裕です」
「なっ!?」
何食わぬ顔で答えるじいさんに、オレは言い様のない違和感を感じた。
やせ我慢なのか? いや、訓練された屈強な者ならいざ知らず、一介の年寄りごときがここまでされて取り乱さないはずがない。
なのに、目の前のじいさんからは発言した通りの余裕がひしひしと伝わってくるのは一体……
「な、何者だコイツは……!?」
こちらが有利な状態のはずなのに、何故か圧倒される雰囲気にオレは……
「おや? どうやら、捕まえたみたいですね」
「え?」
じいさんが不意に発した瞬間、背筋には冷たい何かが流れた。
「どうしました? お顔が真っ青ですが?」
表情の変化に気がついたじいさんがオレの顔にゆっくりと手を伸ばそうと……
「触るな!」
思わずヒステリックに手を振り払い、堪らずにその場を後ずさる。そして!
「わ、わかったぜ、じいさん……今夜はオレの負けだ。このまま引き取らせてもらうぜ……」
全身の神経による訴えに従い、急いでこの異常な場所から離れようとするが!?
「ぐあっ!?」
動こうとした途端、右手にはとんでもない激痛が走った!
「な、何だこの痛みは!?」
見ると、手に見覚えのある何かが生えて……いや、これは生えてるんじゃない。突き刺さって……!!
「ぎゃあああああああああーーーー!!」
先程のじいさんが上げた悲鳴を今度はオレの方があげる!
「ど、どういうことだ!? どうして、オレの右手にオレのナイフが刺さって……ハッ!」
ふと気がつけば立っていたはずのオレはいつの間にか這いつくばっており、その代わり目の前にはじいさんが立って……
「バ、バカな……立場が入れ替わっているだと!?」
しかも御丁寧に、右手が愛用のナイフによって深々と床に張りつけにされるというオマケ付きときたもんだ!!
「フフフ……お気づきになりましたか? そうです。本当はアナタ様の方が私に捕まっていたのですよ♪」
「…………!?」
愉快そうに見下ろすじいさんは続ける。
「ほら、周りもよく御覧になってください」
「周り……うっ、これは!?」
言われた通りに辺りを見回すと、そこは今まで居たはずの屋敷がキレイさっぱりに失くなり、奥深い森の風景にへと変わっていた。
「なっ……確かに今の今までオレは……」
訳もわからずに困惑するが、刺し貫かれた右手の痛みが「これは現実だ」と教える。
「フフフ、面白いでしょ? まぁ、こんなのは私が優秀な妖怪だからこそできることなんですがね♪」
オレはじいさんの顔を見上げて言う。
「よ、妖怪……?」
「おや、その顔? もしかして本気で私をただの老人だとでも思っていたのですか? だとしたら、アナタ様は相当におめでたい人だ」
「ぐっ!」
丁寧な言い回しな分、余計に腹が立つ!
「そうそう……ちなみにアナタが先程まで見ていた屋敷ですが、アレは私が妖術で生み出した幻です♪」
「妖術?」
「左様です。この術は私のお相手となる者に理想の幻覚を見せ、この場所に誘き寄せるためのものなのです」
「あ、相手の理想……そうか! オレに『ここが屋敷に見えるのか?』と聞いたのは……」
「はい♪ あなたがちゃんと術にかかってるのかを確認をするための質問でした」
となるとオレは、屋敷を発見した地点でヤツの術中にハマっていたの訳か……
「くそっ、この卑怯者が!」
っと、吐き捨てるように言い放つ……が?
「おやおや卑怯者ですと? これはまたずいぶんと異なことを仰いますね?」
「何だと?」
じいさんの顔をした妖怪は、不思議そうにオレを見つめて話す。
「確に、私はお世辞にも褒められた性格ではありません。ですが、それはアナタ様も同じでは?」
「お、同じだと?」
「フフフ……少しは考えてみてくださいな。アナタ様は私の幻術にかかっていたとはいえ、ここで何をしてましたか?」
「な、何って……」
「金目当てに屋敷に押し込み、いたいけな老人を刃物で脅す……さらには、目的を済ませたら私を殺してとんずらするつもりだったのでは?」
「そ、それは……」
オレは痛いところを突かれたとばかりに顔を背ける。
「つ・ま・り……アナタ様も私も同じ“外道”ということになりますな♪」
「……言ってくれる!」
内容が的を射ているだけに憎らしい!
「さて、少々名残惜しいですが、そろそろお別れ……いえ、食事の時間とさせてもらいましょうかな?」
妖怪はそう嫌らしく言うと、じいさんの顔を邪悪な形に歪める。
「あ、そうそう。逃げ出したいのでしたら御自由にどうぞ。もっとも、その手に突き刺さっているナイフは簡単には抜けませんがね♪」
その通りだ。じつはさっきから何度も隙を窺ってナイフを抜こうとしているが一向にびくともしないでいる!
「く、くそ……」
「ほぉら♪ 早く逃げないと食べちゃいますよ~♪」
徐々に裂けていく口は醜く広がり、今にもオレの頭を噛み砕こうかとして……
「ま、待ってくれ! し、死にたくないんだ!!」
オレは無駄だとはわかっても、無様に命ごいをして見せる……しかし!
「いいえ~、待ちませ~ん♪」
むなしくもその行為は無駄に終わり、視界にはおぞましいまでの恐怖と絶望が広がる!
「い、いやだ……死にたくは……ハッ、そうだ!」
未だに“生”へ貪欲なオレは、まだ無事である左手を使って懐から数枚のお札を取り出して器用に広げる!
「ブァハハハーーー!! 何ですかそれは? まさか、そんな紙キレのお金でこの状況がどうにかきるとでもお思いですか!?」
馬鹿にした口調で罵られるが、これは予想通りの展開だった!
「ああ、間違いなくどうにかできると思ってるさ!」
「!?」
不敵な笑みを浮かべて見せた刹那、妖怪に僅かな隙が生まれる。
「今だ!」
カチッ!
オレは素早くナイフで刺し貫かれた右手を腕から取り外すし、その場から飛び退いて距離を取った!
「な、なにっ!?」
「悪いな、この“義手”はいつでも取り外しが可能なのさ。それに……」
オレは手にしていた札に念を込める!
「……コイツは“金”でもない!」
言い放つ同時、持っていたお札を全て投げつける!
「うおっ! こ、これは!?」
札が妖怪の身体へ貼り付いた瞬間、蒼い炎となって燃え上がる!!
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおーーーー!! わわわわわ!!!」
夜空に劈くばかりの激しい悲鳴。それは燃え上がる炎の激しさに比例して大きく響き渡る!
「があああああああ!! なぜだぁぁぁぁーーー! なぜ私がぁぁぁぁぁぁこんな目にぃぃぃぃーーー!?」
なす術もなく崩れていく妖怪に対し、オレはたっぷりの皮肉を込めて言ってやる。
「なぜだって? そんなもん、オレが手っ取り早く大金を稼ぐために決まってるだろ♪」
「………………………………!!!」
最後までセリフが届いたのかは不明だが、妖怪はしばらく燃え続けたあと消し炭となってこの世から完全に消え去る。
「――――ふぅ、それにしてもひどい目に会ったもんだ……」
どれだけの時間が経っていたのか、既に周囲は段々と明るくなっており……プルルル!!
「やれやれ、謀ったかのようなタイミングだな」
オレは胸のポケットからスマホを取り出す。
「もしもし……?」
『お疲れ様です。ご依頼された件の進捗状況は如何でしょうか?』
「ああ、アンタか。それならたった今、解決したところだぜ」
『……そうですか。では、報酬は例の口座に振り込ませていただきます』
「おう、よろしくな!」
ピッ!
「……これでやっと一服つけるな」
懐から取り出したタバコを咥え、おもむろに火を点ける。
「ふぅ、それにしてもこの仕事……大金にはなるが、やっぱりキツイものがあるな」
――――ということで、オレからの“手っ取り早く大金を稼ぐ方法”の話はこれでおしまいだ。
まぁ、お前がこれを聞いてどう判断するかは正直知らねぇ。ただ、一つ言わせてもらうなら……
「オレのやり方は、絶対にオススメしないってことだ!!」
ー完ー