殺意の御菜
それは偶然から判明したことだった。
いつものように王子のもとに夕餉が運ばれてきた。
「さあ、いただきましょう」
王子の生母が側で御菜を取り分けていると、突然、王子の愛猫が飛び込み膳の上の焼き魚をさらってしまった。床に降りた猫は魚を食べ始めたが、すぐにその場で倒れてしまった。
生母は、念のために別の猫を呼び寄せ、膳の物を少しづつ全て与えてみた。猫は全て平らげ、王子の脇に寄ってきた。その間、先ほどの猫も意識を取り戻し王子の側に駆けていった。
生母は焼き魚を避け、残りの物を王子に食べさせた。
翌日から、生母は毎食、同様のことを行なった。
当初は一品だった怪しい御菜も、二品、三品と増えていった。
それに合わせるように、生母は“毒味役”の猫を増やしていった。
数ヶ月が流れ、膳の上の御菜は全て怪しい物になってしまった。初代の“毒味役”の王子の愛猫は既に死に、その他の猫たちも弱っていた。
生母は遂に決意した。王のもとへ行き、全てを告げたのだった。
驚いた王は、すぐに王子の部屋に向かった。
室内の中央に置かれた膳は手付かずだった。
生母はいつものように、膳の上のものを少しづつ、その場にいた猫たちに与えた。
食べ終えた猫たちはその場で動かなくなった。何匹かの猫はすぐに気が付き王子の側に行き、古参の一匹の猫は動かぬままだった。
「何ということだ!」
王は驚愕した。そして、料理を作った者、運んだ者、その他この膳に関わった者を捕らえるように命じた。
「いったい、何故、この子がこのような目にあうのでしょう。臣妾(私)のような卑しい身分が産んだ子供が、どうして分を越えた野心を抱けるでしょうか」
既に、世子は決まっており、王妃との間には何人もの王子がいる。また、側室たちとの子供も多くいた。彼女の息子が出る幕はないのだ。
「わしにもよく分からん、とにかく調べてみぬことには」
数日後、ことの真相が判明した。
黒幕は、政権内の派閥の領袖の一人だった。ただ、彼がやったという証拠は全く出ず、処罰されたのは直接かかわった者たちだけだった。
「それでな、何故、この者がこの子を害そうとしたのかだが…」
生母のもとを訪れた王が説明した。
発端は、領袖の屋敷に出入りしている占い師の“おつげ”だった。
それによると、この王子は将来、領袖の障害物になるだろう、故に早めに手を打った方がよいだろうということだった。
ほどんど有り得ないことだと思ったが、禍の芽は早めに摘んだ方がいいだろうと領袖は判断した。その後のことは全て下の者に丸投げしたそうだ。
「全く彼らはこうしたことにばかり熱心だ。本来ならば、この情熱を民のために傾けるべきなのに」
王は嘆かわしいとばかりに言った。朝廷内の派閥争いはそれほど激しかったのだった。
それから数十年後、庶系のこの王子が玉座に就いたのである。世子が早世し、他の王子たちも謀略やその他に巻き込まれ、その地位を追われてしまった。結果的にこの王子だけが残ったのだった。
在位が王朝最長になるほどの寿命に恵まれたこの王は善政を敷き民から慕われたのだった。