2話② 梅雨は恵の季節です
「ところで、七汰は今やってるピックアップガチャ回したのか?」
「いや、今回は様子見だな。例年通りなら、7月末にリリース記念日の特別ガチャがある。そこまで我慢だ。晴は?」
「俺も我慢かなぁ。でもこのUR柊木冬音、果たしてスルーしていいものなのか」
「それなんだよなぁ……。あまりにシチュエーションが良すぎる……。推しの咲良葵だったら間違いなく回してた」
「このURのストーリー、去年出てた冬音のクリスマスURの伏線をキッチリ回収してるってSNSで話題なんだよな」
「マジ? あれ結構意味深なラストだったからな……」
「そうなんだよな。クリスマスだからパーティ的な話するのかと思ってたら、いきなり喧嘩始まっちゃったし。あれはビビった」
「SNSは荒れてたけどな。晴はああいうのどうなんだ?」
「俺は結構アリだと思ってる。やっぱそういう山があってこそ、だからな」
七汰があえて推したUR柊木冬音のイラストのシチュエーションは、現実の梅雨に合わせて主人公視点で相合傘をしているものであった。晴にこのあと少しでも灯里を意識させるための策だ。
七汰と対等に渡り合ってはいるが、晴はオタク的な趣味を部室外では隠していた。オタクというものが、偏見の目で見られることもあるということを自覚しているからだ。この人間部はそんな晴がラフに自分を出せる、数少ない場所の一つであった。必然、ここでしか喋れないため七汰と語ることも溜まり、熱も入るのだろう。
「うるさいわよ七汰」「なんで俺だけ!」という灯里とのやりとりを数回挟みつつ、男子二人の会話をBGMに、部室に時間が流れていった。
5時半を告げるチャイムが鳴り響き、各々帰宅の準備を始める。人間部では部誌の発行以外に活動はなく、基本的に集まっても自由に過ごすことが多い。灯里は広げていた問題集を片付け、小道は読んでいた本をパタリと閉じ、七汰と晴はスマホをポケットに乱雑に突っ込んだ。
「雨、まだ降ってるな」
晴が窓の外を見て呟く。外に見えるグラウンドは水が溜まり薄らと光っている。それは少し離れたこの部活棟からでも確認できた。隣で七汰も続けてぼやいた。
「全く、こう毎日降っちゃ気が滅入るよな」
白々しく嘘をついた。雨が降るのは計画通りだ。むしろ降っていてもらわないと困る。この後は、小道を灯里と晴から引き離し、灯里が傘を持ってきていないことを晴にアピールする手筈になっている。
そこまでいけば、晴の性格からしてまず間違いなく傘を共有することになるだろう。この雨の勢いだと、傘を灯里に貸して晴が濡れて帰るという選択肢も取れない。完璧なプランだと七汰はほくそ笑んだ。
本来は小道と共に剥がす予定であった京が、部活を欠席しているのも七汰と灯里にとっては好都合だった。
「あ、そうだ。瑠璃川さん。ちょっと相談したいことがあるんだ。二人で話したいから2組の教室まで来てくれないか? 時間は大丈夫?」
「はい。私は大丈夫ですよ」
言いながら七汰は「あれ? これ告白の呼び出しっぽくなってない?」と要らぬ心配をしてみたが、小道は全くそんなことを意識していないようだ。男として見られていないのかと、七汰は人知れず傷ついた。
「……ありがとう。じゃあちょっと行ってくるから。晴、天野、また明日」
小道を連れて傷心の七汰が部室を出ていく。
「じ、じゃあ、私達は帰りましょ」
「おう。天野って帰り道、途中まで一緒だったよな」
柄にもなく緊張しているのだろうか。部室から出ていく七汰に聴こえた聴灯里の台詞は節々が震えていた。一抹の不安を感じながらも七汰は予定通りに小道を連れて、教室棟に向かったのだった。