1話② 時に愛らしく、時に強く
机の下で灯里のローファーで武装された足が、七汰の右のスネを襲った。涙目で痛がる七汰を見て、ケラケラと笑う京の声。
その声に掻き消される程の控え目な音を立て、ドアが開かれた。
「失礼します」
部員であるにも関わらず、ペコりと礼儀正しく一礼して入ってきた少女。亜麻色のロングヘアは1歩歩くたびにふわふわと揺れていた。
「待ってたよ~私の可愛い小道ちゃん~。小道ニウム補充させて~!」
京がパタパタと駆け寄り、有無を言わさず抱擁し頭を撫でる。京の身長は女子平均程だが、「小道ちゃん」と呼ばれた少女はそこから頭半分ほど背が低く、ちょうど「撫で頃」であった。
少女の名前は瑠璃川小道。雪のように白い肌に浮かぶ大きな瞳は細く長い睫毛に彩られ、精巧に作られたドールのような造形美を誇っていた。物静かなで腰の低い性格も相まって、触れると壊れそうな儚さを感じさせる。男子からの圧倒的な人気は言わずもがな、小柄な体躯と慎み深い性格で女子からも「護ってあげたい」ともっぱらの評判だ。
もみくちゃにされるペットの犬のような扱いを受け、澱みなく流れていた小道の髪は一瞬にしてボサボサになった。初めの頃こそこの待遇に戸惑っていた小道ではあったが、今ではある種のルーチンワークとして、当たり前に受け入れていた。
「ほら小道。こっち来て」
一通り撫でまわして満足気な京を尻目に、灯里が小道を引き取る。京がぐしゃぐしゃにした髪を灯里が直すのもお決まりの流れだ。気持ちよさそうに身を預けつつ、小道が尋ねる。
「えっと、永山くんは大丈夫ですか? 廊下まで叫び声が聴こえてましたよ」
「聞いてよ瑠璃川さん。天野がさぁ……。って痛ってぇ!」
口封じとばかりに、今度は左スネに灯里のキックが入る。足を蹴ってる時にも上半身は全く動かず、完璧な不意打ちになっていることが痛みを増大させる。威力こそ加減されてなかったが、先と同じ右足を狙わなかったのは灯里なりの手加減なのだろう。その優しさがあるならそもそも蹴るなよ、とツッコんだら負けである。
「ところで、小道は今回の部誌に何を書くか決まったの?」
何事もなかったかのように話の流れを切って、灯里が自分の隣に座った小道に尋ねた。あっぱれな横暴ぶりである。机に突っ伏しダウンしピクピクと震えている七汰を一瞥し、そういうことかと苦笑いをして答える小道。
「私は今までと同じで「漫画紹介」にしようと思ってます。でも、最近読んだ漫画がみんな素敵だったので、どれを書こうか迷ってしまって」
「小道ちゃんの漫画紹介記事、4月5月と評判良かったからね。記事で紹介されてた漫画、私も電子書籍で読んじゃったもん」
「京ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいです。あの漫画はですね――――」
暫く経ち、ようやく回復したのか、顔を上げた七汰が呟いた。額にはっきりとテーブルの後が付いていた。
「そういえば、晴遅いな」
人間部にはあと1人、西本晴という男子生徒が所属していた。七汰と京の幼馴染でもある。成績優良、運動神経抜群、性格良しと男子高校生に必要なものが揃っており、「七汰とは大違いね」とは灯里の談だ。
「確かに! 何かあったのかな? 今日は編集会議やるよって言っといたのに」
「どうしましょう。もう少し待ちますか?」
会議をすっぽかした形になっているにも関わらず、晴を責める口調になる者は居なかった。晴の普段の行いと、ここで得ている信用が伺える。
「しょうがないわね。私が探しに行くわ。七汰、あんたも来て」
「俺も?」
「お腹壊してトイレに籠ってるとかだったら、私だけじゃ探せないじゃない。京と小道は残っていて。晴が来たら連絡頂戴ね」
「わかりました。いってらっしゃい」
ひらひらと手を振る小道を背に、灯里は「まだ足痛いんですけど……」とぶつぶつ言う七汰を引きずるように、部室を出て行った。