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1話① 時に愛らしく、時に強く

遡ること20分前。


「――――ということで、つまり内に秘める覚悟。その芯の強さと普段の愛らしさとのギャップ。時に愛らしく、時に強く、そこに一片の人間味! これこそがヒロインには不可欠なんだ! そして『メモリアルガールズ』のヒロインにはこれらの要素が詰まっている。まさに現代女子の理想像がそこにはある!」


 永山七汰は約五分に渡っての演説を終え、一仕事終えたように「ふぅ」と息をついた。そして自分でも知らぬ間に立ち上がっていたことに気づき、一抹の気恥ずかしさを感じポリポリと頭を掻きながら錆びたパイプ椅子に腰掛ける。


「はぁ。まったく、なんで『今回の部誌、何書くの?』って聞いただけで、こんな無駄に長い話聞かされなきゃなんないのよ」

 

 長机を挟んで対面に座っていた少女は、溜まった疲労を吐き出すようにため息をついた。七汰の演説のたった一人の聴衆であり、人間部の部長である天野灯里。濡羽色の吸い込まれるように黒く光るストレートの髪は、肩に掛かる程の長さに整えられている。端正な顔付きであるが、やや吊り気味でキツい印象を与える瞳。崩すことなく第一ボタンまできちんと止めて着られている制服や、低めの声、ズバズバとした物言いも合わさり、少しとっつきにくい印象を与える。

 二人の所属する「人間部」は部活棟の一番小さな部屋を当てがわれており、設備もギシギシと軋むパイプ椅子、簡素な木の長机とホワイトボードが一つあるのみであった。この待遇の理由は大きく三つある。人間部は創部二ヶ月強と実績が皆無な点。部員が部活成立ギリギリの五名である点。活動内容が「人間の営みを知ることで人間的に成長し、人生をより豊かなものとすることを目的とした活動」と一瞥して何をするのかわからない点、の三つだ。

 人間部の曖昧な活動内容を定めたのは、殆ど部室に顔を出さない顧問であり、部員も大半は成り行きで入部していた。そのため、当初は本当に活動がない部活だったのだが、部長である灯里の提案により、月に一度、各々が考える「人間の営み」について自由に執筆する部誌を発行することになっている。

 

「七汰のそれ、やめられないの?」

「『メモリアルガールズ』は俺の生きがいなんだよ。今更やめられない。それに俺の『メモリアルガールズに見る理想のヒロイン像』、結構記事の評判いいんだぞ」

「いや、別に人の趣味に口を出すつもりはないんだけど。私が言ってるのはその一人で語り散らかすところよ。あと、七汰の記事を高評価してる読者層だけど、『全く同じゲームをやってるごく一部のオタク』だけだからね。実際先月のアンケートでも――」


 灯里の声を遮るように入口のドアがガラガラと音を立てて開き、一人の女子が明るさをバラ撒きながら入ってきた。


「お、また七汰があかりんに怒られてる!」

 

 真っ白な歯を覗かせて、ころころと笑う少女の名前は夏目京。光が当たることにより赤みがかって見えているセミロングの茶髪は、頭の後ろの低い位置で一つに結ばれている。長めの前髪から覗く、模範的な二重瞼や艶やかな唇をクシャッと歪める屈託のない真っ直ぐな笑顔が彼女のトレードマークである。スカートの下から惜しげもなく大胆に、それでいて健康的に主張している白い足は、快活で嫌味のない彼女の魅了を体現しているようだ。灯里を「あかりん」等という気の抜けたあだ名で呼ぶことを許されているのも、彼女の人となりの成せる業だろう。


「別に怒られてた訳じゃない。っていうか京はなんでちょっと嬉しげなんだよ……。俺が天野に詰られてるのがそんなに楽しいのか?」

「いやいや。私をそんな性格悪い女にしないでよ。幼馴染の七汰と、親友のあかりんが仲良くなってくれて、私としても嬉しいなぁってことだよ」


 七汰の隣の席に腰掛けながら笑顔を崩さず話す京。彼女の屈託のなさは、その言葉に裏が無いことを示していた。

 

「別に七汰と親密になったつもりはないんだけど」


「親友」と恥ずかし気もなく言い切る京に対して照れ散らかすのを抑えるように、分かりやすく不服を前面に出した態度で灯里がぼやく。もちろんその声に怒気はない。その意味を聡く読み取った京はさらにおどけた口調で続ける。


「えぇ? でも二人とも、初めて会ったときは目も合わさなかったじゃん」

「それはお互いどんな奴かも知らなかったからだし……。あれから二ヵ月も経ってるわけだし。その時と比べたら……まぁ少しはね」

「わ〜あかりんがデレた〜。珍しい〜!」

「まぁ、俺は天野の目つきがヤンキーすぎて目を逸らしてただけなんだけどな……って痛!」

 

足に鈍痛が走る。机の下で灯里のローファーで武装された足が、七汰の右のスネを襲っていた。涙目で痛がる七汰を見て、ケラケラと笑う京の声。

 その声に掻き消される程の控え目な音を立て、ドアが開かれた。

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