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プロローグ 見た目は然程大事じゃありません。本当です。


「――――好きです!付き合ってください!」

 

 6月の終わり、微温い雨が降り注ぐ学校の部活棟の裏に小さくこだましたそのセリフは、あまりにテンプレートなものであった。

 しかし、それを告げた女子生徒の震える声が、告白が混じりっ気なしの本気であることを物語っている。まさに青春の甘酸っぱい一ページといったところだ。

 その女子の目線の先には一人の男子生徒。名前は西本晴にしもとはる。長身でありながらもヒョロヒョロとした印象は皆無で、制服の上からでも鍛えられていることがわかる。髪は遊んでいるようには見えないが、それでも確かに整髪料でセットされており、清潔感を感じる。


 それまでの一連の流れを、近くの雑草の生い茂る倉庫裏で隠れ見ていた生徒が2人いた。私立藤ノふじのみや高校1年2組、永山七汰ながやまななた天野灯里あまのあかりである。

 ともに晴のクラスメイトであり、共通の部活に所属している。

 部室に中々来なかった晴を探して校内を練り歩いた後、ダメ元で部活棟周りを探していたところ、この場面に遭遇したのである。

 またか。晴のやつ、モテるからなぁ。

 晴の幼馴染でもある七汰は、実は何度かこの様な告白シーンを見たことがある。幼い頃から晴は女子に人気であり、告白されている姿も特に目新しいものでは無かった。

 このまま覗き見を続けるのも忍びない。撤退を提案しようと隣にいる灯里の方を見る。


 その瞬間、七汰は息を呑んだ。

 目を大きく見開き、呆然とした表情の灯里の目からは大粒の涙が一粒、透き通るような肌を伝って流れていた。驚き、悲しみ、絶望の混ざった混沌とした横顔。一瞬のことであったがその横顔の儚さは七汰の脳裏に深く焼きついた。

 

「……っ!」

 

 灯里が溢した声にならない悲鳴は、隣にいた七汰の耳に確かに届いた。

 七汰が声をかけようとした次の瞬間には、灯里は部活棟の中へ駆け出していた。






「まぁ、ここしかないよな」

「……なんで追っかけてきたのよ」


 部室棟たった一つの空き教室。電気もつかない教室のその片隅で灯里は膝を抱えて座っていた。暗く、表情までは見えないが、嗚咽混じりの声にいつもは強気で負けん気の強い灯里の性格は鳴りを潜めていた。「ここしかない」と言ったものの、本当はあちこちを走り回り灯里を探していたので息を切らしていた。必死に荒い呼吸を抑えて会話を続ける。


「女子が泣いて走って行ったんだから、追いかけない方が不自然だろ」

「七汰ってそういうとこはちゃんとしてるのね。やっぱり見られちゃってたか……。『雨で濡れてただけ』っていうのは?」

「こんなとこで小さくなってなければ、通ってたかもしれないな」


「それはそうね」と小さく力無く笑う灯里。その声に弱々しさに、先ほどの涙を流す横顔が浮かぶ。

 しばらく沈黙が続いたのち、先に口を開いたのは七汰だった。


「晴のこと、好きだったのか?」

「……まぁね」


 照れ臭そうに言う灯里に、七汰は背を向けたまま会話を続ける。泣き顔を見ないようにという配慮だ。


「わかるよ。晴、すげぇ良いやつだもんな。運動とか勉強とか見た目とか、そういうの抜きに。女子に人気なのもわかるよ」

「……でもダメだった」

「ダメだったって何が?」

「なにがって……さっきの見てたでしょ。相手の子、1組の駒井こまいさんだった。入学式の時から綺麗ってみんな言ってたわ」


 正直あまりピンとこない。普段かスマホばかり見ているのが祟った。他のクラスの女子など、把握してるはずもない。

 しかし、先ほど見た限りでは、ビジュアルに関して灯里とそう大差があるとは七汰には思えなかった。どうやら灯里は自己評価が低いらしい。


「お似合いよね。晴と駒井さん、人気者二人で……」


 灯里の声が小さく歪んだ。


「天野が走っていった後、俺は最後まで見た。晴は断ったよ。それに、あの子は晴の好みからは外れてるよ」

「なんで七汰にそんなことがわかるのよ」


 灯里の語気が強くなる。

 

「晴とは小3からの付き合いだぞ。あいつの好みくらい分かってるさ。さっきの子は俺の目から見ても、確かに魅力的だった。でもやっぱり晴の好みとは外れてる」


 どうにか灯里を元気づけようと七汰は続ける。

 

「知ってるだろ、俺と晴がオタク仲間だって」


 そういって七汰が取り出したスマホにはゲーム「メモリアルガールズ」のホーム画面が映し出されていた。様々な性格、容姿、趣向の少女が登場し、彼女との交流をストーリー仕立てで楽しむ人気のソーシャルゲームである。「?」を浮かべる灯里を他所に、七汰はスマホを操作しキャラクター画面を開く。


「ほら、これが晴の推しの『佳奈森詩乃かなもりしの』だ」


 七汰が灯里に差し出したスマホには、腰までかかる茶髪のロングヘアの少女が映っていた。夕陽の輝く海をバックに、こちらを見て微笑をたたえている。現実より大きく誇張して描かれた目は、垂れ気味であり、佳奈森詩乃は穏やかな性格であろうということが推測できる。

 

「この子が晴の好みのタイプってこと?」

「そうだ。さっきの駒井さん? とは全然違うだろ?」

「確かにそうかも…………」


 駒井はどちらかと言えば、綺麗系と分類される容姿をしており、『佳奈森詩乃』の見た目とはかけ離れていた。


「でも、これじゃ私だってダメじゃない……」

 

 そして、灯里の容姿とも大きく外れていた。

 涙が再び灯里の声を潤ませる。いつもは凛としている灯里の、今にも消え入りそうな声。

 この声を消してはいけない。その思いが七汰の口をさらに動かした。


「さっきの子に足りなかったもの……。ヒロインに求められるもの。それは見た目だけじゃない。大切なのは『イベント』だよ!」

「イベント?」


 想定していない話の流れに面食らう灯里。


「そうだ」


 さらに一つ大きく息を吸い、それを吐き出すようには話しだす。

 

「ヒロインと主人公が共に過ごした時間、年間通して発生するイベントの消化、2人で乗り越えた困難! 今まで見せなかった新たな一面! それによりさらに深まる絆! 少なくとも、天野にはこの少なくとも2ヶ月分の積み重ねがあるし、同じ部活、同じクラスなんだ。ヒロイン適正は十分ある! ストーリーがあれば多少の見た目の好みなんかはひっくり返るんだ!」


 スイッチが入ったように熱弁を振るう七汰。

 真摯に向き合ってることが灯里にも伝わるように、とにかく口を動かした。

 灯里は下を向いたまま、七汰に問いかける。


「本当に、本当に私にも、できると思う?」

「あぁ、もちろん」

「そっか……そうだといいな……」


 灯里が呟く。その声には光が戻りつつあり、七汰は安堵した。

 もう晴も部室に向かっている頃かもしれない。これ以上遅くなっても不自然だ。「部室に戻ろう」、そう提案しようとした刹那、灯里が口を開く。

 その言葉は七汰にとって、思いもよらないものであった。


「ねえ、七汰。私がもし、助けてってお願いしたら、協力してくれる? 晴のその……ヒロインになるために」


 思いもよらないものではあったが、不思議と七汰の答えは決まっていた。これ以上、灯里の涙を見たくなかったからかもしれない。

 

「……一個だけ条件がある」

「何?」

「今日から俺のスネを蹴らないことだ」


「ふふっ、何それ」と灯里は柔らかく微笑んだ。

 それは、七汰が初めて見る灯里の表情であり、何度でも見たいと思えるほど魅力的であった。

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