炎の神槍と黒騎士
戦いにおいて、勢いという要素は馬鹿にできない。
戦力的には劣勢であっても、その場の勢いで戦局をひっくり返すことは多々ある。
そして今。
そんな逆転劇が地下の大湿地のあちこちで見受けられていた。
戦力的にみれば、銀のガルガリバンボン一体は組合勇者、それも階位二桁の者三人以上の実力を誇るだろう。
階位一桁であれば、二人か一人でも互角だろうか。
それほど、人間とガルガリバンボンには生物としての差がある。
だが、勢いを得た組合勇者たちは、高まった戦意をそのままぶつけて銀のガルガリバンボンたちを押し込んでいく。
ざん、という音と共に、銀のガルガリバンボンが振り下ろした剣が組合勇者の鎧を断ち切る。
鎧だけでなく体も斬り裂かれるものの、その組合勇者はにやりとした笑みさえ浮かべてガルガリバンボンと戦い続ける。
「まだまだぁっ!! この程度で俺たちが敗けると思うなよ、カエル野郎っ!!」
仲間から魔術による治療を受け、怪我をある程度回復させただけにも拘らず、その勇者は怯むことなく挑んでいく。
そして、そんな光景は一ヶ所だけではなく、地下湿地のあちこちで見受けられた。
また、ガルガリバンボン──銀の一族も生き物であり、人間には分かり辛いが感情を有する。当然、彼らにも恐怖感というものは存在するのだ。
どれだけ攻撃しても、決して怯むことなく立ち上がり、挑みかかってくる毛のない猿ども。
最初こそ見くびって、彼らを嘲笑ってさえいたガルガリバンボンたちも、今では組合勇者たちの勢いに完全に飲まれていた。
「【雷撃団】ばっかりにいいカッコさせてたまるものかよ!」
「組合勇者はあいつらだけじゃねえってな!」
「ここで活躍すれば、階位だって一気に上がるかもしれねえぞ! 報酬だって組合や王国からたんまりもらえるしよ!」
「こんなじめじめした薄気味悪ィ所で、死んでたまるかよ!」
「お、俺、この戦いから生きて帰ったら、こ、恋人と結婚するんだ!」
「おい、やめろ! そういう話を戦場でするのは、昔から『冥界への導き』つって縁起が悪ぃって言われてんだろうが!」
口々に思い思いのことを言いながら、組合勇者たちは銀のガルガリバンボンを攻め立てる。
やがて、猿どもの勢いに怖気づいたとあるガルガリバンボンが、勇者の剣を喉に突き立てられて絶命した。
げこおおおおおおおおおおおっ!! という断末魔の悲鳴が、他のガルガリバンボンたちの恐怖心を一気に煽る。
どのような堅牢な要塞でも小さな穴から瓦解すると言われるように、銀の一族の士気は組合勇者たちの士気に徐々に侵食され、その勢いに飲み込まれつつあった。
ぎん、という甲高い音と共に、アインザムが繰り出した槍を巫女姫が払う。
今、巫女姫は錫杖を失って無手だ。だが、彼女の指には鋭い爪があり、その爪の硬さと鋭さはアインザムの神槍に後れを取らない。
「カエルなのに爪があるとは……どこまでもでたらめな生き物ですね」
「こ、こやつ……幼生とは思えぬ槍捌きよ!」
「ええ、猿の幼生がここまでの実力を見せつけるとは……正直、驚きましたね」
槍と爪がぶつかり合い、甲高い音を周囲に響かせる。
だが、巫女姫にはまだ余裕がありそうな反面、アインザムは全力を振り絞って戦っている。
少しでも気を抜けば確実にそこを突かれるという確信に、彼の背中を冷たい汗が流れ落ち続けていた。
加えて、アインザムには他にも不利な要素がある。
「アインくん! かなり弱くなっているよ!」
背後から聞こえるアルトルの声。それに応じて、アインザムはちらりと己が手の中の槍へと視線を向ける。
彼が手にする神槍バンデルングを取り巻く幻影の炎が、かなり暗くなっている。これは槍に込めた魔力が尽きかけている証拠であり、魔力の低下はバンデルングの威力の低下でもある。
「オレたちが押さえておく!」
横合いから飛び込んできたサイカスの戦斧が、巫女姫の爪とぶつかり合って火花を飛ばす。
「ほら、今の内だよ!」
サイカスに続いてジェレイラも割り込んできた。
「任せます!」
頼れる先輩二人に対して短く答えたアインザムは、素早く周囲を見回す。そして、地面に突き立つ短剣を見つけると、巫女姫への警戒を疎かにすることなくそこへと近づいた。
そして、短剣に近づいてしばらくすると、再び神槍を取り巻く炎が明るく燃え上がる。
「ありがとうございます」
小さくそう零したアインザムは、再び最前線へと飛び込んでいった。
「うるさし! 下等な猿どもが!」
いらいらした様子を隠すこともなく、妹姫が叫ぶ。
そして、背から生えた皮膜状の翼を鋭く一閃。それだけで、サイカスとジェレイラが大きく吹き飛ばされた。
だが、翼を振り回し終えたその時、再びアインザムが炎の尾を引きながら飛び込んでくる。
槍を取り巻く炎を見て、倒れていたサイカスとジェレイラがにやりと笑いながら何とか立ち上がる。
「今度こそ決めちまえ!」
「そろそろアイツも限界だろうし、いつまでも同じ手は使えないよ!」
「分かりました! ヴォルカンさん、アルトルさん、合わせてください!」
「おう!」
「まっかせて!」
仲間たちの声に背中を押され、アインザムはそれまで以上に力強く踏み込む。
湿地という足場の悪さを差し引いても、十分鋭いといえる踏み込み。だが、それでも足場の悪さは覆せない。本来よりも僅かに劣る速度で繰り出されるアインザムの槍を、巫女姫は難なく爪で弾き上げる。
だが。
それはアインザムも想定内だ。
槍を上へと弾き上げられ、僅かに体勢を崩したアインザム。そこへ追撃をかけようとする巫女姫へ、後方から数本の矢が強襲する。
矢が狙うのは姉姫の顔。これまでに一度も攻撃を受けておらず、巫女姫の弱点とみなされている箇所だ。
「小癪な!」
巫女姫が両手を振るい、迫る矢を全て打ち落とす。
だが、それは囮でしかない。
巫女姫の背後、影から滲み出るように現れたヴォルカンが、両手に持った剣を交差させるように全力で振るう。
交差させるは、姉姫の顔の上。結果、ガルガリバンボンの女王の顔に、大きな「×」が描かれた。
「アインの槍の威力には遠く及ばないが、少しは打撃になっただろう!」
「────────────────────────っ!!」
「あ、姉上様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
姉姫の声にならない叫びと、妹姫の悲痛な叫び。そして、傷口から噴き出す血しぶき。
しかし。
「くくくく。この程度では、我々は倒せませんね」
「かかかか。妾の演技も迫真ものじゃったろう?」
大きく横に裂けた二つの口が、にぃぃぃぃと引き伸ばされた。おそらく、巫女姫たちは笑ったのだろう。
もっとも、サイカスたちにはそれが「笑み」にはとても見えなかったが。
代わりに彼らは見る。姉姫の顔に刻まれた「×」の傷が、見る間に塞がっていくのを。
「…………し、下っ側の顔も弱点じゃなかったのかよ……」
「じゃ、じゃあ、本当の弱点はどこに……?」
わななくように呟くサイカスとジェレイラ。同じく、思わず呆然と突っ立ったままのヴォルカンとアルトル。
巫女姫はそんな彼らを見て満足そうに何度も頷く。
「しかし、今の連携は実に見事でした。猿もなかなかやりますね」
「じゃが、ここまでよ。妾ら姉妹は二体で一体。そう簡単には倒せはせんぞえ」
「……………………二体で一体……?」
呵々と笑う銀の巫女姫。だが、その言葉にアインザムは何かを感じ取ったのかぴくりと反応を示した。
「もしかして…………」
「アイン?」
「サイカスさん……この決戦、最後まで僕に任せてくれますか?」
今まで以上の闘志をその双眸に秘めるアインザムに、サイカスは──【雷撃団】の仲間たちは一斉に右手の親指を突き立てた。
「この戦いはおまえに任せるって話し合っただろ? おまえが折れない以上、俺たちはおまえに合わせるさ」
アインザムの背中を軽く叩きながら、サイカスはゆっくりと巫女姫へと歩み寄る。
「さぁて、人間の意地ってモンを雌ガエルに見せつけてやるぜ!」
サイカスが立つ。その彼の隣には、いつものようにジェレイラが。
二人の背中に従うように、アルトルとヴォルカンも水と泥にぬかるんだ地面をしっかりと踏みしめる。
「おやおや、まだ戦う気ですか?」
「やはり下等な猿は物分かりが悪いのぅ」
「では、物分かりの悪い猿にもしっかりと分かるようにしてあげましょう」
巫女姫は背中の翼を大きく広げると、ふわりと空中へ舞い上がる。
「貴様らの手の届かぬ場所から、一方的になぶり殺してくれようぞ!」
「ふふふ、まさか卑怯などとは言わないでしょうね? これは遊びではなく命をかけた戦いなのですから」
二体の巫女姫が言い終わると同時に、妹姫の口から斬撃属性の光線が放たれる。
「さて、いつまで避けられますか? ちなみに、我らは神たる【銀邪竜】様から常に気を受け取っています。妹の攻撃に限界があるとは思わないでくださいね?」
妹姫の放つ光線は、普通の武器や防具では防ぐことはできない。アインザムが持つような神器は例外として、巫女姫の光線はどんな武具をも無効化し、両断するのだ。
「おいおい、さすがにこりゃ分が悪すぎじゃねえ?」
「ただでさえ湿地に足を取られているっていうのに、これは……」
「あーん、もう! 矢を射返す暇もないー!」
「これはさすがに……マズいか?」
宙から降り注ぐ致死の光線を必死に回避する【雷撃団】。そんな中、アインザムだけは神槍で迫る光線を弾きながら巫女姫へと近づいていく。
「ふむ……やはり、あの子猿が一番の強敵のようですね」
「ならば、まずはあの子猿を切り刻んでやりましょうぞ」
妹姫は、標的をアインザム一人に絞る。そのため今まで以上の光線が彼へと集中し、さすがのアインザムもこれ以上は巫女姫に近づけない。
だが。
ひゅん、という風切り音と共に、一本の矢が妹姫の左目へと突き立った。
いくら高い回復能力を持つとはいえ、痛みを全く感じないわけではない。
目に直接矢が突き刺されば、当然激痛が巫女姫──妹姫を襲う。
「げこおおおおおおおっ!!」
思わず悲鳴を上げる妹姫。彼女が悲鳴を上げる間は、さすがに光線を吐き出せない。
矢──アルトルが作ってくれた最後の好機。それを無駄にすることなく、アインザムは巫女姫の真下へと走り込んだ。
「コステロさんから譲り受けた魔力もこれが最後……これが正真正銘、最後の一撃だっ!!」
そう。
銀の巫女姫との戦いにおいて、【雷撃団】はひとつの作戦を立てた。
それは、最も強力な武器を有するアインザムを、銀の巫女姫に当てること。
だが、彼の新たな得物であるバンデルングの能力を十全に活かすには、魔力の補充が鍵となる。
アインザムは魔力を有するとはいえ、その量は決して多くはない。そこで考えた作戦が、妖精族であり、魔術師であるコステロをバンデルングの魔力補充役に専念させること。
バンデルングの性能を最大限に発揮するためには魔力が不可欠だが、その魔力は何も槍の使い手のものである必要はない。バンデルングに触れてさえいれば、誰にでも魔力は補充できるのだ。
そこで高い魔力量を誇るコステロが魔力補充に徹して、アインザムをサポートする。
とはいえ、敵の目の前で堂々と補充などすれば、すぐに作戦を見破られてコステロが真っ先に狙われるだろう。
それを回避するため、コステロは魔術でその存在を消したのだ。
使用する魔術は単なる《透明化》の魔術ではなく、その上位・強化版の《完全透明化》。その効果は姿だけではなく臭いや音、気配までをも消し、完全に「透明」になることを可能とする。
とはいえ、この《完全透明化》にもいくつか制約があった。その一つが、術者は魔術の発動後は一切動けなくなること。つまり、この魔術で「透明」となったコステロは、一歩も動けなくなり、動いた瞬間に魔術が解除される。
そして二つめの制約が、仲間たちからも彼の姿が見えなくなること。
「動けない」ことと「見えなくなる」こと。この二つの制約を突破する方法を、【雷撃団】は考えた。
それが、姿を消したコステロの近くに目印となる短剣を置き、アインザムの方から近づいて魔力を補充するという作戦だ。
もちろん、アインザムがコステロから補充を受けている間は、他の仲間たちが全力で巫女姫を押さえる。
それが、今回の【雷撃団】が立案した作戦だった。
「バンデルングは長槍じゃない! この槍の本質は────」
宙に浮かぶ巫女姫の真下へと入り込んだアインザムは、手にする炎槍バンデルングを利き腕の肩の上で構えた。
その構えは、投擲のそれ。すなわち。
「────投げ槍だっ!!」
そう。この槍が貧相と思えるほど細身なのは、投擲することを前提として作られているからだった。
更には使い手が視認し、指定したものを追尾する能力さえ有した、まさに投げるために作られた神槍なのである。
自身の真上に浮かぶ巫女姫のとある箇所を標的として指定し、全力全開の力で投擲する。
更にアインザムは、槍が指から離れた直後に「鍵なる言葉」を告げた。
「────爆炎網おおおおおおぉっ!!」
次の瞬間、投擲された神槍の石突から猛烈な勢いで炎が噴き出し、投擲された槍を更に加速させて地下の大湿地の宙を駆ける昇る。
それは、まさに地から天へと昇る逆流星。
「あ、姉上様っ!!」
「こ、子猿が小癪な真似をっ!!」
姉姫──体の機能のほとんどを姉が受け持っている──は、打ち上げられた流星のごとく迫る炎槍を見て、更に高度を上げて回避を試みる。
だが、加速された槍は巫女姫の速度を遥かに凌駕した。
必死に翼を翻して回避しようとするも、雷光さえ超えそうな速度で迫る神槍を回避することは巫女姫をもってしても難しく。
結果、投擲されたバンデルングは見事に巫女姫を捉えた。
下方からガルガリバンボンの女王を襲った炎の神槍は、使い手が指定した巫女姫の突き出した下顎に命中し、そのまま上下に並ぶ二つの頭を完全にぶち抜いたのだった。
投擲されたバンデルングは、地対空ミサイルのイメージで(笑)。