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不死身の姫と黒騎士

 絶望。

 今の組合勇者たちの心境を一言で言い表すとすれば、間違いなく()()だろう。

 敵の首魁──銀の一族の女王である銀の巫女姫。

 その妹姫の頭を何とか潰したかと思えば、すぐに再生されてしまった。

 そんな光景を目の当たりにして、戦意が折れた組合勇者は少なくはない。

 だが。

 だが、それでもなお、闘志をその胸で燃やし続ける者もいた。

「頭が駄目なら────」

 銀の巫女姫と直接対峙する戦士。

 この場にいる勇者の中では最年少。しかし、その実力は最上級の一人。

 その年若い戦士の双眸に燃える闘志は、いまだ消えることはなく。

「────次は心臓を狙うまで!」

 幻影の炎を纏った神槍が、飛竜よりも速く繰り出される。

 だが、敵もただのカエルではない。恐るべき銀の一族の頂点に君臨する女王──銀の巫女姫なのだ。

 巫女姫はアインザムが繰り出した槍の一撃を、手にした錫杖で難なく打ち払う。

 そして、アインザムが槍を引き戻すのに合わせて踏み込み、若き戦士へと肉薄する。

「かかかかか! この距離で躱せるかえ?」

 妹姫の口から再度、斬撃属性の光線が放たれる。

 成長途中のアインザムよりも、巫女姫の方が上背がある。そのため吐き出された光線は上方から、先ほどのお返しとばかりにアインザムの頭部を狙う。

「く…………ぅっ!!」

 引き戻した槍を必死に操り、何とか斬撃光線を防御するアインザム。だが、そこへ姉姫が操る錫杖が襲い掛かった。

 石突による打突を胸に受け、アインザムは後方へと大きく吹き飛ばされる。更に追撃の態勢に入った巫女姫が、背中に皮膜状の翼を展開させて高速でアインザムへと迫る。

 だが、巫女姫の追撃がアインザムに届くことはなく。

「────させないっ!!」

 後方から放たれた数本の矢が、巫女姫の更なる攻撃を阻止した。もちろん、矢を放ったのはアルトルだ。

「なんじゃ、また幼生かえ? もしや、猿どもは妾が思うておったよりも、相当数を減らしておるのかや?」

 どこか呆れたような口調で告げながら、巫女姫は錫杖を一閃、迫る矢を全て迎撃した。

「さて、どうでしょうね? ですが、我らの前に敵として立つ以上、容赦はしません」

 背中の翼がばさりと翻り、巫女姫の進路が弓使いの少女へと変わる。

「え? え? や、ヤバ…………」

 攻撃の標的が自分へと移ったことを悟り、アルトルの顔がひくりと引きつった。

 ばさりばさりと皮膜状の翼を翻した巫女姫が、瞬く間にアルトルへと迫る。

「子猿よ、死ぬがよいっ!!」

 巫女姫が振り上げる錫杖が、アルトルの頭へと容赦なく振り下ろされた。




 がつん、という重々しい音。次いで、がしゃん、という何かが壊れる音。

 その二つの音が、相次いで地下の大湿地に響く。

「…………なんて馬鹿力なんだい?」

 呆れたようにそう零したのは、盾で巫女姫の錫杖を受け止めたジェレイラ。

 先ほどの重々しい音は、彼女の盾が錫杖を受け止めた際のもの。

 そして。

「言っただろ? アインにばかりカッコつけさせねえってよ!」

 何かが壊れる音は、サイカスの戦斧が巫女姫の錫杖を叩き壊した音だった。

 ジェレイラが盾で錫杖を受け止め、一瞬動きが止まったその錫杖をサイカスがすかさず破壊したのだ。

 この辺りの連携は、昔からずっと一緒だったこの二人ならではと言えよう。

「アイン、今の内に体勢を立て直せ」

 ようやく起き上がったアインザムを背に庇うように、ヴォルカンが立ち塞がる。

「そろそろおまえの魔力も限界だろ? なら、()()()()にな」

 背後を振り返ることもなく、ヴォルカンは言う。その言葉に無言で頷いたアインザムは素早く周囲を見回した。

 そして、地面に突き立った短剣を見つける。

「──あそこか」

 誰に言うでもなくそう呟いたアインザムは、視線を巫女姫から離すことなく短剣へと近寄った。

「────お願いします」

 小さく呟くアインザム。

 途端、今にも消えそうだった槍を取り巻く幻影の炎が、燦然とした輝きを取り戻した。

「む? 今、何やら気の流れが……」

 何かに気づいたらしい姉姫が僅かに視線を巡らせる。その小さな隙を、サイカスとジェレイラは見逃さすことなく左右から挟撃する。

「おらあああっ!! 余所見とは余裕だなっ!!」

「ちょ、このお馬鹿っ!! 大声上げて敵に気づかせてどうすんのさっ!?」

「かかかかかか、舐めるなよ、猿ども! 妾たちは二体(ふたり)一体(ひとり)よ!」

 たとえ姉姫が隙を見せようとも、妹姫がそれを補う。今もまた、姉姫が見せた隙を突こうとしたサイカスとジェレイラを、妹姫が迎え撃つ。

 とはいえ、錫杖は失われている。妹姫が吐き出す斬撃光線も、左右から挟撃するサイカスとジェレイラの両方を狙うことはできない。

 ばさり、と再び翻る翼。

 強靭な骨格と丈夫な皮膜で構成された巫女姫の翼は、それだけで十分な凶器となる。

 不意打ちぎみに振るわれた翼は、攻撃態勢に入っていたサイカスとジェレイラをカウンターとして強襲した。

 当然この攻撃をサイカスとジェレイラは回避できず、二人は翼による攻撃を受けて吹き飛ばされる。

 だが、二人は笑っていた。強烈な一撃を受けたにも拘らず。

「────────────────っ!!」

 サイカスの大きな体をブラインドとして利用した小柄なアインザムが、巫女姫に肉薄していたからだ。

 そう。

 最初から、二人の攻撃は囮だったのだ。

「やっちまいな、アインっ!!」

「一番の見せ場を譲ってやるぜっ!!」

 軽くないダメージを受けながらも、ジェレイラとサイカスが叫ぶ。

 二人の期待を力に変え、アインザムは構えた槍を突き出した。

 渦巻くように幻影の炎が燃え盛り、繰り出された穂先が見事に巫女姫の胸を──心臓を捉えた。

「ぐおおおおおおおおおおおおおぅぅぅぅぅぅっ!!」

「げぇぇぇぇぇろろろろろろろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 上下に並んだ二つの頭から、苦し気な声が漏れ出る。

「────────────燃えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 アインザムの〈鍵なる言葉〉を受け、炎槍から強烈な炎が噴き上がる。

 噴き上がった炎は巫女姫の全身を覆い、瞬く間にその体を黒く変えていく。

 そして、黒く炭化したナニかが、ぼろりと巫女姫の体から剥がれ落ちた。




「…………仕留めた……か?」

 巫女姫の翼で強打された胸を押さえながら、何とか立ち上がったサイカスが言った。

 彼は少し離れた所で倒れているジェレイラを助け起こすために近寄ると、彼女の手を引きながら真黒になったまま立ち尽くす巫女姫を見つめた。

「どれだけ再生能力が高かろうとも、心臓を貫かれて全身をあそこまで焼かれたら、さすがに────────」

 ぴり。

 ぴりぴり。

 ぴりぴりぴり。

 何かが破れるような小さな音。その音に、サイカスの言葉が途切れた。

 音の発生源はすぐ分かった。立ち尽くしたままの巫女姫の黒く燃え尽きた体だ。

 いや、「燃え尽きたと思った体」、が正しいか。

「なかなかに熱い炎でした。まさか、子猿がここまでやるとは……褒めて差し上げましょう」

「じゃが、妾と姉上様を焼き尽くすには、ちと火勢が足りんかったのぅ」

 ぴりぴりと何かが破れる音。それは巫女姫が纏っていた衣服とその下の皮膚が破れ落ちる音だった。

 黒く炭化したのは、衣服と上辺の皮膚のみ。炭化したそれらが剥がれ落ちれば、そこには()()()とした傷ひとつない裸体を晒した巫女姫の姿。

 全ての衣服を失っても恥じらうこともなく、堂々とした態度で巫女姫は立つ。

 もっとも、カエルに人間と同じような羞恥心があるかどうか怪しく、そもそもカエルの裸体など見ても誰も何とも思わないが。

「…………ど、どうやったらこんな化け物を倒せるんだ……?」

 そう零したのは、一体誰だろう。

 組合勇者の誰もが再び戦意を失いそうになった時。

 組合勇者たちを取り囲む銀のガルガリバンボンたちが、彼らを嘲笑うかのように攻撃もせずにげこげこと鳴き出した時。

 彼は──いや、彼らだけは毅然とした態度で不死身の化け物の正面に立つ。

「まだ、下の顔は攻撃していませんね」

「だな。おそらくそこが弱点じゃねえの?」

「あまり適当なこと言わないでよ? でも、私もサイカスと同意見」

「なら、俺たちがすることはひとつだな」

「うんうん! 生きている以上、不死身なんてあり得ないしね! あ、でも、もしいるとしたら…………あの【黒騎士】さんぐらいじゃない?」

「ははは! アルトルの言う通りだな! 不死身ってのは【黒騎士】の野郎みたいなヤツのことだろうな!」

「い、いえ、あねう……【黒騎士】殿だって、決して不死身というわけじゃ……」

 大声で笑う仲間たちの声にかき消され、少年の呟きは誰の耳にも届かない。

「さて、俺たちがやることは単純だ」

「ああ。全員で協力して雌ガエルの攻撃を防ぎ、アインには攻撃に集中してもらう」

「悔しいけど、私たちの得物じゃ、あの雌ガエルに有効打を与えることは難しそうだしね」

「槍の魔力が尽きそうになったら……分かっているよね、アインくん?」

 ヴォルカン、サイカス、ジェレイラ、アルトル。

 彼らは──【雷撃団】は、今もなお、その胸に闘志の炎を燃やし続けていた。

「敵の大将はオレたち【雷撃団】が受け持つ。他の銀ガエルどもはおまえらに任せたからな! 負けんじゃねえぞ!」

 炎は周囲に燃え広がるもの。

 可燃物から可燃物へと伝わり広がっていくもの。

 一度は消えかけた闘志という名の炎が再び燃え広がっていく。

 【雷撃団】の心に燃える炎が、他の組合勇者たちの胸にも熱を伝わらせていく。

 今。

 組合勇者たちは、【雷撃団】という火種から熱を受け取り、一度は消えかけた闘志を再び燃え上がらせた。

 一度は手放しかけたそれぞれの得物を再び握りしめ、自分たちを取り囲んでげこげこと鳴く銀色のガルガリバンボンへと、最後の戦いを挑んでいった。



 来週はお盆休み! 次の更新は8月26日の予定です。

 今回は感想などの対応がやや遅れるかもしれませが、お待ちいただけると助かります。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回のサブタイトル『不死身の姫と黒騎士』から、黒騎士様が大登場するのかと思いきや、再びアインザムの独擅場でしたね。因みに黒騎士様の不死性は巫女姫姉妹たちより上とパーティーメンバーたちは嘯い…
[一言] 全裸 カエルじゃなかったらな・・・(汗) まあこれで 見た目が ただの大きなカエルになった感じかな!(笑)
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