最終決戦の幕開けと黒騎士
こ、今度こそ、最終章になるはず!
いる。すぐ近くにいる。
ソレには分かる。自分の半身とも分身とも言える存在が、すぐ傍まで来ていることが。
ああ、早く一つになりたい。そうすれば、自分は更に強く、大きくなれるだろう。
かつて、世界を支配するために戦争を起こした【王】の一柱のように。
ソレには僅かだが記憶が残っていた。【王】と呼ばれていた時の記憶が。
当時の自分と同格の【王】たち、そしてその【王】たちに従う眷属や信者どもを相手に、大きな大きな戦いを仕掛けたことを覚えている。
なぜ、戦いを仕掛けたのか? そこまでは覚えていない。だが、世界の全てを相手取り、勝利を掴む寸前まで辿り着いたのは間違いない。
そこで……そこで? どうしてかつての自分は敗けたのか? そこもはっきりとした記憶はない。
だが、何か──かつての自分よりも強い力を持ったモノに倒されたのだということだけは分かっている。
だから。
だから、ソレは近くにいる半身を望む。分身を求める。
かつては同一の存在だったモノ。それを取り込めば、以前の自分を倒したモノにさえ打ち勝てるようになるやも知れない。
さあ、早く来い。我が下まで来るのだ。
まるで恋焦がれる少女のように、ソレはかつて同一だったモノへと意識を伸ばした。
「あれが例の光の柱か……。確かに銀色の光の中に何やら影が動いているのが見えるな」
ジルガは空飛ぶ神器である「宵の凶鳥」の上から、天と地を繋ぐように伸びる銀色の光の柱を見つめながら告げた。
「…………」
「どうした、ジルガ?」
前方の光の柱をじっと見つめながら動かない【黒騎士】に、ライナスは何かを感じ取ったのか「宵の凶鳥」を操りながら尋ねる。
「それが……うまく言葉にできないのだが、何か呼ばれているような気がしてな…………」
「呼ばれている…………?」
「ああ。もちろん、何らかの声が直接聞こえているわけではない。だが、何かが私を……いや、私の中にあるモノを呼んでいるような気がするのだ」
そんなジルガの言葉に、ライナスは彼女に気づかれないように眉を寄せた。
ジルガの中にあるナニか。それはおそらく【獣王】の魂の欠片だろう。ライナスの母親である【黄金の賢者】レメットによれば、ジルガはかなりの力を有した魂の欠片を宿しているらしい。
それが具体的にどれほどの力を持ち、どのように影響を及ぼすのかまでは、レメットにも分からないそうだ。
だが、【獣王】の魂の欠片がジルガの中にあるのは間違いない。正確に言えば、【獣王】の魂の欠片が輪廻の流れの中でジルガ──ジールディア・ナイラルという人物に転生したのだろう。
そして、そのジールディアが呼ばれていると感じるということは。
「これまでにそのように感じたことはあったのか?」
「いや……少なくとも、記憶にある限りこんな感覚は初めてだ」
やはり、とライナスは心の中で頷いた。
おそらく……いや、間違いなく、ジールディアを呼んでいるのは【銀邪竜】だろう。【銀邪竜】が復活し、そしてその【銀邪竜】に近づいたことで、ジールディアは呼ばれているような感覚に囚われた。
そこから導かれることは……
「【銀邪竜】も【獣王】の魂を宿している──【獣王】の転生体ということか?」
「ここが銀の一族とかいう、カエルどもの巣の入り口なのか?」
銀色にぼんやりと輝く周囲と、目の前に存在する黒い洞窟を何度も見比べながら、サイカスが誰に告げるでもなく呟いた。
ここはかつて大きく美しい湖があった場所。全ての水がすっかりと干上がり、今では銀色に淡く光るすり鉢状の大地へと変貌した場所。
そんなかつて湖の中心だった地点には、銀色に輝く巨大な光の柱が立っていた。
その光の柱からやや離れた場所に、更に地底へと続く洞窟がぽっかりと口を開けている。
「王国の偵察兵や組合の斥候からの報告では、この奥に銀の一族の本拠地があるとのことです」
サイカスの隣に立つ、まだ年若い少年が答えた。
「なあアイン、本当にこっちでいいのか? 親父さんたち王国軍と一緒じゃなく?」
「ええ、正式に成人とは認められない僕では、王国軍では居場所がありませんから」
にっこりと、そして迷いなく微笑むアインザム。
彼が所属する【雷撃団】を始めとした勇者組合所属の勇者たちは、銀の一族の打倒──より詳しくは銀の巫女姫の討伐──を受け持つこととなった。
今回、【銀邪竜】と銀の一族の両方を同時に攻める作戦を採用したガラルド王国。自分たちが有する戦力をどう分けるかであれこれ考えた結果、【銀邪竜】サイドを王国軍が、そして銀の一族サイドを勇者組合が担当することとなった。
王国軍や勇者組合の斥候が偵察を行った結果、銀の一族の本拠地と続いていると思われる洞窟を発見、実際に洞窟内を偵察した結果、湖の更に地下に広大な湿地帯が広がっていることを突き止めた。
そこには無数の銀の一族──ガルガリバンボンが棲息しており、こここそがカエルどもの本拠地であると結論を出したのである。
そして、地下の空間と相手が魔物であることから、王国軍よりも組合勇者の方が戦力として向いているであろうと判断され、こちらを勇者組合が担当することになったのである。
「さぁぁぁぁてっ!! 準備はいいか、野郎どもっ!!」
サイカスは背後を振り返ると、集まっている組合勇者たちに向けて叫んだ。
ここに集まっているのは、【雷撃団】を筆頭にいくつかのパーティと、普段からパーティには属さない個人たちが集まっている。
それぞれ、王都やその周辺から集められた上位の階位の勇者たちであり、その数はおよそ50名。
「これから俺たちは、銀の一族とかいうカエルどもの巣にカチコミをかける! 中に入ったら、それぞれのパーティ単位か個人で行動しろ! 俺たちゃ軍隊じゃねえんだ! 全員で纏まって戦うなんてできねぇからな!」
冗談混じりのサイコスの言葉に、集まった組合勇者たちから僅かな笑いが零れる。
「それぞれ勝手に動いてもいいが、苦戦している味方がいたら手助けしろよ? それぐらいは仲間として当然だからなぁ!」
再び零れる笑い声。そしてそれは、先ほどよりも僅かに大きかった。
適度に緊張がほぐれ、組合勇者たちが戦意を漲らせる。
「じゃあ、行くぜっ!! この戦いに勝ち残って、正真正銘の勇者になってやろうじゃねえかっ!!」
その合図を皮切りに、組合勇者たちは駆け出した。
湖底の更に下、光差さぬ地下の大湿地帯へ向かって。
「始まったようだな」
かつては湖岸だったとある場所。
そこには今、数多くの騎士や兵士たちが集まっていた。
ガラルド王国王国軍の、ほぼ全ての兵たちである。
そして、その先頭に立つのはガラルド王国国王である、シャイルード・シン・ガラルドその人。
ここで王国軍が負ければ、間違いなくガラルド王国は滅びるだろう。いや、ガラルド王国だけではなく、この世界そのものさえ滅びかねない。
「民たちの避難は?」
「既に周辺の住民たちは王都に避難済みだ。だが…………」
「我らが敗北すれば、王都に避難した者たちも、王都の住民たちも無事では済むまい。避難したところであまり意味はないがな」
シャイルードの問いに答えたサルマン・ロッド筆頭宮廷魔術師と、それに続けたトライゾン・ナイラル第二騎士団団長。
彼らは銀色へと変色した湖底だった場所の一点を見つめていた。
「組合勇者たちがカエルの塒に突入したか」
「彼らなら、必ず銀の巫女姫を討ってくれるだろう」
「分かっているって。それよりも、だ」
シャイルードはちらりと背後へと目を向ける。そこには決戦に向けての決意を露わにする騎士や兵士たちが無言で王の命令を待っていた。
「なあ、トライよ」
「なんだ、ルード?」
「さっきおまえは避難しても意味はないって言ったよな? じゃあ、勝てばいいんだよ、勝てばな! かの厄災を俺たちの手で討ち取って、王都に凱旋するとしようじゃねえか!」
「違いない」
互いににやりと不敵に笑う国王と騎士団長。そこへ、筆頭宮廷魔術師の声が届く。
「まあ、実際に【銀邪竜】と刃を交えるのは彼女だろうがな」
筆頭宮廷魔術師がその視線を空へと向ける。その先には、禍々しい黒い巨鳥が悠然と飛んでいた。