閑話─ナイラル侯爵家の末っ子6
「サイカスさん! ジェレイラさん!」
「コステロ! それにヴォルカン! みんな無事だったんだね!」
「よう、アインにアルトル。心配かけちまったな」
そう言いながらひょいっと残った腕を上げたのは、【雷撃団】のリーダーであるサイカスだった。
「みんな何とか、生きているよ。まあ、結構ぎりぎりだったけどねぇ」
「そういう君たちも無事で何よりですね」
「ああ。俺たちが体を張った甲斐があったってもんだな」
ガルガリバンボンの罠に陥り、全滅したかと思われていた【雷撃団】。
だが、彼らはぎりぎりのところで何とか命を取り留めていたのだ。そして、ガルガリバンボンに囚われていた村人たちと一緒にいたところを、【黒騎士党】と王国騎士団によって救出されたのである。
「あのカエルども、人を殺すことより苦しめることが目的だったとか、【黒騎士】と一緒にいた魔術師が言っていたよな」
「我々を殺すよりも、怪我を負った状態で苦しめつつ、あえて生かしておいたらしいですねぇ」
「あの白い魔術師さんによると、そうすることで厄災を封じる封印を弱めることが目的とか言っていたけど……正直、私にゃよく分かんないねぇ」
「でもまあ、こうして何とか命だけは拾えたんだ。【黒騎士】と【黒騎士党】には感謝だな」
ナイラル侯爵家の屋敷で養生していたアインザムとアルトルの許に、死んだとばかり思っていたサイカスたちが突然現れた時、さすがのアインザムとアルトルもしばらく口が利けなかったほどだ。
とはいえ、彼らも五体満足ではない。
サイカスは左腕を失っているし、ジェレイラも右足がない。
コステロも顔の左半分を包帯で覆っているし、ヴォルカンも自力で歩いてはいるが、歩き方が明らかにおかしい。
四人とも、本当にぎりぎりで命だけは拾うことができたのだろう。
そんな仲間たちの姿を見て、アインザムは眉を寄せる。だが、すぐに笑顔になると彼らにある提案をした。
「あね……いえ、【黒騎士】殿から治療用の神器をお借りしています。それを使えば、みなさんの怪我も治せると思いますよ?」
「そうだよね! 実は私も結構酷い怪我をしたんだけど、その神器でこのとーり!」
おどけた様子で、アルトルはその場でくるりと一回転。彼女の様子に、【雷撃団】の団員たちの顔に笑みが浮かぶ。
正確には、アインザムがジルガから治療用の神器を借りたわけではない。単に姉とその仲間たちが急いで出かけた時、まだアルトルが治療中だったためこの場──ナイラル侯爵邸の庭──に置きっぱなしになっているだけである。
「そりゃあ願ってもいないことだが……やっぱり、何か要求されたりするんだろ?」
「お金で済むようなら問題ないけど……あまり変なことを見返りに要求されてもねぇ……」
「欠損した手足を復元するほどの神器……決して安くはないでしょうねぇ」
「俺、そんなに金ないぞ……?」
「そこは大丈夫だと思います。【黒騎士】殿は見返りを求めるようなことはしませんよ」
「うんうん。私も無償で怪我を治してもらったし!」
治療用神器は、極めて希少な存在である。それを使わせてもらう以上、普通であれば使用料など何らかの見返りを要求される。
サイカスとジェレイラ、コステロがそこを心配するのは当然だろう。だが、アインザムは自分の姉がそんなことを求めるとは思っていない。
実際、アルトルを治療するに辺り、姉は一切の見返りを求めなかった。
「どっちにしろ、貴重な神器を勝手に使うわけにもいかねえだろ? まずは【黒騎士】が帰ってきてから交渉してみようじゃねえか」
「その【黒騎士】さん、今はお城に呼ばれているんだっけ?」
サイカスとジェレイラの言葉に、アインザムは無言で頷いた。
「……みなさんには話してもいいでしょう。今、この国は……いえ、世界は極めて危険な状態なんです。【黒騎士】殿やライナス様たちは、王城で今後の対策を話し合われているかと」
「世界が危険……」
「ちょ、ちょっとアインくんっ!? そんなことを軽々しく口にしてもいいのですかっ!?」
アインザムの言葉の意味がよく分かっていない様子のヴォルカンと、自分たちが聞いてもいい話なのかを心配するコステロ。
サイカスとジェレイラも、難しい顔でじっとアインザムを見ていた。
「ええ、構わないでしょう。おそらく我々……【雷撃団】にも勇者組合か王国から正式な指名依頼がくると思いますし」
彼がそう判断するのは、父親や兄たちから詳しい話を聞いているからだ。
かの厄災が復活し、それを討伐するためにガラルド王国は総力を挙げてこれに挑むだろう。当然、勇者組合も全面的に協力し、抱える有力な組合勇者には厄災討伐の依頼が寄せられることになる。
【雷撃団】も勇者組合では上位に食い込むパーティだ。厄災討伐の依頼が来ないわけがない。
もちろん、この依頼を請けるか拒否するかの自由はある。だが、サイカスや他のメンバーの気性を考えれば、【雷撃団】はこの依頼を請けるだろうとアインザムは判断していた。
「それで? 王国や組合勇者からの指名依頼ってのはどんな内容なんだ?」
真剣な表情のサイカスに、アインザムもまた同じ表情で答える。
「……【銀邪竜】ガーラーハイゼガが復活しました。指名依頼の内容は、かの厄災の討伐です」
【雷撃団】の面々は、場所をナイラル侯爵邸の応接室へと移した。
そこで、サイカスたちは銀邪竜と銀の一族──ガルガリバンボンの関係や封印について説明を受ける。
「なるほど……あのカエルども、そんなとんでもねえことを企んでいやがったのか」
「【銀邪竜】の復活、ですか……確かに、世界の危機と言っても過言ではありませんね」
「正直、俺は【銀邪竜】なんて単なる御伽噺の類だとばかり思っていたんだが……」
「実を言うと、私もそうなんだよねぇ」
「ヴォルカンもジェレイラも何を言っているのです? 先代陛下、【漆黒の勇者】によって【銀邪竜】が封印されたのが、大体五十年ほど前。つまり、つい最近じゃないですか」
「いや、エルフと人間じゃ『最近』の幅が全然違うからな?」
そんなことを言い合っていると、応接室の扉が四回叩かれた。
アインザムが入室を許可すると、侯爵家の執事長であるギャリソンが扉を開けて音もなく応接室へと現れた。
「アインザム様。ただ今、レディル様とレアス様がお戻りになられました」
「え? レディルさんたちが? で、では、【黒騎士】殿もご一緒ですか?」
「いえ、【黒騎士】様は王城での話し合いが長引いているらしく、レディル様たちだけ一足先にお戻りになられたそうです」
「そ、そうですか……」
はっきりと落胆の色を見せるアインザムに、他の面々が不思議そうな顔をする。だが、ギャリソンに案内されてレディルとレアスが応接室へと現れると、皆の意識はそちらへと向けられた。
「よう、嬢ちゃんたち。あの時はありがとな。嬢ちゃんたちが来てくれたおかげで、もう一度王都の土を踏むことができたぜ」
【雷撃団】を代表してサイカスがレディルたちへと挨拶と感謝の言葉を述べる。
「いえいえ、みなさんこそお元気そうで良かったです。でも……」
【雷撃団】の痛々しい姿を見たレディルの表情が陰ったところで、レアスが姉の言葉を引き継ぐ。
「えっと、ジルガさん……っていうより、ライナスさんからの伝言。【雷撃団】の人たちにアレを使ってもいいって。そして、怪我が治ったら戦力として期待している、って言ってたよ」
「その戦力ってのは……【銀邪竜】に対してってことか?」
サイカスの問いに、レアスは無言で頷いた。
「なるほど……【黒騎士】殿は、治療用神器を使わせてくれる見返りとして、かの厄災討伐に力を貸せって言いたいわけですね?」
「ふふん、分かり易くっていいじゃないのさ」
「そうだな。あのカエルどもには借りもある。その親分に纏めて叩き返してやろう」
コステロの言葉に、ジェレイラとヴォルカンが不敵な笑みを浮かべた。
「そうとなりゃ、早速その神器とやらを使わせてもらおうぜ! あ、俺が一番最初に使わせてもらってもいいよな?」
「ちょっと待ちなよ、サイカス。こういうことは女性に一番を譲るものじゃない?」
神器を使う順番を巡り、ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた【雷撃団】の一行。そんな彼らを放っておいて、アインザムはレディルに話しかけていた。
「あ、あの……れ、レディルさん……そ、その……」
「はい、何ですか、アインザムさん?」
「あ、ぼ、僕のことはアインと呼んでくれれば……え、えっと、そうじゃなくて、その……あ、ああ、そうだ! あねう……【黒騎士】殿はいつ頃お戻りに?」
「ジルガさんとライナスさんなら、今日はお城に泊るそうですよ。ほら、ライナスさんは王様とか【黄金の賢者】様とかといろいろお話があるそうで……だから、ジルガさんもご一緒するそうです」
「そ、そう……ですか……」
レディルが何を言いたかったのかは、アインザムもさすが理解できる。
シャイルード国王と【黄金の賢者】レミット、そしてライナスは家族であり、【銀邪竜】討伐に関すること以外にも話すことあるのだろう。
そして、近い将来その家族の一員となる予定の姉もまた、そこに同席するのは当然な流れだ。
銀の剣との戦いが終わり、封印の宝珠が破壊された後、ジルガたちは王城へと直接出向いたので侯爵邸には立ち寄っていない。
そのため、アインザムはまたもや姉と再会できていなかったのである。
「あ、あの……やっぱり、レディルさんも【銀邪竜】との戦いに参加するんですか?」
「はい。ジルガさんとライナスさんと一緒に【銀邪竜】と戦うつもりです。もっとも、私なんかじゃあのお二人の邪魔になるだけかもしれませんけど……それでも、私はジルガさんたちと一緒に戦いたいんです!」
「そう……ですか……」
「……正直言うと……ちょっと……いえ、かなり怖いです……」
それまでの笑顔を憂いで覆わせ、レディルが顔を伏せながらぽつりと零した。
「ジルガさんやライナスさんたちでも苦戦するような相手なんて……怖くて仕方ないです……でも……」
憂いを帯びた赤い双眸の最奥に、決意という光を宿らせて。
鬼人族の少女は伏せていた顔を上げた。
「それでも、私はジルガさんたちと一緒に戦いたい! ジルガさんとライナスさんには、私や弟、そしてお父さんとお母さんがものすごくお世話になったから。少しでも恩返しがしたいんです!」
「なら、僕があなたを護ります」
「…………え?」
「たとえどんな敵が現れても、僕があなたを護り抜きます。だから、安心してください」
その顔を真っ赤にしながら、少年は少女に向かってそう宣言した。
「なあなあ、いいのかよ、あれ、放っておいてもよ?」
「う、うっさいな!」
「あのままじゃ、アインをあの嬢ちゃんに取られちまうんじゃねえの、アルトルちゃん?」
「だから、うっさい! おっさんか、サイカスは!」
「おっさんは酷くね? 俺、まだまだお兄さんのつもりなんだけど?」
「ふん! サイカスなんておっさんで十分だよ!」
「まあまあ、アルトルをからかうのもそれぐらいにしておきなよ。それよりも、早く神器を使わせてもらわない?」
「それもそうだな。えっと、執事さん? その神器ってのはどこにあるんで?」
傍にいたギャリソンにサイカスが問えば、侯爵家の執事長はにこやかに神器──「癒しの乙女」が鎮座する庭へと彼らを案内した。
「癒しの乙女」はその見かけ通りにかなりの重量がある。そのため、ジルガぐらいしか動かせない。
よって、アルトルを治療した時のまま、「癒しの乙女」はナイラル家の庭に置きっぱなしにされていたのだ。
そして、「癒しの乙女」を目にしたサイカスは。
「え? あれの中に入るの? 裸で? う、うん、やっぱ俺、一番最後でいいや」
と、見事にひよって仲間たちから冷たい目を向けられていた。