3 昔話・・・ジーナ
これまで:早々にとんでもない距離の転移を覚えたミットはシロルの案内で周回する衛星の調査に乗り出した。
その夜の宴会でジーナの思い出話が始まった。
年寄りのつまらん昔話じゃがお付き合い願おうかの。
生まれた村は盗賊に襲われ滅んでしまった。父さんも兄さんもあたしを逃がそうと戦って多分死んでしまったろう。森の木の上で村を見たときには村は真っ赤な炎の中だったから。あんなところに生き残っているものなんていない。見に行きたいけど恐ろしくてとても行けなかった。
持ち出せたものと言ったら肩掛け袋が一つ。中には小さなナイフが一つだけ。着のみ着のまま急きたてられて出て来たから。
しばらく泣きながら遠くで燃える村を見ていたけど、トボトボと街道を目指して木々の間を抜け歩き始めた。
見かけた木の実を採り、袋に詰めて歩きながら食べた。危なそうな気配には小さい頃から敏感なので、早めに木に登り避けた。
そんなこんなで3日歩いてやっとの思いでナルセントの町に辿り着いた。
門番だろうか、槍を立てて柱に寄りかかり近づくあたしを見ている。あたしはフラつく足を励ましてそばまで行った。
「……こんにちは……村が盗賊に……」
「サンクルスか?そうらしいな。おまえ一人か?」
あたしが頷くと名前を聞かれた。
「……ジーナ」
門番の男は辺りに誰もいないことを確かめると
「そうか。ちょっとここで待ってろ」
門の中へ駆けて行った。
あたしは地面に座り込んだ。もう歩けそうもない。街道に出てから2日、木がそばにないし森で集めた実も尽きた。ろくに眠らずに警戒しながらやっと辿り着いたのだから。
・ ・ ・
「……まったく、盗賊討伐で男衆が大勢町を出て手が足りないってのに、とんだ面倒を背負い込んじまったよ」
話声が聞こえる。油くさい暗い家の中?
床の薄い敷物の上に寝かされているようだ。
「本当だねえ、サンクルスはもう一軒も家が残ってないそうだよ。ジーナと言ったかい、その子もどうやってここまで来たんだろうね。
おや、気が付いたようだよ」
小太りのおばさんと痩せた婆さんがこちへ歩いて来る。手には木のボウルとサジ。左側へ並んで膝を突いた。
「トルクの言いつけだからね、2、3日世話をするよ。あたしはハンナだ。こっちは隣のメルラ。
食べられそうかい?」
頷いて体を起こそうとしたがうまく力が入らない。
「ああ、そのままでいいよ。口を開けな」
サジに極少量のスープだろうか、掬って口に入れてくれた。僅かに温かみがある薄い塩味の何か。作ってから起きるのを待っていた、ってことかな。
お腹が空いていたのであるだけ飲み込んだ。
「これだけ食べられれば心配はないかね。あんたは今はとにかく寝てな。あたしは……」
声が小さくなっていった。
・ ・ ・
町へ来て2日目、歩けるようになったら街をハンナが案内してくれた。はっきりと言わないが、明日からでも手伝いをして食費くらい稼いでこいという感じだ。
そういうものか、と半ば納得して出来そうな仕事を聞いて行く。今は収穫時期で、体力のあるものは豆の刈り取りと乾燥のハサ掛け。あたしは落ち鞘集めで畑回りだそうだ。それが終われば鞘剥きの仕事があるらしい。
「ジーナは歳は幾つだね?」
農場の旦那に聞かれた。
「10歳」
「10歳か。少し小さいな。このカゴを持って畑を回ってくれ。鞘付きはもちろんだが豆も拾ってくるんだ。溢れてすぐのやつはこんな緑色だが1日でこんな茶色になる。こうなると土と見分けにくいからしっかり見るんだぞ。金は集めた重さで払うから頑張れよ」
言われた刈り取り後の畑へ行くと、子供が3人先に拾っていた。左端が空いていたのでそこへ入って拾い始める。
濃い緑の鞘は暗い茶色い土の上では目立つのですぐ分かる。刈ってから2日目と言っていた通り、溢れた豆は茶色になっていた。しゃがんでよく見ないと豆を見落としてしまう。表面に艶があるので見分けやすいけど、土が少し付くともう分からない。言っていた意味が分かったよ。
午前中は要領が分からなくてそんなに拾えなかった。
お昼に配られたパンを齧りながら、どうすれば探しやすくなるか考えていた。畑の畝を思い浮かべ目を閉じて豆を探す。表面の丸い感じ、僅かに薄い豆の色、汚れが無ければ光の反射ですぐ分かるんだけどな。右手を置いたカゴの中の豆がはっきりと感じられた。
目を瞑っているのに、向かいの椅子に座った子のカゴを見つけた。この椅子の端の地面に2粒落ちてる?
目を開けその場所を見ると脚の影になるところに2粒、小さな木の葉に半ば隠れて落ちていた。ここの椅子の下には他にも何粒か落ちてるらしい。
午後も畑で落ち鞘拾いだ。さっき試した感覚がこの畑でできるだろうか。午前中見て回った左端から見て行くと最初は分からなかった。目を閉じて集中するとなんとなくどの辺に豆があるか、地中に残った根がどのくらいあるかが分かる。でも目を瞑ったままでは豆は拾えない。
しばらくそうやって目を開けたり閉じたりしながら豆を感じていると、感覚が何か繋がった感じがした。目を開けてもぼんやり豆が見えるようになった。薄く光るように見える豆を片端から拾って行く。
拾い残しなので最初の半分もそこにはなかったが、綺麗に拾えたことがちょっと嬉しかった。
夕方まで拾い続け他の子供たちと同じくらいの重さを拾うことができた。初日にしては上出来だと褒めてもらい180シル受け取った。
屋台の1食分くらいだ。
ハンナの家へ戻り、もらったお金を渡すとさほど期待していなかったようで、夕飯を食べて寝ろと言われただけだった。
翌日は朝から早いペースで拾い続けた。午前中にはカゴに8分目も拾って、重いので旦那のところへ預けに行った。午後も同じように拾って行って、畑から出ようとしたとき、男の子3人に前を塞がれた。
「おまえ新入りのくせに何かズルをしてるだろ。新入りがそんなに拾えるわけはないんだ。少し俺たちが貰ってやる。カゴをよこせ」
嫌だと言ったら突き飛ばされてカゴを奪われた。一人に飛びついて止めさせようとしたら、何度も殴られた。顔に痣を作って午前中の220シルだけ受け取った帰り道、またあの3人が前を塞ぐ。
「その金も置いていけ」
また何度も殴られ道に転がった。やっと起き上がってハンナの家へ戻ると、お金を持って来なかったからと家を追い出されてしまった。腫れた口で説明しようとしたがうまく話せず、薄暗くなった家の外壁に寄りかかり、鳴くお腹を抱えて震えて眠った。
朝早くからカゴを借りて豆を拾う。あいつらが来る頃は隠れていて、夢中になって拾い出す頃に、小さくなって豆拾いに戻る。そうやって集めた豆は早めに旦那のところへ持っていき預けた。パンをもらい納屋の陰で食べた。みんなが拾い始めてから、畑へ行き拾って行く。早目に戻りお金にしてもらうところまではなんとかなった。
見つからないようにすぐに帰ろうと振り向いた、そこにあの3人が居た。
脇をすり抜け走り出したところを、足を掛けられ転んでしまう。
「おいおい、新入り。大丈夫か?向こうで休んだ方がいい、ほら立てるか?しっかりしろよ」
納屋の裏で殴られ、お金は奪われた。
痛む口で旦那に訴えたが何もしてはくれなかった。ハンナの家にはもう戻らず、近くの森へ行った。木の実を集め、小川の水を飲み、運が良い時は小さなナイフでネズミやウサギを狩った。火がないので、生で食べたがいつもお腹を空かせていた。たまに町へ入り毛皮を売った。
やっと捕まえた3枚の皮を売って手に入れた200シル。
またあの3人が前に現れた。あたしは殴られて路地に転がった。
悔しくて泣いていたら上から声が降ってきた。
「嬢ちゃん、どうしたね?なんで泣いてるんだい?」
顔を上げると目の前に痩せた白髪の婆さんが立っていた。小綺麗な身なりでゴツゴツとした頭の杖を横に持ち替え、あたしの前に屈んで笑いかけてくる。
「おや、随分ひどくやられたね。あたしと来るかい。大したものは出せないけど、食べるくらいは面倒を見るよ?」
あたしが返事もできず固まっていると
「親はどうしたね?」
あたしは黙って首を振った。
「そうかい。うちにおいでなさい。あんたみたいな子が15人、うちには居るんだよ。あの子たちにお土産を買って行くから、ちょっと買い物に付き合っておくれな」
それから屋台を回って串焼きや煮物を買って、どこから出したのか大鍋に分けてもらい、さほど重そうな様子もなく裏路地へ運んだ。
あたしはこのときのことを今でもはっきり覚えてるよ。辺りを見回して婆さんが言ったんだ。
「あたしから離れるんじゃないよ」
途端に周りの景色が変わった。虹色の渦が煌めいたように見えたのが、後から思うとあたしの才能だった。
そこは小さな村の広場だった。離れた家の前で遊んでいた小さな子が声を上げた。
「ばばさまが帰ってきた!」
「お早いお帰りでしたな」
「「ばばさま、おかえり」」
「長、どうでしたか、ナルセントは?
おや、その子は?」
がっちりした体格のさほど背の高くはない男が婆さまに話しかけた。
「拾って来た。これを買って来たからみんなで分けとくれ」
「新しい子供ですな?おやおや、これは痛そうな。こっちへおいでなさい。冷やしてあげよう。お腹は空いてないかね?」
男は向こうから来る背の高い女に手招きして、あたしを井戸に連れて行った。水で冷やした布で何度も優しく顔を拭って、冷たい水で冷やしてくれた。こうしてあたしのサイナムでの暮らしは始まった。
・ ・ ・
12の時に婆さまに呼ばれた。
「おまえにはあたしの跡を継ぐに足る才能がある。明日から修行を始めるので今日は体を清めて早く寝るんじゃぞ」
言われたのはそれだけだった。この婆さまの不思議な力は何度か目にしていたから、あたしがあれをやるのかとワクワクしたものだ。
よく見るのはフッと消えるところだ。現れる所はまだ見たことがない。どうやっているのか重いものが持ち上がる事がある。
村から奥の山中だと言って連れて行かれた場所は木が全く生えていない斜面に石造の大きな入り口があった。そこから35メルほども横穴が掘って有って穴の中は剥き出しの岩だった。後でわかったが、入り口の石は山の表面を転がってくるものを止めるためにあったのだ。
中へ歩いて入ると湿って澱んだ空気の他に、何か身体中がチクチクとする感覚があった。1ハワー程も中に留まり、今度はそのハゲ山の頂上へ連れて行かれた。
上流は谷が見えているがこの山から急に木がなくなる。向かいの山には裾こそ疎らだが普通に木が生えていた。川は村の左手を流れていって一旦姿を消す。あの辺りは滝になっているのだ。森の木々の隙間が連なって川がそこにあることを示している。その森の樹冠越し、遠くに海が見えていた。
「ここから村が見えるであろう。あそこまで跳んでみよ」
跳ぶというのは朝から2回やったあれか。あたしにできるんだろうか。跳んだときの感覚を思い出し集中すると視界が大きくぶれた。
あたしは村の広場に立っていた。
「ふむ。今度は山へ戻るぞ。あそこじゃ」
さっきまでいた山の頂上を指差され、また集中する。
あたしは村を見下ろして頂上にいた。
「次はあたしが跳ぶ。おまえは場所を覚えてここへ戻るのじゃ」
そこからは跳ぶたびに距離が伸びていった。すぐに見えないほど遠くになり、別の街になった。どことも知れぬ大きな街を3つ見たところで1日目の修行は終わりになった。
それからあたしは20日の間ひたすら跳び続けた。この世界には見たこともない大きな街がこんなにもたくさんあったのだ。暑い街、寒い街、雨が降っていたり、嵐の最中だったり。人が大勢剣を持って戦っている町もあった。
街が小さく見えるほど高く上へ跳ぶと、落ちて行く間に色々な場所を見て取れる。婆さまがあたしを見つけた時も上から見たのだと教えてくれた。
この先代は息ができる高さまでしか登らなかったが、あたしには考えられないような事だった。
次に教えてくれたのは物を軽くする技だった。手に触れたものの重さをなくす事ができた。これも30日の間、ひたすら物を持たされた。
あたしが先代に教えてもらったのは遮蔽材の扱いまでだった。
そこまで教えて先代はあたしに跡を譲った。隠居じゃと言って遠くの街を2年ほども遊び歩いて、たまに土産を買って来てくれた。しかしある日を境に帰ってこなかった。
あたしは知っている場所全てへ跳び、空から居場所を探した。3月跳び回り3度4度と見て回ったが、行き場のない孤児を街の片隅に見つけとうとう諦めた。
そう言えば先代はいくつじゃったのかのう。ついぞ聞かなかったのう。




