5 縫いぐるみ・・・アリス
これまで:西の内海のリベンジに向かう途中寄ったホンソワール屋敷でアリス達はひとときの休暇を楽しむ。パルザノン王との晩餐会出世をフラクタルに頼まれた。
部屋へ戻って準備を始めた。あたしはトラクから生地を取って来た。ミットの趣味で猫のいろんな姿勢や丸っこいの、小さいのの型がボードに保存してある。ウサギにクマ、タヌキ、アナグマにイタチ。レクサスで会った鳥、イワトビザル、西の内海の蛙、ナメクジ、緑グモなんかも丸っこく作ると意外に可愛い。
そうこうするうちにシャルちゃんが、ミシェルとアンジェラを連れてやって来た。
「二人連れて参りました。よろしいでしょうか?」
「いいよー。多い方が楽しーしー」
「ミットさん、よろしくお願いいたします」
アンジェラさん、ちょっと俯き加減だね。
「まずねー、あたいのって言うか、アリスのデザインリストがこの画面に出るから選んでねー。
こう、ホイホイっと飛ばすと次の絵になってー、指一本で回すと向きが変わるよー。指2本で広げるとおっきくなるからー」
「まあ。これ面白いですわ!あら、あたくしこれがいい!」
シャルちゃんはうさぎさんの立ち姿だね。
「大きさと色はどうするー?」
「白ウサギ!このくらいでお願いします!」
抱きしめるようなポーズ。結構大きいね。
シロルが白のふわふわ生地の裏面にさささっと線を引き始めた。裁断線と縫製線、合わせの番号も書いて行く。
「まずこの外側の線で切って下さい」
出来上がった布を見せてシロルが説明している。
ミシェルは座った丸い感じの猫を選んだ。
「クロネコでお願いしていいでしょうか?」
高さで15セロくらいだね。シロルはまだシャルちゃんに教えているので、あたしが生地を選んで線と記号を書き込んで行く。アンジェラさんも選び始めた。
「あたくし、こんな可愛いお人形を自分で作れるなんて、夢のようです」
木こりのミケ、カッコいい立ち姿。難しそうなのを選んだね?ミットが上手に決めポーズを作ってたのを思い出した。
あれ見たんだな。ミットにミシェルを任せて、あたしはこっちだね。
「大きさはどうします?大きいと芯を入れないと立ちませんよ?」
「30セロではどうでしょうか?」
「はい、良いですよ」
ミケだと模様の分、布の枚数が増えちゃうんだけど大丈夫かなー?
まず紙に型紙の絵を描いて行く。模様の色分けで縫い合わせてこの絵の通りに部品を揃えるところから始まるのだ。部品の番号を紙に書き込むと、次は4色の布の裏に線を描き込んでいく。身体の色が3色、ズボンと靴が黒いからそれで4色だ。
描き終わると次は芯材。足裏に厚めの鉄板を使いアルミの太線を繋いで手足を動かせるように結ぶ。
「部品はこれで全部です。まず布を外側の裁断線で全て切り離します。それをこの型紙図に並べていき、型紙通りになるように縫い合わせます。
そこまでできたら足から縫って行きます。踵のところは芯材を中に入れたまま縫うので少し面倒ですが、他は裏返しで縫えます。この針金は手で簡単に曲げられるので、表に返す時にうまく腕に入れ込んでください。ワタの詰め口は手足と胴体の5箇所。
チェンソーは別に作って好きな場所に縫い付けます。手に持たせる場合は針金をその場所から突き出しておいて、うまく縫い付けて下さいね。
ワタを詰めるときは、関節部分をちょっと少なめに詰めると、ポーズを付けるのが楽になります」
むう。ほんとに大丈夫かな?これすごく難しいよ?
「もうひとつ、このクマさんなんかどうですか?まんまるで可愛いですよ?」
「そうですね。じゃあこっちの……
丸いネコをお願いします。このくらいのクロネコちゃんで」
「はい!」
おっと。保険が通ったのでテンション上げ過ぎた。
黒いふわふわ生地の裏面に線を引いて簡単な説明をして渡した。
「木こりミケは部品が細かいので、自分のお部屋でやったほうがいいと思います。クロネコちゃんはここで一緒にやってみますか?」
「はい、お願いします」
ミットの裁縫箱からハサミを取って渡すと、アンジェラさんが布を楽しそうに切って行く。ちゃんと切れているね。
見回すと教えてるシロルもミットも真剣だ。シャルちゃんはもう縫い始めてるねー。ちょっと縫い方が粗いかな。
ミシェルは切り終わって記号を突き合わせ中。どこから縫おうかなーって感じだね。
アンジェラさんは半分切り終わったね。几帳面なんだね。上手に線の通りに切っている。これなら木こりミケも大丈夫かな?
シャルちゃんの進行が速いね。裏返しのウサギさんの形が見えて来た。ちょっと眠そうな目をして、それでも一生懸命だ。
「シャルロットお嬢さま、そろそろお休みになられてはいかがですか?続きは明日になさった方がよろしいかと」
アンジェラさんが見かねて声をかけた。
「うーん、もうちょっと」
眠い目を擦りながら頑張っていたが、カクンと上体を揺らしハッと戻るシャルちゃんをシロルが柔らかく抱きしめた。軽く揺するようにしているとそのままシャルちゃんが体を預けて眠ってしまう。
「さっすがシロルだねー」
「アンジェラさん、お願いしてもよろしいでしょうか?」
シロルが言うと、ちょっと縫い物に未練げな様子のアンジェラさんが、立ち上がってシャルちゃんを抱えた。ミシェルも立ってドアを開け、二人でシャルちゃんを連れて行った。
いくらもしないうちにパタパタと二人が戻って来て、縫い物の続きを始める。
あたしたちは顔を見合わせクスリと笑ってしまった。ミシェルはまだ縫い目が粗いね。でも大きく外れたりしてないし、布もズレていないから良い仕上がりになるよ。
アンジェラさんは縫う速度は少し遅いけど、その分縫い目が緻密だ。これは綺麗な仕上がりになりそうだね。
ミットがシャルちゃんと分かる小さな人形の絵を描き始めた。可愛らしいドレスを着てニカッと笑う表情だけでそう見える。
次はテレクソンだね。線で描いただけなのにあたしはなんでそう思うんだろう?次のおすましさんはジョスさん。へえー。
次はフラクタルさん。なんとなくそうかな、くらいだけど、見えるよ。
「ミットー。すごいねー、ホンソワール一家だねー」
「えへへー。さっきのシャルちゃんが可愛くてー」
「あら」「まあ」
ミシェルとアンジェラも覗き込んで食い付いた。ちょっと微妙なフラクタルさんも、こう一家で並んでしまうとそうとしか見えない。
「これってお人形にできませんか?」
アンジェラさんが言い出した。
「うーん。どうだろう?多分この顔の向きや表情がちょっとでも変わるとダメそう?」
「あー、そうかも。あたいも顔の向きを変えたら描けそうな気がしないー。フラクタル、微妙ー」
「そうだねー。並んでるからフラクタルさんに見えるけど、一人だとどーだろ?って感じだよね」
「もうそろそろ皆さんお休みになった方がよろしいのでは?」
シロルに言われ二人はハッとした表情で、片付けを始めた。アンジェラさんは木こりミケを持って下がっていった。
「最初っから平らな人形ならどうだろーねー?」
「何?さっきのホンソワールー家?肖像画みたいなの?」
「似顔絵を描く画家さんならいっぱい居るよねー。その絵をフォトーみたいにして飾るとかー?」
「画家さんに使ってもらう道具ってこと?」
「うーん。そうなるかなー。
でも人を撮ったフォトーって見ないねー。なんで?」
「そう言えばそうだね。なんでだろ?」
「アリスさま、ミットさま、それは禁忌になっております」
「なーに、キンキって?」
「絶対に行ってはならないこと、でございます」
「んー?なんで?」
「分かりません。顔を撮ることはできませんし、そのような画像は直ちに削除されます。撮影の際に写り込んだ場合、別の時間の画像で穴埋めし、できない場合は削除されます。サーバーにも保存できません」
「ミットが描いた絵は保存できるの?」
「はい。大丈夫です」
「どーゆーことー?」
「画家さんの描く絵は加工しても売れるってことだと思うよ。
この絵をフォトーみたいにできる?色を付けたり?」
「いろいろな方法がございます。どのようなごり利用をお考えですか?」
「画家さんが描いた絵を30セロ角くらいの板にして飾りたい。なるべく手間をかけずに」
「マノ[さん]と接続し検索します。
5件候補があります。着色や構図決めは紙などの物理媒体の上で行いますか?」
「構図決めって?」
「先程のミットさまの絵は人物がお一人ずつ描かれており、並べて表示できません。前後に重ねて置いて並び方を変えることが出来ます」
「選ぶってことはなんかあるんだよね?」
「はい。処理のため部品の点数が増えます。機材のサイズも大きくなります。構図決めには画像の組み合わせを目で見る必要がありボード上で操作することになります。設計図とカタログをアリスさまの網膜に投影します」
「わっ!えー。こんなのかー」
「なーに、アリスー。なんか見えるのー?」
「うん。分厚いボードが見えてる。ミットの絵を一人づつ動かして順番変えて並べるの。色もね指でなぞると付くんだけど、ミットがいいかはあたしじゃ分かんないね」
「あたいは紙ですっかり出来上がったものが板になればそれでいーよ。保存して後でまた使えると良いなー」
「あー……じゃあこの2番目かな?
材料は……明日作ってみるね」
「シロルー、マノさんとお話しできるんだー?」
「いいえ。データのやり取りだけです。アリスさまのような擬似的な会話はできません」
「むー。あれ、会話っていうのかな?」
「あたくしにはマノ[さん]から一切の声は聞こえません。内部のデータを検索できるだけです」
「データってシロルは持ってないの?」
「ございますがあたくしの持つデータは、あたくしがアリスさまに作られて以降のものですので、先程のような設計図や文献などは持ち合わせておりません」
「なんかむっずかしー話ー」
あ、ミットがサジ投げた。また今度聞くか。
「よーし、じゃあ寝るよー」
「あーい」
結局マノさんとのやり取りが少し減ってあたしの怒る回数も減った。シロルとのやり取りはしっかり見ていたようで、部品から道具を作るのはすぐに通じた。
板の材料はセルロース、色はいつもの色じゃない色。光の反射でそう見えるというやつだ。色の材料が要らないからあたしもお手軽なんだよ。
描かれた絵を目で捉え小さな画面で確認した後、木か木質の板の上に置けばそこに絵が浮き上がる。絵の大きさは小さな画面上で選べて、使うにはデンキが必要。
形は厚さ1セロ、5セロ角の角が丸い箱型で紐が通る小さな穴が角にある。重さもごく軽いので渡すと、朝から絵の仕上げをしていたミットは首から下げていた。そうしょっちゅう使うものでもないと思うんだけど。
「絵描きが使うカメラだから絵描きカメラだね!」
あー、気に入ったのねー。
そうそう、人がいなければフォトーを撮って、そのまま板に絵を移せることが後で分かった。そんなことカタログに書いてなかったよ?
夕食の席で晩餐会の日取りが明日に決まったと伝えられた。昼過ぎには準備して王城へ向かうそうだ。
その夜はシャルちゃんがアンナさんとアンジェラさんを連れて来た。ミシェルはセバークさんに用を言い付かったらしい。
「アンナも何か作るー?」
ミットが聞いたけどアンナさんはただ首を横に振った。
シャルちゃんのぬいぐるみは順調に縫い進み、シロルが教える通りにワタ詰めから閉じ縫い、耳の縫い付け、目鼻の縫い付けと口の刺繍まで上手に出来た。
「出来たわー。見て、アンナ。あたくしが最初から縫ったの」
「ほんとによく出来てます。シャルロットさま。頑張りましたね」
「へへー。シャルちゃんにご褒美を上げよー。
これどーよ?」
「まあ、なんですの?あら、お母様とお兄様。ということはこれがあたくし、こちらがお父様ですのね。あたくしってこんな顔ですの?」
「あー。さっきのシャルちゃんはそんな顔だったよー。やったねあたしーって感じでー」
「まあ。そうですか。こんな顔をあたくしが。嬉しそうな顔ですわ。あたくしも嬉しかったです」
「やっぱりフラクタルはあんま似てないかー。あの人はちょっと難しいなー」
「お父様は滅多に感情を表に出しませんから。
うふふ。これ、大事にします。ありがとう」
「あと3つ作ったからねー。明日みんなに配るよー」
「まあ、なんて素敵!ほんとにありがとう、ミットさん」
「ミットー、良かったねー」
「うん。アリスのおかげー」
わっ、抱き付かれちゃった。恥ずかしいよー。
「じゃあ次のも作る?」
「ええ、今度は一人で作ってみますわ。この丸まった猫さんがいいかしら。アンナはどう思って?」
「よろしいんじゃないですか?可愛いですし」
「色と大きさはどうするの?」
「そうですね。少し大き目が良いですわ。あたくしの髪と同じオレンジはありますか?」
「同じのはないね。似た色なら……これでどーお?」
「あ、綺麗なオレンジ色!これでお願いします」
「じゃ、シロル。頼んだよ」
「はい、アリスさま」
アンジェラさんのクロネコも形ができて来てるから、さっきから気になってるんだよね。縫い目が緻密で形が綺麗で。
「わー、アンジェラ。流石メイド長、すごいですわ」
あたしがあんまり見るからシャルちゃんも気になったんだね。
「どうしたらこんなに綺麗に縫えるのかしら?あたくしの縫い目と全然違うわ」
「お嬢様、焦らないことです。ひと針ひと針。間違ったらやり直せば良いんです」
「そう。あたくしもアンジェラに負けないようにやってみます。アンジェラ、それが出来たら見せてね」
「はい、喜んで。楽しみにしてくださいませ」
「シャルロットさま。書き込みが終わりました」
シロルが生地を渡すと、シャルちゃんは作った白ウサギと布を大事そうに抱えて、アンナと自分の部屋へ戻っていった。
「アンナさま、どうしたんでしょうね?」
シロルがちょっと心配そうに聞いた。
「あの子は手先があまり器用ではないんです。ミットさんのお誘いを断ったのは、悪気あってのことではありませんのでご心配には及びません。
わたしも部屋へ下がります。ありがとうございました」
「みんな帰っちゃったねー。もう少しわいわいやりたかったのにー」
「アンジェラさんも主筋が居ないのに、長居はしづらいんでしょ?あたしたちは気にしないんだけどね」
ミシェルが用を済ませ戻って来た。
「あら、今夜はもうお開きですか?」
「そんなことないよー。どうぞ入ってー」
1ハワーほどミシェルがチクチクと楽しそうに縫っていた。アンジェラの縫いかけを真剣に見る姿にも驚いたね、意外と負けず嫌いさんだ。




