3 ウエスティア・・・アリス
これまで:ヤルクツールに跳ばされリベンジだと言ってトラクを走らせ、アリス達は再び西の内海を目指す。
ガルツとのツーシンを予約していたアラームが鳴った。あたしはミットたちに合図して
「サントスさん。アリスです。いま大丈夫?」
『ああ大丈夫だよ。珍しいね。何かあったのかい』
「いまウエスティアに居るんです。パルザノン路線の話は聞いてますか?」
『ああ、聞いているよ。そこで昼食休憩を取るんだろう?』
「ウエスティアは人口が増えていません。場所はいいところですが周辺の村も人が少ないんです。せっかく支店があるのにこれでは利益が上がりません。それでパルザノン路線の中継宿泊地にしようと思います。パルザノンは終点では無く200ケラルもの商圏を持つ大きな街です。その商圏の人たちもいずれはチューブ列車で旅をするようになります。ハイエデンはその足掛かりですが、遠いので中継地が必要です」
『ふむ。で、私になにをしろ、と?』
「24人乗りの中型バスを2台ここで使いたいんです」
『分かったよ。アリス嬢の頼みじゃ最優先だよ。他には何かあるかね?』
「今回のことがうまく運んだらここに学校を作りたいと思っています」
『ほう。その話はまた今度ゆっくり聞かせてもらいたいね。バスはすぐに手配するよ。おやすみ』
「おやすみなさい。切ります」
「サントスは変わったねー。切れ味のいいナイフみたいだ」
「そうかな?優しいおじさんだよ?
次はガルツさんだ。ガルツさーん。聞こえる?」
『ななっ!アリスか?どうした?なんかあったか?』『なんですの?アリスちゃんがどうしたんです?』
一瞬パアッと見えた画面が真っ黒になった。
「ガルツさん何かあったんですか?」
ミットが画像を巻き戻して確認している。口元を押さえたね?どうしたのかな?
音声は先ほどからガサゴソと鳴っている。ミットが口に指を当て画面を見せてくれた。
最初は暗い室内、上に大きな手が伸びてきた。画面が大きく揺れ、ガルツさんの顔から肩、相変わらずのいい筋肉だよ。
うん?その隣に肌色の丸い物、聞こえた声はエスクリーノさん!?これって女性の肩から胸のラインだよね?そこでパッと画面が布地のアップになり真っ黒になった。無言のガサゴソはまだ続いている。
「こっちは問題ないから切るよー」
大きな声で言ってあげた。
「「ガルツー、でかしたー」」
「ヒャッホー」「ヒューヒュー」
「アリスー、相手はだれだったー?」
「エスクリーノさんだった」
「そっかー」
ミットは相手が分からないのに喜んでたんだ?
そう言えば音は聞こえてないもんね。あたしはミットが堪らなく愛おしくなって抱きしめて泣いた。ミットはオロオロしながら抱き返してくれた。
シロルが呆れたように見ているに違いないけど、10メニほどもそうやって二人で抱き合っていた。あたしの涙は理由もわからないまま枯れ、それぞれのベッドで眠りに就いた。
・ ・ ・
起きたらシロルはもう食堂の仕込みで居なかった。昨日頼んじゃったからトラクには朝食がない。ミットと顔を洗っていつもの防刃仕様の服を着る。
食堂へ行って見ると猟師の一部とこれから畑の世話へ行く30人ほどが朝食の席に着いていた。
ナンシーさんがお盆に載せた朝食を運んでくる。
「おはよう。よく寝られた?ミットちゃん、サーラムはもう事務所で待ってると思うよ。アリスちゃん、忙しいだろうけど頑張ってね。
けど、朝ごはんはそんなこと気にしないでゆっくり食べて行って」
ミットが出かけて、あたしはクロミケを連れ倉庫へ行く。大量の木質がうず高く積まれている上に登って、梁と柱に加工するように設定しておいたマシンを撒く。その間あたしが落ちたりしないようにクロミケが両側に立っていてくれた。
次は屋根材だね。
石材が積まれた区画へ行きマシンを撒く。この街で使われて来た35セロ角の薄い板状の屋根材を作るのだ。
右裾板が1枚。そこから左側に被せて裾板を1段貼る。裾や左右の端部は水切りのため屋根から3セロ飛び出して下へ下がった形をしているので専用の板が要る。左裾板で1段目が貼り終わる。
右板を1枚下に5セロ被せて、右下から広い面積を葺いて行くのが基本板。これが大量に要る。左端の左板は1列分あれば良い。両側から屋根の傾斜を上って合わせ目に覆い板。1枚目だけ下に30セロの水切り袴がついている。順に被せてこれが1段分。最後が同じような水切り袴が付いた止め板。これも一個で良い。
この屋根は前に解体に来た時にジュノー爺さんに教えてもらった。赤青緑の三色をそれぞれ35軒分作ろうと思っている。
屋根は下地を板張で作って右下から釘留めで葺いて行く。釘は次の板で隠れるようになっているので滅多なことでは雨漏りしない。
受け売りだけど。
そうしててっぺんに覆い板で蓋をすれば、屋根が出来上がるんだそうだ。取ってあった見本の板の通りに作れば良いのであたしは楽だ。
出来上がりは4ハワーあとだから、クロにここの整理を任せて宿舎を建てに行く。
長さ30メル幅6メルの3階建で2、3階に2人部屋13室取れるかな。マノさんが描いてくれる絵を元に場所決めをする。
1階は食堂と洗濯場、物置、あとは何かに使えるでしょう。位置と間取りが決まればマシンを撒いて待つだけ。こっちは1ハワーほどだね。ミケに家具にする分の木質を15本ずつ3階、2階に入れておくように頼んだら、シロルの様子を見に行こうっと。
あたしが厨房に顔を出すとナンシーさんが手招きをしてくれる。
「アリスちゃん試食してみて!」
煮魚なんだけど皮がパリッとしてる。
食べてみるとパリパリするのは皮の表面だけで、裏側はしっとりしてる、身はふわふわ。美味しい!
「どうやったの?これ!美味しいよ」
「まだ毎回成功ってわけじゃないんだけど、魚の上から火が点くくらいの熱い油を掛けたんだよ。シロルちゃんはすごいこと考えるよね」
「アリスさま、パンも焼きました」
「あ、これサモックさんのとこで食べたやつ?
わー。お昼ご飯が食べられなくなっちゃうよー」
「では、一口分を切り分けますね」
「うん。あとはお茶が良いよ」
休憩して戻ってみると宿舎は3階部分が地上に出ていた。あたしは中へ入ると奥の部屋まで木質の筒を転がして行き、2段ベッド、テーブルと椅子2脚、タンスを作っていく。余った分は隣の部屋へ放り込んで次の木質を転がして来る。ふう。重いから転がすだけでも大変だ。クロミケはおっき過ぎて家の中の作業は向かない。誰か一人借りれば良かったなー。
それでも午前中に3階の家具は終わった。宿舎は2階どころか1階も出来上がってるけど、そっちは午後からにしよう。
クロの様子を見てお昼にしようか。
整理にはミケも合流していた。柱材9メルから9メル半が千本、梁材12メルが600本の予定だけど木質が足りないかも。半分はできたみたいだけど、あと20軒分くらいかな?屋根材は十分な材料がありそうだ。
食堂へ行くとウィルマがいた。ウエスティアの町長みたいなことをしてる人だ。
「ウィルマさん、久しぶりー。サーラムさんにお店100軒分の柱と梁を作るって言ったんだけど、材料が足りなくて70軒くらいになりそうなの。
あと宿舎の家具を作ってるんだけど、力仕事に一人借りられる?」
「店って十字街の店かい?片付けも終わってないんだぜ?」
「片付けはこれから近くの村の人を集めてやるんだよ。その宿舎に力仕事があるの」
「そうなのか?力仕事は俺が手伝うよ」
「その前にお昼だよー」
ちょっと目先の変わったメニューを見て、ウィルマが目の色を変えてお昼ご飯を掻き込む様子を見てると、なんか可笑しい。いつもながら、シロルって美味しく作るよね。
・ ・ ・
3階の階段を登ると右側に7部屋、左に6部屋、壁際にトイレスペースが一つ。宿舎の廊下は幅1メル半で、階段室と廊下の突き当たりに灯り取りの窓があるけど、閉めてしまえば真っ暗になる。共用の棚や階段の手摺りを作り足して、2本余った木質はウィルマに階下へ下ろしてもらう。
「うわっ、これ重たいんだな。一本ずつ運ぶよ」
「階段落ちないでね」
あたしは2階へ行き手近な部屋から家具を作っていく。やることは3階と一緒だからそんなに時間はかからない。各部屋に一本ずつ木質を配置してもらい、その後を追うように回るとまた階段回りの整備。
やっと下へ降りたね。食堂に大きな12人掛けテーブルを4台、椅子50脚、飾り棚。
厨房との間に配膳口と食器棚。この辺りも何度も作っているので大体の要領は分かっている。
厨房へ入ると壁側に流し台を広く、上下に調理器具を入れる棚、井戸水の給水設備を作る。中央には広い作業台を置き、その表面に硬化処理をしておく。
デンキ関連の設備は本社から取り寄せてもらほうがいい。ウィルマは低い姿勢で重い木質を転がしたので腰が痛いと文句を言ってるけど、もう力仕事はおしまいなんだよ。
「次はお風呂の拡張だよ」
ウエスティアは熱い塩泉が出ていたとマノさんが言ってたね。敷地には余裕があるので男湯女湯共に4メル幅を広げることにした。奥の浴槽を一つずつ増やし洗い場も7人分増設。ここは仮の施設だから凝ってみても仕方ない。
お湯と水の配管は休憩の後にしよう。
午後の休憩に厨房を覗くと夕食の用意の真っ最中。とても声をかけられる雰囲気じゃないねー。お湯だけもらってお茶を用意しようとしたら、ナンシーにウィルマが捕まった。
「ちょっと、ウィルマ。あんたサーラムに任せっきりにしてるけど、ウエスティアのことなんだからね!」
「分かってるよ。ただ、金の話はできないからな」
言い訳めいたことを言うウィルマがやり込められて、サーラムと話し合う回数を増やすと約束させられていた。
温泉の配管を分岐して宿舎の厨房まで給水管を伸ばしていると、ミットとサーラムが戻って来た。
サーラムはウィルマと事務室へ行き、ミットは食堂で休憩している。あたしは配管作業が終わったので、クロミケの様子を見に行くと綺麗に材木と屋根材は積み上がっていた。
クロミケはトラクへ戻しミットのとこへ。
「ミット、ご苦労様ー」
「わー、アリスー。つっかれたよー、あたい、本気見せろなんて言うんじゃなかったー」
「海行ったんでしょ?なにして来たの?」
「魚捕りー。ヤリウオって言うナイフみたいに尖った魚がねー、水面からヒュヒュヒューって飛び出して船に向かって来るんだよー」
ミットとの話をまとめると、槍先のような魚が漁船を襲うんで漁師が難儀している場所があって、そこでその魚を大量に退治して来たそうだ。操船は2メルの板壁の中で行い一人舳先にミットが立つ。そこへ水面から飛び出し鋭い鼻先で襲い掛かるヤリウオの群れ。双剣を振るって500匹くらい斬って来たらしい。板壁にも300くらい刺さっていたそうだ。
「足元は魚のヌルヌルで埋まってくるから足は動かせないしさー。群れを突っ切って港に戻るってのを4回もやったんだよー」
「それは酷いねー。足が滑ったらおしまいじゃないの」
「うん。滑らないようにロープで縛ってたもん」
「壁の魚は回収したんでしょ?なんでミットが前で切ってたの?」
「操船するのに前が見えないと進む方向が分かんないんだってー。あたいは前が見える壁だってー」
「ふーん?透明板のうんと厚いのを作ってあげよーか?」
「あーーー!その手があったー!」
ミットがテーブルに突っ伏した。
あたしは1メル角、厚さ3セロの透明板を朝までに1枚作ってあげた。
3セロ厚の透明板の注文が入るようになり、その魚は美味しい魚だったので、その後は壁刺し漁としてその村の観光の目玉になった。
囲いの中に客を乗せ、群れのいる場所を一回りして壁にヤリウオが突き立つ音を聞き、100匹ほども壁に刺さって抜け落ちて、船縁を跳ね回る魚を港で美味しく料理して食べさせるのだ。




