2 再挑戦・・・アリス
これまで:頼まれた製造ラインの整備や構築を終わらせたアリスは、ヤルクツールに跳ばされリベンジだと言ってトラクを走らせ、再び西の内海を目指す。
道中はシロルが展望窓に齧り付き。夏の風景はまた違うと言う。
「海だねー」
と言うセリフを繰り返していたら当て付けなのか、オクトール経由の山道に入った。
函型の岩に囲まれた渓谷に始まり、左手の川を見下ろしてグングン登っていく道は、大きく左右へ蛇行し岩壁に貼り付くかのようだ。大きく内壁を回って川の見えるところまで戻ってきた。既に高さは50メル以上も上がっており、さざ波の立つ川面が青と白の夏空を映していた。
左手に突き出すように駐車帯があり、シロルが減速しトラクを寄せて行く。入り口の段差で軽く揺れた後トラクが止まったので降りてみる。
「わー、懐かしー。ここイヴォンヌさんが作った道だよ。絶景ポイントだよー」
失敗の報告が来て慌てて修正作業をしたけど。あの時も綺麗な場所だった。
「すっごくキレーだよ。ほら、海まで見えるんだよー。あのほっそい線は走ってきた道路!分かる?」
もちろんミットは見えてる。あたしは俄然はしゃいじゃう。
「下も凄いでしょー?見下ろすと川!正面の森!あんな遠くまで森だよ、ひっろいねー。上流にもこの崖がずっと続いてる。その角にへばりつくように見えるのがオクトール!左手の山、なんでか木の色が違うんだよね。いっぺん調べに行きたいな」
シロルがニコニコとあたしの解説を聞きながら風景を撮っていた。
午後も遅くにウェスティアに着き、畑を見に行った。町の南側が農耕地だけど、1ケラル四方ほどの農地しかない。人口が150人少々ではこんなものだろうか。十字街に至ってはまだまだガレキが丸見えだ。
「よう来なさった。この町は相変わらずじゃが、あれから子供が3人生まれたぞ。人など少しずつ増えるのが当たり前じゃで。
そうそう、この間マーク達が買い出しに来てな。レクサールが見えたかもしれんと言っていた。似た地形が見えるそうじゃ」
「えー。そんな報告上がってないよー」
ミットが反応した。
「かも。じゃからのう。報告には出来なかったんじゃろ」
なかなか上手くいかないなあと思っていると
「この頃は美味い魚が入ってくるんじゃ。食っていきなされ」
声に顔を上げると、いつもはキツそうなばあちゃんが目尻に皺を寄せて手招いていた。テージさんだっけ。ミットとシロルが頷くので泊まることにした。
魚は美味しかった。生きのいい魚を上手に煮付けて、味付けも良い。
お風呂でボーッと考えていた。
「こっちへ走る時はここで泊まるのが定番になってるなー」
「そう言えばそうだねー」
横でミットがつぶやいた。
「えっ。声に出してた?」
「うん、出てたー」
ミット、気怠げー。
「アリスちゃんどうかしたの?」
「今日はちょっと元気がないんです。体調が悪い感じではありません」
シロルの声だ。まいっかー。
「そーだ、ミットー。パルザノンのバス路線の話聞いてるでしょ?今昼食と夕食の停車場所を準備中だけどー、ここで一泊させたらゆったりだと思わない?」
急にテンションに上がったあたしにミットが目を白黒させてるよ。うふふー。
「えっ?何よ急にー。びっくりしたー、パルザノン路線考えてたのー?」
「うん。それとウエスティアの支店。ちっとも大きくならないでしょ?ずいぶん経つのに!」
「あー、そっちは今思いついたのねー。
でもそっかー。いいかもねー。サーラム捕まえて相談しよっかー?」
「なにあんたたち。ウエスティアの心配してくれてたの?嬉しいねえ。
サーラムんとこ行くならあたしも行くよ。あんたが言う通り、ちーっとも町が大きくならないんだよ。みんなただここを通って他へ行くんだよ?
アリスちゃんたちがあんな立派な十字街を拵えてくれたってのに、未だにガレキ山積みさね。ここらで男どもに発破かけてやらないとね」
お風呂で物思いに耽っていたはずが思わぬことになってしまった。ミットもシロルも突然の噴火にびっくり顔だよ。ところでこのふくよかなお姉さん。なんて人だっけ?厨房にいたような気がするけど、シロルはここで調理に入ったことはなかったね。
なんかいい勢いでお風呂から上がって身嗜みを整え、って、お姉さん、髪ちゃんと乾かそうよ。
「髪傷むよー。ちゃんと乾かそうよ。タオルがあるんだし、ほら、丁寧に拭いてー」
シロルが羽交い締めにしてミットが襲いかかった。
なんとか男どもの前に出せそうな格好にしてサーラムの執務室へ。
「サーラム支店長ー、居たかーい?」
ドアが中から開きサーラムが顔を出した。
「居るよ。おやミット嬢ちゃん。アリスさんにシロルさん。よくいらっしゃった。
ナンシーまでどうしたね?」
「ちょっと相談があってねー。パルザノンのバス路線の話は聞いてるかいー?」
「ああ、聞いている。往路の昼食を出せないかと言う打診があったよ」
「ふーん、で、どうするつもりだい?」
「未だ街の片付けも出来ていないからね。考えているところだ」
「路線はパルザノンが終点じゃないんだよー。その先にも200ケラルくらいの商圏が連なってるんだー。100万シルあるんだけど、近所の村から人を雇って、十字街沿道50メル幅だけでも片付けられないかいー?」
「え。ミット。100万って?」
「あぶく銭だよー。パーッと使いたいじゃないかー?
あたいたちでやるのは簡単だけどねー。それじゃただ片付いたってだけだろー?」
「ぬ……できるだろう」
「だろうじゃないんだ。あたしたちのウエスティアなんだよっ!いつまでもこんなザマで良いと思ってるのかいっ!」
「ナンシー。落ち着いてくれ」
あたしがシロルに頷くと、シロルがナンシーさんを後ろへ引いて下げてくれた。
「この街をどうしたいか言うよ。パルザノンからのバスをここで一泊させようと思う。十字街を綺麗にして商店街を作りたい。ハイエデンの商会も何軒か呼ぶけど、メインはここの土地だよ。
パルザノンは山の街だから魚は200ケラル運んで来てる。生きのよさはこっちが上だ。
他にも近所の特産品をかき集めてちょうだい。お金の集まるところに人は集まるんだと思うよ」
「ろくでなしも集まるからそっちの対策も要るよー」
「分かった。一つ頼んで良いか?」
「なんですか?」
「乗合トラク……バスだったか。中型を2台入れて欲しい。人を集めるなら送迎しないと」
「ソーゲイは良いけど飲食店も誘致しなよ。宿泊施設は足りそーなのー?」
「ナンシー、今泊まれるのは20人くらいか?」
「ああ、そうだよ」
「アリスー。明日もここに泊まろーよー。あたい、お魚気に入ったよー。シロルー、美味しいお魚が食べたいー」
「なーに言ってんだか。あたしが言い出しっぺなのに、ミットにいいとこみんな攫われちゃった」
「アリスー、あたいは煽るのが担当だよー?奇跡は任せたよー」
「なにそれー、「あははははー」」
微笑ましげに見ているシロルと、なにが起きたのかわからないサーラムとナンシー。
それが可笑しくて二人で笑い転げた。でも賞金100万シルの使い所としては悪くない。ミットに先を越されたね。
サントスさんに中型バスの予約を入れとくか。2ハワーくらいあとね。アラームを入れてっと。ガルツさんはどうかな?同じで行けるね。
よーし。ここは方針を決めないと。
「すぐに要る施設は宿舎と食堂かな?それに商店街を作る材料に木質で柱と梁、屋根材だけ作っちゃおうか?100軒分?シロル、これちょっと描いてくれる」
「はい、アリスさま」
「遠慮しないで言ったほーがいいよー。あたいたちは明日1日しか手伝わないんだから」
「そう言うこと。大変なのは分かってるから、できるだけのことはしてあげるよ。温泉の拡張もしよっか?」
シロルが描いてくれたのは12メル四方の3階建店舗の骨組み図。マノさんに作らせた基本部分のセッケーズで、柱と梁だけが描いてある。間取りに合わせて筋交を入れ、壁で仕切ればどうにでもなるだろう。そこは自分たちでなんとかしろと言うメッセージでもある。
「本当にこれを100軒分作ってくれるのか?
なにを差し出せばいい?」
「あんたの本気ー」
「さっすがミットー、いいこと言うー」
「分かった。今聞いた分、当てにさせてもらう。50人の宿舎と食堂、店の柱などはそのまま、それに温泉の拡張はお願いしたい。今の倍必要と思うがいいだろうか?」
「場所があるなら2倍は問題ないよ。それ以上はお湯が足りなくなるかな?」
「宿舎の場所は大丈夫かい?そのくらいはあたいが解体やってあげるよ?」
「場所は十分にあるから大丈夫だ。一緒に海沿いの村へ行ってもらっていいだろうか?」
「ふーん?いいよー」
「では明日朝までに考えておくことができた。また明日、お願いしたい」
「うん、頑張んなー」
「おやすみー」
「ナンシーは明日シロルと料理だよー。美味しいものたっくさんつくってねー」
トラクに戻ったあたしたちはシロルのお茶を飲んで話の続きだ。
「海沿いの村ってなんだろうね?」
「さあー?でもこの辺って賃金が安いよ、きっと。今までなんでも物々交換で、珍しいものなんてたまに見るだけでさ。そこに綺麗で便利なものが入ってきたけど仕事はないんだ、当然お金もない。ちょっとのお金でも稼げるなら、大事な人に何か一つでも買ってあげたいと思うよね」
「この街の復興手伝ってー、売る宛のなかった魚や野菜、土産物が売れるようになれば暮らし向きも良くなるかなー?」
「うん。そうなると思うけどすぐにはできないよ。ガルツさんに言って学校を作ってもらおうか。このウエスティアはいい場所にあるからね。人が集まればなんだってできそうなくらい。でもまずは街がある程度の規模まで発展しないとね」
「そっかー。いい場所なんだー。楽しみだねー」




