8 準決勝・・・シロル
これまで:ヤルクツールの街長エスクリーノをミットが筒でハイエデンに案内した。ミットは元ドルケルのヤングとテモンドを伴って戻ってきた。
翌日午後になってから、ガルツさまが8メルの作業仕様トラクで来たとツーシンで連絡がありした。カジオさまとアニータさまも乗っているそうです。
マノジェルや灯り、ベンキ他の商品サンプルとコーヒー豆などを積んできた様です。エスクリーノさまと代理店契約をなさったのでしょうか?
程なくサモック食堂にガルツさまがふらりと入って来ました。
「よう。アリス、元気そうだな。シロルはご苦労さん。いい交易相手を見つけてくれたよ。いろいろ手詰まりだったんで助かった」
「えへへー。頑張ったよ。今日はミットが決勝だよ。見てってねー」
「ああ。2、3日こっちで交易をできる様に動くつもりだからな。ちゃんと見せてもらうよ。
トラクは庁舎の前に置いた。カジオたちに見本市をやってもらってるよ。ミットはこっちじゃないのか?」
「中央広場でレントガソールさんの格闘の応援をしてるよ」
「伯爵3男だったか?旅の仲間だからな、大事にしたほうがいいのは確かだ」
「あんたがガルツさんかい。サモックだ。
娘さんたちには世話になったよ。世話するつもりで泊めたんだが、どうしてどうして。
ニックがそちらの商品を商いたいと言っている。協力しちゃもらえんかな?」
「俺は構わんが、エスクリーノ街長の意向も聞かんとな。うちと取引するなら、売上の3割を払うことになるがそれでいいか?」
「問題ない。多過ぎるくらいだ」
「じゃあうまく纏まる様祈ることだ」
「むう。ちょっと嬢のところへ行ってくるか」
「嬢とは?」
「エスクリーノは俺の兄弟分の娘でな。街に協力できることを聞いてくるのよ。
ちょっと出てくる!」
「はーい、行ってらっしゃい」
・ ・ ・
「レントー、行っけ行けー」
中央広場へ行って見るとミットさま大きな声で叫んでいます。ヤングさま、テモンドさまも一緒ですね。
「オホッ。でかいな。クロミケ並か。小さく見えるが相手も2メル越えだろ?」
「243セロですね」
「あ、ガルツだー。こっちに来たんだー?」
「ミットさま。朝お伝えしたはずですよ?」
「なに、レント、苦戦中?」
アリスさまが様子を聞きます。
お相手は背こそ及びませんが、体重なら優っているでしょう。それが膝を落とし大きく腕を広げ構えています。レントガソールさまが前後に足を開いた態勢から、左のパンチをフェイントにして右の回す様な蹴り技を出しますが、素早く横へ移動し捕まえられません。
「さっきからあんな感じで避けてばっかりなんだよー」
「レントは掴み技は苦手なの?」
「あんなおっきい相手はいなかったらしいよー」
「あー、そういうこともあるかもね。力じゃなく技だと練習が足りないか。足を蹴ったら?動きを止められないかな?」
「レントー。足を蹴っちゃえー」
レントガソールさまが微かに頷きました。
手足はレントガソールさまの方が長いので掴もうとすれば蹴りが当たります。まともに蹴られるのが嫌で躱しまくっていた相手ですが、蹴りの動きが小さい分避け難い。3回に1回は当たる様になりました。同じ場所に何度か当たると痛みはその度に強くなります。
10数発の蹴りを両足に受け、その体重も加わって、立って居るのがやっとと見えた相手の顔面へ、大きな掌をレントガソールさまが押し込む様に突き入れます。必死に足を引きますが最早適わず尻もちを突いてしまいました。
会場を響めきが走り抜けました。昨年度の優勝者だったようです。本戦とは言え、ここで負けるとは予想されていなかったようで、皆さま賭け金がどうなるかの心配をされているようですね。
勝敗が宣言され次の試合が始まりました。レントガソールさまの今日の試合はこれで終了だそうで、綱渡り会場へ皆さまで移動します。レントガソールさまは準決勝進出、明日もう2試合勝てば優勝です。
綱渡りの準決勝は10メルの綱で行うらしく、まだ低い綱で準々決勝の競技が行われていると言うのに、街道の反対側で場所取りをしている人がたくさんいます。ヤングさまとテモンドさまもいち早く場所取りに参戦しました。テモンドさまは人相が、あー。ですので場所取りには向いて、えー、思います。
低い綱での試合が終わり準決勝が始まります。と言ってもミットさまの挑戦者を決めるだけなので、1試合です。
最初は小柄な男の子です。今まで見る中でも段違いに速いです。持った棒が左右に大きく揺れますが足の運びは優雅で一定のリズムを刻むように渡り切りました。80メルある綱を1メニほどで渡ってしまいます。
次は20代らしい女の人。少し肉付きの良い感じですが、同じように滑らかな歩みで着実に進んでいきます。こちらも1メニ足らずで渡り切りました。経過時間の計測が行われます。要は水の入った細長い筒を並べ水の背比べ。ここまで測定の様子は見せないまま進めて来たようですが、準決勝からは審判の様子を公開するようです。
あたくしはどちらが速かったか測っていたのでわかりますが僅差です。賭けた皆さまの中には興奮したのか身震いしている人が見えます。
「只今の試合、キャロライン嬢の勝ちです」
勝敗の宣言があり一段と大きな歓声が上がりました。
「次の試合が決勝となります。圧倒的と認められた記録を持つミット嬢とキャロライン嬢による決勝戦です。キャロライン嬢から開始して下さい」
再び大きな歓声が上がります。理不尽とも言える管理側の決勝シードに、表立って非難する人が居ないようで何よりだと、あたくしは思いました。
キャロライン嬢が先ほどと同じように棒を構え渡って行きます。若干ですが先ほどよりも速く渡って行き、最後の3メルと言うところで僅かにバランスを崩しました。一瞬足を止め回復に努めました。すぐに立ち直り無事に渡り切ります。先程よりも速く渡ったのは間違いありません。
「次は決勝シードとなっております、ミット嬢。競技を開始して下さい」
キャロラインさまよりも声援は少ないですね。これで勝敗が決まるわけではありませんし、ミットさまは気にするような質ではありません。
流石に先程の試技を見て棒を構え登場しました。始めの合図に歩き出すミットさま。正面を見据え足先で綱を掴むかのような歩み。足裏を綱に向け外側から軽く振込み、足裏が綱に当たった瞬間に踏み下ろす、とでも言いましょうか。
その見慣れない足の動きを別にすれば、平地を征くが如くスススッと進んで行きます。あっという間に残り5メル、なにを思ったのか足を止めて棒を頭上に挙げ一回しして脇へ放ってしまいます。その後は全く何事もなかったかのように渡り切ってしまいました。
計測の審判が始まると、命綱を外し逆からミットさまが渡り始めます。ザワザワとする頭上で最初の3メルを過ぎると3歩駆けるように速度を上げて、直後上体を前に大きく曲げ両手で綱を掴みます。まるでそこに臍から上の部分が逆さに固定されてしまったように止まるその上を、足が弧を描いて乗り越えていきます。両足がそのまま綱を掴み、上体が遅れて起き上がると立ち姿に戻りました。なんという柔らかな背骨でしょう。
そのまま2歩早足で進み綱がグッと沈みます。一瞬止まってタイミングを取り綱に跳ね上げられるように空中へ。
キャー。
そこここで悲鳴が上がりますが、ミットさまはどこ吹く風と前方へ一回転。流石にその態勢から足で綱を捉えきれず綱から落ちそうに、いえ、踏み外してしまいました。再び上がる悲鳴、怒号。
しかし両手が綱を捉えてぶら下がると、体が前へ大きく振れたところで、両足を綱に触れる辺りまで大きく振り上げました。そのまま大きく足を振り下ろすと、あっさりと綱の上に上体が持ち上がります。
僅かに後ろを振れる反動で足を大き前へ振り込み、返る勢いでそのまま綱に倒立しました。そこから体の向きを僅かに捻ると足は綱の上へ。元通りの立ち姿です。
唖然と皆さまが見上げる中、満面の笑顔で両手を振りながらあっさりと元の柱へと歩き渡り切ってしまいました。
一瞬遅れてこれまで聞いたこともない歓声が上がりました。
審判役も一緒になってハラハラと見上げていたと見え、騒ぎが鎮まってからハッとしたように発表がありました。
「優勝はミット嬢!おめでとうございます」
再び大歓声が巻き起こります。
ミットさまはすでに下へ降りて待機していましたので、お立ち台へ案内され目録を受け取っていました。
表彰が終わって帰り道もあちこちから声が掛かります。広場へ入ると、ミット、ミットの連呼になってしまいました。レントガソールさまの右肩に座って右腕に支えられながら、ミットさまが両手を振って応えていきます。広場を渡って出るときは広場中の大きな拍手をもらっていました。
食堂に着き、落ち着いた途端にガルツさまトレントガソールさま両名にヤングさま、テモンドさままで加わり、ミットさまがしこたま怒られたのは言うまでもありません。
「心臓が止まるかと思ったぞ。俺を殺す気か!」
今日も平台の売り上げは絶好調。午前中あたくしたちが手伝ったので、この時間にはほぼ売り切りで閉店の準備をしていました。クロの連続勤務については本人がなんとも思っていませんので誰も追求しません。明日も1000個売りだせる目処は付いています。
付いて来たテモンドさまとヤングさまは、ガルツさまがハイエデンに連絡してしばらくこちらで勤務と言うことになり大喜びしています。お休みが無くなったというのに、なぜあんなに喜んでいるのでしょうか。
昨夜と同じ配置で食堂の手伝いに入ります。
ガルツさまはお一人で庁舎へ向かわれました。見本市の結果の確認と交易品の話、温泉計画について話し合われるようです。
ガルツさま、温泉を掘るのはアリスさまですよ?
おっと、あたくしは調理を手伝わなくては。まずは賄いですね、皆さまの腹ごしらえは重要です。
・ ・ ・
今日はお祭り最終日です。ニックさまとエマさまが気合を入れています。ガルツさまから代理店の契約を申し込まれたのが大きいようです。店は一軒家置いた右向かいの空き店舗に構える計画をしていたようで、早速大家に話に行っていました。この辺りの店としては広いですが、ガルツ商会の支店、代理店の中では最小の店舗です。いずれは引っ越しですね。
そろそろレントガソールさまの試合が始まります。あたくしの分の仕込みは夜やってありますので一緒に出掛けられます。
広場は大変な人だかり。まだ屋台は準備中だというのに、屋台の周りにも人垣ができています。これはどうしようもないですか。
ミットさまが周囲、特に、上の方を見回しています。
「あの屋根の上ならどうかなー?
シロルと登って見える絵をマノボードで見るのはどーよ?」
「できるけど、マノボードが小さいよ?」
「うんとおっきいの作れないー?」
「どうかな……縦2メル、横3メルが一枚分?
2ハワーかかるって」
「今の試合は間に合わないねー。この人だかりじゃ見られない人が多いよねー?場所を分けて見られれば決勝だけでももっとたくさんの人が見られるよー」
「ふーん?面白いかも?映す場所はどうしよっか。広場から出たほうがいいよね。庁舎の壁?ナイフ投げの会場?」
「どっちもいーんじゃないー?半分にして両方に出そうー」
話がトントン進みます。あたくしが見た絵がそんなに大きく映っちゃうんですか?首も目も瞼も固定しなきゃいけないようです。
材料を取りに戻ると、ニックさまとエマさまが押し寄せる女性達を相手に奮闘されていました。
男性の方も何人か居ますが遠巻きにウロウロして非常に不審です。プレゼントなど買いに来たのでしょうか?あの中へ入り込むことはとてもできないでしょうし、仕方ないですね。
道路は通れないので食堂を通って裏口へ。あたくしは今見た男性達の話をしてあげると、サモックさまが外へ出て男達を呼び込みました。裏口で売ってあげるようです。クロの作業場所へ連れていき箱に溜まった分から選ばせていました。
製品の溜まった箱を裏口へ移し、屋台風の赤い荷車をクロに引いてもらい移動します。食堂の横はとても通れないので、ひとブロック回り道をして庁舎までやって来ました。
早速アリスさまが高さ1メル半、幅2メルの大画面ボードを2台作り始めます。
ガルツさまが持ち込んだトラクの資材庫を漁っていますが、使えるものが無かったようでガッカリしてますね。
「大したもの積んでないよー。シロルの目の代わりが欲しかったんだけど無理かなー?
……あー?箱紐?そういえば有ったね。なんとかなるか」
赤い屋台から先日のバスケットを3つ出して必要なものを集めています。こぶし大の目玉を作りました。木質で4メル半の棒を作ってその先にくっつけます。
「これを決勝の闘技場に立てるとここに映るよ。今の試合が終わったら立てに行こう」
「エスクリーノさまに話した方が良いのではありませんか?」
「そーだねー。あたいが呼んでくるよー」
ミットさまが庁舎へ飛び込んで行きました。すぐにガルツさまとエスクリーノさまが出て来ます。
「ミットに聞いたが、また何かやるって?」
「決勝戦をね。一人でも多くに見てもらおうかと思って」
「あたいが見たいからに決まってるー」
「ああ。で、どうするんだ」
「この目玉で撮っておっきな画面に映すんだよー」
「ああ、トラクの監視と同じやつだな。面白いな。どこで見せるんだ?音も出るのか?」
「出るよー。一つはここの庁舎の壁、もう一つはナイフ投げの会場にしようと思うんだ」
「庁舎はいいですが、もう一つはチューブ列車の茶店前にして下さい。あの場所はこれからのヤルクツールを象徴する場所になるのです」
街長さまの仰せですので、逆らう理由はありません。
あたくしの気のせいでしょうか、ガルツさまとエスクリーノさまの立つ位置が近いような?
「そろそろ闘技場の試合が終わる頃だよ。目玉を建てに行っておいで」
エスクリーノさまに追い払われたような気が致します。




