4 屋台・・・ミット
これまで:西の内海から跳ばされ川沿いに下った先にあった街はヤルクツールと言った。今まさにお祭りが始まると言うので参加する事になった。
綱渡り会場の端へ出てニックがあたいたちを集めた。
「競技会場はこんな感じだね。この先は南へ行く街道の門がある。こっちの煙突は紡績作業場や鍛冶屋、ガラス工房なんかが入ってる。さっきの話に出てた職人たちもここに居るよ。あと右手は途中から農地になってるよ」
「北の道はどこへ行くの?」
「えっ?ほんとに知らないの?古いチューブの駅だよ。観光地だ。何百年か前には動いてたって話だよ」
あたいはアリスと顔を見合わせたよー。
「ふーん。あとで行ってみたいねー。レント迎えに行こうかー」
「西へ行くんならここから上がった方が良いぞ」
工場の脇の広い通路を指してニックが言う。
付いて行くと左が工場の大きな建物だけど、白い壁の途中に馬車が出入りできるような大きな扉がいくつも並んでいる。右は高い塀でその向こうはさっきのナイフ投げ会場。その奥は住宅街だ。
入ってすぐの扉は糸と布地を作っていると言う。次が焼き物、レンガ、ガラス、鍛治と続く。炉や窯は使わないけどそれに関連した職人もたくさん集まっているそうだ。
見上げると煙突は奥の方で庇の影からてっぺんだけ見えている。
通路の突き当たりは林で木々を縫って間伐材を運び出したりする道が続いている。
「レントはたぶんこっちだねー」
「そういえば、ナイフ投げって勝負が付かない時はどーうするの?」
「交互に投げて外したほうが負けになるよ。そんなに長く勝負が付かなかったことはないけど」
「ふーん、南の道ってどこに続いてるのー」
「クリミナ、アルクトゥール、ニールセンズ、トレンクトで8000人くらい。近所だとそのくらいかな」
「見えて来たよー。あれがうちのフセーチだよー。
レントー、お客さんだよー」
レントはフセーチの横のテーブルセットでくつろいでいた。
「おう。俺はレントガソールという。パルザノンで魔物狩りを生業としているものだ」
「うわっ、聞いてはいたけど、でっけー。
286セロ?そんくらいあるなー」
「何の話だ?」
「まずこの子はニック、食堂の子であたいたちの案内役ー。この街はヤルクツールで明日からお祭りー。素手の格闘大会があるんだってー。レントー、出るかいー?」
「あんたなら優勝候補だよ。賞金100万シルだぜ。応援するから出てくれよ」
「あたいは綱渡りに出るよー。アリスとシロルがナイフ投げー」
「あたしはミットが受けた注文品をここで作んないとねー。シロルはどうする?」
「あたくしはもう一度街を見て歩きたいです」
「じゃあ、あたしもこっちをぱぱっと終わらせるから一緒に行こうよ。投げナイフで荷物が重くなるし」
「あとはレントだよー。一緒に行こー」
「まあ、この形で揉めぬというなら行こうか。ヤルクツールであったか?よその街も見てみたい」
「よーし。じゃあ行ってこよー」
「なあ、あの影にもう一人大きいのが居るけどいいのか?」
「あー、あれはクロだよー。あの子はしゃべれないけど見るー?」
ニックは足を縮めて定位置でじっとしているクロを見て驚いたようだ。そらそーだよねー。黒ずくめのネコミミヤローだしー。
「やあ、こんにちは。オレはニックだ。クロさん、よろしくな」
クロが左手を上げた。丸い猫顔は表情もないけど、これで周りをよく見ているんだよねー。
あたいはニックとレントと一緒に街へ戻ることになった。レントの格闘申し込みのためだ。アリスとはツーシンで話せば落ち合えるしー。
「それでニックー、宿は何とかなるのー?」
「ああ、女3人、男1人ならうちの3階に泊まればいいよ。安くしておくから」
「ヘー。宿もやってるのー?」
「下宿だよ。ちょうど空きが出たとこなんだあ。3部屋空いてるから、泊まってくれるんならありがたいくらいだ。飯はできればうちで食ってくれ」
「シロルが料理、上手だよー。あたいが手伝いを頼んであげてもいいよー。よその料理ってどうよー?」
「本当かい?母ちゃんが喜びそうだな」
「シロルさんの料理は俺も保証するぞ」
「それは楽しみだなあ。そうか、おたくら4人が出るなら中の一人くらい優勝しちゃいそうだし、うちの食堂も有名になっちゃうな。なるべく美味いもの出すから頑張ってくれよな」
「俺は5人前は食うぞ。先に言っておく」
「ああ、その体格だもんね。それくらいはオレでも分かるさ。足りない心配はしなくて大丈夫だ」
南の街道へ出るとレントが目立ちまくりだよ。
「この綱渡りはあたいがでるよー」
「左の広場はナイフ投げだよー。アリスとシロルが出るんだー」
街道を少し行って左に円形の大きな広場が見えてくる。ぐるりと屋台に囲まれそこに人が群がるように集まっているのはさっきと一緒だねー。
ニックは周りの芝生を横切って屋台の間から広場へ入って行く。
「ほら、ここが中央広場ー。真ん中の囲いの中で素手の格闘戦だってー」
「取り決めは手や膝を付いたら負け。場外に出されても負け、殺し技は反則負け。全部勝ったら100万シルってくらいだ。申し込みはこっちだ」
「そうか、人間相手はあまりやったことがないが、まあいいだろう」
「ラクソルさん、申し込み頼むよ。レントガソールさんだよ」
「うおっ!でかいな!」
「286セロだってよ。対人の試合はあんまり経験がないみたいだ」
「そうか、ここの出場者は手練れが多いからな。いい勉強になるぞ。
これに名前を書いてくれ。予選は明日と明後日、本戦と決勝はその後。参加が多いんでな、最後まで残れば4日掛りだ」
「お前たちはどうなんだ?」
「アリスとシロルは明日予選、明後日決勝。
あたいは明日から予選二日で本戦1日だよー」
「なんだ、これが一番長いのか。決勝まで何回やるんだ?」
「明日1回、明後日3回、本戦で4回、決勝で2回だから、10勝で100万だな。朝ここに集まってルールの確認と、予選対戦表の貼り出しがある。呼ばれていない奴は失格になるから気をつけることだ」
レントの申し込みもできたので、ニックの家へ戻ることにした。
部屋も見せてほしーしー。
途中で雑貨屋さんを見かけたので寄ってみた。焼き物で可愛い置物があったね。中が空洞で振るとカランといい音がする。色付けも綺麗で、カエルや牛を丸い感じに造形してあるんだ。土鈴って言うらしい。
一個ピンクのウサギを買ったよ。これぬいぐるみにしてみたいー。
「ここがうちの食堂だよ。下宿は裏から上がるんだ。こっちだよ」
「レントは入れそうかなー?」
ニックがレントを見上げて
「2メル半の横幅のある奴もいたことがあるから、何とかなるだろ。うーん、ちょっと窮屈かもしれないなあ」
「俺は慣れているから大概大丈夫だ」
「うん、とにかく一度上がって見てくれ」
そう言って幅広の青い屋根のついた外階段を登って行く。踊り場で折り返し3階の外廊下に扉が5つ並んでいた。手前の一つと奥の2つが空き部屋だそうで、手前にレントを案内すると、おやじに断ってくると言ってニックが一旦下へ降りた。
扉は高さ2メル半だから潜り抜けるようにレントが入る。広い部屋だけど天井がギリギリだった。首をちょっと屈めないと立てないね。ベッドも足が40セロもはみ出るけど、台とクッションが置いてあって何とか寝られそう。でっかいってのも大変なんだねー。
窓を開けると前の通りが見える。目を上げると他の3階建ての青い屋根の並ぶ上に頭の白い山並みが見えたよー。この眺めはなかなかだねー。
ニックが戻って来て一部屋一泊3000シルだと言っていた。安いのかなー?
「うむ。いい部屋だ。これなら何日でも泊まれるな」
気に入ったぽいねー。けど、レントってひょっとしてフセーチで寝泊まりの方が楽なんじゃないの?
次はあたいたちの部屋だよー。どんなかなー?
「ミットさんはこっちだよ。ベッドはまだ一つだけど後で二つ入れておくよ」
でっかいドアも広さも一緒だねー。あたいには十分な普通サイズのベッドが一つ、テーブルと椅子が一つずつ。ベッド二台置いてもヨユー。窓の向きも一緒ー。
窓から下界を見ていると視界の右端に、円錐形の黒い笠を被った黒い男が黒い屋根赤い壁の屋台を引いて、大通りの方からやってくるのが見えた。あの男と屋台はずいぶん大きいみたい。周りの人とバランスがおかしいんだ。慌てて避けるやつも見えるし、屋台の影からチラッと見えた少女、んー?
アリスかー?ツーシンしてみよー。
「アリスー、なーに?屋台にして持って来たのー?」
『あ、ばれちゃった。ミット、どこから見てるのよ?』
「ニックの家の3階ー。ここから見える景色はキレーだよ。向かいの屋根越しに白い山が見えるー」
『へえー。ニックが言ってた下宿?』
「そう。レントはギリギリー。体が大きいって大変だねー」
あ、シロルが手を振ってる。あたいも手を振った。
『本当だ。1段高いんだね。んー?3階建ては一緒なのに、なんで?』
「たまにでっかいのが下宿するらしーよ。前、レントの部屋にいたのが2メル半だってー。あたいは下へ行ってニックに屋台の置き場所聞いてくるよー」
ドアを抜けて階段を駆け降りる。裏口のドアは開いていた。
「ニックー、おじさーん」
「お、どうした。嬢ちゃん」
「アリスが屋台持って来たんだー。置くとこなーい?」
「屋台だって?お前たち屋台なんて引いて旅してたってか?そりゃいくらなんでも盛りすぎだろう」
「なんだよ。なんかあったのか?」
ニックが奥から顔を出した。
「あ、ニックー。アリスがあの箱を屋台にして引いてくるよー。置くとこなーい?」
「はあ?何だよそれ?あのでっかい箱をか?
見てから考えるよ。どっちだ?」
「店の前の道路を右からくるよ」
『ミット、もう少しで店の前だよ』
「わっ、もうそこまで来てるみたい」
あたいは裏口から飛び出した。回って道へ出ると、ニックとおじさんが店の出入り口から顔を出して、ぐるりと回って来たあたいに手を振った。
あたいが前を指差すと右を振り返って
「「おおー!」」
2メル半の足の短い黒ずくめの男が赤い屋台を引いて、道の真ん中を通る人を押しのけるように進んでくるのが見えている。
あれ、中身をぎっしり詰めてもあの大きさにしかならなかったんだろうねー。
「でかいな。ニック、隣の馬車置き場を借りて来い」
「ああ、わかった」
ニックが駆け出した。すぐに戻って来たニックが親指を立てて見せた。
「おやじ、一日500シルに値切って来たよ」
「500だあ?もう少し粘れよ。まあ、しゃあないか。急だしな。案内してやんな。あいつも泊まりか?」
「あー。クロは屋台から離れないと思うよー」
「ほう?それはまた大した根性だ。それくらいでないと商売はできねえ。
晩飯はうちで食うんだろ?」
夕飯には少し早いんだけど、混む前に食べろと言われて賄い料理を食べたよー。まあまあかなー。
「で、あの屋台は何を売るんだ?」
「えーっと……」
「この投げナイフ、キレーでしょー?髪飾りとかー?」
アリスがナイフを見せて言う。
「ほう。広場の空きはもう無いからうちの前で売るか?平台を貸してやるぞ?」
「売り子がいないよー。クロはしゃべれないし、あたいたちは明日から競技に参加だものー」
ニックがテーブルに寄って来て
「アリスとシロルはナイフ投げだから、3日目からでもいいんじゃないか?」
「売り物ってどのくらいあるんだ?」
「お肉も売れますか?300キル近くありますので少し処分したいのですが。お魚もこちらでお世話になるなら、必要ないですから」
「300だって?どれだけ売るんだ?魚って?」
「見せた方が早いですね。屋台へ行きましょう。お肉はそうですね、250キル出したいですね。鹿、ウサギ、熊、猿、カエル、コウモリにナメクジです。生肉はいくらもございません。干し肉を冷蔵してございます。お魚は30匹ほど、こちらは冷凍です」
屋台の後ろを開くと引き出しにザラザラとした氷を纏った魚がゴロゴロと入っていた。
「これはあたくしが解凍すればほとんど元の生魚に戻せます」
2匹ほど持ち上げてみせた。ニックが触って冷たさと硬さに驚いているけど、シロルは気にした風もなく魚を取り上げ引き出しをしまった。
「あまり長くは出せません。味が落ちてしまいます。お肉はこちらです」
そう言って上の同じような引き出しを開けた。中には色分けされた袋がぎっしり詰めてある。
「こちらは鹿肉とカエル肉です。茶色は鹿ですね」
そう言って青い紐の袋をひとつ開けた。茶色の四角い板状のお肉の端を、ナイフで薄く削いでニックに見せる。
ニックが受け取り匂いと色を見て口へ放り込んだ。その間にシロルはその袋はしまって黄色い紐の袋を開けている。
「美味いな。ほんとに干し肉か、これ?」
「そうでしょう、軽く炙って出しても美味しいですよ。煮込みもいいですし。できないのは焼肉くらいです。こちらはカエルです」
「カエル……食えるのか?」
「あら、美味しいですよ?」
「むう。匂いはないな。むぐ……あれ、美味い。ちゃんと肉だ」
「他のも食べてみますか?コウモリとナメクジなんてなかなか食べられませんよ?」
「それもこんなに美味いのか?」
「ええ、あたくしが保証します」
「よーし、全部3枚ずつ薄切りにしてくれ。親父に食わせて売り方を考えてもらう。うちで買えるのは100キルがいいとこだからな。あれっ、あんな柔らかくて日持ちは大丈夫なのか?100キルなら3日で捌けると思うけど」
「ではこれ全部だと8日ですの?冷蔵でしたら1月は大丈夫ですのに」
「レイゾウってこの冷たいののことか?冷たいとそんなに保つんだ」
「窒素封入もしておりますからただ冷たいだけではございませんが、その通りですわ」
ニックが下を向いて考え込んでしまった。その間にシロルが干し肉を削いで、あたいに持たせたお皿に並べていった。
「ニックー、できたよー。さっきの食堂でいーの?」
「あ、ああ……」
ぶつぶつ言いながら離れるニックとあたいたちの後ろでクロが待機に入った。ここはあんまり日当たりが良くないねー。
「おやじ、母ちゃん。ちょっといいか?」
「あら、ニック。どうしたの?」
「ミットたちが干し肉を売りたいって。味見してくれよ。250キル売るってよ」
「まあ、そんなに?うちだとそんなに使いきれないわね。どれどれ。7つに分けてあるけどみんな違うお肉なの?」
「オレ、二つ味をみたけどいい肉だよ。食べてみなよ」
「ほう。塩はそれほど使ってないな。3、4日ってところか」
「そうね。あら冷たいのね、匂いはほとんどないわ。ふうん?鹿かな?
あら、美味しい。鹿の干し肉ね、こんな美味しいのがあるの?」
「むう。俺もこんな鹿は初めてだな」




