3 お祭り・・・ミット
これまで:西の内海から跳ばされたアリス一行。馬車を不整地仕様に組み直し湖から川沿いに下って進んで行く。橋を作って対岸に渡ったったのだが。
丘を越えた時だった。レントが何か叫んでいる。フセーチを止めて前を見ると、林の木の上を東へ靡く煙がみえた。
林はそう広くなくてすぐに抜けることができた。そこには見下ろすように街が広がっていた。右手には黄色レンガの高い煙突が5本、黒い煙を右へ吐き出している。その足元に青い大きな屋根が広がって、その向こうは緑地だ。畑かも知れない。
正面から左は住宅地らしく一様に白い壁、青い屋根の家がびっしりと並んでいる。左手の山脈へ道が一本伸びているようだ。その辺りが中心街らしく背の高い建物が見えている。
このまま入って行くのはいかにもまずいよねー。作戦会議かなー?
「まずは偵察だねー。変なやつ御一行ってのもアリかもだけど、レントもでっかいから目立つよねー。クロミケが魔物の馬で通るか分かんないしー」
「うむ、仕方あるまい。この箱はいかがする?」
「このままここに置いて行くよ。2、3日戻らないかもだけど大丈夫?」
「レゾコに肉がたっぷりあるからな。問題ない」
「「「野菜も食べなー」」」
「じゃあ3人娘で行ってくるねー」
「ああ」
このままここを降りちゃおーか。木にロープを回し斜面を下ろす。シロルが先、次はアリス、あたいが最後でロープを回収した。可愛いリュックを背負って武装もしてる3人娘。どーなるかなー?
下りた先は人気のない路地だった。住宅地の外れだね。このまま行けばちょっと遠いけど中心街の通りに出られるはず。
通路を5本横切ると、ちらほら人通りが出て来た。お店屋さんみたいのはないね。荷物の配達みたいな手押し車の男の人、網カゴを肘に掛けた地味な色のスカートの女の人、子供の3人連れ。
少し広い道路を横切ったら、様子が変わった。食堂、酒場、古着屋、生地問屋、荷馬車が10台以上も止まった広場。
まずは食堂ー。美味しいものがあると……おっと、本音が漏れる。
「良い話が聞けるといーねー?」
お昼にはちょっと早い時間だけど。
「こんにちはー。やってますー?」
「いらっしゃい。やってるよ。と言ってもパンとスープ、ごった煮くらいだ。昼の仕込みの最中でな」
店の奥から白っぽいエプロンのおじさんが出て来た。
「2人前ちょうだいー」
「はいよ。嬢ちゃんたちはどこから来たんだい?良い背負い鞄だな」
「パルザノンだよー」
「聞いたことないな。遠いのか?」
「ずっと南だよー。うんと遠いー」
「へえ、南から来た?からかっちゃいけないよ。女の子3人で超えられる土地じゃない」
「ずいぶん西を通って来たからねー。500ケラルくらいー?」
「うーん、600に近いかも」
「西にも行ったやつはいないよ。深い谷でみんな引き返してくるんだ。面白い話だった。ゆっくりしてってくれ」
「むー、この街はなんて言うの?」
「ああん?ヤルクツールだよ」
「ふーん。
人はどのくらい住んでるの?」
「あー、14000だったかな。今の時期だけは2万を超えているはずだ」
「今だけ?」
「ああ、祭りがあってな。近在の町村から人が押しかける。俺も昼の仕込みが忙しいってわけだ。ほら、2人前。320シルだ」
ごった煮って、ほんとに何が入ってるんだか分かんないくらい煮込んであるね。
あ、このパン!
「シロルー、パンが美味しいー」
「あら、これはパン焼の窯を作っていただかないと」
「うん、落ち着いたら作ろう」
「ねー、祭りのこと教えてー」
「おう、ちょっと待ってろ。
ニーック、ちょっと来い。案内につけてやる」
おじさんが右を向いて大声で呼び掛けた。
「えー?案内ー?」
「ああ、嘘かほんとかわからんが面白い話だった。俺はサモックってんだ。あいつは夕方までに戻してくれればいい」
トントンと足音が聞こえ、青黒い髪の男の子が柱の影から顔を出して店内を見回した。
「なんだよ、おやじ」
「おまえ、この嬢ちゃんたちを案内してこい」
「えーっ、またかよ。4日連続じゃねーか。
祭りの時期はこれだから……」
そう言いながらニックは食堂へ入って来た。
赤い髪、緑がかった目。日焼けした肌。ベージュの半袖シャツに濃い青の胸当てズボン、濃茶の靴を履いている。
「挨拶しねえか!」
あたいたちを見て急にドギマギしちゃってー。
かっわいー。
「お、おれ、ニック。15で……」
「ふーん、あたいはミット。こっちがアリス、そっちはシロルだよー。18だっけ?」
「あー、そんなものだね」
アリスが濁したー?
あ、シロルは最初のお誕生日もまだだったー。
「祭りの案内でいいの?中央広場の?」
「はい、お願いします」
「うん、じゃあ行くよ」
真っ直ぐに中央広場を目指しニックが進む。人出が増えていて途中から掻き分けるように進んで行く。あたいはなんとかアリスの手を引いて付いて行くと広場に出た。真ん中が空いているのは周りにぎっしりと飲食の屋台が出ているから。さっき出て来たみたいな路地のとこは特に混んでいる。
中央には高さ1メルちょっとの杭が並んで3段のロープで囲まれた場所が3つある。10メルほどの1、2、3、12角?丸に近い形で囲ってるねー。中を小さな子供が走り回っている。
「ここが会場のひとつで闘技場だ。この中で武器なしの男の戦いをやるんだ」
「武器、使わないんだ?勝負はどうやって決めるの?」
「手や膝を付いたら負け、場外も負けだよ。殺し技は反則負け。あとは大体何をしてもいい」
「ふーん。あたいたちの知り合いにでっかいのがいるんだけど出られるかなー?」
「でかいのは反則にならないよ。むしろ強いからみんな喜ぶよ。でかいってどのくらい?」
「身長286セロって言ってたねー。力もすっごいよー」
「そう。クロが腕相撲で負けたくらいだから」
「286……。
そりゃすごいな。身長は260くらいの奴が一番だったはずだから新記録だ。出られるんなら今日中に申し込まないと」
「連れて来ても良いけど騒ぎになったりしない?」
「あー。それはなるだろうな。歩いてるだけでも倍近くでかいんだから。たまにでかい奴同士がかち合うと揉めてるよ」
「その程度なら良いかな。レントって言うんだけど、騒ぎになるといけないから、西の外れで待ってるんだ」
「え、西?あっちは街道なんかないぞ?」
「うん。街道は使ってないよ。ずっと河原や荒れ地を通って来た」
「ほんとかよ?お前がそう言うんならそうなんだろうけど。
綱渡りやナイフ投げもあるんだ。ナイフは北の通り沿いに会場がある。アッチだ」
そのままニックに付いて東へ広場を抜けると南北の大通りがあった。途中からあたい達を見てあんぐり口を開ける男の子たち。きっとシロルの落ち着いた魅力に参ったんだねー。
右へ曲がり200メル行った右側、20メル角ほどの空き地。奥にコの字の壁が建っている。正面の壁に的が8個、間隔を取って置いてある。4人ずつの2組が右端と中央でナイフを投げている。
距離は15メルかー。
「ナイフ投げはアリスとシロルが得意だよー。やってみてもいーい?」
「どうかな、あ、あそこの人がここの責任者だから聞いてくるよ」
ニックが右の4人のところへ駆けて行き何か話しかけた。二言三言話をして戻って来る。
「30メニなら、左端でやって良いって」
アリスがシロルに武器屋で見た投げナイフを作って見せている。針じゃまずいよねー。
「この線を踏んだり超えて投げると反則になるよ。的はあれ。真ん中が10点。9本の輪は外へ行くほど点が減って行って外れは0点、5本投げた合計点で勝敗を決めるんだ」
「ふーん。やってみようか。あたしが先ね」
そう言って左手の鉄から投げナイフを2本引き出した。1本を握り込み、もう一本を構える。
ヒュヒュッ、タターン。
「この距離だとやっぱり2本だね。3連も行けそうな気はするけど」
アリスが言うと、シロルが
「そうですね。でも的に刺さればいいだけでしょう?」
「あんまり力のない投擲はやり直しになることもあるけど、山なりに飛んでなければ大丈夫だよ」
ニックがその疑問に答える。
「そーお?じゃあやってみるかな?」
アリスー、3本抜いたよー。
「ねー。目立つからよしたほうが良くないー?」
あたいが顎を振る先には真ん中の4人がこちらをじっと見ていた。ぜったいさっきの「タターン」だよねー?気になるよねー?
「あー。仕方ないか」
ヒュターン。
ヒュターン。
ヒュターン。
いや、テンポ早いってー。
全部真ん中の丸に入って……あれ?
「一本外したねー?」
「うん。最後の失敗した。線齧っちゃった」
ザワザワッと会場に居た8人とニックが的へ走り寄って行く。
「アリスー。これー、なんかやっちゃったー?」
「ううっ。そーかも」
ニックが戻って来る。
「すっげー。アリス、満点だよ。大会だって滅多に無いよ?」
「あら、滅多にない?あたくしたちは出ないほうがいいのでは?目立ってしまいます」
「あー、多分手遅れー」
見に行った8人がアリスの投げナイフを5本持って、真っすぐこっちに来るよー。
「先程の試技、拝見致しました。全て中央の的を捉えておりお見事でございます。お名前を伺ってよろしいでしょうか?」
「アリスですけど」
「アリスさま。まだ申し込みされておりませんね。ぜひご出場をお願いします」
「いや、あたしたちはさっきここに着いたばかりで、いつやるお祭りかも知らないんだけど」
「予選が明日から、本戦が明後日になります。こちらに用紙がございますので、是非!」
「このナイフもかなりの業物ですね。どちらで作らせたのでしょうか?私も一揃い欲しいので是非紹介していただけませんか?」
「「「私にも是非お願いします」」」
あーあ。やっちまったー。
請われてアリスとシロルが出場申し込みを書いた。
その間にナイフは予備が100本あるからと言ってあたいが注文を取っておいた。50本10万シル、明日ニックの店って事で。
アリスに睨まれたけどー。
シロルも投げたけど、最初の一本を外したのは絶対ワザとだー。間もたっぷり取ってたしー。
「いやー、まいったねー。アリスー。連投やり過ぎだからー」
「ぷう。悪かったけど、何勝手に注文とってるかなー?」
「あれ無視してると、まだ今頃も纏わり付かれて大変だよー?大体なんでこんなキレーなナイフ出すかなー」
刃は普通に銀色だけど、硬さ切れ味が違うし、あたいが見ても握りの赤はやり過ぎだー。ホンソワ仕様の透明感のあるいい色ー。さすがに模様まで入れてないけどー。
「シロルもすっげーな。二人とも優勝候補だな。次は綱渡り行くぞ。
あれ。どーした、お前ら。こっちだぞー」
2人でトボトボ小声で反省会をしていると、先を行くニックが振り向いて呼んだ。
ここはあれだねー。煙突の向こうに見えた緑地だー。
街道の左の緑地に4本の太いロープが張ってある。5セロ80メルのロープ 4本は1メル半の高さに、街道を挟んで右側に高さ5メルに1本。よく見るとその3メル上に細いロープ がもう一本張ってあって、両側の柱に踊り場と梯子。左の1本に4メル近い棒を持って1人が渡っている。
踏んでいるところが50セロ近く下がっているけど、割とスイスイ歩いてるねー。ふうん?
「ミットが狙ってるよ。ニック、聞いてきて」
「ああ、待ってな」
ニックが駆けて行ってすぐに手招きした。
「ここでやってみな、嬢ちゃん。この棒をもってな。高さもないし下は草地だから落ちても大丈夫だよ」
青い帽子のおっちゃんが3メルもある棒を渡してくれた。
ふと見ると、さっき渡っていた人が落ちている。
最後の5メルは綱に角度が付くよねー。最初と最後は角度が、中間は左右の揺れと距離が問題みたいだねー。
踊り場に踏み台を使って乗り、棒を水平に構える。綱の上に足を乗せるとグッと綱が沈んだ。足裏は傾いたりしないねー、最初の一歩が段差になるだけかー。
次の右足を進めると左の後ろ側がグッと持ち上がり足が傾く。あー、これはちょっと気持ち悪いかもー。
5歩程進むと綱の傾きはほとんど無くなった代わりに小さな揺れが出て来た。進むに連れ揺れが大きくなるけど、棒が安定しているので拍子が取りやすい。
ふーん?隣を並んで歩くアリスにヒョイっと棒を投げた。なくても行けそー。両手を広げスイスイ歩けるよー。おっと。グラっときたねー。チョーシに乗ってはいけないねー。膝のクッションをちょっと深めに背筋を伸ばす感じかなー?
中間はおしまいー、登りだねー。踏み出した足を綱に乗せ体重をかけて行くと、綱がグッと下がる。靴裏が斜めになって踏み込みにくいねー、それが一歩一歩強くなって行く。左右の揺れの拍子も早くなって小刻みに揺れる感じー。それを全部膝から下で受け止めるー、ふう。渡り切ったよー。
「もう一回いいかなー?」
あたいが叫ぶとおっちゃん、目を丸くしてるねー。行ってみよー。
途中ちょっとグラッとしたけど、うん、なんとかなるもんだねー。
「あんたすごいな、初めてなんだろう?棒を放った時はびっくりしたぞ。どうだ?出てみないか?」
「これはどうやって勝敗が決まるのー」
「時間だよ。この水時計で流れた量を比べるんだ。少ないほうが勝ちだ」
「それって元の水の量で変わらないんですか?」
アリスが突っ込みを入れたねー。でも何のことかなー?
あたいが申し込み票を記入してる間に話が進む。
「そこは同じものが3台あってな。いっぱいに入ってるやつと、ちょびっとのやつから出る量を比べて確かめた。ピッタリ同じだったよ」
「あー、このハンドルで容器の高さを変えるのか。ふうん」
「なっ?あんた、職人が最後に付けた部品が分かるのか?」
「ピッタリって、いい職人が居るんだね」
「まあな。ヤルクツールの職人は1流揃いさ」




