1 転送・・・マノさん
魔物の出る洞窟を堪能したアリスとミットだったが、左回りルートを見に行ってレントガソール共々、1000ケラルの彼方へ飛ばされてしまった。周囲は何もない山の中。一体どうしたものかと途方に暮れるかと思いきや……
登場人物
アリス 主人公 17歳 薄い茶の髪、白い肌、青い目、身長158セロの女の子。
マノさん ナノマシンコントロールユニット3型
ミット 16歳 孤児 濃茶色の髪、やや褐色の肌、黒い目、木登りが得意、身長168セロの女の子。
ガルツ 工房出身 元猟師 その後兵士を3年ほどやっていた。戦場で壊滅した部隊から逃れて来た。日焼けした肌、赤黒い髪、青い目、身長185セロの大男。青ずくめの防具、楯と長剣が基本のスタイル。現在ガルツ商会の会頭を務める。
シロル アリスの従僕 白猫ベースのネコミミメイド ロボト
クロミケ アリスの従僕 クロとミケの2体 身長3メルのネコ耳ヤロー ロボト
サントス ハイエデンの金物屋の店主。商取引の仲介役。
エレーナ ガルツ商会本部の調理長 157セロ ぽっちゃり系 短髪にしてる
レントガソール パルザノン ヤンクレーズ伯爵家3男 身長3メルの大男
サモック ヤルクツールの食堂のおやじ
ニック サモックの息子 15歳
エスクリーノ ヤルクツールの街長 28歳
ちょっと太め。
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第9章 ヤルクツール
1 転送・・・マノさん
洞窟の上の森にはそれ以上変わったものは出ず頭数も少ないので、レントガソールさまが話を聞いたことがないと言う左側を見に戻ります。
あのお話は戻って来た者が居ないと取る方が自然に思われるのです。
なお、ご案内は「マノさん」と呼ばれるわたくしが担当しております。
馬車の後ろをパンセラに付いて来て岩陰を一つ回ると、いきなり暗くなりました。次の瞬間、元の朝方の光が戻りましたが、先ほどまで右に見えていた海がありません。位置の確認をおこないますが、衛星が通信範囲にありません。場所を大きく移動したようです。
「パンセラー、パンセラー。
居なくなっちゃったー?」
5メルと離れていなかったはずですが、パンセラの姿はありません。
左手に小川が見えるほかは全くの山中です。どちらを見ても木が立ち並び目標物と言えるものはありません。陽光は左手に見えます。あれが午前の日差しであるならあちらが東ですが、少し低い位置にあります。西へ移動した可能性があります。
小川は前方に流れています。出て来た場所を調べましたが、森の窪地と言う以外何もありません。地中の探査も低周波で行いましたが、2メルほど下に岩盤があるくらいで、特に変わった様子もありません。
当面困るのは馬車の移動手段です。森の下生えが茂る草地で車輪が機能しないのです。馬車の偽装は必要ないので不整地車両をアリスさまに提案しました。駆動輪の外側に幅広のベルトを巻き、沈み込みを大きく軽減できる上多少の段差で止まるようなことはありません。
駆動力はクロミケの一体を専用に改造する必要があります。
「そんなにいっぺんに言ったってわかんないよ。フセーチって何よー?」
アリスさまのご機嫌が悪くなってしまいました。順を追ってお話します。
まず遠く離れた場所に飛んだと言う点についてご納得いただきました。次にこの場所に特別と思われるようなものないとお知らせします。移動手段である馬車が走れないことは既にお気付きでした。
履帯による駆動については興味津々のご様子です。
さて、次の問題は車両のサイズです。あまり幅が狭いと横転しやすくなりますが、広いと木の間を進めません。また長いと方向転換が難しく木々を縫って走るようなことはできなくなります。
皆さまでご相談の結果中央部で折れ曲がる2台連結になりました。車幅1メル半、長さは前後ともに6メル。
前の車両は先頭にレントガソールさまの座席で2メル、その後ろに高さ2メル半の箱が付き中でお休みになれます。その箱の前方にはミケの腕が付いていて横転防止や多少の攻撃ができます。
後ろは女性陣の居住スペースと食料、資材庫で、連結部にトイレが付いています。クロは最後尾に乗れますが、補助動力扱いになるでしょう。
などなど改造しているうちにお日様は中天に登り、作業中に衛星が通信範囲を通ったこともあり、やはり北へ1000ケラルほど移動したらしいことが判明しました。
「さーて。どうしようかー?ざっと1000ケラルって、こんな山の中じゃどうしたものやら。幸い寝床も食料もあるから慌てる事はないねー」
「ここはまず周囲の確認かな?チズがないとどっちへ行ったらいいか分からないよ?」
「連絡はできるのー?」
「エーセイがいいとこを通ればできるみたいよ」
「それでも近づく方向へ移動して見るのが良いのではないか?」
「川は北東へ流れてるけど、川沿いは水の心配がないだけで、あまりいい事はないよ」
「じゃあ海まで行ってみるー?」
なんとなく川に沿って北東向きに移動することになったようです。小川で水を積めるだけ積み、クロが先行して歩くことになりました。大きな段差や隘路が無いことを確かめた上で車両を進めます。3メルのクロは身も軽くハイペースで進むので悪くない選択でした。
不整地車両の乗り心地はお世辞にも良いものではありません。それでも1ハワーで8ケラルほど進んでいます。小さな山越えがひとつありましたが、1日目は順調に30ケラル進みました。
・ ・ ・
飛ばされて3日目、地形図がないため進む方向を決めるのに苦労しています。
今はミットさまとクロが右手の少し高い山へ登り、頂上から進行方向を観測中です。クロの目の映像はわたくしにほぼ同時に届きますので、付近の穴だらけの地図が少しずつ埋まって行きます。
今のところ急峻な地形は無いので大きな問題はありません。崖や峡谷くらいは時間を掛ければ進めますが、山脈、湖、海となると迂回せざるを得ないでしょう。
まず山から北側の映像ですね。正面に大きな山脈が見えています。中腹から雲がかかっていて赤外域でも詳しい判別が出来ませんがこれは無理ですね。衛星からの地形データがそろそろ届く頃ではありますが、この山脈を抜けるルートはおそらく期待できないでしょう。
10ケラルほど先の山陰から水面が覗いています。湖でしょうか?この角度で見えると言うことはかなり広い水面です。北へ進むのも厳しいですね。この山は多少低くなって北東へ続いています。
クロは北東を見るため移動を始めました。
・ ・ ・
こちらからは山脈は見えません。遠すぎて見えないのか、途切れているのかの判別は付きません。すぐ下に川が北東へ流れています。谷は広く深そうです。橋にせよ、斜路にせよ渡るには数日かかります。その前に山越えが一つ、谷を越えても山々は平行に長く伸びて並んでいるように見えるので、超えていくのは時間がかかりそうです。
西側を見るには左手の山へ登る必要があります。ただ見晴らしの良さそうな山は左手にありませんでした。
今の山に登る時に見てもらいましたが、低いとは言え山影ばかりで遠くに白い山が見える程度、どうしたものでしょうか。
得られた画像をもとに空白だらけの地形図を作成してアリスさまに見てもらいましょう。
「やっぱりほとんど分かんないか。この水溜まりまで行ってお風呂だね。それから考えようよ」
『アリスー、聞こえる?少し先にクマが居るよ』
クロに見えている映像が入りました。2ケラル先に体長2メル超えの灰色のクマですね。右手の斜面に出入りを繰り返しています。
「ミットー、クロの絵が届いたよ。おっきめだね。まだ2ケラルあるって。レントと見に行ってくるよ」
『えー、あたいが行くまで待ってなよー。あぶないかもだよー?』
「それ絶対ミットが戦りたいだけでしょ?分かったよ、待ってる。切るよ」
準備といっても特になく、30メニ待ってそのまま車両を進めます。クロの肩に乗ったミットさまがすぐに追いついて来ました。
そのまま横をクロに歩かせ80メル、弓を構えたまま自分も歩きます。
右手の藪にクマの体温が赤く見えていますが、動きはありません。
何事もなく通り過ぎようとした時、動きがあり緊張が走ります。が、クマは背を向け斜面を登り始めました。
「えー。熊の干し肉の薄切りっておやつにいいのにー。残念だー」
しばらくぶりの獲物だと楽しみにしていたのですね。
「はいはい」
レントガソールさまが何か言いたげですが、口は開きませんでした。
しばらく進んで休憩です。
クロがテーブルセットを置きシロルがお茶を淹れます。わたくしが先程まとめた白いところがほとんどの地形図を端末に出し、アリスさまが説明を始めます。
「ここからは山陰で見えないけど山脈があって、それをどう越えるかなんだけどね。左右には山は縦に長くなっていて、右にはさらに山の連なりが見えているから超えて右へ迂回は大変そう。この先には湖らしいものがあるからその湖まで行ってみるよ」
「いーんじゃないのー?お風呂入れそーだしー」
「俺も構わんぞ」
湖はもう直見えてくるでしょう。時間が早いのですが、どうするつもりでしょうか。
行ってみると両側を山に挟まれ幅は無いけれど奥行きのある水溜りです。山脈から流れ込んで右手の川へ流れ出ているように見えます。
ここはそう簡単には抜けられそうもありません。
「右の切れ目は川かな?あそこまで行ってみたいね。ミットー、クロ。偵察頼むよ」
湖の縁は山の斜面の勾配が急で木が結構生えています。このままでは車両は通れません。
「水面から1メルから2メルくらいかな?レントさん、この範囲の木をずーっと切って行ってもらえる?3メル幅の道を作るよ」
「道を作るか、この剣があればお安い御用であるが。切った木はどうする?」
「道に掛かるように置いてあれば木質にしちゃうけど、どうしても欲しいわけじゃないからね。湖に落ちたら別にそのままでもいいよ」
レントガソールさまが10メルほど先行するのを待って、道の造成を開始します。右側の山の斜面を切り取り壁として強化し、その分の土や石、岩を圧縮して湖側の路面の材料に使います。今車両の止まっている地盤との高さ調整で斜路を作ったのが10メル。12メニほど掛かりました。木質が右側に細い円筒となって転がっています。
「シロルー。箒をお願いね」
「お任せください、アリスさま」
箒と言うのはナノマシンの回収装備でございます。前方へ撒いたマシンが材料の構成を想定された形状、強度に変換した後、自力での移動に非常に時間がかかるので、集めてあげるのです。同じ理由で変換作業も重力に従い、上から下へ進行させるのが効率が良いのです。
それほど太い木も無いので、軽く薙ぎ払いながらレントガソールさまが進んで行きます。あの剣と腕であれば、30セロくらいまでの木は一刀で倒せるでしょう。
アリスさまがつぎの区間を100メルに設定しました。マシンが飛んで行き変換が始まります。予定時間は15メニ。
ごく簡易な作業でございますのに、このペースですと1日10ハワー作業しても4ケラルしか進めません。ナノマシンの増産が必要でしょうか?手持ちの材料で3倍まで増やせます。ロスがどうしても出ますので、作業速度は3倍にはなりませんが2倍以上の作業が可能になります。電力に余裕があるので取り掛かります。
・ ・ ・
湖畔には2泊いたしました。あれからもう5日も川沿いを進行しています。東北東へ50ケラルというところでしょうか。その間にミットさまがイタチを3匹、鹿を1頭、弓で仕留めています。
後ろから道を走ってくる動物を時々シロルが狩ったり、レントガソールさまが20セロの川魚を14匹釣り上げたりと、のんびりとした旅になっております。
ところがこの先に落差10メル近い滝がございまして、少々ペースが落ちております。勾配と道路の位置決めもそうですが、土の変換量が多くなるので作業時間が大変に伸びてしまうのです。
ともかくも、1日がかりで滝は越えました。
ここでやっと周辺の地形図が揃いました。パルザノンから北へおおよそ1000ケラルということでハゲ山が近いのではという予想もありましたが、全く重なるところのない地形図です。
また、この目の前の山脈を越えられる場所は見当たりません。が、一箇所20ケラル超のトンネルを2つ掘れば行けるかも知れないルートがございます。想定される期間は6ヵ月。
或いはこの地形図を外れた200ケラル先に渡れる場所があるかもしれません。それは20日以上この川に沿って下ることを意味します。
アリスさまの選択は川に沿って東へ下る事でした。




