5 ミドリグモ・・・マノさん
これまで:西の内海を取り巻く山脈を越えレントガソールの知る狩場の洞窟にたどり着いたアリス達は魔石を持つコウモリやカエルを狩った。
お久しぶりでございます。わたくしはアリスさまに「マノさん」と呼ばれております。
今日は洞窟で魔物狩りでございます。
「よーし。午後の部、行ってみよう」
暗所で活動したクロの充電を含め、午前中バッテリを一本使ってしまわれたので、手持ちは3本。残量のなくなったバッテリは馬車で充電中でございます。これで残り3本、全て使い切っても夜間の電力に不足はないでしょう。
同じ隊形で洞窟へ入って行きます。どこに隠れていたのかコウモリが6匹、カエルが3匹。奥へ行くとナメクジが3匹。その先でやや右と左に道が分かれています。
ミットさまは耳を澄まし、右寄りを指しました。
「こっちで良さそー」
天井も高く広さもあるようです。少し行くと1メルほどの段差で高くなっていました。クロは手押し車を軽々と上へ運び付いて来ます。
洞窟が少し先で急に広くなっているようで光の届かない闇が広がります。赤外域には50セロ程の赤い塊が見えています。
ミットさまが警戒を強めました。アリスさまの網膜へ先程の画像を投影すると
「なんか動物が見える。体温は低い感じ?高さ半メル」
小声で皆さまに警告しました。
ミットさまが灯りを放りました。
カラカラと乾いた音を立て転がって行くと斑の毛皮が浮かび上がりました。
アリスさまとミットさまがじっと観察されるなか、ハッとした様子でレントガソールさまが剣を抜きます。ですがすぐにミットさまの手が上がり止められました。
「ねえ!寝てるのー?聞こえてるのは分かってるよー?」
斑の毛皮がいかにも面倒そうに首を回します。澄んだ緑に光る双眸がこちらを向き視線を彷徨わせ、興味を無くしたように元の丸まった姿勢に戻ってしまいました。
呆気に取られた沈黙のあと、ミットさまが続けました。
「ねえ!肉があるんだけど食べるかいー?
カエルとコウモリー?」
今度は少し動きが早いですね。じっとこちらを見て鼻をひくつかせているように見えます。こちらの意図がわかるのでしょうか?
アリスさまが手押し車からマダラコウモリを引き出し丸まった毛皮の前に放りますが、反応がありません。
「具合が悪いのかな?体温が低いし」
そう言ってツカツカと近寄り前に回ってしゃがみました。
「あんた、具合が悪いの?お腹空いてるんでしょ?」
ミットさまがコウモリの足を切り取り簡単に皮を剥いで渡すと、アリスさまが鼻先へ肉を置きました。
匂いは嗅いでいますが食べようとしません。
「ちょっと触るよー。あー、鼻が乾いてる。わっ、あんた痩せてるね。クロ。馬車に連れて行くからこの子抱えて。
レント、ごめん。手押し車をお願い」
「なっ?ぬぬ、分かった」
クロが抱え起こすと特に抵抗もせず大人しく抱き上げられましたが、体長2メルと5セロの痩せたネコ、豹に似ています。耳の先が2セロほど赤く尻尾は縞模様になっていて、わたくしの持つ豹の画像とは手足も細長いなどの違いがございました。
帰りもコウモリの襲撃があり3匹獲物が増えました。本当にどこに隠れていたのでしょうか?
先程捌いた肉は氷箱に入れてあり冷たすぎるので、シロルがコウモリ肉を薄く切ったあと煮込んで柔らかくします。その間に、ハッポーのベッドに横たえた豹にアリスさまが手を当て調べます。わたくしの診断は敗血症と栄養不足、脱水です。右脇腹に毛の薄い場所があり傷になっていました。周囲も腫れている様子なので麻酔代わりに電撃を飛ばし治癒マシンを擦り込みますが、勝手が違います。
失神もせず痛がる様子がないのもおかしいのですが、どうやら体細胞が違います。これでは治癒力を高める手法は使えないですね。
直接的な手段に移行します。腐敗の始まっている患部全体を膜で覆い皮膚に穴を開け、液化した内容物を絞り出します。激痛が襲ったようですが、麻酔効果が見込めないので仕方ありません。
「痛くしちゃってごめんね。悪くなってる部分を出さないと治らないから。水は飲めそうかな?」
鼻先に水のボウルをを寄せると、長い舌を出して浸すように口から出し入れして水を飲み始めました。
シロルが肉の煮汁を冷まして持ってきたので、そちらも試すと同じように飲んでいきます。ボウルに半分ほど飲んで満足したのか眠ってしまいました。
続いて僅かな獲物をアリスさまが加工していると付近を見て歩いて来たミットさまとレントガソールさまが戻って来ました。
「洞窟で見た川が近くにあったよー。お風呂沸かそうかー?」
「薪にする枝も採って来たぞ」
「レントが入るなら木が足りないよ?テーブルと椅子を潰しても、あたしたち2人分くらいの湯船しか作れない」
「あー、そっかー。レント、おっきいもんねー」
「俺は湯で拭えるなら十分だぞ?川で警戒しながら拭うのに比べれば天国だ」
ガルツさまと出逢われた森で過ごした10日ほどはそうでしたね。湯をそれだけの量、沸かすことができませんでした。
「土で作るのはどーお?」
「あったまるまでお湯が冷えるのが早いと思うなー。ハッポーを中に貼って断熱する?」
よろしいのではございませんか?レントガソールさまの背もたれだけ指定して石を立てれば、楕円形でよろしいかと。石を焼いて湯船に放り込みましょう。
「あー。できるって。ポンプー作るから水汲んで。管を伸ばしてる間に湯船作るから。その後に石でお湯をあっためるよ」
手回しポンプは何度も作っていますので時間は掛かりません。送水管も皮塊にマシンを配置してしまえば放っておいても大丈夫でございます。むしろ下地となる浴槽が毎回条件、材料等が異なるので求められる性能を達成できるか、確認作業に手間を取られます。
発泡材を立ち上げ目隠しにとの追加が発生しました。本日は風が弱いので、ほとんど補強が必要ないのがありがたいことでございました。
夕食後はアリスさま、ミットさま、シロルが先に入浴、その後レントガソールさまが入浴することになりました。保護した豹が目を覚ましたことに片付けをしていたシロルが気付き、肉汁を飲ませます。アリスさまとミットさまも馬車から出て
「この子に名前をつけよー。ネコだよねー?」
「豹に似てるってマノさんが言ってたよ。おっきな斑点柄のネコってとこが豹。でも尻尾は縞々じゃないし、耳の先っぽも赤くない。手足はもっと太くてもう少し短いらしいよ」
「ふーん?模様が粒々タマタマだから、タマ?」
「この子は女の子だよ。記録にパンセラってのがあるって」
「カッコいい名前だねー。いーかもー」
・ ・ ・
さて、周囲に結界も配置して皆さまはお休みでございます。わたくしが先日より気になっておりますのは、魔物の件でございます。体内に持つと言う魔石は先日魔石店で拝見したものを含め、未知のものでございました。
パルザノンで魔力と呼ばれるものは明らかにバッテリーであり、魔道具は電力によって作動するものでした。
魔石店で売られていた魔石が魔道具により繰り返して動作すると言う話でしたが、その点についての検証が出来ていません。けれど今回採取された魔石が解析すらできず動力、動作原理が不明のままになっています。体内に魔石持っている魔物でさえも十全に使いこなしているようには見えないのです。
確かに筋力増加、反応速度向上は見られますが、約半数が魔石持ちであるというのに今回の魔物では魔石を持つ個体と持たない個体の区別がつかないのです。魔石の効果が群れ全体に及ぶとでも言うのでしょうか?
今日追加された画像と測定数値の検討を、結論も推測も出せないまま繰り返すうちに夜が明けてしまいした。
・ ・ ・
パンセラは食欲を見せ、肉汁をたっぷり飲みました。患部も落ち着いたようで独自の治癒過程が始まっているようです。
引き続き洞窟の探検に行くことになり、多少とも馴染みのあるクロが留守番とパンセラの世話に残ることになりました。
6匹の獲物を手押し車に乗せ、パンセラのいた場所から奥へ進みます。広い空間は500メルほどで行き止まりになりました。
「ここで終わりなのー?風の流れはあるみたいだけどー?」
レントガソールさまが灯りを掲げて見回すと、右手の6メルほど上に大きな穴が見えました。
「上にはまだ穴が空いているかもしれないな」
そう言って左も照らしてみると7メル上に暗い場所が見えます。あの奥も通路になっているかも知れませんね。
アリスさまが右の穴へ続く階段を作ると言いますので、付近の岩伝いに1メル幅の踏み段を作ります。
1ハワーほどかかりましたが階段ができました。登ってみると縦横4メルほどの丸に近い通路が10メル、その先は右へ曲がっているようです。地面はゴツゴツとした岩肌が剥き出しで歩くのも大変な状態でした。
大きく右へ回り100メルほど先が明るく見えます。左に曲がって行くと上にポッカリと穴があり眩しい光が降り注いでいます。
皆さまが目が慣れるまで待ち慎重に進んでいくと、通路と変わらない太さの穴がほとんど真上に突き抜けていました。高さ12メルほどの岩壁で周囲に枝葉が見えていますが、雲の流れる青い空です。
暗い洞窟はまだ先へ続いています。
目を慣らしながら暗がりへ進んでいくと、緩い下り坂になっていてまっすぐに200メル以上も続いています。
ミットさまが手を上げます。
「この先になんかおっきいのが居るよー。ヤバイかもー?」
いつものことですが、そのセリフほどの緊張感はございません。
200メル進んだところで止まり、ごく細い糸が一本、15セロの高さで通路を横切っているのを指し、一つ首を振りました。跨いで先へ進むと10メルでまた1本。奥の気配を探っているようです。弓を引き出しました。
「アリスー。ミケに石を用意してー。
レントー。弓出してー」
アリスさまがミケのために、付近の岩を投げやすい大きさになるよう両手で掬い始めます。15セロくらいの塊を10個作りました。シロルも重さのある針を10本作ってアリスさまに3本渡しました。
ミットさまが糸を跨いで進んでいきます。矢を番えたレントガソールさまが続きます。ミットさまが足を止めました。周囲に電光が走りミットさま、アリスさま、レントガソールさまが倒れました。姿すら見えていないと言うのに、どこから電撃を流したのでしょうか。
幸いシロルとミケに異常はありませんが、戦力が半分以下になってしまいました。わたくしはアリスさまに緊急覚醒を試みます。
奥の方から見えて来たのは1メル半の丸い胴に足が8本も付いた、蜘蛛というには大き過ぎます。魔物とやらでしょうか。どうやら糸に電撃を載せたようですね。
ミケの投石が頭に一つ飛びました。
ガン!
なんと固い頭でしょう。シロルの針は頭の真ん中へ飛んでいきザクっと刺さりましたが浅い。すぐにポロッと抜け落ちます。ミケの石が右側の足の一本を捉え関節をへし折りました。
洞窟が狭いため、余り躱す余地がないのです。とはいえ蜘蛛はさらに接近してきます。シロルの針が再び頭へ撃ち込まれます。ミケの石も右の関節をまた一つ潰しました。
先程からアリスさまにかけていた緊急覚醒にやっと反応がありました。周囲の認識を開始したようです。アリスさまの右手に薄い岩の容器ができています。中には燃えるカエルの唾と同じものが溜まって行きます。
シロルの針がもう一本頭に突き立ち、そこへミケの石が襲いました。蜘蛛は体ごと捻って後退し、石の直撃を避けました。灯りの反射で身体が緑色にテラテラと光って見えます。
アリスさまが覚醒します。なんの前触れもなく、右手の岩の容器が洞窟の天井スレスレまで飛び蜘蛛に向かって行きます。ミケの投石が右の関節をもう一つ潰しました。逃れる動きを止められた蜘蛛の背に薄い岩の容器が当たり、弾けた途端に発火しました。
まず周囲に張り巡らせた糸が発光しパッと一瞬で燃え尽きました。蜘蛛の背も上に炎を載せ赤々と輝きます。炎は体を燃え下って行き、熱が滲み透ったのか足を縮め蜘蛛が転げ回ります。それを見てミケとシロルが意識のないミットさまを庇うため前へ出ます。アリスさまがその背に貼り付くように前に出て電撃を飛ばしました。
蜘蛛は痙攣を起こして不規則に転がります。こちらへ転がる蜘蛛にミケが体当たりを掛け、押し留めます。シロルが蜘蛛の頭を両手で挟み、止めの電撃を放ちました。ブワッとその頭から立ち上る煙を最期に、蜘蛛が動きを止めました。
アリスさまがミットさまとレントガソールさまに治療を行います。外傷はありませんので神経系へ作用するよう調整したジェルを飲ませて背中を摩っています。目を覚ましたミットさまをシロルに預け、ミケが抱き起したレントガソールさまの背をアリスさまが撫でています。
どうやらレントガソールさまもご無事な様子、なによりでございました。
ミケが腰の短剣を抜き腹を上に丸くなった蜘蛛の解体に挑みます。足を根元から外して行きます。
大きな一体を倒した油断がございました。奥から太めの糸が6本飛んで来たのです。
シロルがミットさまを、ミケがレントガソールさまをそれぞれ担ぎ、この場は退くしかありません。アリスさまもまだ体のコントロールの7割をわたくしが行っている状態、万全ではありません。
空への開口をお構いなしに超えたところで後ろからの気配が消えました。諦めたのでしょうか?
追手がいないのはいいことです。途中に現れるカエルやコウモリは排除し回収せずに戻ります。
馬車が見えた頃にはアリスさまの体調も8割ほど戻りましたが、相当な無理をさせてしまいました。お休みいただくほかありません。パンセラが心配そうに出迎えてくれました。
それぞれに身を落ち着けてシロルがお茶を淹れます。甘いものが回復に役立つと言うのはエネルギー補給の意味が大きいでしょう。
「おっきな蜘蛛だったねー。デンキーでしょ?あたいらがくらったの」
パンセラに抱き付いたままミットさまが言いますが、よくあの逆さの黒焦げ死体を見て蜘蛛と分かるものです。
レントガソールさまが首を振っています。
「緑色の艶のある短い毛で覆われた大きな蜘蛛でした。洞窟は狭いですから動きにくそうでした」
「まだ奥に居たみたいだからね。糸はよく燃えるみたいだから燃やせばいいとして、攻撃は効きそうなの?」
「あたくしの針は頭に少ししか刺さりませんでした。ミケの石も弾いています。足の関節に石を当てると壊れていました」
「あー、見たような気がする。あたしが飛ばした電撃は効いたみたいだけど、あそこまで近寄りたくないよね。燃やすと黒焦げでいいとこないし」
「レントー。槍を投げてみるー?クロミケと一緒に投げたらいーんじゃないかなー?」
「あー。トラルね。暫くぶりだね。午後から練習してみようか?」
ガルツさまが名前を縮めてしまいましたが、アストラルと呼ばれる槍投げ器でございます。単純な機構ですのに飛距離で5倍と言う凶悪な威力ですが、投げる槍の持ち回りが不便であることが災いしてか出番がありません。あの蜘蛛が相手でしたら遠慮も要らないでしょう。
午後、長さ2メルの重い槍でレントガソールさまが練習しておりましたが、然程経たないうちに的を捉えます。持ち歩きは10本がやっとでしょうか。
クロミケ用には投げナイフも作りました。重量が5キルもあるので、いくら固い甲殻と言えど突き抜けるでしょう。




