4 仕切り直し・・・アリス
これまで:魔物狩りに向かう途中で猿に襲われた馬車に遭遇する。3人の怪我人を抱えて戻ったパルザノンから、アリス達は再び西の海を目指す。
猿を狩った岩の前は静かだった。あれだけ狩れば居なくなるよね。右の川がだんだん離れていくので、岩山からも遠ざかる。その分岩が低くなって来ているので、あまり安全という感じではないけど、今のところは穏やかだ。
お昼休憩の後、左手に木が増えてだんだんと森に変わって来た。河原へ降りられる場所があったので、休憩を兼ねて水遊びに行く。カエルや水棲のワニの魔物がたまに出るらしい。どうかなー?
両側の平原からは10メル近くも下がった渓谷みたいな川だ。今は水が少ないようで河原が広く見通しはいい。大きな石がゴロゴロしていて歩きにくいけどミットは苦にしないね、すいすいと進んでいって水際に立った。
レントが顔を顰めたけど大丈夫だよと親指を立てて見せた。ミットが川面から目を離さずに一歩下がった。何かいるみたいだね。
突然水の中から人の頭ほどの石が飛び出した。なんかでたらめに飛ばしてる?それでも3個目はミットに当たりそうなところへ飛んだ。
「ずいぶん雑な攻撃だねー。相手が見えないんだけどー、向こうも見えてないのかなー?」
ふーん?
「レント。矢を一本貸して」
あたしは矢のしっぽにロープをつけて投げる態勢を取った。次の石が飛び出す瞬間を待って電撃を飛ばす。水を伝わって走るので音はしないんだね。
1メルを超える魚が浮き上がった。すぐに矢を投げそれはうまく刺さった。ゆっくりとロープを引いて岸に寄せるとレントが短剣で止めを刺し引き上げる。
「たぶん魔物だ。川は詳しくないが、石を投げていたからな」
そう言って頭を落とし血抜きを始めた。あたしが矢を回収するとミットが
「また来たよー」
途端に石が跳ね上がった。ちょっと遠いねー。
ミットが一歩下がる。あたしも息を殺して待つ。
来た。電撃を飛ばすとプカッと浮く魚に矢を投げる。
「いいねー。もう、狩り放題かなー?ほら次が来たよー」
うえっ。まだ止めも刺してないのにー。急いで引き寄せ短剣を突き刺す。レントが来て引き上げてくれたけど石が飛び始めている。
「わっ。これはダメだねー」
ミットがぼやいた瞬間、石があちこちに3つ飛んだ。
あたしは強めの電撃を放った。4匹がポッカリと浮き上がる。近くに浮いた魚に矢を打ったけど湯気が出てるよ。強すぎたかな?あとのはそのまま流れていった。
「これで終いにするよ」
レントが血抜きしてくれた魚は尾鰭の根元に短剣で穴を開けロープで吊れるようにした。矢を返し馬車へ戻るとレントがハラワタを抜いて魔石を取り出した。
「水が出ると思ったのだが、水にしては青が濃い。この色は初めて見るな。なんだろう?」
あたしも握ってみたけどよくわからなかった。
シロルが魚の解体を引き継いだ。少し考えて鱗だけ落としたあと中骨を外す。半身になった6枚に魚肉に塩をたっぷり擦り込んで袋詰めしたら氷の入った箱へ放り込んでいた。
シロルも見たいというので魔石を渡す。握ると目を瞑ってじっとしている。
「ダメですね。この魚が見えるだけです」
馬車は西へ走り出した。デンダ村まで1日半、マルリスまで2日ちょっと。普通の馬車ならこの日程だ。
今日は川沿いの広場で野営になった。
焼いただけの魚だけど美味しかったよ。
街道は西へまっすぐ延びている。右手にあった川は遥かに離れて行ったのでもう見えない。
木が少なく草丈の低いなだらかな地形で見通しはいいが、見る物もない。実に退屈な道行だ。今日はほとんどまっすぐな道を延々と走る1日だった。
・ ・ ・
正面に青白い山並みが遠くから見えていた。その裾にポツンと見えて来たのがデンダ村だろうか?
昼前に村へ入った。ここにはウドンの屋台で聞いたショーユがあるはず。シロルの目が真剣だ。
少し早いけど村の食堂に行く。
「おー、ウドンがあるね。お姉さん、パルザノンの屋台で食べたら美味しくってねー。
こっちに来たから寄ったんだよ。4つちょうだい」
「はい、すぐできますから待っててください」
「レントは冷めちゃうだろうから2つ頼んだけど、追加してもいいよ」
「ああ、食べてからにするよ」
出て来たウドンを早速いただく。
「パルザノンで食べたウドンより歯応えが強いね。これはこれでアリかも」
味見をしたシロルが早速聞き込みを始めた。
「ウドンは小麦粉で練っていると聞きました。どうやっているのか見せてもらっていいでしょうか?」
「ああ、構わないよ。こちらへどうぞ」
「お姉さん。ウドン4つ追加してくれ」
レントは食うねー。ツルツルっと入るからね。
「はい。お待ちください」
レントが追加を啜り込むのを見てたらあたしも食べたくなって来たよ。
「ねえ、ミットー。半分こで食べようか?」
「さんせー」
「お姉さん。もう一つ追加でー」
食べているとシロルが戻ってきた。
「ショーユも聞いて来ました。3軒隣だそうです」
腹をさすって食堂を出た。ぶらぶらと行くと3軒先、看板は出ていないがショーユの独特な匂いが強烈だ。
「こんにちはー。ここでショーユを作ってるんですか?」
「ああ、そうだよ」
「あたしたち、パルザノンから来たんですけど、少し買い付けしたいんでいいですか?」
「それはまた。わざわざご苦労様。今売れるのは樽2つだな。出先が決まっていてな」
「樽ってこのおっきな樽ー?ありがとー。一つもらうよー。いくらになるかなー?」
「4000シルだよ。悪いが今はちょっと値上がりしててね」
「分かりました。それでお願いします。作るの見ていってもいいですか?」
「見ると言っても今は作業がないよ。ざっとでよけりゃ教えるがね」
「はい、お願いします。4000シルです。馬車を持って来てもらうので後で積んでください。レント。馬車、お願い」
「分かった」
「さて、原料はこの大豆だ。これをが形が崩れるくらいまで煮てな、それに炒った小麦をすり潰してこの秘伝の粉を入れてかき混ぜる。そんで煮た大豆を冷ましたやつと一緒に樽に入れるんだ。
あとはなんやかや手が掛かるが、1年近くかけて最後に絞るとこうなるわけだ。どうだ。いい匂いじゃろう」
「おじさんは魔法使いなんだねー」
「あー、そうだぞー。他には一個も使えんがな、わっははは」
「ありがとう。馬車が来たみたい。積むのに何か注意とかあるの?」
「木の樽だから落としたりしなければ大丈夫。パルザノンまで送るのはあまりないが気をつけて行くこった」
「ありがとうー」
樽の周りに箱を作ってハッポーを詰め込んだ。床も少し下げたけど場所塞ぎだねー。
道がここで分かれていてマルリスは右、まっすぐ行くと山越えで西の海だそうだ。マルリスの特産は知らないし荷物が増えるのも困るのでまっすぐ行こう。
そのまま馬車に乗り込み村を出た。
道は少しずつ登っていく。小さな橋を渡って木の茂った山の間をさらに登る。川が右へ左へと曲がるたびに橋がかかっているけど揺れは少ない。両側の山は鬱蒼としているけど間が30メル近くあるので圧迫される感じはしない。
ミットがのんびりしているうちは大丈夫。シロルも温視にして見てるようだし。
道は右の山肌を削ってさらに登っていく。左の川はすぐに置き去りになって見えなくなった。山の形に沿って作った道なので、急な曲がりが何度も続く上にデコボコでひどく揺れる。
「ひどいことになって来たねー。道路班を呼びたいねー」
「しゃべると舌噛むよ」
そろそろ泊まる場所を考えないとね。
あまりいい場所もないようなので山肌を削って道を拡幅することにした。斜面の緩そうな場所をストンと切り落とし壁にする。地面は平均に1メルほど持ち上げて斜路で前後を擦り付けた。
シロルの料理はもうできていて、馬車を移動したらすぐに夕食が始まった。
山道は3日目も続いた。それでも頂上は超えたので今は下りだけど、よくこんな道作ったねー。どうせならもっと走り易くと思うのは、あたしだけだろうか。70ケラルを超えるトンネルとなるとうちの道路班でも3月で抜けるかどうか。行った先に目ぼしい物がなくても、ガルツさんならやるって言いそうだよ。
そんなことを考えていたら、西の山影が切れて海が隙間から覗いた。馬車を止めてじっくりと見るよ、しばらくぶりの海だもの。
内海だというけど、向こう岸は見えないね。煙っている感じがするからそのせいかもね。
見る限り空の雲がくっきり写っているので、波は穏やかなんだろう。
そのままうねうねと沢伝いに山を降りていく。前が展けると鏡のような海面が近い。1ケラルちょっと。左右を見回すと山裾からいくらも平らな場所がない。広いところでも3ケラル、道一本分というところもある。
レントに目で問う。
「2回来ているが右へ行ったよ。この先4ケラルの右側に洞窟がある。赤岩ガエルとマダラコウモリがそこに居る」
「カエルは唾が燃えるやつー?」
「ああ。コウモリは砂を吐くぞ。俺たちはそこで終わりにしていたが、ずっと先に森があって緑の蜘蛛が出るらしい。糸に雷を乗せると言うが。左へ行った話は聞かないな」
「順当に右へ行きますか。洞窟ってレントは大丈夫なの?」
「ところどころ天井の低いところもあるが、だいたいは大丈夫だ」
洞窟の見える場所で腹ごしらえをしてミットが先頭でレント、あたし、シロル、クロの順で入って行く。暗いので皆胸辺りに灯りを下げている。クロは手押し車と背負いカゴを装備。
ミケは馬車の番に置いて行く。
10メルと行かないうちに
「おほー……いっぱい気配がするよー…」
抑えた声でミットが知らせる。
いきなり軽い剣を2本抜き前方を払うと、汚い緑色のコウモリが1匹地面に落ちてバタバタと暴れる。羽を切り落としたらしいが、胴の長さで60セロ、羽根を広げると2メルはありそう。すぐにミットがトドメを刺す。
微かなバサバサーっという音がする、次が来たらしい。今度はミットが切りまくる頭上でレントが剣を振る。平に使って左右へ叩き飛ばしている。切ったら血がミットにかかって、次はレントに血の雨が降るからそれで正解だね。
右に弾かれて落ちたのはあたしの獲物だ。左はシロルが針で縫い付けている。クロは主に回収役。
10匹近く落とすと静かになった。最後のコウモリをクロの手押し車にレントが積んで先へ進む。
左手に水が溜まっている。ゆっくりと流れているようだ。ミットが剣を握った左手を横に上げた。石を拾うと水へ放った。
石はちゃぽんと水に落ちた。
首を傾げ一歩前へ出た途端、水中から何かがミット目掛けて飛んでくる。が、左に持っているのは軽い剣。
あっさりと切り飛ばすと、舌を切られ黒い塊が水中から飛び出して来た。赤い濁った色の太い線が2本入った体長1メルを超す黒いカエル。口に血を滲ませ着地の動きのまま身を縮めた。
グゲッ。声と同時に吐き出された青い唾。レントが大きな布を翻し粗方を受け止めたが、瞬間に発火した。
ミットはもうカエルの横へ移動していて、目玉目掛けて剣を振り下ろす。レントが手に燃え広がった火を消すのにバタバタしている間に、顔を切り落とされカエルはくずおれた。
「舌を切るのは面白いけど、火が点くのは嫌だねー」
弓矢を抜いて構えると2本ずつ水中へ連射して行く。6本射つとカエルが腹を上にして浮き上がった。そんなことにお構いなくミットはさらに6本水へ撃ち込む。
「気配だけで狙ったけど当たるもんだねー」
6匹のカエルが2本ずつ矢を喰らって水面に漂っていた。
クロが水に入りカエルを放り上げているとミットが手を上げ、クロが動きを止める。カエルは2匹追加になった。
「カエルは火だるまになりながら2匹も取
獲ったらホクホク顔で帰る物なんだが……」
「レントー、ボヤかないのー。
それよりこの奥はー?」
「いや。今も言った通りだ。行った事はない」
「ふーん?じゃあ、行ってみよー」
「いいけど、クロにこれ馬車に置いて来てもらおうよ」
「もー、アリスってば欲張りー。でもおっきな魔物が出て来たら積めないもんねー」
クロを送り出すとすぐ出発。ミットは慎重に進んで行く。ときどきカエルに矢を射つくらいで先へ進んで行く。レントが2匹を引き上げ通路に置いた。
50メルほど曲がりくねった洞窟を進んで行くと水が消えた。灯りの光をテラテラと反射させる物が前方にいる。
何だろうね?洞窟の地面一面にうねうねと広がって蠢いている。ヌルヌルっぽいのが一杯いる?あんまり触りたくないかも。
ミットも同じ意見のようで弓を抜いた。あたしとシロルも針を構え一斉に放った。3本のうち1本くらいしか当たらない。皮が硬く更にヌルヌルが滑るようだ。目らしき物が一斉に赤く光った。レントが剣を抜き前へ出た。途端に2匹が弾けるように宙を舞い飛び掛かって来た。
レントが2匹を斬り伏せる間も、あたしたちは地面に群れる奴へ攻撃を続ける。レントの剣も切れたのは1匹。もう1匹は空中でヌルリと刃を避けボタッと落ちた。長さ60セロ、太さ30セロ、濁った白の紡錘形。20セロの丸い口に歯が丸く生えているのが見えた。斜めに当たると滑るようだ。
「何よあれ?」
「ナメクジのデカイ奴か?」
あたしは針が滑るならと、針先を3つに割って開いてみた。引っ掛かれば刺さるだろう。ちょっと重い方がいいかも。1度に作れる針は2本に減ったけど、どうだ!
「シロル、2本とも刺さったよ」
シロルはすぐに飲み込んだ。断面が大きいので傷も大きくなる。
今度は3匹が宙を舞う。1匹はあたしが、もう1匹はレントが切り飛ばしたが、掛かりの浅い1匹が身をくねらせレントの足に噛み付いた。
革のズボンに歯が通り肉に届いた。そいつはシロルの針で死んだけど、レントも膝を突く。
ナメクジは半分も減っていない。あたしは人のいない左へ電撃を放った。20匹くらいがビクンと跳ねた後動きを止めた。
効いた。それを見てシロルが右へ電撃を飛ばす。中央にまだ10数匹が蠢いている。レントが膝を突いたまま弓を抜いている。ミットは右の動かない群に突きを入れ止め刺して行く。
いつ動き出すかわからないからね。あたしとシロルは真ん中に攻撃を集める。レントの矢は滑らずに3匹を射抜いた。スピードが違うからか?
あたしの隙をついて1匹が左肘辺りに噛みついて来た。シロルの針がすぐに撃ち落としたけど、痛い!
思わず電撃が漏れた。ミットとレントが目を回してしまった。クロがちょうど帰って来て動かないナメクジを殺し回る中、あたしとシロルは2人の介抱にかかり切りになってしまった。
あたしは目を覚ましたミットにしこたま怒られた。
ナメクジは集めてみると56匹もいた。直撃に近い攻撃をヌルリと躱した後、動きが鈍くなるのは魔石の力を使ったかららしい。
「ここに噛みつかれたんだよな?」
レントは食いちぎられたはずの右腿のズボンの穴を不思議そうに見ていた。
手押し車と背負いカゴがいっぱいになってしまったので、全員で戻って休憩にしよう。
帰りもカエルが1匹、コウモリが5匹襲って来て荷物が増えた。
馬車ではミケがコウモリを終わらせて、カエルを捌いていた。
カエルは皮がヌルヌルでやりにくそうだ。
「カエルとナメクジは血抜きとハラワタ抜きをしてちょうだい。あとはあたしが加工するよ」
カエルには両足にマシンを塗り付けた。
「はいレント。足を持っててね。
次はクロ、これ持ってるんだよ」
皮がずるりと地面に落ちて広がると肉がブロックでその上に積み上がる。最後に骨がブロックに変わる。10メニくらい。
ミケにも持たせてどんどん加工して行くと、端からミットとシロルが肉を回収するのでカエルは25メニ、次はナメクジ。同じようにマシン塗り付けて持たせると少し小さいので6メニほどで終わる。
「ナメクジは肉があんまりないね。皮もほとんどが水分みたいだ。逆にこの保水力を利用した方がいいかもね。後で色々とやってみよう」
「アリスー。肉が80キル近く取れたよー。どんな味かなー?」
「あたくしも楽しみです」
3人で喜んでいたら、レントに呆れられた。
「魔石は3種類、35個あったぞ。ナメクジの22個がよくわからない物だった。あの魚とも違うし、どうなっているんだ」
「でも、ちょっと休憩のつもりだったのに、解体に4ハワー近く掛かっちゃった。遅いお昼になっちゃったね」
「まあ、これだけ取れたんだから文句はあるまいよ」




