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フロウラの末裔  作者: みっつっつ
第1章 トラーシュ
7/157

7 飢えない世界

 これまで:トラーシュを出て数日。汚い馬車のままではどうにもやりきれないと相談し合って野営地で一晩明かす3人だったのだが。

 ビーーーーッ


「わわっ。なんだ?なんか引っかかったか?

 見て来るな」


「うぇっ。分かったー」「えっ、なんなのー」

「装備つけないとー」「あ、そーだねー」

 鳴ったのはアリスが作ったケッカイと呼ばれる道具で周囲に紐の切れ端を木などに固定しておく。その近くをある程度大きなものが通ると本体が警告音を出す。紐の範囲は15メルほどで仕掛けてあった。


 ガルツは御者台から首を出し辺りを探るがなんの兆候(ちょうこう)もない。降りて低いところから見れば星明りでも、結構見える場合がある。ガルツは気配を殺し地面に降りると身を低くする。

 と、左の星が隠れた。何かが移動して星を隠したということだ。


 やはりそちらに動く気配がある。

 グルル……


 低い唸り声が聞こえて来た。これは見つかったな。問題は単独なのか群れなのかだ。一か八か、懐に手を入れアリスにもらった灯りを三つ押して気配の辺りへ放った。見ないようにしていたが、その光は目に突き刺さるようだ。


 グアァァー!

 大きい。熊のようだ。単独らしい。光を下から浴び混乱し、立ち上がって踊っているかのようだ。

 これでもガルツは元猟師だ。あの毛皮はいい。後ろへ静かに回り込む。


 4つ足に戻る瞬間を狙い首に切り掛かる。ガルツの動きを感じたのかこちらにまわされる首を切先が捉える。ザックリと毛皮を切り裂く手応えはあったが浅いようだ。

 ガルツは一旦間を取った。


 まだ目は回復していないようだが、鼻は利くだろう。ガルツはその鼻を狙うことにした。襲いくる前肢を躱し顔面へ右から水平に切り込むと、ガツッと骨に当たる感触がある。両の前肢で顔を押さえ、のたうつその首元へ再び斬り込んだ。


 が、その殺気を感じたのか剣を払われた。


 直後熊が立ち上がり太い前肢を振り下ろす。ガルツは横っ飛びに躱し、熊が後肢を踏み出し向き直るところを喉へ長剣を突き上げた。手応えはあったがもう一本の前肢が襲う。身体を捻り、立ち上がった熊の脇から逆へ逃れようとした背中を思い切り叩かれた。

 握っていた剣がねじるように強引に引き抜かれたせいで傷が大きくなったと見え、熊の血が大量に吹き出した。背の痛みに耐え何もできず見ていると、ズシンと地響きを立てて熊が沈んだ。


 うずくまるガルツにアリスとミットが駆け寄って行く。

 ガルツは苦しい息を押して

「まだわからんぞ、近づくな!」

 と掠れた声をかけ、へたり込んだ。


 熊を大回りに恐る恐る回って、辿り着いたアリスが上着を脱がそうとするのをガルツは手を挙げ止める。ミットはじっと熊をみていたが

「大丈夫だよー。ちゃんと死んでるー。ドキドキも聞こえないからー」


 ガルツはやれやれという顔でアリスの介抱を受けることにした。あらためて見るとでかい。よくこんなの一人で倒せたものだ。


 上がっていた息が戻る頃にはすっかり痛みが引いていた。


「アリス、ありがとうな。ミットも心配かけた」

「「えへへー」」


「どうするにも明るくなってからだな。とは言え夜明けはいつだろう。こんなののあとではとてもすぐなんて寝付けないし」

「んー、あと2ハワーだってマノさんが言ってる」

「お茶でも飲むか」

「「賛成ー」」



 薪木(たきぎ)を出し鍋で湯を沸かす。


「これも、もうちょっとお手軽にお湯が沸かせるといいと思わないか?」

「でもお茶だけーって滅多にないよねー。たいていガッツリ食べてるしー。いくら馬車っても荷物が増えるのは困るよー」


「まあ、そうか。あれ、待てよ。アリス、生きてるのは加工できない。あの熊は死んでるよな。毛皮取ったり肉取ったり……」

「んー?……そう言えばそうだね……出来るみたい」

「そうか……それは良かった……」


「ガルツさん、元気ない?」

「あたいは分かるよー。なんでかー」

「えっ、ミット、どーして?」

「そりゃアリスー、カイマンと白ヘビーの解体でどんだけ苦労したかー思い出したんだよー」


「えっ、でもあの時は無理だったよー。マノさんの力そんなになかったし」

「あー。そう言えば時々無理って言ってたよな。そうすると干し肉とか燻製肉とかも出来るのか?」

「出来るけど触んなくちゃいけないよ?全部ー」


「ソレハアリスガカワイソーダー」


「皮を()いだら加工、肉をブロックに切ったら加工って感じでいいか?」

「それならよさそーねー」

「うん、頑張る」


「毛皮としては高いんだが自分らで使うには毛が固いからなー。上手く加工できればいいんだが。肉は出来上がりになるんならごく薄い皮(ペラッペラ)を作って包むか?骨はどうする?カップでも作って売るか?」

「色が付いてればー、骨って感じじゃないからー、アクセ作ろーよ。あたいが考えるー」


「明るくなって来たな。ミット、穴を脇に掘るからショベル持って来てくれ」

「あいよー」


「まず横向きにせんとな。………無茶苦茶重いな」

 倒したうつ伏せの熊と改めてガルツが格闘を演じている。

「ふう、なんとか転がしたぞ」


 左側を上に横たわる熊の喉の穴から腹へ向かって、下に傷を入れないように皮を持ち上げ肉と剥がしてから切る、と言った手順で進めていく。

 足まで行ったのでそのまま左の前後肢(ぜんこうし)も切り裂く。腹の皮を上に(めく)るのはアリスたちに任せてガルツは腹から膝立ちできるくらい離れて穴を掘る。内臓を切り取って埋めるためだ。


 こんなもんかなとガルツが熊を見ると、腹の皮はほぼ背中まで(めく)り終わっていた。


「お前たちホント覚えが早いな」

「簡単なとこだけだよー」

「でっかいから楽ー」

「こっからかなりグロいぞ。水2本とぼろ布持って来てくれ」


 ガルツが後肢を持ち上げ肩へ載せた態勢で付け根にナイフを突き刺し、内側の皮を破ると内臓がゾロゾロと出て来る。管を見つけて下の根元で切って穴へ放り込むと、後はもう手当たり次第だ。中身を切らないように穴へ掻き落とす。


 厄介な肋骨に突き当たった。ハサミでもあれば楽なんだが。そう思ったガルツが

「アリス、でかいハサミ作れるか?」


「やってみるよ、短剣(なまくら)2本持って来るね」


 アリスは10メニほどで大きな裁ち鋏(たちばさみ)が作った。裁縫用のハサミしか見たことがないからだけれど、相変わらマノさんの鉄の変形は早い。

「これでどーかなー?」


「握りは両手で持つからただの棒でいい、そうだな、25セロくらい欲しい。刃は短くていいぞ。お前のこぶしくらいかな……握りは滑るからもっとボコボコにしてくれ」


「はーい」



 その後もいくつか調整をしたハサミでガルツが肋骨をバキバキと切って取り外し、ざっと洗ってアリスに渡す。胸もすっかり空になったので水をかけて流し、ぼろ布で軽く拭う。続けて後肢、前肢を付け根の関節で切り離す。


「これはこのままで加工できるか?」

「できそーだよ。やってみるねー」


 4つ足をアリスに任せることにしたガルツは首を切り離にかかる。前後に傷が入っているから、切ってしまったほうが楽だ。ガルツは遠慮なく長剣を振り下ろし、バッサリと切り落とした。


 反対側へ転がして残りの皮を剥がして行く。皮を()いだら背の肉を削ぎ取る。手足と背だけでも相当な量があるな。

 続いて頭から皮を剥ぐ。首回りの肉を切り取った。本職の解体屋がいれば、まだまだ色々取れるんだろうが、半ば素人の3人ではこの辺りで精一杯だ。


「無理せんでいいぞー。ある程度とったら穴へ入れてくれ」


 戦果を確認に行くと肉はこんなにあったのかと思うほど、100キルは優にある。骨はレンガみたいに成型して積んである。すでに50個ほどあるがまだ回収中だ。


 白い塊は塩だろうか。骨で小さな容器を幾つも作って何やら入れているようだ。

 ガルツが皮を持ってみるとすっかり軽くなっている。大きな容器に入っているのは脂のようだがなんに使うのだろう。


「もう、マノさんが踊ってるよー。ガルツさん、もう少しかかりそうだよ」

「まあ、ゆっくりやってくれ。面倒ならこれで止めてもいいぞ。俺は肉と皮が取れたから十分だ」



 それから10メニ経って、忙しそうに動いていたアリスが動きを止めた。


「もういい。おしまい」

「ああご苦労さん。あとは埋めておくから朝飯の方を頼む。あとでいいから、運びやすいように手提げか何か作ってくれ」


「「はーい」」


「へーっ、結構きれいに回収したな。こりゃ疲れただろう」





 ガルツが馬車まで戻るともう、じきに食える所まで準備出来ている。


「ピピン、どうだー。しっかり寝られたか?

 水はまだ飲むか?おう、いまいれてやるよ」


 ドボドボーっとガルツが水を桶に足してやる。嬉しそうに飲むピピンを見ながら焚き火の方へ行く。


「アリス、疲れたんじゃないのか?」

「大丈夫だよー。朝ご飯食べちゃおー」

「おう、今日は朝から(にぎ)やかだったな。うん、いい味付けだな。うん?この肉熊か?少し固いがいい味だな。串焼きの分は取ったか?」


「あ、全部加工しちゃったー」

「ああ、いいよ。構わない、忙しかったからな」

 のんびりと二人の食事を眺めていると、眠気が襲ってくる。ガルツは一つ首を振ると立ち上がって体を動かした。二人は何事?と言った顔で見上げている。


「いや、眠気がな」

「あー、そうだよねー。あれ片付けたら少し寝て行くー?」

「そうするか」

「「そーしよー」」




 (明日は遠く戦いへ

 行ってしまうの愛しいあなた

 約束してたピクニック

 約束してたお弁当

 約束をしたウェディング

 きっとわたしの元へと帰る

 信じているわ優しい笑顔

 きっと村へと帰って来てね

 ライ・ライ・ヤー・ライ)


 母親(フレイル)が子守唄代わりに歌ってくれた古い恋歌を、夢で聞いていたアリスは懐かしい気分で目を覚ました。昨夜はクマとの戦闘があり、夜明けを待って解体して2度寝したことを思い出す。ミットは起きていて退屈そうに夢に聴いた恋歌を口ずさんでいた。


「お、アリス起きたかー、ガルツー……はまだ無理そうかー。カップ、考えるー?この間買ったの、赤と黄色だっけー?弓に使った色じゃない色はカップに使えないのー?」


 ミットが言ってるのは、光の反射を利用して色がついていると見せる加工法のことだ。マノさんが言うにはうんと細かい模様が色を見せるらしいけど、出来た物を見ても少しキラキラしてるだけで、色がついてないなんて信じられない。


「そうだねー。聞いてみる……骨の表面を硬くすればできるみたい。熊さんの毛を混ぜると色々できるって」

「そっかー。猫さんカップを色違いでつくろーかー?」


 アリスは毛皮を少し握り取って、骨のブロックを床近くに(かざ)す。


「うん。いろんな色作ってみよう。赤、青、黄色ー、緑に紫、水色ー橙ー。どーお?」

「わ。並べるとキレーだねー。うさぎさんも作っちゃおー」

「これだと色がつけホーダイだからアクセもできるねー。あ、そうだ、(くし)。これ青くしてもらおう。ミットにも作るよ、何色がいい?」

「あたいは水色かなー。熊さんの毛すごいねー。あ、ガルツー起きるー?」


「おう、(にぎ)やかだな。わ、なんだこれ、いい色をつけたな。どうしたんだこれ?」

「弓と一緒で色じゃない色だよー。熊さんの毛を混ぜると硬くなってできるようになったってー」

「ふーん。子供用のカップだとこの色はいいな。大人が使うなら黒っぽい緑とか濃い茶色、薄い茶色。なんかこう絵というか模様を描いてもいいかな」


「作ってみるね……どーかなー?」

「思ったより渋いな。なんでだ?ただの色じゃないのが光の感じで分かる。暗い色は味があっていい感じだ」

「キラキラはしょーがないみたいだよ?」

「そういうものか。まあいいや。テント畳むから一回退いてくれ。カップもな」

「「はーい」」


 ガルツは中で骨組みのロープを切って倒したあと、テントの下から()い出て来る。そのあとテント生地は地面に広げて畳むことになる。


「テントを丸めるからそっち持ってくれ。いいかー」

「「いいよー」」


 テントを畳むとガルツが骨組みを荷台の外に結えて、下ろしてあった荷物を積む。ミットがピピンを馬車の前へ連れて行き、ガルツが肩に引き綱を巻いてやれば準備完了。アリスはピピンの水桶と箱を積んだ。


「西へはどこから行くのがいいのかな。道らしいものは昨日も見てないし、見たところ通れそうではあるからとにかく行ってみるか」


 低い木がポツンポツンと見える。草がその木の周りにかたまって生えてるところもある。


「「行ってみよー」」


 馬車は道らしい道のない荒野を走り出した。


「ねー、ガルツー。トラーシュって悪党率、高過ぎだよねー。なんでー?」

「さてな。

 16から猟師の手伝いから始めて、あちこちに行っていろんな動物を狩った。3年前にスベアって領地の軍に引き抜かれてこの間からのラムーク王国の侵攻(しんこう)で駆り出されて、いくつか戦場を経験したんだが……最後のやつはキツかったよ。

 仲間が随分減っていたとこへ、目の前で3人爆炎(ばくえん)にやられた。敵なんてどこにも見えないのにな。

 で、俺は逃げて来たってわけだ」


 戦場の記憶がよほど強いのか、話が脱線している。ミットが合いの手を入れた。


「ふーん?それでー?」


「ああ。長い話で済まない。それであちこち回った俺の経験上な。

 争いの元は食糧だ。不作になるのはどこも一斉だ。食うものがないのは辛いが、顔見知りを口減らしするわけにもいかない。だから他所の町や領地からなけなしの食糧を奪って殺す。

 そうやって人を減らすが皆殺しにできるわけじゃないからな、難を逃れて住む場所を失った者が多く流れ者になり、ならず者となって行くんだろう。

 俺の村も襲撃にあった滅んだんだ。そこで親父と上の兄貴は死んだ。お前たちのケルス村もだろう?俺が移り住んだ町も猟師になって他所に出ている間に襲撃を受け、町の1/4が焼けた。その時にお袋と下の兄貴が殺された。

 だからできるものなら、まず飢えない世界を作りたいと俺は思ってるよ」


「飢えない世界かー」


 この時は本当にそんなことができるなんて、誰ひとり考えていなかった。だがこの(おぼろ)げな目標はアリスとミットには強く響いた。








 ミットの用語解説ー


 単位ねー


 お金 シル


 長さ セロ=センチメートル メル=メートル ケラル=キロメートル


 重さ キル=キログラム トン=トン


 時間 メニ=分 ハワー=時間


 黒い蝶  アリスの髪留ー、お日様が大好きなちょうちょ


 アリスの目 見たものに赤い線を付けてくれるー 寸法や形がわかるって言ってたー 

 毒が赤い点々になって見えるらしいー

 温度が目で見えちゃう。サーモ?だってー

 あとねー誰も気がついてないけど、暗くても見えるみたいだよー


 ケッカイ  キャンプ地を囲うように黒いひもを結んでおくと15メル以内を何かが通るのを察知してうるさくビービー鳴く道具


 ハッポー  ふわっふわのタマゴ 皮素材から作るー


 デンキ   浴びると軽いのは人や動物の動きが止まる。強いと気絶したり、死んだりする 滅多に使わないよー


 灯り    4セロの猫耳付きの白い円盤 厚さは半セロ 真ん中を押すと3段階で光るよ 明るいので連続3日くらい光るらしい


こんにちはー。アリスでーす。


これって面白いですか?

続きを見たいとか言ってくれたら嬉しいです。

結構長いお話なので、のんびりお付き合いくださいね。


じゃあ、まった見ってねー。

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