7 交易品・・・パック
これまで:ガルツ商会がパックに首長を命じてから半年が経っていた。心配症のパックが町を巡って行く。色々考えるところがあるようだ。
次は白土採取場を町の巡回乗用車で覗いてみた。ここの白い粒々は精製棟で1/3がアルミーの四角い塊になる。それをまとめてハイエデンに運ぶのだけど、そんなものを欲しがるのはガルツ商会だけだ。
逆に鉄は鍛冶屋が欲しがり、ガルツ商会にはあまり出ない。けど鍛冶屋が1日に使う量は僅かなため在庫過多となり、鉄の原料になる赤土は採取を停止している。そのため白土採取場では12台の荷馬車が並び、8台が順番待ちをしていた。
交差点に戻って橋の手前に河原へ降りる道があって、釣りをする姿がちらほらと見える。
漁業としてのボートからの釣りも出ているはずだけど今日は見えないようだ。スレート山方面には沼や湖があって、いろいろな種類の川魚が捕れる。魚は町で食べる他、氷詰めや加工品にしてハイエデンに持っていくので大事な収入源なんだ。
今度はスレート山を見に行こうと思う。
昼を過ぎてしまうのでミレルの店で弁当を買って行こう。
「こんにちは、お弁当が欲しいんだけど」
「あー、パックさん。どこかへおでかけするの?」
「やあ、チーニー。お店の手伝いかい?えらいね」
「何が手伝いなもんですか。あたしはこの子に教えられてばっかりですよ。今日だって魚の煮込み料理を教わって、歳上と言ったって立場がないんです」
ヒルダさんがぶつぶつと言う。
「あはは。チーニーはハイエデン組筆頭を取ったミレルさんの1番弟子だからね。スレート山まで見に行くんで一人分頼むよ」
「えー、ジョーヨーで行くの?あたしも行きたい!ねえ、美味しいお弁当作るから連れてってよ!」
「いやまあ、いいけど、そんな面白いもんでもないぞ?」
「いいのー、あたしも見たいの。まってて、美味しいお弁当作るから」
「行くんなら2人分だぞ」
「はーい」
スレート山は片道1ハワー半と遠いので、湖側に加工場と宿舎があって、毎日3回練絡便のトラクが運行している。
1ハワー近く走って沼を通りすぎた。ひょろっとした葦がぐるっと水を囲むように生えた大きな水溜りで、ケルヤークのそばの支流へ繋がっている。
「へー、これが沼かー、初めて見たよ。ここのお魚、見た目は可愛くないけど美味しいよー」
黄色いシャツにオレンジのスカーフを首に巻いて、薄茶の髪を靡かせたチーノが笑う。
「ああ、たまに店でも煮付けで出してくれるもんな」
スレート山の黒い見事な斜面は沼のあたりからも見える。こうやってトラクで走りながら見ると光の具合か、色が変化して不思議な感じがする。
「ほら、橋が見えて来たよ。道が左に大きく曲がったところから橋だよ」
「わー。ほんとだー。
あれっ、下に川がないよ?なんで橋なの?」
「この下はスレート山が滑り落ちて川を塞いだんで埋まっちゃったんだよ。見えないけど土の中の隙間を今も川が流れているんだ。洪水なんかで道が一緒に流されると困るから橋にしてもらったんだ」
「へー、あ、でも橋の真下だけ水が見えてるね?」
「よく気がついたね。この橋って地面の土やなんかを材料にしてできてるんだよ。下で橋を作って足を伸ばして持ち上げるんだ。だから橋がなくなったところに溝ができちゃうんだ。足の材料もその近くから取るから足の周りはうんと深いんだよ」
「ふーん、不思議な作り方するんだね。ケルヤークの橋もそうなの?」
「あそこは穴にしておくと危ないから、他所から土を持って来て平っぽく埋めたんだよ」
「へー。あ、湖ー。
わあぁー、山の斜め、黒い板みたい。すっごーい!」
この橋に乗った瞬間に見える湖とスレート山の対比は見応えがある。橋を渡り切るともう一つの楽しみが待っている。きゃあきゃあ言ってるチーニーを横目に橋を渡って行くと、スレート山がどんどん高く見えてくる。
どんな顔をするかな。
「わっ!なにこれー、すっごーい。斜めの湖だー。湖は二つあるみたい、うっわー」
僕が最初見た時も朝日の中で現れた二つの水面を見て驚いたけど、車で来ると目の前で一瞬に変わったように見えるからね。そりゃあびっくりするよ。
車を停めてじっくり見せてあげよう。
「石に反射して見えているのは空だけど、見た感じは水面そっくりだもんね。すごいよね」
「あー、そうだね、雲がうっすら映ってる。そうかー、空なんだー。へー、でもやっぱりすっごい」
もういいかな?車をそろそろと動かすと黒い板にだんだんと変わる。
その幅150メル長さ80メルの大斜面の裾を通り、左手に見えるのが加工場。その裏手に宿舎がある。スレート採取と加工、湖の漁をする30人がここで暮らしている。
湖にはボートが2艘漁に出ているね。もう少し先に広場があるからそこでお弁当にしよう。
「パックさん、連れて来てくれてありがとうー。
すごいきれいだった。ここも気持ちいい場所だね」
ジョーヨーの座席でそのままお弁当を広げて、町や友達の話をしながら食べた。
時間は少し遅いので職人は石切場へ戻っていて、漁師は弁当を持ってボートにいる。宿舎の食堂を覗いて見ると、カリーンと手伝いのノエルが食器の片付けをしていた。
「こんにちは。どうですか?みんなの様子は」
「あら、パックさん。可愛い子連れてデートですか?
みんな元気ですよ。食材も鮮度の良い野菜が入って来ますし、調味料も種類が揃っているからモリモリ食べてくれます」
「この子はミレルさんの娘さんでチーノちゃんですよ。
カリーンさんはミレルさんと一緒にハイエデンのエレーナさんの下で修行してきたんだ」
「あらあら、ミレルさんの。この野菜も調味料もお母さんが庁舎にいるおかげなのよ。料理道具も使いやすいものを揃えてくれたから、あたしの腕でも美味しいって言ってもらえるの」
「それはあるみたい。うちの店に来てるヒルダも道具が使い良いって、どんどん腕を上げてこの頃はすっかり任せられるようになったもの」
「やっぱりエレーナさんのお眼鏡に適った調理器具は違うわー。それを取り寄せてくれるパックさんにも感謝よ」
「あはは、それよりもここの生活で不便なこととかありますか?」
「毎日じゃないんだけど町へ行きたい人が重なると、トラクって3人しか乗れないでしょ?町で大勢人が乗れる車を入れてくれないかしら?」
「ああ、なるほど。東行きに乗合トラクを走らせようかと思ってたんです。考えてみますね。
他は何かありますか?」
「今は思いつかないわ」
「この後石切場を覗いていきますよ。また来ます」
石は加工場の屋根から足場を組んで、斜面のてっぺんから切り出すことにしている。登り降りと石の吊り下ろしが大変だけど、斜面全体が走り出したなんて悪夢には遭いたくはない。
もちろん命綱を腰に巻き、斜面の下側にも石が滑り落ちないよう防護してタガネを使って、1メル角10セロ厚くらいの石材を切り出していた。
僕らは上がってはみたものの、そこにいるだけで足がすくみ尻がむずむずと落ち着かない。
早々に退散することとなった。
翌日は東の街道を走る。チーニーは店を留守にできないと言って残念そうにしていた。
そんな顔しないでよ。また誘うからさ。
長い長い橋を渡ってすぐのアルモスブラフは、道が繋がると奥の村から移住があって200人くらいになったが、まだまだ少ないし肥料を使った土壌改良もあまり進んでいない。
道は2つ目の村を超えた辺りを作っていて、3つ目の村へは行商を出してこちらに帰属するよう宣伝中だ。奥の村の先は大きな山でその辺りにもいくつか集落があることがチズで見えたので、そこまでは道を伸ばすつもりだ。
川に倣って北へ下れば海に出られるはずだけど、チズの範囲から外れているのでどのくらい先かはわからない。
川のこちら側は穀物の栽培に適しているようだ。開墾されていない平地が多く草の緑が濃い。自給できる分の穀物しか育てていないけど、商圏に取り込めば良い取引ができそうだ。
道の左にトラクが停まっていてその先は道がない。馬車の交錯した轍がウネウネと先へ続いているだけだ。
「やあ、こんにちは。トーレスさん」
「おや、こんにちは。首長が珍しいね、視察ですか?1月ぶりだね」
「そういえば、この間の休みには会えなかったね。順調そうですね」
「あまり面白味のない平地だけど距離は稼げるよ。この2年で300ケラルを超えたけど、突き当たりの山までは遥か先だし。ケルヤークにももう1班2班呼んでも良いんじゃないか?」
「道路の派遣費は高いですからね。3村の穀物を当てにしてるんで、それが回り出さないことには動けませんよ」
「ガルツさんは親みたいなものだろうに、相変わらず堅いね。あの人なら君が踏み倒したって笑ってそうだけどね」
「だから尚の事、動けないです。
ところでこの先ってジョーヨーは走れそうですか?」
「乾いてるところは問題なく走れるけど、この間の雨でぬかるんだままの場所がいくつかあるはずだよ。先を見に行くなら一つ戻って馬車を雇ったほうがいいね」
「そうします。ありがとう」
ジョーヨーの向きを変えて少し戻ると中通りへ入った。
「すみません、馬車を雇いたいんだけど誰に言ったら良いですか?」
「ヤマニ村へ行きなさるか?ゲンツがいるはずだ。ちょっく待ってくんろ。
おい、ゲンツ!……ゲンツー!……」
家の裏手を探しに行ったようで見えなくなった。
このハラセ村は600人ほどと聞いている。今はもう少し少なくなったと思うが、南に広い畑があってそこで麦とワタが穫れる。今年広げたばかりで収量はそれ程でも無かったが今後は期待できる。家並みはこの辺りに170軒ほど固まっていて、西側に倉庫と行商中継点を兼ねた店舗を新築中だ。
元の中通りが3メルしか幅がなく、住民と調整して中通りと南北の耕作道6メル幅2ケラルを作ることを条件に、北側の畑を一部潰して8メル道路を通した。
「おや、呼ばれて来てみればパック首長でねえですか。ヤマニへ行かれるんで?
ジョーヨーはこっちさ停めて下せえ。
どんぞ、乗ってくだせえ」
「ああ、ゲンツさん。よろしく頼みます」
乗ると馬車はポクポクと動き出した。
「いやー、道が繋がってからというもの、すっかり暮し向きが良くなったです。そんでもケルヤークと比べたらまだまだですがねえ。倉庫と店までこさえてもらってー、おらたちも開墾に精が出るってもんです」
トーレスが段差を仮造成で繋いでくれて馬車が通るのをまっていた。
「毎度、すまねえな。通るたんびじゃ、おら気が引けるだよ。帰りになんか買ってくるから勘弁してくんろ」
「ゲンツさん、気にしなくて良いよ。これが僕らの仕事さ。気をつけてな。パックさんも」
「ありがとう」
「さあて、こっからは揺れますんで覚悟してくだせえ」
下手に喋ると舌を噛むので黙ったまま馬車は進む。途中ひどいぬかるみを2ヶ所、勢いをつけて突っ込みそれでも足を取られやっとの思いで通過できた。小川を1本渡って丘を一つ右へ周り込むとヤマニ村の家並みが見えて来た。
この丘も草ぼうぼうだけど畑作に良さそうだね。この辺りは割となだらかで、正面遥かに山が見えている。右手奥にかなり幅のある森が見えていて、間伐をすれば木材も手に入りそうだ。
ヤマニ村は400人ほどの集落でここに70軒、森の近くに40軒の家がある。道路は手前の集落の右側を通る予定だと聞いている。
これだけ広い畑作地があると、将来は何本も耕作道が要りそうだね。
村の通りへ入ると雑貨屋と鍛冶屋がある切りだった。
間口が一つ下がった家の前に場違いに大きな卓と椅子が6脚が置かれていて、ゲンツが頼めば飯を出してくれるんだと教えてくれた。
「おい、ばあさん。生きてっか?首長様の見回りだよ。昼飯2人分できるかい?」
「首長って、ケルヤークのかい?おやおや、こんな田舎にご苦労なこったね。なあに、あり合わせになるけんど2人分ならすぐだよ、天気はいいんだし待っててもらいな」
待っていると大皿に盛った肉と芋、とうもろこし粉を練って焼いた平たいパンのようなものが出てきた。スープらしい薄茶の飲み物が付いている。
スープは薄味だけど野菜の旨味がよく出ていて美味しい。芋は煮ただけのようでも素材の甘みを活きている。肉は狩の獲物かな?クセのない柔らかい肉だ。
「美味しいですね。この肉はイノシシの仔ですか?」
「ああ、ここではキビでブタを飼ってんだ。日持ちしないんでハラセ村までしか出して来なかった。このキビパンもそうだ。道があんなだからなあ。とてもじゃないが遠くまでなんぞ運べんのよ」
「はあ、キビパンっていうんですか。
ああ、焦げ目が香ばしいし、中は甘みが強いですね。魚なんかはどうなんです?」
「大きな川はちょっと遠くてなあ、さっきの小川じゃどうもなんないしな。ハラセまでケルヤークの魚が来るようになったから、暇な時にジジババがここから食べにくるようになったぞ」
「ああ、一昨日かの、行商人が一箱氷詰めで持ってきてくれての。あたしゃ忙しい目にあったぞい。味見でしか食えんかったが、あれは我ながら美味かったぞい」
「ごちそうさま。美味しかった。
ゲンツさん、ブタとキビ畑を案内してもらえますか?」
「構わねえよ。ここの特産だもんな、見てった方がいい」
そのあと森の様子も見たけど、間伐しないといい木材は採れないな。当面は分解ブラシで木質にしてしまう手もあるけど、5年10年先には一般に出せる天然木の方が値は高い。
キビとブタ肉をお土産に買って夕方ケルヤークに戻って来た。交易品としてどこまでやれるか試してもろうため、庁舎に顔だけ出してミレルの店で早速調理してもらった。
「パック!このお肉、いいお肉だよ!あたしいろいろやってみたい!」
チーノが言うと
「まず焼く、炒める、煮る、蒸す、揚げる。
厚さも半セロのと1セロ半の2種類、やってみようか」
ミレルが指示を飛ばす。
ヒルダさんと3人並んで一頻りガシャガシャ調理が始まった。
僕の分も入れて10種4切れずつ、ずらっと並んだ肉を試食だ。味付けは軽い塩味だけだけど、どれも美味しいね。でもどこが違うのかこの調理は合うとか、工夫がいるとか、ケンケンガクガクの議論が始まる。結局このままでも良しが2つだけ、あとは何か工夫しないと店には出せないことになった。
次はキビをやるそうだけど、僕はもうお腹が膨れて、いいかな?って感じだよ。
乾燥して硬いキビも粉に挽く、粗く挽く、煮る、蒸す、挽いたのも練って団子を焼く、蒸す、煮る、揚げると多岐にわたるみたいだ。チーノもヒルダさんも臆せずに付いて行くんだから、調理人の執念を見たような気がするよ。
これも結局2種類がそのままいけそうって結論だったけど、僕の腹は限界だった。味なんて後半は分からなかったよ。
どうやってあんなに押し込んだのか、まんまるに膨れたチーノのお腹が可愛かった。
そのあと明日は僕の16歳の誕生日だと言って献立検討会が始まった。僕が忘れてたのによく覚えてるよね。
ミットの用語解説だよー
単位ねー
お金 シル
長さ セロ=センチメートル メル=メートル ケラル=キロメートル
重さ キル=キログラム トン=トン
時間 メニ=分 ハワー=時間
温度 セッシド=度
角度 デグリ =度
つぎは作ったものとかー
灯り 4セロの猫耳付きの白い円盤 厚さは半セロ 真ん中を押すと3段階で光るよー
明るいので連続3日くらい光るらしいー
お日様ハツデン 黒い膜でお日様を浴びて元気な力を作るー
トラク 幅2メル30セロ 高さ2メル50セロの箱型の乗り物 長さは用途により変わる
速度は150ケラル/ハワーまで出せるー
ジョーヨー 人が乗って移動する乗り物ー
2人乗りから10人乗りー。
ツーシン ご近所ツーシンとボタンツーシンがあるよー
ご近所はツーシン範囲が500メルくらい。間におっきな建物があったりすると聞こえないけど幾つでも作れるー。
ボタンツーシンは死んだマノボタンを改造してつくる
5ケラルくらいは声と絵が飛ばせるー。エーセイがいいところにいたら遠くてもツーシンできるよー。アラームを使うとミーミーと教えてくれるー
こんにちはー。アリスでーす。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
交易の乗り場はこれで2箇所目、まだまだ先は長いです。
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応援してくださる人は星をつけてくれると嬉しいでーす。
まったねー。バイバーイ。




