5 襲撃
ここまで:ナイフを売って資金を手に入れた。今日は南に向け旅を続ける事にしている。
トラブルもあったが用は済んだ。鉱石も手に入れたし、燻製肉が手に入ったのが何よりだった。
「さて、町を出るか」
3人は門へ向かって歩き出した。
「ガルツー。やな匂いー」
ミットが言い出した。
「何だよ?え?またあいつら?」
「うん、おなじみの匂いがいっぱいするー」
「何で?」
「待ち伏せだろーねー」
のんびり相談してたら路地からワラワラと湧いて来た。
「昨日はよくもやってくれたな。このまま帰れると思うなよ!おい、やっちまえ!」
初手はアリスに取られた。
ガルツが抜く間に針3本を一投して二人倒している。ガルツも長剣の抜きざまに斬りつけ、切り上げる動作は足の踏み出しからして滑らかになっている。
ミットは安定して足を狙った3連射で寄せ付けない。あっという間に4人倒したが、突然町中に石の雨が降る。
ガルツが剣で弾くが数が多い。ミットが投石元を見つけ3連射したがこれがいけなかった。避ける動きが鈍って頭に石を受けて倒れてしまった。
それを庇うようにガルツが剣を振る。アリスの足にも一つ当たり膝を突いたところでガルツに斬り掛かる男が3人。
それに並んで走り込んだ小柄な影がアリスを担いで路地へ駆け込んだ。弓の援護が無いため苦戦するガルツは石と剣の相手をしていて気付かない。なんとか3人を斬り伏せるが左腕を負傷してしまう。アリスを担いだ男が路地に消えると投石が止んだ。
「くそっ!」
アリスがいないと気付いたが、意識の怪しいミットを置いて探しに行くこともままならない。アリスならこんな傷、いくらもかからず治してしまうのだが、と思ったがそのアリスがいないのだ。ガルツは近くの果物屋に断って裏口に回るとミットの手当てを始めた。
アリスに預かっていた傷薬を出しミットの額に塗り込み、防具を脱ぐと自分の左肩にも塗り回復を待つ。アリスがどうしているのかと思うと気が気ではない。
1ハワーほど掛かったがミットが歩けるまでに回復した。
傷薬は血止めと組織の縫合、毒の排除を主な作用として設定されているものだ。そのおかげで傷は跡形もなく消えている。
その頃アリスは町の北寄りの畜舎の奥に囚われていた。縛り上げたうえに手荒く殴られ、気絶状態で転がされていた。
保安部が町中を見回っているため、その警戒で荒くれどもは動きが取れなかったので、それ以上のことはなかったけれど、死んでいてもおかしくないほどの仕打ちを受けていた。
ガルツがミットを連れてアリスの捜索を開始すると、保安部も遠巻きに何人か付いてくる。無茶をしないよう見張っているのかもしれない。
ミットはこっちだと言って北を指す。
手がかりなどないのだ。普段から気配読みに強いミットの勘を頼りに職人通りの奥へ向かう。進むに連れて慎重な足取りになっていたミットが、バッと振り向く顔の先には路地から飛び出す二つの影があった。
ナタリーとアリスだとミットがすぐに気付き、手にした弓で矢を放った。山なりに飛んだ矢は3人の追手の先頭の首元に突き立ち、続く2人の脚が止まる。その間にもヨタヨタとナタリーはアリスを抱えるようにして走る。
ミットが2の矢を引く間にガルツが一声吠えると、さらに4人増えた追手の間へ飛び込み、剣を振り回すと軌跡に小さな火花と共に短剣の刃が2本弾けるように落ち、首が一つ転がった。
ガルツの体重を乗せた斬撃は受けた剣ごと切れてしまう。
剣が届かないところはミットが狩っている。
そこへ治安部と名乗る連中が集まって来た。
すぐに10数人に膨れ上がった治安部隊がならず者のアジトへなだれ込むのを、ガルツが倒した追手越しに呆れた目で見ていた。
ミットはすでにナタリーとアリスの手当てを始めている。ガルツはリュックをそばに置いてやって見張りの位置に就く。
手当てが終わった頃、治安部の手入れも一段落したようで一人こちらへやって来た。
「こんな町中でなんて騒ぎだ。こいつらは札付きだがどうして争いになったんだ?
私は2番隊のヤンソル。事情を聞くから番屋まで来てもらいたい。さあこっちだ」
「なんでっててのは、こっちが聞きたい。
俺たちは昨日来たばかりで、買い物やら一通り用も済んだから、今から町を出るところだったんだ。いくら子連れで舐められるにしても限度がある。
まあ、こんな騒ぎになっては、はいそうですか、とは行かないのはわかるが手早く頼むよ」
「ああ、そうかね」
そう言って制服のヤンソルが先に立つ。
アリスの腕を握って俯いたまま付いてくるナタリーが何か呟いているがよく聞き取れない。ヤンソルは門の近くまで戻ると脇の飾り気の無い2階建てへと入って行った。ここが治安部の番屋らしい。
「ここだ、中へどうぞ、荷物はそこへ置いたらいい。まあ、掛けてくれ。
それで?昨日の午後、路地で一悶着あったろう。死体が5つ。我々も確認したが、武器屋のキースが見ている。
キースによると町に入る前に林で奴らの仲間に絡まれて、何人か殺しているな」
「ほう、ずいぶん詳しいな。一方的に絡まれ、撃退したら逆恨みらしい。俺は被害者だよ?なんの因果かな」
「ふむ。もう一つ疑問がある。キースのところに見ないナイフを売ったな。10本もだ」
「ああ、金が底を突きそうだったんでな。手持ちのお宝を売ったよ」
「どこで手に入れた?」
「言えないよ?」
「他にもカイマンと白ヘビの干し肉。その装備。リュック。嬢ちゃん達の服装。お前、何者だ?」
「俺たちは旅の途中だよ。旅人って言うんだろ」
「ふっ。……さて、どうしたものか……俺は上に報告せにゃぁならんのよ。鼻摘みとはいえ、2日で死体が15、しかも町中でだ……」
治安部の一人がアリスのリュックを回収して来てくれた。
不安定になっているナタリーは町の療養所に入ることになった。過酷な旅には耐えられそうもない。
ナタリーはアリスたちと逸れた後、男たちに捕まってこの町へ連れてこられた。
殴られて、取っ替え引っ替え慰み物にされた20日間。殴られ動かないアリスの姿がその凍りついた心に火を灯したらしい。
つっかえつっかえなんとかそこまでは聞き出した。
状況証拠から納屋に転がっていた柄の長い農具でアリスに注意が集中していた二人を殴り殺し一緒に逃げたと推測されている。その激情はもう消えてしまって、代わりに今は無気力に俯き暗い表情をしている。
表情を消し、それ以上一言も言葉を発しないナタリーの回復には長い時間が要るだろうと思われた。
「この娘は治安部が面倒を見るから心配するな。よし。行っていいぞ。しばらくはこの町へ来て欲しくない。じゃあな」
「ああ、手間取らせた。行くか」
「あーい」「うん……」
「嬢ちゃん達、元気でな」
アリスが村で世話にナタリーを置いていくというので力なく手を振った。
・ ・ ・
門を抜け、丈の高い草地を貫く街道を南へテクテクと3人で歩いている。所々に晩秋に咲く赤や黄色の小さな花の群落を眺めながら、のんびりとした3人旅だ。
ガラガラと音が近づいて来て、見ると後ろから馬車が1台疾走してきた。
ただごとではなさそうなので道から少し離れてやり過ごそうとしていると、馬車が前で止まりバラバラと5人降りて来た。
「よう、町ではずいぶん世話になったな。お陰様でこちとら、立場がねえんだ。落とし前付けさせてもらうぜ」
この5人は防具もしっかりしている。今までの相手とは違うようだ。揃って長剣を装備して一筋縄では行きそうもない。
「ガルツー。なんか強そーだよー?大丈夫ー?」
「痛いのは多分もらうぞ。覚悟はしとく。あとはこっちの攻撃が通じるかだな。お前たちは少し下がってろよ」
「あー、ガインだもんね。分かったー」
ガルツが白ヘビに長剣を渾身の力で叩きつけたときに、傷すら付かずそんな音がしたのだ。ガルツの防具はその皮を使っているが、衝撃は通るだろう。
「そうだな。覚悟は大事だぞ。大人しく死んでもらおう」
5人で来たというのにそう言って剣を抜いたのは一人。余程自信があるのだろうか。
「アリス、まだ手を出すなよ」
言いざま、ガルツは剣を胸辺りへ突き込んだが半身に躱され、上からの斬撃が左肩を襲う。盾を上げて受け流しながら剣を引き、少し泳いだ背中に蹴りを入れた。
たたらを踏んで、振り向こうとするその首筋へガルツの切先が振り上げられ、そのままザックリと肉を断つ音が聞こえる。ガルツは妙に相手の動きが遅く感じた。
「野郎!」
バタバタと4人がガルツに向かって剣を抜き取り囲んで行く。
アリスが心配顔をしている。
「ガルツさーん、混ざっていーでしょ?」
「アリス、お前さっきなんかやったろ」
「えーっ、だって……手は出してないよ?」
アリスはそう言いながら、左手に持った小さな鉄から鈍く光る針を3本引き出した。マノさんは鉄の加工とは特に相性がいいらしい。
「そうか?」
「あたいはいつでもいいよー」
「来るぞ!」
ガルツが大振りに長剣を左へ薙ぎ払う、その下からアリスの針が飛んで右の二人が膝を突いた。腿を縫い付けたらしい。
ミットも左で矢を射っているが防具が固く刺さらない。左の二人の剣をガルツの長剣が弾き距離を取る間に、アリスが右の二人の顔面にとどめの針を撃ち込んだ。
残る二人は不利を悟って一気呵成に攻めかかって来た。ガルツは盾でなんとか受け流すが右の肩口に良いのを一発、貰ってしまう。
苦しげに剣を無理矢理持ち上げ防御を固める。剣で叩かれたせいか、ガルツの身体の動きが鈍い。ミットの矢が左の男の顔面を捉えた。
最後の一人が攻めあぐね右へ動いたのでガルツも体を回す。その動きに反応し、斬りかかる動きを見せたところへ、アリスの針が襲いかかる。
アリスはよく動きを見ている。攻撃する瞬間が一番無防備になるのだ。針は難なく防具を貫き、そのまま男は前に倒れた。
ガルツは剣を地面に刺し、ふうと息を吐いた。
すぐにアリスがガルツに駆け寄って、腰を掴み下へ引っ張るのでされるまま座り込むと、防具の首元を拡げて左手を防具の下へ突っ込んだ。
ミットは周囲を見ながら馬車へ近づいていく。
こんなときのアリスの手は温度が高い。痛みがみるみるひいて行くようでガルツの眉間の皺が緩み、息が落ち着いていく。
「ガルツー。馬車って乗れるー?」
「ああ、馬車か。乗れるぞ。うーん、そう考えると、こいつらって案外いい奴らだったのか。ところでアリス、なんだかもう痛くないんだが、どうなってるんだ?」
「あー、よかった。すごい音がしてたから心配しちゃった」
「そ、そうか?ほら、もう全然何ともない?あれっ、ホントかよ」
強がって見せるつもりが当てが外れたって顔だ。
「まーまー、そんなことより始末がいっぱいありますぜー、ダンナー」
「あー、そうだな。5人分の穴掘りか……。生きてても死んでても面倒な奴らだ……」
ミットが荷台から両手で使える大きなショベルを見つけたので、穴堀りに時間は掛からなかった。本当に死んだ方がいい奴らだった。
ミットが矢の先に鉄の鏃をつけると言い出し、アリスと2人で作っていたのが出来たらしい。
「あたいの矢を弾いた防具ー、脱がせてよー。ガルツーってばー」
「ああ、わかった、わかった。ちょっと待ってろ。こいつだったか?確かにちょっといい防具だな。アリス。こいつらの防具を使って何か作れるか?」
「どーかなー。別の防具を作る?売れるかなー」
「じゃあ、この鎧は確保するか。武器もだな。あとはゴミだ。埋めてしまうぞ。どうだ、ミット。上手くできたか?」
「すっごいよ、これー。斜めに当たっても刺さるー」
「ほう?弓引きの鍛錬を頑張らないと、矢が重くなった分飛ばないぞ」
「「はーい」」
「ははっ。アリスも付けたのか。頑張って練習することだ。よし、埋めたぞ。それで馬車はどんな具合だ?」
「きったないー」
「ああ、よくわかったよ。ハッポーだっけ?布団を出してお前たちは荷台に座れ。早く移動しないとまたなんか来たら困る」
布袋に皮素材を発泡加工したハッポーを詰めて馬車に床に敷く。これもマノさんの力だ。
「これで後ろに寄りかかれるし、いいだろ。
じゃあ、馬車を動かすから、後ろで好きにやってろ」
「アリスー、燻製肉食べよーよ」
「おっ、いいな。だが手を洗わんと食えないぞ。汚いもの触りまくったからな」
「じゃ、ちょっと止めてー。手だけ洗っちゃおーよ」
「ああ、分かった」
そんなこんなで馬車の3人旅が始まった。ナタリーのことは二人とも引き摺っていないようなのでガルツはほっとしたようだ。
トラーシュの町から十分に離れたら馬車を何とかしないとな。ガルツのそんな思いと共に馬車が進んで行く。