3 スレート山・・・ミット
これまで:ガルツ商会はパックの故郷ケルヤークの開発が急務だと判断した。ミットが訪れたアルモスブラフでは疫病に見舞われていた。それを確認したミットは上流を目指すが。
何かでスッパリと切り落としたように一枚板の斜面がある。根本から斜めが80メルくらいかな?高さにしたら20メルくらい、登れそうなくらいの傾きに見えるけど、手掛かりが全くないので滑り出したらとても止まれない。
これ、下から切り出したら上が滑って来たりする?その光景を想像したら震えが来るよ。
一通り見て回ってまた野営だ。明日はマノボードのチズを見ながら出来るだけまっすぐ帰ってみようか。
朝起きてスレートの斜面を見てびっくりしたよ。斜めの湖と平な湖が並んでるんだもん。しばらく口を開けっぱで眺めていたと思う。
その後ご飯の準備をしていたがヤングが起きてこない。
「ヤングー、朝ご飯だよー。起きなー」
「……ミット嬢ちゃん、テントには入らんでください……さっきからひどく体がだるいんです……寒気もします……これはあの町の疫病に……かかったかもしれません……ここに置いて帰ってください……」
「なんだってー?
そうかい……朝ご飯、ここに持って来るから待っておいで。そのくらいはできるかい?」
「手間かけます……できると思います」
あたいはツーシンを試してみた。1ハワー12メニ後か。飛べる道具もあるって言ってたような気がする。アリスならなんとかしてくれるよ。そうこうしているうちに薄暗いうちから周りを確認に出ていた二人が帰って来た。
「パック、チャック。ヤングが具合が悪くなったって。アルモスブラフのビョーキかもしれないからテントに入っちゃダメだよ。入り口に朝ご飯を置いてあげて」
「ヤングさん大丈夫なんですか?」
「なんでヤングさんなんだ。俺ならろくでなしだからそこらへ捨てて行っても構わないのに」
「こら!チャック!あんたが罹ったとしてもあたいは引き摺ってもつれて帰るよ。おかしな事言わないの。1ハワーちょっと待てばアリスと相談できるから、話はそれからにしよう」
「でも連絡がついたってここまで何日もかかるよ?」
「その話も後だよ。まず朝ご飯を食べな」
ヤングもなんとか食べたようだ。ビョーキと言ったって腹を空かせていては弱るばかりになってしまう。食器やらは片付けずに置いたまま。水入れを一つ置いてやった。
待っていたアラームが鳴り、アリスを呼ぶ。
『ミットー、おはよー。今日もいい天気だよ。そっちはどーお?』
「アリス。大変なんだ。ヤングがアルモスブラフのビョーキらしい。すっごく怠くて寒気がひどいみたい。テントから出てこないんだ。朝ご飯は自分で食べたけど、何もしてやれない。どうしたら良い?」
『うぇっ!病気かー。ちょっと待って。
……さっすがマノさん。でもどうやって行くの?
……ドロン?あー、この間の飛べるやつ?あたし一人なら40キルは荷物が積めるね。
ミットー。筒でケルヤークまで行って飛んでそこまであたしが行くよ。作るのに1ハワー、移動に30メニ、飛んでいくのは風向き次第だけど多分20メニ。2ハワーあれば着くと思うから頑張っててよ』
「分かったー。待ってる、切るよ」
「来るんですか?ここに?」
「来るよ。2ハワーって言ってた。ビョーキも大概なんとかなるって」
「たったの2ハワー?………アリス嬢さん、すげぇ……」
「ははっ。あたしは尻叩き担当だけど、アリスは奇跡担当だからね。これでなんとかなるよ。ヤング!2ハワーでアリスが来てくれる!なんとかなるって言ってた!頑張ってよ!」
「アリス嬢ちゃんは……相変わらず無茶苦茶ですね……」
「パックー、チャックー。釣竿があったよねー?そこの水溜りで何が釣れるか、やってみなー。いいのが釣れたらアリス、喜ぶよー」
みんなが不安がっている時は、なんでも良いからそれらしい用事をつくって、忙しくさせるんだって誰が言ってたんだっけ?
「「はい」」
「ボートから釣るといーかもよー」
パックが手をひらひらさせてる。あいつならそれくらい先に思いつくか。
『ミット。ガルツだ。今2人付けてアリスのドロン作りをやってるところだ。アルモスブラフって言ったか?そこにも患者がいるのか?』
「あー。どうだろ……回復中が50人で生きてるのが80人て言ってたねー。罹らなかった人が30人いるってことかなー?」
『マノさんが言うには大概の疫病は一度罹って治ると同じ病気にはほとんどならないらしい。その30人はこれから罹るのか、全く罹らずに終わるのか分からんが』
「あっちも見に行ってあげられるのかなー?」
『アリスはそのつもりらしいぞ。何か欲しいものはあるか?重いものでなければ準備するぞ』
「うーん、エレーナのお弁当!」
『そりゃ大変だ。すぐ頼まないと。他は?』
ガルツが走る音が聞こえるよー。えへへー。
「無いよー。頼んだー」
『分かった。切るぞ』
それからあたいはテントからあまり離れないようにして、マノボードでチズを眺めなら座り込んでいた。
微かなブーンという音が聞こえるような気がする。これがそうかなと思いケルヤークの方角を見ると、150メルくらい先の空に白いものがポツンと見えた。
「アリスが来たー!」
『パック、ミット。聞こえる?ミットの声を聞くまでツーシンのこと忘れてた。ごめんねー。すぐに降りるよ。切りまーす』
「あはははー。アリスだー」
頭から爪先まで白い生地ですっぽり覆われたアリス。
「やあ、ミット。ヤングを診るよ。離れてて」
そのままテントに入って行った。
これがドロン?50セロの高さに太さ8セロくらいの1メル半の黒い輪っかが4本足に載っていて、30セロの腕も4本。手?は3本指?この指30セロもあるね。あ、回るんだ?なんだろうね。
中を覗くと床がない。5セロ幅の帯で作った網だね。4本足に固定されてる。降りてきた時アリスの足は下に見えてたし、立っているように見えたっけ?穴から足を落として乗るのかな?荷物は輪っかの内と外にぶら下げてある。
10メニほども経ったか。パックとチャックが足場のよくない坂を走って戻って来て、そのせいで息を切らしへたり込んでいる。アホだね。いくら急いだって何にも変わらないのに。でもあたいの仲間がアホだと言うことがどうしてこんなに嬉しいんだろ?
「ヤングはもう大丈夫だよー。ミットー。大変だったねー、あ、近寄っちゃダメだよー。このままアルモスブラフに飛ぶから。
ドロンに包みが載ってるから下ろして。テントとエレーナのお弁当。ヤングはそのまま寝かせて置いて。明日の朝になれば起きて来るはずだし、人にも移らないはずだけど、服と体をよく洗わせてね。
あ、着替えも全部だよ。ひと代わりはそこに全員分持って来たよ」
「うん、分かったー。じゃあ、テントー。これがお弁当ー。着替えはこの包みかなー?
あんたたちいつまで寝てるのー?魚はどーしたのー?」
「「あっ!魚持って来るの忘れた!」」
「しょーがない奴らだねー。アリスに食べさせようって釣ってたんだよ。でもほんとに釣れたんだ」
「ざっと検査しちゃうからここに並んで座ってくれるー?
じっとしててねー」
あたいらの頭の上へ棒を伸ばして何か撒いてるね。
そのまま3メニほど経ったか。
「はい、いいよー。結果はも少しかかるよ。
待ってるからお魚持って来てくれる?アルモスブラフで焼いてもらうから。ゆっくりでいいよ」
二人で坂を降りて行ったよ。
「道路班が来るのは明日だっけー?」
「あー、そうだね。トーレスの班が準備してたね。
わわっ。なーに、この黒い斜めの板?遠くから見えてたけど近くで見るとすっごいねー。
うわーー」
「スレートが斜めに滑ったみたいだよー。多分それで川が塞がってこの水溜りー。そこの石原の下を水が流れて向こうの川へ出てるみたい」
「水が下を流れてるんじゃ、橋にして置いた方がいいかな?何かの拍子でこれが流されると道も無くなっちゃうでしょ?」
「これがー?まっさかー」
「あれー、ミットー。川が一発でふさがったんだよね?一回で無理でも3回くらい洪水になったら、これくらいは流れて行っちゃうと思うよ?」
「そっかー。あれ、あいつらまーた走ってるよ。懲りないねー」
「荷物は積んでくれる?なるべくあちこち触りたくないの。みんなが離れたら乗るから。ケルヤークには4日目以降に着くように帰ってね。もし移ってればそれまでに具合が悪くなるから」
「分かったー。
はーい。ご苦労さん。あたいが積むから貸してー。そっちで休んでな。
これでいーね。アリスー。助かったよー、ありがとうねー」
「うん。さっきの検査は大丈夫だって。でも油断できないから洗うのと4日は守ってね。
じゃあ行くねー」
アリスが乗り込むとドロンはブーンと飛び立って北東へ飛んでいった。
「道路班は明日来るらしーよ。
さっき聞いた通りヤングが起きるまでは動けない。ここにみんなの着替えがあるから、ヤングが起きた後に今着ているものと体を全部洗う準備をするよ。
まだ水が冷たいから火を焚いて体を洗ったらこっちに着替える段取りだね。今のテントも頑張って洗うしかないかな」
・ ・ ・
翌朝にはヤングは元気になった。病み上がりのヤングに合わせて戻ったので5日かかったけど、他に具合の悪くなる者は出なかった。
アリスからしょっちゅうツーシンが入って、たくさん話が出来て嬉しかった。
まだアルモスブラフに居るらしい。1200人の住んでた町をショードクするのが大変だ、と言ってたけど何するんだろうね?
ヤングに聞いてみたら、あの時はヤングの胸に手を当てた後、ものを退けながらテント中に何か撒いていたらしい。
ケルヤークに着くと赤土山への道路が出来ていた。
あっちは白土街道って名前になったそうだ。大した距離も進んで無いので歩いて見に行った。
「トーレスー。順調そーだねー、こっちの飯もいーだろー?」
「やあ、ミット嬢ちゃん。
こっちの飯って、材料はハイエデンから来てるから一緒ですよ?僕ら基本交代で自炊だし。
あー、でもこの新人が料理得意なんで助かってますよ。これがまた上手く作るんです。平地なんで覚え始めのこいつには丁度良かったですよ。
赤土山までは1ケラルもなかったから2日目には白土街道にかかって、昨日から本格的に進み始めました。平地だとのんびりやっても1日600メルくらい作れるから、5ケラルちょいじゃ10日はかからないですね」
「さっすが海沿いトーレス。平地には強いねー」
「なんですか?海沿いって?」
「ガルツだよー。
海沿いトーレス、崖のイヴォンヌ、トンネルパトラス。ケールの呼び名がどーなるか」
「あー。北周りはすごいらしいですね?トンネルは23本目だって言ってたよな。
トンネル出るたんびに海がバーっと見えるんだから、ジョーヨーで走ると良いだろうな」
「アリスが最近呼ばれて行ったけど、綺麗だったって言ってたよ。帰りなんか夕日で紅く雲と海が染まって、岩のとこなんか凄かったってー」
「へー、それは良いな。今度アキちゃん誘ってみる……!ケールは僕の続きですよね?あの先は岩場が多いんでイヴォンヌに鍛えられたケールなら楽勝ですよ。岩場のケール、とか?」
「ふーん?白土街道終わったら3連休にしたげよーか?あたいもその子見たいしー」
「ほんとですか?よーし7日?いや6日で終わらせてみせる!」
「こらこら。あたいの休みを合わせらんなくなるよ。他の人だってそんなにネジ巻いたら怒るんじゃないの?」
「「「いーえ、3連休貰えるんなら死ぬ気でやります」」」
「おーおー、すっごい勢いだねー。んー、7日でやんなー。でも無理はダメだよー。残業は2ハワーまで。しっかり休むこと」
「2ハワーですか?僕ら通勤無いんで4ハワーくらい楽勝なんですけど。それだと手順を見直さないとギリギリか?お前たちすぐに道に戻って作業を始めてくれ。
僕は手順を組み直して詰めるとこを探す」
「「「あいさー」」」
「馬に人参だってこんなに走らないよー。あたい余計なこと言っちゃったかなー?」
「いいえ、ミット嬢ちゃん。僕らはなんとしてもこのミッション、2ハワーの条件でやり遂げます。
他の班に教えたら貸しを作れますし、何より効率が上がるってことですから。僕ら、ハイエデンじゃ高級取りなんですよ。知ってました?その給料に見合う働きをしないと石投げられます」
「そーですか。そーいえばー、トラクー、まんま筒に乗ってきたんでしょー?入り口3メルしかないから乗り込み大変だったでしょー?」
「え?9メルありましたよ?横移動ですぽんって感じで乗り降りしましたけど?3メルじゃどうやっても乗れないですね」
「ええー?普通のドアじゃないのは分かってたけど……」
「ああ、継ぎ目がないですもんね。そうするとあの奥の角を曲がれれば、大体は乗れるって事かな。僕らのトラクでほとんどギリでしたけど。もう1メル長かったら曲がれないかもしれません」
「そっかー。じゃあ、あとは任せたよー。また見にくるよー」
「ご苦労様したー」
この顛末をアリスに話したら、ケラケラと笑われた。
『そっか。あたしもこれが終わったら現場を回って道具の改良なんかを聞いて回るよ。どんどんハイエデンから遠くなるから連休にしてあげないとゆっくりできないもんね』
「あー、確かにー。
休みの前の日は片付けの後交代で運転席に座って暗い中走るらしーよ。明けは夜中に出て交代で寝ながら現場に行くって聞いたことがあるよ。みんなちょっとでも長く家にいたいんだね」
『むー。6、6、6、と出て3連休とかかなー?
それも意見を聞いてみるよ。でもチューブ交易用のトラクは短い方がいいのかー』
「そっちはどうなのー?片付きそーお?」
『こっちは整理はついてきたけど人が少なすぎて大変なんだー。動ける人が25人しかいなくて、寝たまんまの人の世話やらもあるから片付けは10人でやってる。まだまだ大変だよ』
「ケルヤークから連れて行ったらビョーキになるかなー?」
『むー……まだちょっと危ないかもだって。あたしも白い服着たまんまだし。東に小さな川があるから、そこにお風呂とテントを作って寝泊まりしてるよ』
「そっかー。またかけるねー」
アリスの手伝いができないのがもどかしい。




