1 ケルヤーク・・・アリス
これまで:ハイエデンを起点とした道作りが進んでいる。西の民も商品製造や温泉場管理に活躍するようになって体の空いたアリスはガルツとケルヤークを訪れていた。
あたしはケルヤークの赤土山までマークスという男に案内を頼んだ。
すごい道だった。ピピンの曳くバネとクッションをフル装備の馬車が揺れに揺れた。これじゃ歩いた方が早いよ。
現地に着くと、山裾が3メル程切り落とされた場所で、背負い箱に掻き入れられた赤土を足場の悪い土の上を歩いて馬車まで運ぶ、20人程の男たちがいた。右の山だけ削っているところを見ると左からは出ないのだろう。
いくら馬車5台の赤土が食料の1台分になると言ってもこの環境は悪過ぎるんじゃないの?
「ガルツさん。酷い道だったねー」
「むう」
「積んだ土はきっと半分こぼれちゃうよ。水溜りも真っ赤だったし」
「ああ。そうだな」
「あの掘ってる道具、みんな木だよ?おっきな板を敷いて馬車を側まで持っていけばもっと楽に積める。あの山裾も今は3メルだけどもっと高くなるよ。掘り方を工夫しないと崩れてくるね」
「おい、マークス。うちのお姫様がお怒りだ。こんな酷い環境で働かせるようでは、任せておけん」
「何を言われます。怪我人など出しておりません」
「そうか。ではあそこへ行っておまえも掘ってみろ。箱を背負って運んでみろ」
「ううっ、それはご勘弁をお願いします」
「他より少しはマシかと思って温情をかけたんだがな。どうする?アリス」
「正直、計算もちゃんとできてないし、現場もこれでしょ。要らない」
「そうだな。口減らしがいいか」
「ううっ、そんな。私は精一杯やっております」
「これがあんたの精一杯だって言うんなら、尚のことそんな無能は要らない。
はーい。作業中止ー」
あたしが手を鳴らしおっきな声を出したんで、おじさんたちがびっくりしてこっちを向いた。
「この作業は誰の指示ですかー?もうちょっとマシな道具はないのー?」
「そちらのワークスさんの指示ですよ。お嬢さん」
「それでー」
「ああー、道具ですか?こいつらにはこれで十分ですよ」
「ふーん。ガルツー、これも要らない」
「はいはい。おい、こっちへ来い」
「なっ?俺が何をしたって言うんだ?」
「なーんにもしてない。そこのあなた。答えてくれる?どうしてこんな道具なの?」
「それは支給されないからです」
「こいつらには。支給されない。じゃあ、ちゃんとした道具はあるのね?」
「はい。数はないですが倉庫にあります」
「この仕事はどうすればうまくやれますか?」
「もっと道具が欲しいです」
「先に道を直させてくれ」
「こんな掘り方じゃいずれ崩れる。上の方から段にして土を採りたい」
「馬車を近くまで寄せられる様に大きな板を敷いたらいいんじゃないか?」
「それなら俺たちの足元も敷いて欲しいぞ」
「なんだと、おまえたち……」「ううっ……」
バチッ!!
「うるさいからしばらく寝てなさい」
「おい、アリス。今バチっときたぞ。びっくりするじゃないか!」
「びっくりで済んでるんだから、いーじゃない」
んーー、どうしようか。道具はここで作れるねー。板もそこの木の山じゃ足りないけど作れるか。
「その上の木、邪魔になるんでしょ?こっちへ落としてくれる?あたしは道具を作っちゃうよ。まずはオノか」
赤い土の上にマシンを撒く。オノが3本。ショベルが10本。柄は木の方がいいね。自分で治せるだろうし。
じゃあ木の方もまとめてしまおう。こんなに積み上げられたら柄の分も取れやしない。
あ、太いところを直接取ればいいんだった。
この頃は木質に加工済みの材料ばかり使ってたから忘れてた。
マシンを撒くだけ撒いたら手頃なところをゆっくりと引き剥がす。
オノはもうちょっとだね。柄を作っちゃおう。
「はーい。斧ができたから使ってみてー」
「ええっ?斧ですか?あっ!すげえ。こんなすごい斧3本もどっから?」
「いいから上に持って行って。使いにくかったら直すよ。
あ、ショベルできたねー。そこのお兄さん、柄を付けるから手伝って」
「はあ、僕で良ければ」
「ほら、そこのを全部持って来て。
ハルトが使ってたショベルってこんなだったよね。ガルツさん、どーかなー?」
「ここの連中はそんなに大きくないから、良いんじゃないかな。
刃がもうちょっと曲がってる方がいいかも知れん。あんちゃん、ちょっと掘ってみろ」
「うわー、スパスパ刺さる。全然違うよ」
「いや、木のショベルと比べるのは、いくらなんだってあんまりだよ。鉄のショベルを使ったことはないのか?」
「初めてです」
あとは板だね。1メルの2メルで厚さ2セロあったら馬車くらいは余裕だけど1枚32キル。そのくらいは仕方ないか。
この木の山からは19枚板ができた。
「倒した木はなるべく小さくまとめてね。根っこも使えるから、掘り出したらまとめておくんだよ。
ここがこんなってことは白の方も想像が付くね。あっちはアルミーだから鉄のオノとショベルは倍作っておくよ」
オノを渡したので結構大きな木が倒せたね。集めてもらったあと板に加工して、合わせて58枚になった。
「ここはこれでおしまいにするよー。道はあなたたちで直せるのー?」
「このショベルをもらいましたからな。こんなもの水切りして、乾いてから高いところを削って均せばなんとかなります。今日は水切りをしながら戻りますよ」
「そうか。では俺たちは先にこれを連れて戻る。あとは頼む」
「あの人たち簡単そうに言ってたけど、あのやり方じゃ、ずーっと道路を直しながらの採掘になるよ」
「そうだろうな」
「白の方の道もきっと同じだねー」
「そうだな」
「ふーん?乗ってこないねー?」
「何がだ?」
「道路班はいま3班あるんだよね?」
「そうだな」
「次席ひとりと中堅二人を各班から集めて、新人4人を入れればひと班増やせるねー。死んだボタンも増えたばかりだし」
「なかなかいい案だな。やってみるか。それで誰に任せるんだ?」
「あたしはトーレスの班を連れて来たいな」
「良さそうだな。戻ったら動くか」
・ ・ ・
町に戻るとミットとパックが待っていた。
「どこまで行ってたのー?あたいも行きたかったー」
「おう、すまんな。アホと腰巾着はクビにした。ボタン付きだな」
「だからあたいが言ってたのにー。まだ何人かおかしいのがいるよー。引っ張ろうかー?」
「むう。何人だ?」
「6人ー。白土の方に2人出てるらしいよー」
「分かったよ。やってくれ。明日は朝から白土の採取場へ行ってみるか。
しかし結局、面倒を見なきゃならんのか」
「しょーがないよー。パックの実家だものー」
「くっ。痛いところを」
「パックー、掃除に行くよー」
「ああ、行こう」
「誰か任せられそうなのも探してくれ」
「あいよー」
「やれやれ。アリス、上を見に行くか?」
「行ってみよー。まだ水は溜まってないと思うけど」
行ってみると3メルくらい溜まっていた。
「ガルツさん、水が思ったより多いよ。水路を作っちゃわないと町が水浸しになりそう」
「そりゃ大変だ。どうするんだ?手伝うことはあるか?」
「んーー、とりあえず余分を流しちゃえば、後でどうにでもできるから大丈夫」
マノさんの線引きに従って、マシンを撒くだけだもの。
「あ、水路ができたらこの箒で回収を頼める?」
「おう、任せろ」
狭い町だからね。1ハワーちょっとで水路ができた。町と川の間の土地って結構広いんだよね。今は半分くらい湿地だけど、ここで水路を左右に分けて全体を灌漑するのはありだね。
水が流れ出すのは夜中くらいになりそうだ。
ミットとパックがロープでぐるぐるにして4人引っ張って来たので、ボタンをつけてあげた。
このボタンは発信器で本人を探すためのものだ。細い端子が56本に分かれて脳に直接接続する。更生できたらきれいに取り除けるけど、付けている間は悪意を持つことができない。本人が悪いことだと思ったことは考えることもできないんだ。説明書通りならね。
相当な痛みを伴うので一人ずつデンキーで意識を奪って付けてあげた。付いてしまえば痛みはない。元ドルケルの13人はこの間外したけど大人しくしている。あれは罰を受けていると街の人たちに見せる意味が大きかったので、もう必要ないだろう。
今日も盛りだくさんで疲れたよー。
「もう帰ろうよ」
「ああそうだな。帰ってゆっくりしよう」
道路班の再配置は新人4人の人選をすることに決まった。実際にひと班増えるのは、交代してここへ戻ってからになるし、一斉休暇を2日取るので5日後だ。夕方の会議でそこまでは決まった。
・ ・ ・
採取場を見るために二日続けてガルツさんと二人でケルヤークにやってきた。
昨日作ったチョスイソーからの水路は半分くらいの量が流れていた。湿地が乾くにはまだ時間がかかる。下の方に溜まっている水を抜くにはどうしたらいいだろう?
馬車にぐわんぐわん揺られながらマノさんと相談していたけど、思い切り酔った。
「ちょっと止めて……うぐぅ、気持ち悪い……
えー?なんとかなるのー?うぇっぷ、早くしてー」
ガルツさんとマークスが心配そうに見守るなか、マノさんが調整してくれて車酔いは5メニ程で収まった。
その後も延々と揺られたけど、具合が悪くなることはなかった。でもひどく疲れたー。
3人でげんなりした顔で採取地へ降り立った。先の方が白いなと思って馬車から見ていたけど、この辺りは一面真っ白の粒で覆われている。
これがぜーんぶアルミー?の原料なの?
見渡す限りの草も木も生えていない土地。その遥か向こうに木が見える。
……あそこまで2300メルか。左右も3000メル以上あるね。地形はどうかな?
……だいたい平らだね。右端の方が5メルくらい低いのか。チズで見るとそっちは東になるんだね。採取していくと水溜りになるのが嫌だから、低い方から採取するのが良さそうだけど。
上を歩いてみると少しザクザクしていて、馬車なんかすぐにハマりそうだ。
左手にボコボコと穴があって、その向こうで20人くらいで積み込みしてる。
運ぶための馬車は6台も来てるんだね。
用事はお弁当を食べてからにしよう。
「マークスー。あんたの目はどの人?呼んでくれる?」
「はい、嬢さん。
チャック、パイク。ちょっと来てくれ!」
「マークスさん、どうしました?こんなところまで来られるなんて」
「方針が変わった。今後はこちらの指示で動いてもらう。
ショベルを持って来たのでみんなに配ってくれ。採取は右の方からやっていくから、ここを片付けて移動するぞ」
「マークスさん、なんですか一体?俺たちのやり方に文句付けるんですか?」
「突然来て言うことを聞けはないでしょう」
ガルツさんもいるのに度胸があるんだか、バカなんだか。はぁ……
「口を慎め。ケルヤークの恩人、ガルツさん、アリス嬢さんの前で失礼なこと言うな」
「マークスー。あんた、ろくなの使ってないんだね」
「お恥ずかしい」
「なんなんですか、このガキ?」
「待てよ、おい」
あーあ。二人で向かって来るからガルツさんに抑えられちゃった。
「話が進まないからボタン付けちゃうよー」
「はい、お手数をかけ申し訳ありません」
これでケルヤークの素行の悪い人はおしまいかな?
片付けて向こうへ行ってみるよー。
途中ひどい段差があったので6メル幅で、緩い坂になるようにブロックをつくって敷いた。
ここから始めればずーっと上から崩す感じで集められるね。馬車を入れるようにしないとすぐに積み込みが大変なるから、アルミーで板を作ってみよーか。
「ちょっとこれで板をつくってみるよ」
マシンを10メル四方に撒いた。厚さ2セロで1メルの2メル。それで重さは110キルか。4隅に穴を開けて4人でなら手カギで運べるね。馬車で踏んだら曲がるかもだけど。
……できるまで80メニか。結構かかるね
「今おっきな板を作ってるけどしばらくかかるよ。あたしはもうきついからちょっと休むよー」
「そうか。何か急ぎでやっておくことはあるか?」
「この辺りの草を刈っておきます。地面の様子もよくわかりますから」
「俺はマークスと周りを見てくるよ」
お茶を飲んで待っていると草が段々と広く刈り取られ、地面に大きな黒っぽい石が所々見えて来た。
「その石、馬車を回すのに邪魔になるねー。
この辺りだけでも除けてしまおうよ」
「はい。おい、やってしまおう。そっちへ集めればいいか」
「これはでかいな、周りを少し掘るぞ」
妙に平なところのある石だね?角を擦って丸くした板のようなのもある。なんだろう?
……スレト?スレート?薄く剥がせる石?そんなものが自然にできるの?へぇー。
……うまく割れば1セロ厚くらいの板になるんだ。
馬車にある鉄で平らなタガネとハンマーを作って来た。
「チャック、パイク。タガネでこの石を割ってみて。うまく割ると1セロくらいに薄く割れるらしいよ」
「ほんとですか、アリス嬢さん。やってみます。道具を貸して下さい」
「俺にもやらせて下さい。嬢さん」
ボタンがつくとさっきのバカと同じ人かと思うくらい応対が丁寧になったね。
「二つ作ったから頑張ってやってみて。薄くて大きい板ができたら屋根にしたり、字を書く石板になったりするよ。他所へ持っていけばいい交易品になるよ」
6人くらい興味津々で集まって来た。
「おおっ。平らに割れた。こんなに綺麗に割れるのか。すごいな」
「薄くて大きいのができたら売れるって?。俺にもやらせろ」
「アリス嬢さん。道具はもうないのかい。あったら貸して欲しい」
「ちょっとずつ均等に薄くヒビを入れたらどうだ?」
「いやタガネの向きを変えてみよう。こっちの面から行けばうまく剥がれるんじゃないのか」
なんかすっごく盛り上がってるね。まだ鉄あったかな?
探すとなまくら短剣が3本出てきたので、もう2セット作って渡した。言わないけどタガネの先の硬さは一級品だから、すごく割り易いはずだよ。
わあわあとみんなが交代で挑戦するうちに、とうとうパイクが石から1セロより薄く一枚板で剥がすことに成功した。できるもんだね。
「なんだ?なんの騒ぎだ」
ガルツさんが戻ってきたね。
「ガルツの旦那。これを見て下さい、パイクのやつが石を割ってこんな薄い板を作りましたよ。マークスさんも、ほら」
「こんなでかい石をか?
80セロはあるぞ?そんなものが割れるのか、これはまた薄いな、1セロないじゃないか」
「パイク、よくやった。やり方をみんなに教えてやってくれ、私が特産品に仕立ててみせるぞ」
「アリス嬢さんが教えてくれたんです。道具まで用意してくださって。ほんとにできるとは思わなかった……ありがたいことで……」
むう。大騒ぎになっちゃったね。
「この東におっきな川があるんだけど、この石は上流から流れてきた思うんだ。おっきな岩で取れるかもしれないから、探してみたいね」
「はい、早速探してみます。
ですが、この板はなんに使えるんでしょう?」
「屋根に並べるといいよ。あとは床や壁に化粧材として貼ったり、字の練習に使うとか。食器やお盆の代わりに使ってもおしゃれだよ」
「左様ですか。私らも考えてみましょう」
「板ができた頃かな?あー、出来てるね。
あれ、集めちゃって」
「嬢さん、この板はどうするんです?」
「この白粒がザクザクしてるから、馬車を入れられないでしょ?この板を敷いたら入れるかなと思ったの」
「なるほど。穴を掘って積むよりもずっと楽に積めますね。平らまで採ったら先へ敷いて近くに馬車を寄せればいいのか。ありがたく使わせてもらいます」
「よし。ここの作業は終いにして戻るぞ」
「俺たちはこの石を積めるだけ積んで帰ります。町の者にも見せてやらないと」
「嬢さん。この薄い石の板、貰ってやって下さい」
「あー、ありがとう」
「じゃあ俺たちは先に戻るぞ」
「「「お気をつけて」」」
あんな板、あたしはいらないんだけど断ったら角が立つしー。それよりも明るいうちに帰りつけるかなー?
「マークス。道の整備班を寄越すことになった。5日後にこっちへ連れてくる予定だ。二つの採取地までの道の整備に14日はかかるだろう。町の大通りから乗り場の間も整備するが、この辺りの町や村はどうなっている?行き来はあるんだろう?」
「それが、旦那。近在の村は食い詰めて潰れてしまってます。生き残りがケルヤークに集まってるような状態でして。土地が畑には向いてないんでしょうね。あの白い土のあたりを見たでしょう。荒地ばかりが多くって」
「そうだねー、川のこっちはだいたいこんな感じ?
川を渡った向こうなら緑地も森も、町だってあるみたいだよ。でも結構遠いねー」
ケルヤークのそばにある川は、この大きな川の支流だ。チズで見る感じでは本流の川幅は2000メルもありそうだ。その後もしばらく大きな緑地はない。階段状に3段登った上から草地になり、しばらく行くとちょっと大きな森がある。そこを北へ回り込んだ先にその町はある。
「川向こうに町があるなんて聞いたこともないです。本当ですか?本当なら誰か調べに行かせます」
「チズをおっきくしてみるね。
……荒れた感じじゃないけど人は見えないねー。どうなってるのかなー?調べに行ってもらうしかないねー」
・ ・ ・
「うわー。すっかり暗くなったー」
「あんなに揺れるんでなければもっと早く走れるんだがな」
「だれか道路班を出し渋ってた人が居たよね」
「そうだったか?それよりも早く帰ろう。晩飯がまってるぞ」




