7 崖の道・・・アリス
これまで:アリスは筒だけでは「飢えない世界」は実現できないと考えていた。近いと言っても馬車で何日もかかるご近所の町村。マノさんから道を走る乗り物を引き出した。ハイエデンを起点とした道作りが始まった。
ここまでも難所はあった。マノさんのエーセイの地形図を元にいけそうな経路を計画した。
半ば空中道路になってしまう場所では山肌に食い込む経路を取り、上の斜面を切り崩すことで路面を形成する材料を確保し、同時に直下の崩落防止を行う。
設定条件が多すぎるのであたしが呼ばれたわけだ。この先の1000メルが最大の山場になる。なんでこんな難しい経路をいくのかと言うと、ここからも北の端が見えているあのオクトールの町、人口は2500人。穀物は蕎麦、葉物野菜がよく穫れる。あの町を経路に組み込むためなのだ。
右手の山はみるからに大きいけど、左手奥から深い渓谷に川が流れていて、この時刻になると底の方まで届いた光で水面がキラキラと輝いている。
目を上げると碧の森、さらに左を見て行くと白い巨岩が並んで向かいの大地を支えている。そのあたりまでいくと何度も見え隠れに曲がった果てのこの道が岩と向かい合って見えている。
その先は道も川も山の向こうへ回り込んで見えないけど、海の近くをこちらに向かう道路がかすかに見えている。あの海岸沿いの道はひと月前に開通させた部分だ。
山影になって見えないけど海近くにこの道との分岐があって、トーレスたちの班が海沿いに今も道を延ばしている。
オクトールの先にもいくつかの村があるからこの道が将来は主要道路になるだろう。
因みにもう一班はハイエデンから南側へ半島を突き抜いて、海沿いに右へ行くトンネルの多いルートを作っている。
「イヴォンヌさーん、ヤッホー。もうすっかり春だねー。途中にいっぱいお花が咲いてたよー。
ほら少し摘んできたよー」
「あらあら、可愛いお花。アリスちゃんみたいね。ちょっと休憩にしましょう。お茶を入れるわ」
作業中だから紺の両側に胸ポケットが付いた上着、その下に薄い青のシャツ、紺のズボンは腿の外側に大きなポケットが付いていて、黒いゴツイ靴。
班の4人が支給された同じ服装だけど丸みの強いイヴォンヌさんが着ると、胸ポケットのペンや手帳が持ち上げられていたり、足を踏み替える仕草、手の動きなんかが相まってすっごく可愛い。
「で、どんな具合なの?」
「それが……向きが少しずれていたのよ。一昨日気がついてね。多分10メル?」
「わー、そんなにー?」
「それで2日かけてここまでの崩落防止のところを確認してたってわけ。今のところ問題は見つかってないけど、やっちまったーって感じよ」
「班長、申し訳ありません。あたしが間違えたんです」
「何言ってるの。それをチェックするためにあたくしとケールが居るのよ?連帯責任よ。あなた一人においしいところを持っていかせないわ」
「えー、おいしいの?あたしにも分けてねー」
「アリスちゃん、意味がちょっと違うわ。混ざらない方が良くってよ」
「えへへー。修正報告書はもう上げてあるからねー。もう混ざってるのー。
ここまで来てやめるわけにはいかないよ。みんな待ってるんだから。山側を500メル戻って拡幅して線形を修正してくる。ずれた10メルはそのまま駐車帯にするよ」
「もう!あんたどこまでお人好しなの?
でも来てくれてありがとう……」
「ほらほら。班長が凹んでちゃ道はつながらないよ。しゃんとして。
えーっと。……10メルと28セロかー。延長も58セロ足りてないね。高さは……11セロ高いのね。擦り付けをうまくやらないとねー。
じゃあ……これでどーお?マノさん。
はーい。23メニ待機ねー」
「アリスさん、どうなったんですか?」
「ケールさん。延長が58セロ短くなってるからいま調整したよ。このブロックからまた始めて行って。あと20メニだよ。準備にかかって」
さて、あたしはここができたら逆に500メルの拡幅修正と30メルの駐車帯擦り付けだね。
一晩はこのジョーヨーで寝るしかないね。
さあやるかー。逆巻きだからと言って困難なことは特にない。出来上がっている構造を傷めない様に線形と高さの擦り付けを計算して、山肌を道路に変えていくだけ。
死んだボタンにはできないけど、あたしの意思とそれを実現するマノさんの計算力があれば難しいことじゃない。
「アリスちゃん、今日一日ご苦労さまでした。
明日も一日かかりますがどうぞよろしくお願いします」
「イヴォンヌさん、4ヵ月でここまで来たんだよねー、長かったねー」
「何をおっしゃいます、アリスちゃん。まだまだこれからですよ。
それは難所のたびに毎日のように来ていただいて、構造設定なんか追加追加でもう500を超えていますけれど。
それでも先へ進むのがあたくしの仕事。1日で作った道路を振り返る時や、休み明けに出来立ての道路で現場に向かう高揚感と言ったら!
あたくしにこんな素晴らしい仕事をさせてくれてありがとう。心からありがとう」
線形修正が終わって帰り道。もう何度も通った道だけど河口に聳える岩の柱、もちろんまっすぐな柱じゃなくて、あの辺はどうして崩れないんだろうかって、いかにもバランスの悪い形をしてる。
いつもは変わった形の岩だとだけで大して気にせずに通るんだけど、赤い波頭がチラつく海を背景に夕陽を浴びて煌めく白い横の縞模様、中間からどっしりと広がるあたりに傾いて走るオレンジに光る3本のライン。すっげー!!
あんなの初めて見たよ。どういう理屈であんな模様が浮かび上がったのなんて、さっぱりだけど……
あの新しい道を作って来たご褒美だろうか?この風景はマノさんが記録してる筈だからいつかイヴォンヌさんに見せてあげよう。
あたしは日はすっかり沈むまで、表情の移り変わる岩の景色をジョーヨーの屋根にもたれてずっと見ていた。




