6 トラク2・・・アリス
これまで:アリスは筒だけでは「飢えない世界」は実現できないと考えていた。近いと言っても馬車で何日もかかるご近所の町村。マノさんから道を走る乗り物を引き出した。
あたしは道路の向きを決めるガイドの調節に手間取って、ムッキーとなっていたら横から声が掛かった。
「アリス、これがガイドかい?長いね」
「わー、パックが来たー。この棒の30セロ下に幅8メルの道ができるよ。20メル先にこれ立てるから高さを見てね」
「あら、アリスちゃんお迎えに来てくれたの?」
「これが高さの目印。この辺に高さ30セロで立てるよー。イヴォンヌさんもパックのとこでみてねー」
「あらあら」
11メルの先端に戻った。
「パックー。向きがずれてるの分かるー?」
「えっ、あ、本当だー」
「あたくしにも見せてくださいな。
あら、半セロもないんじゃなくって?右にちょっとですわね」
「じゃあ直すからいいところで止めてねー」
わざと逆へ動かしてみる。
「あら、アリスちゃん逆ですわー」
「はーい」
どうかなー?
「もうちょっとですわ。はいそこでいいと思います。パックさん、どうですか?」
「おー、ぴったりだな」
「じゃあ次は高さだよー、ここはあんまりデコボコしてないから、あそこで30セロ上げたよー。今度は上下に調整するよー」
イヴォンヌさんが後ろを向いて足の間から覗き込んだ。しゃがむと地面にスカートがつくからかな?スカートをちょっと持ち上げたところでパックの顔が真っ赤になった。
「もうちょっと下かしらね?パックさん、どうですか?」
「ええっ?ええと……」
「あら、大丈夫ですか?あまり頭を揺らすと見えないと思いますけど?」
これはまだまだいろんな準備が要るみたいだねー。イヴォンヌさんのズボンとか。
30セロ浮かせるのは棒の安定は良いけど作業する姿勢が大変だね。あ、マノボード!
マノさんあの高さの絵ってボードに出せる?
……はあ。出せる。見やすくして?はあ。そーいうのもっと早く。って言うだけ無駄かー。
じゃあボード作ろう。
「なんかねー。もっと見やすくできるってー。材料取ってくるから待っててー」
このボードも丸められた方がいーかな?外だからねー風が吹いて飛ばされるー?雨で濡れるー?運ぶ途中で転んで下敷きー?
……そーですか。心配なしですか。
戻って椅子に座る。あたしはさらっとしか聞いてないのでおまかせだ。サンキャクは一緒だね?あ、ボードができてきた。でっか!
高さ30セロ幅60セロの薄い黒い板が出来上がった。
イヴォンヌさんは興味津々だ。
「まあ、これ、なんですの?」
「ボードだよー。無理な姿勢で覗かなくても良いようにね。ここからでも見えるかな?
……大丈夫だって。この縁の丸いボタンを押すのね」
黒かった板の表面がパアッと明るくなって黒い棒の拡大された絵と的が横に2分割されて現れた。左のは横から見た絵で、右は上から見た絵か。向きはいい感じに合ってるね。この数字は?4/100セロって書いてある?
……右にずれてる?
「うえっ。この右の絵、右に4/100セロずれてるって意味だってよー。判定、キッビシーよね?」
「あらあら。ではこの左のは上下ですの?30/100セロ、下を向いていると?」
「そうだね。右上の赤い四角で切り替え?チョンと押すの?」
「こうですの?あら、線と数字だけになりましたわ。見やすいかって言われるとどうなんでしょう?」
「上の青いボタンは横にずらすんだって。拡大と縮小ってなーに?」
「大きくする、小さくする。でしょうか?
動かしても線だけだとさっぱりですわ。さっきの絵に戻るかしら。わっ。あたくしの立てた棒がこんなに大きく見えてますわ。あらあら、これは面白いですね」
あんなに細かい数字出されても調整できないじゃない。
……ねじ?そー言えば、なんか丸いのがついてたね。
棒と固定している三脚を見に行くと向きの違う丸いつまみが二つ。ふーん?
「ちょっとボード持ってきてー」
先端のそばにしゃがむとゆっくりつまみを回してみる。
「数字が小さくなったよ。あ、もうちょっと。今ゼロになった。でもアリスのどこが見えてるのかな?」
「切り替えはどうですの?あらやっぱり線だけですのね。この絵って必要なんでしょうか?」
「次に行くよ。下げるんだっけ?」
「いいえ、上げるんですわ。30/100セロ」
「こうかな?」
「減りましたわ。どんどん回してくださいませ。17、9、3、ちょっと行き過ぎです。はいそこでゼロ。あら、左に2ですわ。はい結構です両方ともゼロになりました。合わせるのがとっても簡単で楽しいですね。おじいさまに言って絶対あたくしも道路を作ります」
「じゃあ幅8メルの道路を作って見るよ。撒く。
始め。
0/12?」
「ボードにも同じのが出てますわ。0/12メニ。作成中。ですって。
12メニでできちゃうってことかしら?」
むう。あのおしゃべりマノさんが返事しないよ。12メニならすぐだし、待ってよーか。
「僕、エレーナにお茶を頼んでみるね」
2メニと経たないうちにパックがお茶を持って来た。
「アリスちゃんってガルツさんとずっと旅をしてたの?」
「そうですね。ここにくる前2か月くらいかな。最初はミットと3人で歩いて、2日くらいだったね。そのあとピピンが来て馬車の旅。筒の乗り場を見つけて、パックを見つけて。ハゲ山の植林ー。あれ楽しかったよねー、パックー。
パックの町を探すつもりで筒に乗ったんだけど降りたら虫だらけ。でもこのハイエデンっていい街だよね。あたしが見た中でいっちばん平和だよー」
「まあ?確かに大きな争い事はないですけど」
「うふふ。虫の騒ぎから4カ月?ゆっくりのんびりやりたいことをやって!平和だよー」
「僕もそう思うな。お腹空かせて、打たれこそしなかったけど、嫌な命令されて……僕もこの街が好きだな。なんか役に立ちたいよ」
「あたくしはこの街から出たことがないんです。乗り場も100年以上も閉鎖されたままだったし周囲は貧しい集落ばかり。幸いここは食料には困らなくてこれだけの人が集まりました。
いい街っていうのはその通りだと思いますけど、あたくしは広い世界を見てみたい」
「どっかで聞いたなー。あ、ガルツさんだ。
パックに会う前にねー。温泉見つけたんだー。だーれもいない荒地の中にポツンとある森のそば。浴槽が3つ有ってね。ゴミだらけでさー。ミットと3人で掃除して入ったんだよー。気持ちのいーお湯でさー。ここに家を建てて3人で住もーかって言ったんだよねー。
そしたらガルツさんがね。お前たちにはもっと広い世界を見てほしいって言ってねー」
ふと横を見ると、できたね道路ー。
あたしの見る方を二人も見た。
「あら、お話してる間に出来てますね。次はどうするんですの?」
「このブロック、両端の真ん中に穴があるんだ。そこにこの支持棒を立てるの。11メルのガイド棒を持ってきて載せるでしょ?パック、サンキャクをあそこに据えて。イヴォンヌさんはボードで向きを指示して」
「「はい」」
「パックさん、もう少し右ですわ。あ、すみません。あたくしの右ですから左へ5セロです。高さもう少し上がります?もう1セロ。はい、では微調整です。大きい方から行きますよ。
右へ89/100。指で動かしちゃいましょう。22/100。つまみで右へ16、8、2、はい。
高さ13/100下です。8、3、はい。
ちょっと戻して。はい。1/100左。はいできました」
「イヴォンヌさんすごいよ。あっという間だね。それで、撒くを押して。うん、次は始め。
0/12だね。また休憩ー。
あれ?回収、忘れてた。あのね、撒く、で撒いたマシンが仕事をしてくれてこのブロックができたんだけど、マシンってそんなに移動できないの。このブロックの表面に見えないくらいちっちゃいマシンが出てきて集めてくれるのを待ってるんだよ。それを回収してあげないと数が減ってブロックが作れなくなるの」
「アリス、できるのを待ってる間に集めたら?」
「えっ?ああ、そうね、パック。箒がいい?」
「ああ頼むよ。箒がいいよ」
「ちょっと待ってねー。材料がそばにあるっていいーねー」
むう。回収ボタンも付けたのに。
できた箒を渡すとイヴォンヌさんが楽しそうにマシンを回収していた。
「トラクの直しが終わったみたいよ」
「あら大変。あたくしのトラク見てあげなくっちゃ」
「出入り口は前の方なんだね。階段は2段か」
「あまり変わってませんわ。広いってお風呂がなくなった分ですの?」
「今は走る時の形だからー。じゃあ始めるよー。
到着しましたー。お泊まりなのでここのボタンを押しまーす。これ、先に運転席でお泊まりボタンを押しておかないと動かないよ」
入り口から後ろを見ていると、右の壁が外の方へずれて広がって行く。面白いねー。1メル半広がったところで止まった。
「はーい。
お部屋が広くなりましたー。台所の右にお風呂も出来てまーす。更衣室は脱衣所を使ってね。トイレは狭いけど入り口正面のがそうだよ。2段ベッドの部屋部分は、一応間仕切りカーテンで分けられるようになってます。
どーお?」
「きゃー、ステキー。もうどこまでも行けちゃうじゃない。おじいさまに1台買っていただくわー」
「ふーん。よく出来てるなぁ。運転席、カッコいい。あ、大人用か。足がつかないや。でもすごいよアリス」
「荷運びのトラクは運転席部分だけであとは荷台だよ。積み下ろしの蓋が両側でガバッと開いて、長さは11メルかなー。高さはもうちょっと有ってもいいかもね」
「あ、サーラムたちが片付けから帰って来た。もうお昼だね。僕食堂の手伝いに行くよ」
「イヴォンヌさん。あたしたちも行きましょう」
「あ?ええっ、ちょっと待って、あの棒とボード片付けて、ここもちゃんと閉めなきゃダメよ!
盗みなんてしょっちゅうなんだから。こんな面白そうなものをほっとくわけないわ」
9/12まで進んでいたのでそれほど待たずに片付けが出来た。そうかー、トラクの戸締りも考えよー。
夕食後の会議で、パックの町ケルヤークについて聞いた。ひどい食料不足だそうだ。ガルツさんは商会長を通じて馬車3台の穀物や肉野菜の手配をしていて、明日荷が揃い次第また行ってくるそうだ。
「それでな、アリス。今日の分の代金は宝飾品なんかでもらって来たんだが、それもあと2台分なんだ。あいつらが無事に冬を越すには20台は要ると思う。ハイエデンがどこまで出せるかわからんが、ビクソンも掻き集めると言ってくれた。
でな。これを見てくれないか?」
赤い土?……赤いのってサンカテツ?なーにそれ?鉄かー。重さの半分が鉄?
「この土は鉄が採れるって。重さの半分」
このタネは?……ワタ?ふわふわお布団?ぬいぐるみ?ここでも作れるかな?
……できそうなんだ!
「これ、ワタのタネだって。ここでも育つって」
これ豆?カラカラの真っ茶っ茶……コーヒー?なにそれ?美味しいの?
……うえっ!苦いのー?ダメだよー?
……大人がー?本当かなー?マノさんもたまに間違うからなー。
「なんかねー、コーヒー?お茶みたいに飲み物になるってー。すっごく苦いらしい。ほんとに飲めるのかなー?」
「マノさんが言うんじゃやってみるか。どうすればいいんだ?」
「なんかね、これをちょっと粒々ーくらいに挽いて、お茶みたいに淹れるらしーよ」
「どれ、やってみるか。エレーナに頼んでくる」
「パックー、チーノちゃんが居たー」
「え?チーニー?」
「うん、痩せてたよ。でもちっちゃい子3人の面倒を見てたー。あたいはガルツがサボるから仕切んなきゃいけなくって、あんまりお話できなかったけどー」
「なんでミットが仕切るのよー?」
「だってー。あんな人相の悪いおっさん5人とゴツイ青ゴリラだよー。あたいが黙って見てたら皆殺しになっちゃうでしょー。おかげで死人は二人で済んだんだよ」
「すごい。ミットすごいよー。快挙だねー」
「えへへー。他にも交易品候補が二つあったからー。上手く行くといーね」
「コーヒー、淹れてもらった。やっぱり苦いな」
「でしょー。あたしはよしとくねー」
「僕は飲んでみたい。町の収入になるかもしれないから」
「あたいもよすよ。でも香りがいいねー」
「あ、そうだね。香りかー。隣で飲んでるとご飯が美味しいとか?」
「どーだろ」




