1 温泉場2・・・ガルツ
これまで:ハイエデンの街に本拠を置く事にしたガルツは、西の民の職場を作ろうと考えた。幸いアリスが掘った温泉と広い土地がある。温泉場を作ろうと金物屋のサントスに持ちかけた。
俺は温泉場の見本代わりにうちの風呂にローセルさん、イヴォンヌさんとサントスさんを案内してみた。
説明はまず俺がするか。
「この風呂は最大4人分、ほぼ2人用で使ってます。ここの赤い輪っかがお湯、青が水です。今出ているのは一番右の塩泉ですね」
「お湯がずっと出てるんですか?」
「止めると温度が下がってしまうんでずっとどれかを出してますね。人が入っていないお湯は地下に戻しています」
「この壁の絵はすごいですね。夕日を浴びる女神像。この場所から見える夕景色ですかな。素晴らしい。むむっ?この色はどうやって……」
サントスが絵に食いついた。アリスが答える。
「それは普通の色じゃ無いんです。そう見えるだけ。光の色なんですけどわかります?」
「普通の色では無い?」
「この桶も同じ仕掛けなんですけど、説明が難しいですね」
「ふうむ。分からん。しかしこんな絵がある風呂なら、それだけでも大きな話題になりそうじゃな」
じいさんも気になるか。正直、俺も気になるが、まあそう言うもんだで通して来た。
「この桶、すごく綺麗な色ですね。お日様の光で見てるみたいにキラキラしてますわ。ここはそんなに明るく無いんですけど」
「ああ。そう言われればそうじゃ。確かにキラキラしておる。なるほどのう。壁の絵は色が多いせいかそこまで見えんかったのか」
「では他のものも見ていきますか。まずここの灯り。これが光ってる。ほら。ちなみに連続で点けていると3日程で切れる。その場合はこちらで補充するのでもってきてくれ」
「あら、ほんとだ。動かせるのね?わたくし、これが欲しいわ。おじいさま、買って下さいな」
「むぅ。分かったよ、すまんがわしの分も合わせて10程売ってくれんかの?」
「はい。サントスさん、お買い上げです。よろしくお願いします」
「ローセルさん、お金の話は後でまとめてしましょう。まだ見るものがあるようですし」
「では、こちらへ。これはトーメイ板、窓に入れると部屋の中が格段に明るくなります。現在は注文品の製作に追われていますが、それも4日後に終わります。大きさは1メル幅、長さ5メル。厚さは1セロから1/5までの5種類できます」
「はぁ、おじいさま、わたくしここに転職したくなって来ましたわ。お部屋の中でお日様を浴する幸せがあるなんて……おじいさまも執務室に取り入れてはいかが?」
「ああ。分かった。そうしよう」
「次はベンキーか?これはまだ試作品だ。量産はこれからなんでな。要するに便所だ。
ここに座って用を足す。排泄物は水でここへ移動する。で分解されて肥料のブロックとなってここに溜まる。1回3メニくらいで終わるんだったか?水は回収されタンクへ戻る。
肥料ブロックは匂いがしないし汚くもないが、気にするなと言っても無理だから密閉容器に入った形でうちが引き取る。将来は農家や園芸家が直接買い付けると思うが。
で、当然だが動力が必要だ。日光をこの黒いのが浴びるとデンキができる。この細長いのがバッテリでここに動力がたまるので、陽が沈んでもベンキーは使用できる。それどころか過剰に溜まるんでキューデンユニットで他のものに移すことができる。
今のところ普及品は灯りだけか。あとはこの梯子の中の携行バッテリ。今後は他にも作る予定だからベンキーが1台あると色々便利になると思う」
「ぜひ5台ほど予約させてくれんか?」
「ローセルさん。値段も決まってないんだけどいいのか?」
「そうなんじゃが、この目を見ればわかるじゃろ」
ローセルさんの指差す先にはキラキラした目のイヴォンヌさんが居た。
大丈夫か?商会組合。
「あー。カネツキーというのもあるんだが鉱石が不足していてな。見るだけになってしまうが……」
「ガルツさん、大丈夫。2台分の鉱石をこのあいだ確保したよ」
アリス。ニッコニッコだな。目の前であんなに評価されまくればそうなるよな、まだ子供なんだから。
「そうか。それは良かった。台所へ行くか」
うちの台所はエレーナの領分だ。22歳とサントスの紹介状に書いてあった。
どこでこれだけの料理を覚えたのか、何を作らせても美味い。
知らない料理をうろ覚えの説明で頼んだ時は朝頼んだものが夕方にはとびきりの味で出て来たからな。少し太めに見えるが鍋や20人分もの食材を扱う以上、腕力も必要なのだろう。短い髪をすっぽり覆う白い帽子を被り、あどけなさの残って可愛いが真剣な顔で今も立ち働いていた。
「エレーナ。忙しいところを済まん。カネツキーを見せたいんだがいいか?」
「あら、旦那様。丁度良かったですよ。スープのお湯を沸かすところでしたから。この鍋を置きますでしょ。ここのボタンを押して、こちらが火力調節ですの。お湯を沸かすだけですので最大にしますね。1メニくらいかしら」
「こんな大きな鍋の湯沸かしが1メニ……」
「ほら、沸いて来ました。具材を入れるので、一旦火を落としますね」
ボタンを一つ押して火を止め具材投入。エレーナは今度は中火で時々混ぜながら煮込み始める。混ぜる合間にも他の下拵えやら他の鍋の面倒を見て次々と料理を完成させて行く。
スープの鍋を弱火にして味見を始めるエレーナ。塩をちょっぴり足して頷くと中火に戻しひと煮たち。こんな調理をたった一人で3つの鍋を相手に自在に行うなど誰が想像しただろうか?
薪や炭のかまどでたった一つの鍋を相手に二人一組で火にかけたり降りしたり、それでも火力の調整など簡単には行えないのが常識なのだ。
「エレーナ。おまえの給料を上げないといかんようだな?俺はこんなすごい調理の仕方を見たことがない」
「ええっ!そんな!わたし、クビですか?何が悪かったんでしょうか?直しますから許してください!」
「落ち着いて、エレーナさん」
「……アリスお嬢様?」
「ガルツさんは怒ってなんていませんよ、落ち着いて。あなたを褒めてるの。すごい料理人に来てもらえたって喜んでるの。お給料を上げなきゃいけないって言ってるの。分かった?」
「えっ?えええぇぇーー。そんなことって?わたしはこんなすごいカネツキーなんて使ったことなくて、ただどうすれば少しでも早く美味しいものをたくさん作れるか考えただけで……」
「そこがすごいんだ。エレーナ」
「ガルツさん!エレーナさんが怖がるからあっち行って。ごついのに免疫のない人もいるの。シッシッ」
「アリス……ひでぇ……」
「ふぅ……これ見たらミットが泣いて喜ぶよ。
エレーナさん落ち着いたー?」
周りを見ると2人の同情と1人の冷たい目があった。クソっ。
「あー、ちょっとしたトラブルはありましたが、カネツキーの良さは見た通りです……」
俺の扱いも見た通りだよ……
サントスが項垂れた俺に代わって話し出した。
「ではここからはわたしが。さっき聞いた通りこの辺りにはない温泉浴場だ。60人の風呂が適正人数かなんて分からんが、どうも建築費の方は大してかからないようだ。もっと大きくしても費用はさほど変わらんのだろう、ガルツさん」
「んー。まあそうだな。掃除なんかの人件費が増えるが」
「風呂に入って次にしたいことはなんだろう。特にこれから冬に向かい寒くなるのに、家までとぼとぼ歩いて帰りたいか?安く泊まれるとしたらどうするね。飯が食えたら?酒が飲めたら?
あのお湯の熱は暖房に使えるな。広い建物にしても賄えるんじゃないのか?」
「むぅぅー。夏はどうする?」
「夏は半年先だよ、ガルツさん。冷たいアリスちゃんに相談してみろ。何か手があるかも知れん。初期投資が然程変わらんのなら大きくやったほうがいい。普通はできないことだがおまえならできるんだろう」
「いや。俺にはできんよ。アリスがやるんだ。俺は頼むだけなんだよ。だからこそあいつの負担は増やしたくないんだ。小さいことを負担にならない範囲で少しずつやりたいんだよ。
子供を大人の都合で潰すようなことはできないんだ」
「そうか。それもそうだな………
商会長。旅籠や料理屋を引っ張ってこれないかな。建物は多少大きくしてもらって内装やら設備やらは外注したい。部屋数なんかは様子を見て増やせるかもだ」
「むむ。まず風呂部分を敷地の真ん中に作り、周りに増築でどうかの?主となる施設がないとどんなものか誰も想像もできんからの。
それとお主らの家はそういう施設と違う。そこの隣の建物と同じ感じにできんか?ここが空き地ではなくただの通路に見えれば施設が映える。人を歓待するにしては雑然としすぎておるからの」
「確かに。集めた材料が山積みになってるし、平家が2軒斜交いに並んで貧相だな」
「ガルツー、ただいまー」
お、ミットが帰って来たな。てことは昼か。
「おう。ご苦労さん。さっき覗いたが今日の飯も美味そうだったぞ」
「そっかー。あんたら、材料おろしちゃって。さっさと洗って着替えないとお昼食べられないよ」
「「「「へーい」」」」
「食事のために着替えまでするんですか?」
「家の片付けは何が混じってるか分からないですからね、戻ったらしっかり洗わせます」
ガヤガヤと話し声がする。パックも帰って来たようだ。
「パック、ご苦労さん。順調か?」
「うん、予定通り進んでるよ。まだまだかかるけど、最初の方に片付けたところは建物を建て始めてたよ」
「おおそうか。まだ4日だってのにすごいな」
「俺たちもさっさと下ろして洗いに行くぞ。昼メシが楽しみ過ぎて仕事が手につかんかったぞ」
「もうそこらの店じゃ物足んないでやすから。エレーナちゃんの飯は最高でやす」
「なんだか皆さん大人しいですね?わたくしの印象ではあの人たち、もっとこうギスギスしてたと思うんですけど」
「精神操作の道具を首につけてますし、もともと結構真面目な連中ですよ。食い詰めて自暴自棄っていうかそんな話のようですよ。
お昼を一緒にどうですか?用意してもらってますから」
「ではご相伴に与りますか」
食堂へ行くと、みんな揃ってるな。
「パック、ミット。ローセルさんとサントスさんは知ってるな。こちらはイヴォンヌさん。ローセルさんのお孫さんだ。
こっちがパック、15歳だな。ミット14歳だ」
「イヴォンヌです。どうぞよろしく」
「ミットだよー。よろしくー」
「パックです。よろしくお願いします」
「アリス、椅子とテーブル、ありがとうな」
「あら何かあったんですの?」
「あのねー、いっつもは4人でしょ?椅子を増やしてー、テーブルもおっきくしたのー」
「あらあら、それはどうもありがとう」
ミットが顔を赤くして珍しく大人しい。
「ミット?どうした?なんかあったのか?」
「なんでもないよー。ちょっと大勢で食べるのがうれしーだけー」
「そうか?それならいいが。じゃあ食べるか」
「うん、食べよー」
「このお料理って。この人参どうしてこんなに柔らかいの?お肉だってスプーンでこんなに……」
おいおい、何を言い出すんだこの人。あ、イヴォンヌか。ローセルもサントスも同感って顔だな。
こっちはみんな何言ってんだこいつって感じになってるし。
「何か違いますか?イヴォンヌさん」
「ええ、全く違います。材料も味付けもそう変わりませんが、食感が全く違います。味の染み込みも違います」
「その通りじゃ。これは凄い。エレーナさんじゃったか?わしのところへ来てくれんかのう」
「おじいさま、それだけはいけませんわ。決して口にしてはならない言葉ですわ」
「ああ……すまん……」
「あのー。話が見えないんですが?エレーナの料理が美味い、でいいでしょうか?そこは俺も同意ですが」
「冷めちゃうよー。さっさと食べよー。残すとエレーナ怖いよー。こないだガルツがー途中で寝落……むぐぐ」
俺は慌ててミットの口を左手で塞いだ。ここでそんな話をせんでも良かろうが。
「ミット、それはいいから。こほん。残すと怖いのは確かです。さ、食べて下さい」
「「「は、はい」」」
やれやれ。せっかくの昼飯だってのに味がわからんかった。
「アリス、お茶、すまんな。ミットもありがとう。
どうぞ、お茶です」
「先程は妙なことを口走ってしまい申し訳ない。考えたんじゃが、エレーナさんに料理人を指導してもらえんものか?」
「まずカネツキーの数が今2台あるだけです。あと2台作れても4台。アリス、鉱石は3週間の予定でいいのか?」
「うん、頼んだ中に入ってる」
「まあ、それも見てからなんだが、一月先の話ですね」
「じゃが、軽食も出すと言っておったろう。あと3人の料理人がいてもいいはずじゃ。軽食くらいなら……いや、あの味だからの。ヘタをすると間に合わんかもしれん。わしが腕っこきを3人揃えてやる。開店までにエレーナさんに扱き倒してもらうとしよう。イヴォンヌ、戻ったら最優先で頼む」
「はい、おじいさま」
「イヴォンヌさん、ごついのは勘弁してあげてね」
「ああっ、分かりました」
「なになにー?アリスー、教えてー?」
「おまえら後にしろ。それより午後は二人ともこっちに残れるように連中をまとめて来い。温泉とここの計画をやるぞ。あしたは1班にしようかと思ってるがそれも相談が要る」
「「分かったー」」
ミットとパックが出て行った。ふう。
「この建物の建て替えと温泉施設を真ん中にドーン。カネツキーを作って明日以降エレーナの料理教室、と。ここまでは分かった」
「あとは温泉施設の計画ができたら見せてくれ。イヴォンヌは明日からここに詰めさせる。
次はアイゼルに話を通さにゃならんの。わしらで行ってこようか?」
「頼んじゃって良いんですか?」
「構わんよ。サントスも暇なようだし。昼飯分くらいは働かんとのう」
「あはは」




