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フロウラの末裔  作者: みっつっつ
第1章 トラーシュ
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3 トラーシュ

 ここまで:野営地で6人の襲撃者を撃退したアリスたち。そこでアリスは針の投擲を思いついた。欲しいもの見たいものもあるのでトラーシュに寄る事にした。

 門は太い木の柱に扉がついただけの、簡単な作りだ。間は5メル以上あって馬車のすれ違いもできるだろうが、今は片側を閉めている。開いているその真ん中に男が立っている。


「見ない顔だな、どこから来た?」

「ああ、旅の者だ。西から来た」

「随分豪勢(ごうせい)革鎧(かわよろい)だな。嬢ちゃんたちもいいものを着てる……通行料は1人1000シルだ。

 そこに名前を書いてくれ。書けないなら代筆も受け付けるぞ。

 これは通行証。治安部に要求されたら必ず見せろ。いつまで滞在の予定だ?」


「そんなにはいない。長くて3日、かな」


「「名前ー、書くー」」

 アリスとミットが争うように3人の名前を記入した。


「よし。行っていいぞ」

「宿の良さそうなとこを教えてくれないか?」

「正面の通り左側の5軒目に『ぎん』てのがあるな」

「ああ、ありがとう」



「ふぃー、町に入るのは緊張するな。とにかく宿へ行って荷物を預けよう」


「左ー、5軒目ー、ぎん。ここだねー」

 周りの建物も大きいので、ちょっと規模はわからないが、3階建てらしい。壁に傷んだところもなく綺麗な外観だ。


「こんにちはー」

「いらっしゃい、お泊まりですか?」

 黒いワンピースの若い女が受付台から声をかけて来た。

「ああ3人で1泊だ」


「3人部屋でございますね?食事はどうなさいます?」

「ああ、朝飯だけ頼む。荷物を下ろしたいがいいか?」


「では4000シルの先払いになります。はい、部屋は2階の26号です。こちらへご記帳願います。鍵はこちらです。お出かけの際はこちらへ預けるようにお願いします。部屋の中では火を使わないように」


「「名前、書くー」」


 ギシギシと軋む階段を登って3つ目の右のドアに大きく26と書いた板が貼ってある。

「26。ここだー」「どんな部屋かなー」


 開けてみるとベッドが3つと小ぶりのテーブルに椅子が2脚、幅3メル、奥行きが6メルといったところ。

「ちょっと狭いかもー」


 突き当たりにある小さな窓が開いているお陰で室内は明るい。外を見るとゴミゴミとした裏路地が見えるだけ、他の建物が邪魔をして風景のようなものは全く見えない。


「まあこんなもんだろ。水と干し肉、鉄と鍋は置いてくぞ」


 リュックから重いもの、邪魔なものを外して少し身軽になった。下の受付に降りると

「鍵を預ける。鉱石とか生地を扱ってる店はあるかい?」


「それだと職人街ですね、何軒かある筈です。

 一度門まで戻って右側の通りです。ちょっと場所までは存じません」

「ああ、ありがとう」


 宿を出ると通りを戻り始めた。馬車がひっきりなしに行き交っている。ここがメイン通りらしい。


「戻ってー右ー。ホントだ、職人さんの道具とか材料だねー」


 角を曲がるとガラリと雰囲気が変わった。馬車の台数がぐっと少ないうえ、看板も少なく商店街の華やかさはない。代わりに実用本位の緊張した空気が漂っている。

 店がたくさん並ぶ通りを見て、駆け出さんばかりの興奮を見せるアリスとミットの手を、ガルツが抑えるように握った。

「ああ、雰囲気がちょっと懐かしい感じだな」

「あー、ガルツー、元職人かー」

「ああ、見習いだ」

「ガルツさんはなにつくってたの?」


「俺は木工と金属加工だな。触りのとこしか教わってないよ」

「ふーん。あたいらはフクショク職人かなー。裁縫(さいほう)が少しできるよー」

 ミットが対抗するように言うが、服など一着も作ったことがない。繕い物、しかも野良着専門の補修屋だ。ほんの子供にそんな難しいことをさせる者などいないのだ。


 ふとガルツが一軒の店に目を留めた。


「あれは食堂か?ん、パスタってなんだ?」

「いやー、ガルツー。知らんで入るんかーい」


 ミットのツッコミにもお構いなくガルツは店に入って行く。


「いらっしゃい」

「このパスターっての3つ」

「はい、パスタ3丁」


 皿に巻くように盛られた細い麺。白っぽいソースが掛かっていて赤い実の薄切りと緑のごく細かい葉が散らしてある。器用に3皿をお盆も使わずに店員が運んで来る。


「パスタお待たせしました」

「おう、美味そうだな、このフォークで食べるのか?長くて垂れ下がった分は厄介だな」


 ミットが店内を見回して言った。

「あっちのお客さん、巻いて食べてるよー」


「ああ、なるほど。こうか。うん、美味いな。この薄切り肉も香ばしい。

 お?てことは薫製(くんせい)肉もあるのか?」

 ガルツは燻製肉を一皿注文した。


「お待たせしました。薫製肉です」

「わっ、「いい匂いー」」

「待て待て、今切り分けるから。……ほう、これは酒が欲しくなるな。肉も柔らかい」

「「美味しー」」


 アリスとミットががっつくように食べ進む。ガルツも負けじと料理を腹に収めた。この食べ方では3人とも町暮らしはまだ早そうだ。


「いや、美味かった。ごちそうさま。鉱石を探しているんだが、いい店を知らないか?」

「鉱石って言うなら職人街じゃないですかね」

「そうか。また来るよ」


 店を出て通りを進んで行く。

 アリスとミットにせがまれ、華やかな服の並ぶ店へ入ってみる。

 僅かな時間でアリスとミットは店員のお姉さんと友達のように馴染んでしまった。

 やれ色がどうの形がどうのとやっているが、ガルツにはさっぱり分からない。1ハワー近くはしゃぎ回って、それぞれに一揃いで8000シルも使った。



「宿の通りを行って見るか?」

「いいよー。違うところも見たいー」


 宿から通りをぶらついていると、ふと目についた武器防具屋の盾を見に寄ってみることにした。


「俺のスタイルではないが、この盾の反りはカッコいいな。使っている奴がいるとつい目をひかれる。ちょっと中も見て行くか」


 中は2メル幅の通路で両側の壁一面に剣や槍、弓などが掛けられている。奥の方は右の棚に小さい品が並べてあるようだ。

 アリスの投げナイフの参考にと、剣を眺めながら奥の棚まで行くと、アリスもミットも貼り付くように覗き込んだ。

「ああ、これが林で教えた投げナイフだ。鍔がないから重ねて持てるし、多分投げ易い。

 この三角っぽいのは何だろう、こうトゲトゲでは投げるのは無理だし」

「その辺に転がってたらー、踏むと痛いーってなりそー」

「罠みたいなものか?面白いな」


「ガルツさんのナイフに似たのがあるよ」

「ああ、ほんとだ。この刃の形に一目惚れしたんだ。うん?こっちのナイフは畳めるのか?」


「いらっしゃい。あー、それですか。この頃いくつか入って来てまして。ここを押して刃を内側に折り曲げるんです。すっかり畳むとロックします。出すときはまたここを押して、峰を持って伸ばしロックすればそのまま使えます。一本どうですか?」


「見せてもらおう……いくらだ?」

 刃は指一本と短い。対して柄がその倍。

 バランスがいいとは言えない。

 柄は邪魔になるようでなければ多少長くてもいいが、刃が短いのは使いにくい。細工用なら良いのかも知れない。


「うちにもここにある3本しか入ってないんで、少々お高くなります。6000シルですが、いかがです?」


「その三角を一つおまけしてくれないか?」


「あー、お客さん物好きですな。結構です。おまけに一つ付けますよ」



「もう少し中を見せてもらうよ」

「はい、ごゆっくり」

「アリス、ミット。このポーチはどうだ?」

「いい形だね。蓋がきちんと閉まるみたい」

「あたいたちにはちょっとおっきーねー」


 通路は奥で左へ回っていて突き当たりには鎧が飾ってある。

 グルリと回ると盾が壁にズラッと掛けてあり、奥に小物の棚があった。手甲に甲付きの手袋、鉢金、脛当て、肘膝の防具、面甲と言った小さい防具が並べられていた。

 アリスは手袋を見ている。ここに合うサイズなどないが、作る時の参考にするのだろう。

 ミットは鉢金が気になるようだ。


「もういいか?」

「うん、いっぱい見たー」


「かなりの品揃えだな。勉強になったよ」

 支払いを終え店主に挨拶(あいさつ)して外へ出た。予定にないものをいくつも買ったのでガルツは懐が心細い。


「アリス、あのナイフを何本か作って、別の武器屋で売ってみるか」

「面白そー。刃がパチンと出たらサッと使えて良さそーねー」


 話しながら少し行くと飾りモノを並べた店があった。

 銀細工の華奢(きゃしゃ)な髪飾りや、細い鎖に青い石がぶら下がったもの、安っぽい指輪などがあったので入ってみる。

「邪魔するよ」


「いらっしゃい。どんなものをお探しですか?」


「いや、本当は鉱石を探してたんだが、細工がなかなかと見えたので覗いてみたんだ。この細かい銀細工はここでやってるのかい?」

「いいえ、職人の余技(よぎ)ってやつでして、気が向いたらいくつかってくらいです。勉強しますよ、どうですか?」


「へえ、そうなのかい。いくらだ。」

「6000シルでいかが」


「いい値段だな。で、鉱石の話だが売ってる店があれば教えてくれないか?」

「5軒門の方へ行った左の路地の、突き当たりに1軒ありますよ」


「今、手持ちがあまりなくてな。本命の石を買う金が心許ない。縁があったらまた来るよ。ありがとうな」

「お金ー、あんまりないのー?」

「20000シルだな」


「先にたためるナイフを作る?」

「材料はあるのか?」

「柄にする木が無いけど全部鉄にして、柄に皮を張っても良いかもー」


「それでいくつ作れるんだ?」

「8本かなー。刃の長さより柄の長さが長くなるからー」

「5万くらいか。どこで作る?」

「リュックの中ー」


 ガルツはギョッとした顔で言った。

「やめて置くよ。宿に戻ってじっくり作った方がいい」



 宿の部屋へ入ると早速どんな作りになっているかナイフを調べる。

 よくこの大きさで刃を固定し、指一本で解除する機構を作り込んだものだ。木製の柄も、刃を間に収めるために抉った溝から割れてしまわない工夫があるだろう。


 アリスはあの場で作ると言っていたが何か腹案(ふくあん)があるのだろうか。そう思ったガルツがわかるところを説明する。


「アリス、どうだ?ロックのところは上から見えるし、構造がわかり易いな。ここに見える細い螺旋(らせん)の針金が伸び縮みして、ボタンを押し戻すようだな」


「うん、マノさんが良く似たのを知ってるみたい。一つ作ってもらうね」

 リュックから小さめの鉄を出すと、テーブルの上に載せる、とそのままゆっくりと上へ持ち上げた。

 下から棒のような?ナイフの柄か?15セロ上げたところでパタンとテーブルの上に転がった。

 皮の塊を出して柄に載せるとサーっと青くなって行く。最後に表面を撫でまわした。

 20メニ程で変わったかたちのナイフが1本、アリスの手にあった。


「出来たよ」


「…………見ても良いんだよな?これ、鉄か?やけに軽いな。右手の親指の位置にボタンがあるな。うおっ!」

 パチン!音と共に刃が下から振り出される。

 柄が15セロに対し刃は13ある。ガルツはこの刃もとんでもないんだろうなと思いながら裏側の刃をしまっていた溝を覗き込むと、柄の中は空洞だ。薄い鉄板を柄の形に巻いてあって、お尻は一体に繋がっている。ボタンを押してみるが全く何も見えない。

 刃を畳もうとして動かないので、ボタンを押すと動いた。押し返される感じがあり、離すとパチンと刃が伸び切った。なるほど。

 最後まで畳むとカチッと音がして固定された。

 パチン!カチッ。パチン!カチッ。

「あたいにもやらせてー」


 ミットが飛び上がって手を出した。

「刃で指を切るなよ?やっぱりマノさんだ。とんでもないわ」


 パチン!カチッ。パチン!カチッ。

「カッコいー……」


「モノが良すぎて到底見せられん。大騒ぎになるな」


「あたしもやるー」

 作ったアリスまでナイフに飛びついた。

 パチン!カチッ。パチン!カチッ。

「「うっわー!」」


「聞いてないか。なあ、アリス。ちょっと聞け!

 それだと職人でも分解できないよな?手入れが出来ないのは困るんだ」


「できるよ?」と言ってお尻の横面から細い曲がった針金を引き出した。

 皮をめくって引き出すらしい。

 それを刃の回転軸に差し込み、回そうとして

「固い。ガルツさんやって」


 ガルツが見ると針金は6角形になっている。短い方を軸に差し、長い方で回すようだ。クッと手応えがあり、クルクル回るようになった。

「あ、刃は出しておいた方が良いってー」


「ああ、分かった」


 ガルツは刃を伸ばし、どんどん回して行く。軸が浮き上がってきた。軸を抜き取ると、スポッと軸受ごと刃が柄から外れ、軸受がガシャっと半回転回った。軸受にも6角の穴が空いた部品が2個付いている。

 刃を抑えて軸受を捻り、柄に押し込めば戻りそうか?


 6角の部品を回し外すと軸受が二つに割れ、小さな丸い穴が空いた刃の根元と、それに載った渦巻きの形をした針金が出てきた。硬い針金で爪で弾くとピンっと高い音がする。

 軸受の裏を見ると小さな突起があり、ここと刃の軸周りの穴でこいつが引っかかるようだ。

 刃を退けると下にも渦巻きの針金があった。


 柄の内側を見ると、ボタンから軸受の上へ棒が伸びており、押すと軸受けから離れるように動く。離れるときに小さな螺旋(らせん)の針金を縮めているのがわかる。


「面白いな。この回すと固定できる小さな部品。渦巻きの針金。刃の根元に綺麗な丸い穴を開ける技術。薄い一枚鉄板でこの柄の形を丈夫に作る技術。そして何よりもこの刃、とんでもないシロモノだ。出来るやつなどいないんじゃないかな。

 ここで売るとしたら柄は薄い鉄板で四角い感じにして、お尻は繋がず曲げるだけだな。

 刃のパチンも無しだ。ロックだけ付ける。

 軸受はねじ込みの棒だけ、6角穴ではなく横に一本切り込みを付ける。柄で12セロ、刃が10セロくらいか。刃の根元は倍ぐらい厚くして質を落としてくれ。皮は無しで柄の表面にデタラメにデコボコを付けるか。

 それでも見る奴が見れば、とんでもないのが分かっちまうだろうが……」


 ガルツが心配する通りこのナイフは、この世界で腕っこきの職人が集まったところで、作れるような代物ではなかった。


 いつのものとも知れぬ古い設計データが、あの小さなボタン(マノさん)に内蔵されている。

 それをナノマシンという極微の機械群を駆使して一体成形してしまうのだ。その存在はアリスに対し脳内への、早口で切れ切れという不安定な通話という解説手段しか持たない。

 詳細な仕様書や図面は網膜投影できるが、全くの素人であるアリスには何の意味も持たない。


 アリスが示す不完全なイメージから、近いものを再設計し具現化する作業をマノさんは毎度強いられているのだが、もちろんそんなことにアリスが気づく筈はなかった。



「んー。作ってみるね……」


「さっきより早いな。柄を握った感じが頼りない。お尻の下半分を繋ぐか。それと刃を引き出し易く峰に刻みを入れて………まあこんなものだろう。これで何本作れる?

 さっきのも見本も潰していい」


「10本かなー」

「さて持ち込みできそうな武器屋があるといいんだが」

「3つ目の通りを行ってみよーよー」


 ミットが言う3つ目は一般客向けの食料や衣料、雑貨などが並ぶ通りだ。何度か駆け出すミットを捕まえ、気を引かれ立ち止まるアリスを引きずって、3人でぶらぶらと見て歩くと細い路地で何やらバタバタと動きがある。


 この町も内輪ではいろいろあるのだろう。

 ガルツはそう思っていたがミットが顔を(しか)めているのでアリスが声をかける。


「ミット、どっか具合が悪いの?」

「いーや、今なんかちょっとあっちから気持ち悪い感じがしたのー」

 ミットが指差したのは物音のした路地だった。


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